007
アルカディア
重姫女王執務室重姫女王は秘書から、現在までに整理された人間・ヘルについての情報を聞いていた。秘書は整理された既知の情報を簡単に説明する。現在、彼らはこの能力を「パートナー」と呼んでいる。
接触者は全部で5名。
女性の重姫が4名、男性の重姫が1名。そのうち1名、マエラは接触時間が非常に短く、副作用は発生しなかった。暫定的な判断では、パートナーとの深さと時間に関係していると思われる。能力が小幅に向上した者は4名。
セフィ、ソフィア、ベローナ、ファーン。向上の幅は、およそ長時間、中~高強度の訓練を行った後に得られる成果と同程度。現在のところ、向上した数値が低下する兆候は確認されていない。
弱点も明確だ。
彼らのテストによると、重姫の背中にある接続装置に接触した場合のみ発動する。そのため、複数の人間がいる場合、この現象を防ぐには物理的に接触できない状態にすればいい。以上の報告を聞いた重姫女王は頷いた。
「パートナー?」
「ずいぶん婉曲な呼び方をしたものね。」
「同意するかどうかも無視した強制的な制御なのに。」
「でも、これでいいわ。」
「今後公開するときは、この呼び方でいきましょう。」
「でも、夜に男性の重姫にも同じ副作用が出ると聞いたときは、笑いすぎて夜眠れなかったわ~」
「あのファーンの奴を思い出したら……ぷっ~~」
秘書もそれを聞いて苦笑した。
違う。
耐えているだけだった。
少し空気が和らいだところで、秘書が一枚の申請書を差し出した。
「こちらはヘルから提出された実験申請書です。ご確認ください。」
重姫女王は驚いたように申請書へ目を向けた。
「被験者から自発的に実験を申請?」
重姫女王は申請書をじっくりと読んだあと、笑いながら言った。
「趣味や好みを、書面で堂々と申請できるわけね。」
「この人間……なんて言えばいいのかしら?」
「自分の思惑を隠すつもりがまったくないの?」
「完全に面白がってる人ね。」
秘書はツッコミたかった。
「あなたも似たようなものですよ。」
しかし、耐えた。
重姫女王は笑いながら判を押して言った。
「承認。」
「私も実験結果がどうなるのか興味があるわ。」
アルカディア
車両訓練用浮動プラットフォームヘル視点今回の浮動プラットフォームは、車両の使用訓練に使うものらしい。7基の浮動プラットフォームを連結しているため、かなり広い。
訓練用の建物、通常・破損・湿潤など、さまざまな路面状況を再現した特殊道路、そして市民を模した重姫型の自律機が走り回っている。できる限りさまざまな突発事態を再現して、実戦に近づけているわけだ。
こういう状況なのか。
訓練を無理やりやらされて、状況をシミュレーションしていた頃を思い出す。市民も、悪党も、人質も、全部板だった時代だ。
でも、差がありすぎる。
実感がまったく違う。
それに比例の問題もある。
小さな俺にとっては、リアルなのに、実感から外れたような比率に感じる。俺の隣まで歩いてきたベローナが、俺に文句を言った。
「だから、あなたの提案のおかげで、今回は私たちまで実験に参加することになったわけ?」
おや。
ベローナが俺に直接文句を言ってきた。
これはいい状況だ。
俺は笑って答えた。
「どうせ今回の実験は給料も出るし、いろんな車両にも乗れる。」
「他人から金を払って遊ばせてもらうようなものだろ。」
ベローナは呆れた顔で俺を見た。
「喜ぶのはあなただけよ。」
「それに――」
ベローナは目の前にある数台の車両へ顔を向けた。車両のそばにいたソフィアが頷いた。
「無理があるわ。」
「一番小さい車両を見つけても、ヘルでは乗って運転することはできないでしょう……」
俺は笑いながらソフィアを見た。
「おや、このときは頭が固いな。」
「誰が俺が運転しなきゃいけないって言った?」
ソフィアは俺の言葉を聞いて、突然その意味に気づいた。
俺は笑って言った。
「そう。」
「パートナー状態で車両を運転したら、どんな変化が起きるのか見てみる。」
「それが今回の実験の目的だ。」
俺が意気揚々と答えを発表した直後。なぜかソフィアとベローナが一緒に後ずさった。Why?ソフィアは少し困ったような、でも少し呆れたような表情。ベローナは自分の身体を両手で抱え、まるで襲われたような態度を取り、顔色もかなり悪い。
ベローナは耐えきれなくなったのか、口を開いた。
「ヘル、あのパートナーの副――」
途中で、隣にいたソフィアに口を塞がれ、そのまま連れていかれた。
「何してるの?」
ソフィア視点
ベローナの馬鹿。
危うく大変なことになるところだった。でも私にも責任がある。
このことを彼女たちに伝えていなかった。何しろ、この命令はヘルに知られるわけにはいかない。でも、みんな一緒に住んでいるせいで、今まで伝える機会がなかった。
私はベローナを離してから言った。
