突然、涙
河原で王妃様のお菓子を食べたあの日からしばらく経って。
ここ、アンバー王国の王都ディアモンドは、北に位置する山脈の影響で、冬は雪が積もる。
今は2月。
先月からの寒波で、例年よりも寒い冬になっている。
河原も雪が積もっていて、辺り一面真っ白。川の水は氷ることなくキラキラと光を反射していたが。
ルビーは『菓子職人になる!!』と決意してすぐさま、マダム・ジュエルを訪れた。
「レティ様のお菓子でねぇ……」
ちょっと遠い目をしたリリィ。リリィはディータから、ちょくちょく王妃様の手作りのモノに関して聞いていたのだ。
「そうなの。とっても幸せな味がしたわ。私もあんな幸せなお菓子が作りたいって思ったの。マダム・ジュエルのお菓子もそう。食べた瞬間に、口いっぱいに幸せな甘さが広がるの。それだけで幸せな気分になれるって、すごいことだと思ったの」
熱く語るルビー。
それを優しい目で見守っていたマダムとだんなさんだったが、
「そうかい。じゃあ、卒業したらうちにおいで」
ニコニコしながらだんなさんが言ってくれた。
「ありがとうございます! 一所懸命勉強させてもらいます!」
がばり! と勢いよく頭を下げたルビーだった。
やっと進路も決まり、ほっとしたルビー。
学校に来るのも、後ほんの少し。
やっと『卒業する』という実感が湧いてきた。
もうすぐ、ここに来ることも終わり。毎日会っていた友達とも、たまにしか会えなくなるんだ。
ルビーの仲良しの友達は、みなばらばらの進路を選択している。それこそメイドになる者、家業を継ぐ者、様々だった。
ルビーは、パティスリーから家も近いということもあって、通いで働くことになった。
遅くなれば泊まり込むこともあるだろうけど、それ以外はどこも変わることがない。
「よかったねぇ、ルビー。こんなぎりぎりまで悩むことなかったのに」
クスクスと笑いながら仲のいい友達のカーネリアンが言う。
特に用事もないので、カーネリアンと二人、だらだらと正門に向かって歩く放課後。
「まあねぇ。欲張りなのかしら私。あれもこれもやりたいって思っちゃった」
可愛く笑って、ペロッと舌を出すルビー。
「まあね。メイドもやりがいあるわよ。しかしうらやましいわ。タンザナイト家に体験行ってたんでしょ?」
カーネリアンは、タンザナイト家ではない、違う貴族の家にメイドとして就職することが決まっている。確かどこかの子爵家だったと思われるが、自分に必死だったルビーは、家名までは失念していた。
「うん。コネがたまたまあったのよ。でもやっぱり王妃様のお菓子の威力に完敗だわ」
「はあ? 王妃様のお菓子だぁ?」
「そうなの。お隣のジル兄ちゃん知ってるでしょ? ジル兄ちゃんが休暇で帰ってきた時にね、手土産で王妃様の手作りのお菓子をいただいちゃったんだ!」
「うっそ~!! それってすごいじゃない!! どうだった、お味!!」
掴みかからんばかりの勢いで聞いてくる。それでもあのマドレーヌの味を思い出しているルビーは、うっとりとした笑みを浮かべて、
「すっごい、幸せな味がした!! 美味しかったなぁ……」
すっかり妄想の中の住人になってしまった。
「お~い、ルビ~! 帰ってこ~い!」
ルビーの目の前で手をひらひらさせるカーネリアン。それでもふにゃりと笑ったまま戻ってこないルビー。
そんな他愛のない話をしながら歩いて、噴水大広場までたどり着いた時。
噴水のところでジェダイトを発見した。
「あ~、ジェダイトじゃない。また女の子と一緒だね」
カーネリアンは苦笑しながらルビーの耳元に囁いてくる。
「ほんとね。彼女できたっぽかったのに、その子じゃないみたい。どうせまた告られてるんでしょ」
ジェダイトと一緒にいる女の子の顔をちらりと見たが、以前ジェダイトが一緒に帰って行った女の子とは違っていた。我知らず言葉が素っ気なくなる。
ジェダ。もうすぐジェダも騎士学校に行っちゃうのね。寄宿舎に入っちゃうと会えなくなるんだ……
キュン。
なぜだか鼻の奥がぎゅっと痛くなった。目頭が勝手に熱くなってくる。
「ルビー?! どうしたの?!」
カーネリアンのびっくりした声に驚き、彼女を見ると、その顔が滲んで見えた。
「はれ?!」
「ルビー、なんで泣いてるのよ!」
「え? 泣いてる?」
「ほら、もうっ!」
言われて初めて頬を触ると、ぽろぽろと零れ落ちてくる涙に触れた。
カーネリアンがカバンから取り出して、ルビーの頬に押し付けたハンカチは、見る見るうちに水分を含んでいった。
「なんで、泣いてる、の? 私」
「いや、こっちが聞きたいって。……あら」
ルビーを心配そうに見つめていたカーネリアンが、何かに気付いたような声を上げた。
それに気付かずはらはらと涙を流していたルビーだったが、
「ルビー!! なんで泣いてる!!」
「ほへ?」
突然降って湧いた幼馴染の声に、涙もぴたっと止まり、固まったまま彼の顔を見つめるばかりだった。
「だから、なんで泣いてるんだよ? 喧嘩でもしたのか?」
ルビーの両腕をしっかりと持ち、身体をかがめてルビーの顔を覗きこんでくるジェダイト。
「ちょい待て、ジェダイト。誰が友達と喧嘩したって? 人聞き悪いこと言わないでよね」
そんな必死なジェダイトに抗議するカーネリアン。
「お前が泣かしたんじゃねーのか?」
「違うし!! なんで泣いてるのか聞いてたんじゃない!」
「そうか。悪かったな」
「そうよ」
「で、ルビー。どうしたんだよ?」
ルビーの友達との言い争いは終了したのか、再びルビーの顔を見つめるジェダイト。
「……ん……わかんない。突然涙が出てきたの……」
ひっく、とひとつしゃくりあげたルビー。
「はぁ? とりあえず帰るのもなんだし……、外は寒いから、マダムんところのカフェに入ろう。おまえどーする?」
ルビーの腕を引きながら、ついでとばかりにカーネリアンに聞いてみるジェダイト。
「行くわよ、もちろん! 友達が泣いてるのにほっとけるわけないでしょ!」
「わかった。行くぞ、ルビー?」
そう言ってルビーたち3人は、広場に面したマダム・ジュエルのパティスリーへと入って行った。
ちょっと間が開いてしまいましたが、今日もありがとうございました(^^)




