騎士様
ぶん。
あれ?
ぶんぶん。
あれれ? ほどけない。
ルビーは、クリスに握られた手を振り解こうとするのだけれど、それは意外にしっかりと握りこまれていて、多少振ったくらいでは解けそうにもなかった。
しかも振りほどこうとする行動が、まるで握手をしているようにも見えて、どうにもおかしな光景になる。
間抜けだわ。しかし、この手、どうしよう??
繋がれた手と、クリスの瞳を交互に見遣る。
「あのー。これ、離してもらえる?」
「もう少し付き合ってくれるならね」
繋がれた(というか掴まれたに等しいが)手を持ち上げて、ルビーがお願いするけれど、あくまでもニッコリとやんわり拒否するクリス。
今まで同じクラスとはいえ、ほとんど交流のなかった男子生徒と何を話すというのだろう? 特に家路を急いでいたわけでもないけれど、かといってクリスと話がしたいわけではない。
そうこう逡巡している間に噴水の淵まで引っ張って行かれた。
座り込むと長くなりそうなので、「座らない?」との誘いには答えず、ルビーは立ったまま話を聞くことにした。
それに苦笑いしたクリスも、そのまま立って話をすることにしたようだ。
「あのさ。僕、ルビーのことをずっと好きだったんだ。」
単刀直入とはまさにこのこと。
直球ストレートな言葉が、困惑したままのルビーを直撃した。
「は?」
「うん、ずっと見てきたんだけど、ルビーってば全然僕のこと見もしなかったよね」
交流もないのにどうして好きになんてなれるんだ??
ぽかんとするルビー。好きになってもらった理由も判らない。
彼はいつも男友達や、彼を狙う女の子たちに囲まれているし、ルビーも、いつも友達と一緒にいる。共通の友達もいない。
「えーと、同じクラスだけど全く交流なかったよね?」
「うん」
「じゃなんで?」
「君の持っている、優しい雰囲気かな。僕の周りにはいないタイプだから気になって。で、いつも見ていたら、いつの間にか好きになっていたんだ」
「美化されても困るんだけど。そんな優しくもないし」
周りにいない、珍しいタイプだから気になったってか? 珍獣か? パンダか? 私は。
「いや、いろいろ見てきたから分るよ」
ニッコリと言ってますけど、それ、ちょっと怖いかも。あ~、絶対今、顔、こわばってるわ。
引きつり笑顔になるルビー。一歩後ずさる。
いかにしてこの場から上手く立ち去るか、必死に考える。
目も泳いできた。
先程から繋がれたままの手も、いまだ解かれる素振りはない。
握られた手がじんわりと汗ばんでくる。
その時。
「お~ルビー! お待たせ! 学校まで迎えに行くって言ったじゃないか。入れ違いになったらどうすんだよ?」
後方から明るく声をかけて、ポン、とルビーの肩を叩く男の人の声。
内心驚きながら振り返ると、すぐ後ろでジルコニスがニコニコと笑いかけていた。パチンと軽くウィンクされる。
合わせろってことかな?
鈍いルビーだけど、先程のジルコニスの発言から察して『恋人』の振りをするのが賢明だと判断した。
「ごめんなさい、ジル! 待ちたかったんだけど……」
伏し目がちにした目を上げ、ちらりとクリスを見る。『こいつのせいなの!!』と目に物をたっぷり言わせて。
「あ……、あれ? こちらは……?」
先ほどまでの余裕の笑みは影を潜め、目を見開き、動揺たっぷりなクリス。目がきょどきょどと彷徨っている。
「あ、近衛騎士のジルコニス様よ。名前くらいはご存知でしょ?」
「え? ああ」
『恋人』とは明言せずにジルコニスのことを紹介するルビー。相変わらず動揺しっぱなしのクリスだが、さすがにジルコニスのことは知っているようだ。
「ルビー、彼がここまで君を送ってきてくれたの?」
ルビーの肩を引き寄せながら、さりげなく掴まれていた手を解いてくれるジルコニスに、
「違うわ」
真顔で即答したルビー。あまりの即答っぷりに「ぷっ」と吹きだすジルコニス。
それでも構わず続けて、
「たまたま学校からここまで一緒になっただけだし、たまったまここで話がしたいって引き留められてたとこなの」
言い募った。
「そっか。君、どっちにしてもここまでルビーを送ってきてくれてありがとう。礼を言うよ」
