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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第三章 赤毛はお人好し

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19/47

私は今夜も寝付けず

 私は今夜も寝付けず、マシロがベッドで死んだように眠り込んでいるのを恨めしく観察していた。

 いつの間にか降り出した土砂降りの雨が窓ガラスに叩きつけられる音が部屋中に響いている。

 私は取り留めのない考えを次から次と思い浮かべては忘れ去っていた。

 なにかを考えていないと訳のわからない恐怖に押しつぶされそうだ。

 シュゼと名乗った男からの〈プレゼント〉は古い拳銃だった。

 銃のはずだ。

 十分銃の定義に当て嵌まっているように見える。

 私の銃に関する認識が正しいのだとすれば。

 マシロ曰く「どう見ても博物館級の骨董品。自分の腕が大事ならこの銃なんて使わないことね」つまり、グリップもノズルも傷だらけで、どこもかしこも塗装がはげ地の金属が見えている。

 振るとチャカチャカと妙な音がした。

 そう、私は心底怯えていた。

 私の記憶喪失。

 なにも思い出せない苛立ち。

 フィセからの連絡は今日もなかった。

 そして、十五年も前に私に銃を借りたと言った黒髪の男。

 十五年前? 私はまだ十三歳の子供だったはずだ。なぜ銃なんて持っていたのだろう。

 ソファーのスプリングをいじめるのも飽きたころ、私はジャケットをはおり部屋を出た。

 カメラだ。

 私が十月二十五日にチェックインしたなら、その日フロントで金を払った人間が監視カメラに映っているはずだ。

 そう、フロントに行って私がこのホテルに泊まった時のビデオを見せてもらうのだ。

 寝付けない夜に思いつく類のモノにしては比較的マシな発想だろう。

 私がまだ正気だとすれば。

 私は廊下を歩きながら、ジャケットのポケットに入れっぱなしになっている銃を布の上から撫でた。

 夕方に寄ったガンショップの店員はマシロと全く違う意見を口にした。つまり、この銃は博物館級ともいえないゴミだと。

 私は新型の銃を進める店員をさえぎって、手間賃代わりにこの銃に合う弾丸を一箱買い上げた。といってもこの銃をカウボーイばりに振り回すまで私の分別はすり減っていなかった。だが今の私の行動を見れば分別はあっても大して機能していないのは明らかだ。

