そして
俺は今、人生最大の危機を迎えていた。
正直、命の危険さえ感じている。
目の前には今までに見たことも無い恐怖を振りまくソレが、直視できないほどの存在感と威圧感を放っている。
「さあ、冷めない内に召し上がれ」
そう言う『ハク』は嬉しそうに勢いよく尻尾を振って、満面の笑みを浮かべている。
「どうしてこうなった」
俺は覚悟を決めて、それを口に運んだ辺りで記憶が途切れた。
結局の話、俺は賭けに勝った。
獣人は『ハク』の名を受け入れ、ひとつの確固たる自我をもつあやかしへと生まれ変わった。
そして、当然の顔をして我が家へ住み着いている。
曰く、もともと俺と最初に住んでいたのだから、また一緒に住むのは当然。
曰く、名を与えたのだから、その責任を取るのも当然。
という事らしい。
俺としてもハクが我が家に来ることはまんざら嫌ではなかったりする。
ハクに生まれ変わったといっても、最初のモモの意志は残っている。
また一緒に居られるというのは正直な話、嬉しい。
気がかりだったモモとも、今では仲良く喧嘩する仲だ。
根本が同じせいか、性格もよく似ていて、あっという間に二人ともなじんでしまった。
だが、決定的に違う部分もある。
スタイルはハクの方が断然女性らしい。
モモが少女のような可愛さで、ハクは女性らしく美しい、とでも言えばいいだろうか。
しばしば俺を誘惑しては、モモに突っ込まれるというのも日常の一コマだ。
そして冒頭にもあったとおり、ハクは家事全般が壊滅的だ。
いや、壊滅という言葉すら生易しい。
コンロの火で小火を起こすのは基本。
包丁を振るえば食材はまな板ごと真っ二つ。
骨付き生肉を食事として出されたときには、あまりのお約束さに感動すら覚えてしまった。
モモがせめてインスタントラーメンぐらいは作れるようにと、練習させた成果が最初のアレだ。
「ご主人、気がつきましたか?」
モモの声で目を開ける。
「あったかいな」
俺を膝枕をしていたモモはくすぐったそうに微笑む。
「もう少しこのままでいいか?」
返事は無く、その代わりにモモの手が俺の髪を優しく撫ぜる。
「なんだか、こういうのも久しぶりですね」
「そうだな」
ここしばらくはモモとハクの戦いのせいで、ゆっくりとした時間をすごすことが無かった。
「でも、これで落ち着けるな」
「はい」
優しさに包まれた静寂。
「そういえば、ハクはどうした?」
「むー、こういう時に他の女性の名前を出すのはマナー違反ですよっ」
そういって笑いながら、黒い女の所まで詫び状を届けさせた、と教えてくれた。
「そうか、それならしばらく帰ってこられないだろうな」
「ええ、ですからご主人。キスしていいですか?」
モモは俺の目を上から覗き込む、甘く囁く。
「それは……悩ましいな」
「うー、即答してくださいよ。やっぱり、元の女の方がいいんですか!?」
「なんでそうなる」
「だって、ハクってば……、ぼんきゅっぼーんで、ご主人の秘蔵エロ本に出てるみたいな体つきじゃないですか」
「……モモサン、ナンノハナシカナ」
まさか、アレが見つかったのか……!? いや、厳重に隠してあるからそう簡単には見つからないはず、だと思いたいがっ!
「ご主人、目が泳いでますよ」
「そ、そんなことは無い」
「モモだって、揉めばきっと育ちますよ? 試してみませんか」
そういってモモの手が俺の手に添えられ、そっと導く先にあるのは女性の丘。
完全に雰囲気に飲まれているが、この誘惑は逆らいがたい。
そして、今まさに胸に手が触れるその時、
「モミモミモミ、お前のチチに育つ見込みは無いっ!」
「いやん、ってハク! あんたいつの間に」
どこからとも無く現れたハクが、背後からモモの胸を揉みしだいていた。
「や、ちょっと、やめ、あっあん。く、くすぐったいのよ!」
「ここか、ここがえーのか!? ふっ、泥棒猫がこんな貧相な体でよく誘惑できると思ったわね」
「なっ、泥棒猫はあんたでしょう! ご主人とモモのマイホームに我が物顔で入り込んで。ぶぶ漬けでも食べてなさい!」
「あら、開き直りもそこまでいくと清清しいわね。ご主人と最初にあったのは私が先よ。後から出てきた癖に図々しい」
二人の間に危険な火花が飛び散る。
「ええ、と。俺は野暮用ができたんでちょっと出かけてくる」
抜け出そうとする俺の左手をモモが、右手をハクが握り締める。
「ご主人、ハクに古い女は捨てたってちゃんと言って下さい」
「ご主人、モモにお前は遊びで、本命はハクだってちゃんと言って下さい」
『さあ、ご主人!』
この日常が、本当に尊いものなのだと、俺は胃に穴が開くような気持ちで痛感してた。
これで「俺」と「モモ」の話は一区切りとなります。
ご愛読ありがとうございました。




