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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第四章 怒れる女たち

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私達が『自分の家』にたどり着いた時

十一月 十八日



 私達が『自分の家』にたどり着いた時にはもう日が暮れていた。

 ずっと前に雨は止んでいたが、冷たい風と霧が漂っている。

 そう鉄道とタクシーを使い、私達は『自分の家』にたどり着いた。

 はずだった。

 確証はない。

 タクシーから降ろされたのは馬鹿でかい家のまん前だったのだ。

 正確には馬鹿でかい門のまん前で、美しい鉄格子の奥にはゆるやかな丘陵が広がり、木々の隙間から家の二階部分がちらりと見えている。

 二人は門の前に降り立ってから口を開けたまま固まっていたが、十秒後我に返り表札とフィセから聞かされた住所を見比べる作業を開始した。

 一語一句異なってはいなかった。

 つまり、演帰論的結論ではここはアルベロ・ロッソなる人物の住居だった。だが、この家はどう見ても豪邸だ。

 別れた女に見栄を張ってクリスマスカードに高級住宅街の住所を書くなんてことはありえるだろうか。

 死ぬほど馬鹿らしいが今の私の分別のなさを考えるとありえるのかも知れない。

「なにかの間違いかも」

 私は咳払いをしてなんとかふさわしい言葉をひねり出した。

 二人は黙って顔を見合わせる。

「入ってみればわかるわ」

 私は胡散臭そうに灯りがついている二階部分を見てから、呼び鈴らしきものを鳴らした。

 反応なし。

「遠慮なく入りましょ。門を開けてよ」

 私はたっぷり数十秒門を見上げた。複雑にからまった蔦をモチーフにした優雅なデザインだが、どう見ても私の力では動かせそうにない。

「赤外線通信か指紋認証でしょ? パネルに手をあててみて」

 私は大人しく従った。

 緑色に発光するパネルに手をあてると微かな機械音と共に門が開き始めた。この門をくぐる者一切の望みを捨てよ。私は心の中でつぶやくと、門をくぐった。

 やっと玄関にたどり着いた時には、霧雨の中永遠と歩いた気分だった。

 実際にそうかも。

「門から遠すぎだと思います」

 私は扉の前に立つと正直な感想を漏らした。

「買った時のあなたにとっては最適だったんでしょう」

「だとしたら私は成金趣味のクソ野郎です」

 マシロはニヤリと笑ってインターホンらしいパネルを指し示した。

「開けて」

 私は黙って従った。

 パネルに手をあてると強烈な光が目に入り思わず悪態をつく。最近罰当たりな言葉をつぶやくことに躊躇しなくなってしまった。

 両開きのドアは音もなくゆっくりと開き……次の瞬間、今度こそ二人は言葉を失った。

 吹き抜けの玄関ホールは煌々と輝くシャンデリアに照らされて、二人がホールに足を踏み入れるとついでとばかりに五つの間接照明が灯された。

 光沢のある黒と透明なガラスで統一された家具が上品に並び、ポイントで煉瓦色のインテリアが要所に置かれている。

 どこもかしこも輝いていてまぶし過ぎる。

 私は思わず目を細めた。

「こいつぁ……すごい!」

 マシロが自信を持って断言した。

「私の代弁をありがとう」

 私はぼそぼそと答えた。

 なんだこの豪邸は! 

「おかえりなさいませ御館様。どうされますか?」

 マシロが愉快そうにつぶやいた。

「ええと、まずは家捜しです。翻訳家って自宅で仕事をするのですか? だったら書斎だ」

 玄関ホールと同様に書斎も巨大だった。

 中庭に面しており、天井まで届く窓からは夕焼けに燃える裏庭が一望できる。それ以外の壁は天井まで本棚に埋められ、どれもびっしりと本がつまっていた。

「どう考えても、翻訳家にこの家を買えるほどの稼ぎがあるとは思えませんね」

 私は部屋を一回りしてぽつりと言った。

「なにか裏家業があったとか」

 マシロがすかさず笑って答えた。

「麻薬の売人とか?」

「もっと平和的に悪徳ブローカー」と私。

「密輸業者」

「弁護士」

「売春の元締め」

「私の家でそんな言葉は使わないでください」

「やっと家主としての自覚が出てきたのね」

 君はもう少し少女としての自覚を持った方がいい。

 だが、私はいつの間にか彼女の皮肉っぽい言葉遣いが好きになってきた。どうやら記憶障害のほかにとんでもない寛容の病にかかってしまったらしい。

「机の上が妙ですね」

 部屋の中央にはどっしりとした作りの机があったが、綺麗に並べられたモニタとキーボードの左側のスペースががら空きだ。

「パソコンがあったんでしょ。なくなっているようね」

 私はデスクの引き出しを漁り始めた。なにもなかった。次の段も、その次の段も。

「誰かがごっそり持ち帰ったようです」

 後ろから覗き込んでいたマシロがつぶやいた。

「誰かって例えば?」

「例えば泥棒とか」

「どうやって忍び込むのよ。荒らされた形跡もないし、もっと金になりそうな物であふれてるじゃない」

 確かに。

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