 私はエレベーターホールにたどり着きボタンを押してしばらく待った。

 廊下の時計は午前二時半を回っている。

 気前のいいチップは、フロント係の職業規則を少々曲げる手伝いになるのだろうか。

 ホテル関係者に当日の監視カメラの映像を見せてもらえる『魔法の一言』を思いつかないまま私はフロントにたどり着いた。

 相変わらず無人だ。

 私は理性が叫び出す前にインターホン代わりの鐘を三度鳴らした。

 誰もいないフロントに甲高い音が鳴り響く。十秒ほど待ってから、今度はゆっくりと鐘を鳴らしてみた。

 反応なし。

 奥の部屋は照明がついたままになっており、遠くテレビの音が響いている。

 私は途方に暮れて『御用の際はいつでもなんなりとお申し付けください』と書かれているプレートを見下ろした。

「すみません」

 私はつぶやきながら軽くノックしてカウンター内に踏み込んだ。

 ドアを抜けるとテレビの音が大きくなる。部屋の中は息が詰まるほど暖房が効いていた。

「……誰かいますか?」

 返事はなかった。

 煮詰まったコーヒーの匂いと共にむっとする匂いが漂っている。反射的にリモコンに手を伸ばしテレビの電源を切ると、ゾッとするほどの静寂が部屋を包んだ。

 空調の音と雨音だけがやけに大きく聞こえてくる。

 部屋の奥に積まれたはモニタには誰もいない廊下が映し出されていた。

 あれだ……。

 一歩進んだ瞬間、なにかに滑って体勢を崩し、私は思わず床に手をついた。

 ぬるりとした感触に凍りつく。血だ。床にはべったりと生々しい血が飛び散っていた。私は呻いて慌てて周りを見渡して、机の下に押し込まれたそれに気付いてしまった。

「止めておいた方がいい。今すぐこの部屋から飛びだせ!」

 心の底からの忠告を無視し私は「それ」を見てしまった。

 途端に「それ」を理解しようとする脳細胞にストップをかけたが遅すぎた。

 それは人だった。

 顎から上の部分がえぐられ人間の頭の形をなしていない。

 真っ白のはずのフロント係の制服が赤黒くキラキラと光る血にぐっしょりと染まっている。

 こもった匂いが血のものだと気付き、私は込みあげる吐き気を必死で無視をした。

「なんてこった」

 はいずりながらカウンターまで引き返すと震える足で立ち上がった。

 電話……ぶるぶると頭を振り、必死で意識をかき集める。

 まず受話器を持ち上げ、病院に向かってなにかをわめく……違う、警察?

 そう警察だ。

 どう考えも、この状況を上手く伝える事はできそうにないが、少なくとも怪しいと思った警官が一人くらいは来てくれるだろう。

 そして見つけるのだ、銃を持った記憶喪失を自称する血まみれの男と人間の死体を……。

 私はゾッとする想像を振り払い、部屋へ向かった。

 まずは部屋に戻る。

 そう、マシロから警察の電話番号を聞きださなければならない。

 それに運がよければ、ごたごたに巻き込まれる前に彼女はここから逃げ出せるだろう。

 廊下は相変わらず無人だった。

 私は自分以外の人間がすべて殺されてしまったという馬鹿げた妄想を振り払った。

 エレベーターから降りた直後、部屋のドアロックを解除する音が聞こえて私は幾分ホッとした。少なくとも誰かいる。

 だが、人影がゆっくりと五○四号室に吸い込まれていくのに気付き私は凍りついた。

 私の部屋に誰かが入った。

 ゆっくりと意味を理解するにつれて体の底から震えが込みあがってくる。

 誰だ?

 マシロではない。

 彼女はカードキーを持っていなかったはずだ。

 オートロックのドアをキー無しで解除できる特技を持っているらしいが、あの人影は間違っても少女のものではない。

 あえて五○四号室に入り込む人間。

 私がこのホテルに泊まっていると知っている人間は……フィセ。こんな夜中に私の部屋を尋ねる?