甘い笑顔でルビーを見た後で、クリスに礼を言うジルコニス。だが、
「でもね、君の出番はないから。そゆことで」
甘い笑みを引っ込めて、今度は反対に真っ黒な笑みでクリスに一言突き刺す。
「は……はい」
ぎくりとした表情で返事をするクリス。頭のいい彼は、そこからきちんとした意味を読み取ったようだ。
「じゃーね」
クリスの表情を読んだジルコニスは、真っ黒笑顔から一転、元のように満面の甘い笑みに変えて、ルビーの肩を抱いていない方の手をひらひらと振る。
「あ、さよならクリスくん」
ルビーもにっこり笑顔で別れの挨拶をする。ペコリ、と小さなお辞儀を一つ。
じゃ行こうか、というジルコニスのエスコートでその場を後にすることに成功した。
「あ~もう! ジル兄ちゃん助かったよぉ!!!」
ボーゼンと二人を見送るクリスの姿が見えなくなるまで来たところで、ジルコニスはルビーの肩を解放した。それまで強張っていた肩の力が抜けて、ほっとするルビー。
「あはははは! オレの演技はなかなかだったろ? ルビー、モテてるじゃねーか」
あー面白かったー!! と大笑いしながら言うジルコニスに、
「そんなのじゃないわ。彼、あれでもモテるのよ? きっとからかわれただけだよ」
ぷうっと頬を膨らませながら反抗する。
「あれでもって、ぷぷぷ。お前、きついな~!」
「だって、うざいって思っちゃったんだもん。何が僕んち商家なんだ~、よ。海外貿易が何よ。ああいう男の人は好きじゃないわ。こっちはまだ進路決まってないっていうのに、普通、自慢する~?」
「まあまあ、落ち着け」
「本当に好きなら思い遣れってんだ!!」
「ルビー。キャラ変わってるよ……」
ぷんぷんするルビーに苦笑するジルコニス。
「あ、でもなんでジル兄ちゃんここにいたの?」
胸につかえたものを吐き出してスッキリしたのか、ハッと現状を思い出すルビー。
ジルコニスは王城の近衛騎士。第一小隊長でもある。そんな彼が平日の昼間にこんなところにいるわけがないのだ。
「しかも私服だし。あ、お休み貰ったの?」
「そゆことだ。そうだ、いい土産があるぞ~」
ニヤリと笑うジルコニス。
「なになに?」
先程の怒りはどこへやら、目先の土産に目を輝かせるルビー。
いつだってジルコニスは珍しい土産をルビーにくれるのだ。肩から下げていたカバンの中から、きれいにラッピングされた箱を取りだし、
「じゃじゃーん! レティ様特製マドレーヌ!! 今回は薬草入ってません!!」
どうだー! とばかりにルビーの目の前につき出されたのだが。
「……薬草入りのマドレーヌなんてあるの?」
半目になるルビー。
「……ああ、たまに……」
遠い目をするジルコニス。
「ていうか、レ、レティ様って、まさかまさかの、王妃様??」
あまりにさりげなく言われたので、流しそうになっていたのだが、はっと我に返り『レティ様』に思い当たる。アンバー王国現国王シャルル陛下の最愛のお妃、レティエンヌ様。庶民なルビーは遠目でしかその姿を見たことはないほど、とてもとても高貴なお方。そんな王妃様お手製のマドレーヌ!!
ジルコニスから箱を受け取ったばかりだったのが、あまりの驚きで取り落しそうになってしまった。
「そうさ。まあ、オレも色々付き合わされてるからね……」
またもや遠い目になる。王城の事情はよくわからないルビーは、とにかくその王妃様特製マドレーヌに感激し、
「うわーうわーうわー!! すぐ食べたい! ね、川の土手に行こうよ~!!」
ぱああっと顔を輝かせて、ジルコニスの袖を引っ張って、河原に直行するのであった。
~王城にて~
「あら、ジル~! 私服でどうしたの~?」
「これはレティ様。休暇をいただいたので、今から実家に帰るところです」
「そうだったの。丁度よかったわ、今、マドレーヌが焼きあがったの。手土産に持っていくといいわ!」
「……普通のマドレーヌですか?」
「もちろん普通に決まってるじゃない!」
「薬草入ってません?」
「入ってません!!」
「では安心していただきます」
「ぶうう」
今日もありがとうございました!
しかし、ジェダが出てきませんね~(笑)




