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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
ルアン・ノート

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高級住宅街バックランクメイト

十一月十五日



 高級住宅街バックランクメイトにロッソの自宅はあった。

 捜査関係者用電子キーで家に足を踏み入れると、照明が自動的に点灯した。

 玄関ホールは現代的な黒と透明セラミックを主体にした上品な家具が並び、金の匂いを巧妙に隠している。この家を買った時に専門家にそろえてもらったのだろう。

「相変わらずでかい家だな」

 ベイスが羨ましそうにつぶやいた。

「ええ」

 ルアンは天井のシャンデリアを見つめたまま答えた。

 ロッソの自宅は巨大だった。五年前に彼が突如建てたこの超モダン建築物は部屋が七つもあり一人で住むには広すぎる。

「翻訳家って儲かるのかな」

 ベイスがぽつりと言った。

「俺も大学では外国語を専攻してたんだ」

「転職でも考えるんですか? 彼の収入はまぁ、その、控えめに言っても食うには困らずって程度でしょう」

 ルアンは頭の中でロッソの行動管理ファイルのページをめくった。

 この家の建築費用は毎月の投資の利息と株の配当、分割で支払われる母親の遺産、母親の著作権料で賄われている。収入記録で最もゼロが少ないのが彼の収入だった。

 二人はロッソの仕事部屋に入った。

 壁一面の本、本、本。

 中央に置かれた机には美しい卓上ライトが取り付けられていたがパソコン本体は捜査のために持ち去られていて机の上はがらんとしている。

 パソコンの中身はすべて検査された。

 彼の行動と仕事と、ささやかな秘密を目当てに調査した技師は心底がっかりしただろう。なにもなかったからだ。少なくとも密かな好奇心や捜査官を満足させるようなものはなにも。

 ルアンはロッソの親しい友人を一人ずつ思い返した。

 彼の人間関係はすべて把握済みだった。

 友人も仕事仲間も恋人たちも。

 何度も資料を読み返し、今ではルアンもロッソの人間関係は完璧に暗誦できる。

 ルアンはもう一度人間関係を洗い治す必要があると感じていた。

 近所の人間か? 知人? 恋人? 

「近隣の住民」

 ルアンはため息をついてポツリと言った。

「なにもなし、付き合いは可もなく不可もなく」

 ベイスがすかさず言った。どうやら彼もルアンと同じ気分だったようだ。

 つまり途方に暮れている。

「家族連れが多いこの区域に一人で住んでるもんだから初めは浮いていた。料理が趣味らしく地域のチャリティバザーには毎年参加。毎回手作りのクッキー何十ダースと気前のいい額の寄付をしている。クッキーがおいしいもんだから近所の評判は人畜無害な金持ちの独身男に昇格」

 ベイスは頭に叩き込まれた報告書を読み上げた。

「友人」

「親しい友人はなし。たまに行くクラブに知り合いがいるくらい。仕事の関係者と個人的な付き合いはなし。ただし真面目な仕事ぶりで評判はそこそこ。悪い噂も特になし」

「恋人」

「何年も前から一定期間続いた女性はなし。長くて二ヶ月、短くて二週間。色男タイプ」

 バフは羨ましそうに言った。

 ルアンは仕事部屋と共に生活観が色濃く残るキッチンを思い浮かべた。

 料理好きの人間なら涎がでる、機能的なキッチンだった。

 つまりルアンの専門外だ。

 最新式のオーブン、磨かれた銅の鍋、美しく並べられた調理器具。ロッソのクッキーを焼く姿を思い浮かべてみる。

 長身の男がバターをかき混ぜ、卵を割り……クッキーの作り方ってこれであっているっけ?

 まぁ、いい。ともかく想像がつかない。

 ルアンはため息をつくとこめかみを揉んだ。暗礁に乗り上げている。

  二人の通信端末が同時に鳴り響き重苦しい沈黙を破った。

 ベイスが頷いて通話ボタンを押すと小型もモニタに男が表示された。この一ヶ月ルアンが新システムの構築のために毎日顔を突き合わせていた、情報技術官のヴィオーラだ。

 ヴィオーラは満面の笑みでウインクすると挨拶もなしに声を上げた。

「おどろけベイス、新米君! 一時間前に連合犯罪者データベースにロッソのDNA参照があった」

 二人は同時に息を飲んだ。

「死体が見つかったんですか?」

 ルアンがベイスの腕を取って叫んだ。

 ヴィオーラはカメラの横にあるモニタを横目に読み上げた。

「詳しい状況は不明。でも今のところロッソとみられる死体の発見の知らせはないよ。データベースにDNA参照あっただけ。で、参照した人物は誰だと思う?」

「勿体ぶるなよ」

 ベイスがイライラと言った。

「聞いて驚け、データベースへのアクセスはスタンモアのラボから行われているんだけど、アカウントは上級研究員のフィセ・イズリントン博士」

 フィセは猛烈な勢いでロッソの人間関係リストを検索した。

 フィセ・イズリントン、フィセ・イズリントン……ロッソの大学時代の恋人の一人。金髪の女。

「それは、それは」

 ベイスはにんまりと笑っていた。

「思わぬ名前が出てきましたね」

 ルアンも思わずニヤリとした。

 とびきりの肉を差し出された犬のように耳まで口が裂けそうだ。

 どうやらツキが回ってきたらしい。

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