 まさか。

 カーペットについた水滴と、血のまじった足跡に気付き吐き気がひどくなった。

 ちくしょうなんてことだ。

 あと一人は……私がここにいると知っている人間……私をここに残した人間。そして、そいつはほぼ間違いなくフロントの男を……。

 全身の毛が逆立つのを感じる。

 ちくしょう、今からホテルを駆け出してフィセに連絡すればいい。

 そして警察にも。

 この状況から逃げ出せるのであれば、自分の大事なものを半分切り落としてもいい。

 だがそれは選択肢になかった。

 あの部屋にはマシロがいるからだ。

 私はすぐに行動に移した。

 廊下にある間接照明の電球をいくつか抜きさると廊下はだいぶ暗くなった。

 これでドアを開けても光でばれることはないはずだ。私の混乱した脳みそはおめでたいことに本気でそう考えていた。

 私は最後まで考えないまま、五○四号室のロックを解除した。

 そして真っ黒な部屋の中、最初に目に入った影に殴りかかった。と思えた。正確には、私の振り下ろした拳は人影の肩をかすめ相手と私を心底仰天させた。

 人影が呻きを上げ、すばやく私に向き直る。

 ……真っ黒のコートを着た男だった。窓から差し込む街灯の明かりだけでは顔が良く見えない。

 男はしっかりと握っていた金属的なものを私に向けた。

 正確には金属的なもの、ではない。

 それは金属だった。

 そして形が非常に銃と似ていた。銃口はしっかりと私の方を向き男の体に力がみなぎった。

「アル!」

 マシロの声にはじかれたように床を蹴り、私はソファーの影に転がり込んだ。

 まるでこの古ぼけたソファーが銃弾をはじき飛ばす魔法の布切れのように。

 反射的に手元にあった一番硬そうなものを握り締める。

 それは例の銃だった。ただし一発も弾丸の入っていない。

 買った弾は朝食用に買ったドーナツと共にキッチンの棚に入れたはずだ。

 まったくおめでたい。

 これからは現代男性らしく、ジーンズのベルトに装填した状態で突っ込んでおいた方がいい。

 空気を切り裂く音が遠くでなったと思うと、耳元でコンクリートが音を立てはじけ飛んだ。

 私は最初に浮かんだ祈りを心の中で唱えて、ソファーの後ろから中腰のまま這い出ると男の足に全体重をかけてタックルした。

 右手で男が銃を持っている手をしっかりと掴み、左手で片足を持ち上げて押し倒そうとする。これっぽっちも心強くなかったが、身長と体重だけは私の方が大きかった。

 男にとって私の行動は予想外のようだった。誰だって銃を持った見ず知らずの男に向かっていくとは思うまい。

 男は悪態をつくとまた何発が発砲した。窓ガラスが割れる音と、私のうめき声だけが響く。

「アル!」

 マシロの悲鳴に近い声にハッとして、私は男の襟元を掴み思いっきり引き寄せた。

「マシロッ! 離れろっ!」

 私は彼女の方も見ずに怒鳴った。

 強烈な一撃を耳にくらいフラリとしたが、手を離さずに男の右腕を脇の間に挟むと体ごと捻じ曲げた。頭の中のまだ冷静な細胞が男の怒り狂う声に少しだけほっとしていた。

 つまり、私は少なくともこの男が自分を殺すのを長引かせている。

 男の右手の力が抜け銃がぼとりと床に落ちる音がした。私はそれを思いっきり踵で蹴飛ばしたが、壁にあたって安心できるような距離まで転がらなかった。

「ちくしょう」

 耳元での男の声にゾッとして右手の力をさらに強めた。同時に殴られた耳元がじんじんと痛み出したが、力を弛める気にはならない。

 マシロが視界の隅で凍りついたように突っ立っていた。

 くそっなぜ彼女はこの部屋にいるんだ。

 次の瞬間、腕が離れると、よろめいた拍子に男の体がするりと脇を抜けた。

 マシロに……マシロに向かっていく。

「マシロっ! 逃げろっ!」

 私は声の限り叫び、男の足元に飛び込んだ。

 男の体が強張り私の方を向き直るのが一コマ一コマ分割したかのようにはっきりと見える。

 マシロから注意を逸らした事にほっとして、私は男の胸に肩からぶつかると力の限り銃のグリップで男のこめかみを殴りつけた。

 よろけた男を全体重をかけてバスルームに押し倒す。無意識にドアを閉めると、とたんにドアがはじけ飛ぶほどの衝撃が響いた。

「マシロ! 部屋から出てください!」

 ベッドに全体重をかけて引っ張り出しバスルームの扉の前にしっかりと固定する。

 サイドテーブルを持ち上げてドアノブの下に押し込むとガチャガチャと上下していたドアノブの下にぴったりとはまった。

「部屋から出ろ!」

 私は怒鳴りながら、身の回りものをつめている鞄を拾い上げドアに向かって走った。

 途中弾丸を忘れている事に気付き。慌ててドーナツごと袋を引っ張り出す。

 ドアの横にある火災報知器のボタンを押すと、とたんに爆音が鳴り響いた。

 私は横でぼんやりと突っ立っているマシロの肩を掴むと非常ベルに負けない声で話しかけた。

「ここを出ましょう」

 マシロはぼうっとした表情で私を見返した。

「少なくとも、ここを離れた方がいいと思いませんか?」

「え、ええ……」

 マシロはバスルームの扉と私を交互に見つめると、我に返ったように強く息を吐いた。

「そうした方がよさそうね」

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