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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第二章 金髪はよくしゃべる

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クロタエの部屋には軍人が三人いた

 クロタエの部屋には軍人が三人いた。

 一番目立っているのは、淡い髪の色で軍服がよく似合う痩せた男だった。薄い唇と高い鼻がどこか貴族的だ。

 男は緑色の目を細め、俺を一瞥するとクロタエに目を向けた。

「この少年があなたの養子だって?」

「あんたは?」

 男の口元が強張りまぶたがぴくぴくと痙攣した。

 なるほど。自分が高慢な口調でしゃべるのはいいが、他人にそうされるのは我慢ならないタイプか。

 男は鼻をひそめると顎を上げて何事もなかったようにクロタエに向き直った。

 俺は一瞬で、この男を唾棄すべきゲス野郎と結論付けた。

「紹介するよ、サイラス」

 クロタエが前に踏み出して俺の肩をぐいっと掴んで答えた。

「この男は、サイラス・グリン。見ての通り立派な軍人殿でござる。そして、このちび君はアイ・スノーマ。わたしの息子だ。アイ、挨拶しなさい」

 この尊大な男に?

 眉を上げてクロタエを見上げると、肩に乗ったクロタエの手に力がこもった。

 わかったわかった。

「アイ・スノーマ。よろしく」

 馴染みのない名前は妙に不自然に響いた。

「スノーマ博士、話がある。二人で」

 グリンが有無を言わせぬ口調で言うと、クロタエは肩をすくめた。


 俺はクロタエとグリンがこもった部屋をじっと見つめていた。

 扉の横には軍人が二人並び、この部屋には何人たりとも立ち入らせないとしっかりと守っている。

「軍人がこんな鼻持ちならない野郎ばかりなら戦争には我が国が勝つよ」

 俺の囁きにナギが眉を上げた。

「はん。大帝国時代の再来ね。アイ、こっちに来なさい。にして妙な名前ね」

 ナギは俺を中庭に連れていきたっぷりと紅茶を注いだ。

「おい」

 反応なし。

「あのグリンとかいう男なんなんだよ」

「クロタエを嫌いな男よ」

 ナギは当然のような言い放つと角砂糖を自分のカップにいくつか放り投げた。

「おいおい遠慮するなよ。俺がいくら繊細でお上品だとしても、あいつがクソ野郎だって言っていいんだぜ」

「なるほど。あいつはクソね。今まで気付かなかったけど、斬新で適切な比喩だわ。彼はクロタエの担当官よ。私の担当官でもあるけど」

「担当官って?」

 ナギがもう一つ角砂糖を紅茶に投げ入れた。

「一定の地位以上の技術者には、軍人の担当がつくの。技術の国外流出を防ぐために猫には鈴を付けろってね。彼は彼女を嫌っているから趣味と実益を備えた天職って訳よ」

「なあ、なんで、あんたもクロタエもこんなところにいるんだ?」

 ナギがゆっくりと顔を上げた。

「どういう意味?」

「この研究所でなにやってんのか知らないけどさ、ここが辺鄙な場所だってのは知っている。担当者がつくほどの技術者ってことはあんたもクロタエもこんな場所にいるべき人間じゃないんじゃねぇか? つまり、もっと立派な……研究所にいるとか」

 ナギの口元が微かに強張った。

「おい、俺が一線を越えた時は言ってくれ。スパイ容疑で逮捕されたくないんだ」

 ナギはふっと息を吐くと、いつもの笑みを浮かべた。

「クロタエがこんな辺鄙な場所にいるのはしくじったからよ」

「想像つくね。人の神経を逆撫でするのが趣味じゃあな」

「それ本人に言っちゃだめよ。私がこんな辺鄙な場所にいるのは……」

 ナギは肩をすくめた。

「しくじったから」

 ナギはなんの感情もこもっていない声で続けた。

「大学でコンピューターの開発をしてたんだけど『しくじって』追い出されたのよ」

 ナギは頭を振ると、俺の肩を軽く叩いて中庭を出て行った。


 しばらくたった後、グリンとクロタエが部屋を出てきた。二人ともなにもなかったかのように振舞っているが、お互いが全身全霊で相手を呪い殺したがっているのが俺にもわかる。

 グリンが引きつった顔がちらりと見えた。

 暗い瞳には、今にも爆発しそうな激情がくすぶっている。

 ありがたい事にグリンは俺に気付くと強張った口をさらに引き締めて、お前には目を合わせる価値もないと表現した。

「君はスノーマ博士の息子として、恥ずかしくない振舞いを期待している」

「そりゃどうも」

それ以外になんて言える? 俺が顎を上げて言うと、部屋にいる全員が息をのみ空気が一瞬で薄くなった。

 グリンが喉の奥を鳴らし、悪態を飲み込んだのがわかった。

「期待しているよ」

 軽蔑の満ちた視線だけを残し、グリンは去っていった。

 俺はクロタエを一睨みする事で、すべて話せと伝えた。

 クロタエはいつものように床に寝転がると芝居がかった仕草でため息をついてみせた。

「彼はわたしを軽蔑することを生涯の目標にささげたのだ」

「死ぬほど価値もないって誰も忠告しなかったのか?」

 クロタエは鼻を鳴らすと、緑色の冊子を放り投げた。

 俺は舌打ちをして床に転がったプラスチックのカードと緑色の冊子を見下ろした。表紙に四ヶ国語で〈部外秘〉と書かれている。

「シェルターのマニュアルだ」

 クロタエは大理石の床を転がり、じっと窓の外を眺めながらつぶやくように言った。

「わたしの養子になることで一つメリットがある。シェルターに優先的に入れるのだ」

「シェルターねえ」

 そんなものどこにでもある。ショッピングセンターや教会の地下とか、地下鉄の駅とか。

「ただのシェルターじゃない。政府の所有する核シェルターだ」

 俺はマニュアルを拾い上げ、目に付いたページを読み上げた。

「『非常事態宣言発令後の放射物質の除去作業について』おいおい、核戦争でも始まるのか?」

「まさか」

 クロタエが転がった。

「書いてあるだろ、非常事態の事態って。アルク計画ってのがあってな。国が傾くほどの有事の際は、あらかじめリストアップされた軍人や技術者が優勢的にシェルターに非難できるのだ。何人の技術者が生き残れば国を存続できるかってシミュレートした学者がいてな。六年前に政府に報告書が届けられた。それに従えば、わたしは選ばれた生体工学者の独りだって訳だ。非常事態が起きた場合は、軍人が我々をカボチャの馬車に乗せて穴倉に連れてってくれる」

 俺は鼻を鳴らしながら冊子をぱらぱらとめくった。

「あんただけなのか?」

「んんん?」

「シュゼとナギはそのリストに入っているのか?」

「さぁ、それは知らない。聞いた事もないな」

「ふぅん。周りがばたばた死んでいる上を踏みつけて、シェルターに逃げるねぇ」

「そう言うな。今では君も選ばれたクソ野郎候補って訳だ。そして、そうならない事を願おう」

 クロタエは天井を見つめたままゾッとするほど常識的な言葉をつぶやいた。

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