「副作用については、ヘルには秘密にしないといけない。」
「ヘルに知られてはいけない。」
ベローナは驚いて目を見開き、顔を真っ赤にして言った。
「こんなこと、どうやって隠すのよ?」
「セフィならともかく、あの子はひょっとしたら大歓迎かもしれない。」
「私たちを見てみなさいよ?」
「私たちは彼の相手でもなければ、恋人とかそういう関係でもないのよ?!」
「あんな副作用、あまりにも……あまりにも恥知らずすぎる!」
ベローナがこんなに恥ずかしがるのを見るのは珍しい。からかいたくはなるけど、同じことをもう一度言うのは好きじゃない。だから私は入場口のほうを見る。セフィがほかの研究員の重姫を連れてきていた。
そして重姫用の移動隔離室も押している。
以前ヘルを閉じ込めたものより大きい。
うん。
全員揃った。
私は手を振ってセフィを呼んだ。
この命令を伝えなければ。
セフィが研究員に指示を出してから、こちらへ来た。
よし、言うぞ。
「まず、重姫女王陛下からの命令を伝える。」
「一、ヘルがパートナーになった後の副作用については、まずヘルには秘密にすること。」
「理由は、ヘルが知ったことで、その後の実験に重大な影響が出るかどうか、我々にはまだ分からないため。」
「また、現在のところ、人間がこの種の副作用に対してどのような倫理観を持ち、どの程度受け入れるのかも分かっていない。」
「軽率な行動をしないことも、今後の協力を円滑にするためだ。」
「なお、副作用について、重大な影響があると判断した場合は、パートナーを拒否してもいい。」
「もちろん、職務は変わらない。」
「その代わり、パートナーになることを受け入れ、協力する場合には、それに応じた報酬もある。」
「ただし、副作用については厳重に秘密を守ること。」
「二、ヘルが関係者以外と勝手にパートナーにならないよう制限し、現在の人数を必ず維持すること。」
「三、ヘルの情報は現在、『積極的に提供・拡散しない』に分類する。」
「パートナーの能力および関連情報は、完全に流通禁止とする。」
「以上。」
「了解! 問題ありません!」
予想通り。
セフィが元気よく答えた。
ベローナは嫌そうな顔で言った。
「相応の報酬。」
「ふん、あたしが金で買収できると思ってるの?」
こっちも予想通りだった。
だから、私は密命の書面ファイルにある、いわゆる報酬リストをスマホの画面でベローナに見せた。
「……これ……あたし……は……」
「うん……分かった……」
これ、降参したってことじゃないか~。まあ、俺も人のことを言える立場じゃないけどな。コレクションはどこに保管しようかな?さすが重姫女王陛下。
俺たちの好みを完全に把握している。ベローナはため息をついたあと、移動隔離室を見て言った。
「それ……まさか、私たちに副作用が出たとき、あそこに隠れてヘルに副作用を見られないようにして、そのまま余韻が収まるのを待つためのもの?」
珍しく頭を使ったな。
でも、その通りだ。
俺は言った。
「そういうこと。」
「そのときは中で思う存分、余韻が収まるまで待ってればいい。」
「毎回トイレに行くって言うよりマシだろ?」
ベローナは額に手を当てて言った。
「確かに……そうするしかないわね……」
「少なくとも、隠れる場所があるだけマシだと思わないと……」
あっ。
そうだ。
俺はベローナに言った。
「ベローナ、あのときは隠れる場所がなかったんだよな~」
「それで、そこで済ませたのか?」
「まさか、あの開けた廃ショッピングモールでそのまま~」
ベローナは恥ずかしさのあまり怒鳴った。
「もう言わないで! 仕事! 仕事!」
ベローナはそう言って、ヘルのところへ走っていった。
ふふ。
このときの俺の表情は、たぶん:ಡ ͜ʖ ಡヘル視点目の前の車両に、かなり懐かしい感動を覚える。地球の何かに無理やり例えるなら――
バイク。
しかも普通のバイクじゃない。
地球のバイクの中でも異端。
ドッジ・トマホークにかなり似ている。記憶が正しければ、昔俺も乗ったことがある。普通の道路では走れないうえに、旋回半径も惨憺たるものだった。
ただし、馬力だけは驚異的。
かなり個性的なじゃじゃ馬だ。
その理論値まで乗りこなすのはかなり難しい。そして俺の目の前のバイクは、似ているだけじゃない。大きいこと以外にも、オリジナルの設計がかなりあるようだ。きっと俺の知らない機能もある。俺はあちこち触りながら探っていく。
運転する前に、その原理を探るのもまた醍醐味だ。俺が全力で探っていたところ、誰かに頭を撫でられた。
セフィだ。
振り返ると、みんなが俺を見ていた。
「ん?」
「どうした?」
セフィが笑って言った。
「ヘル、このまま続けてたら実験ができないよ。」
「みんなヘルを待ってるんだから。」
おっと、悪い。
俺はすぐにみんなへ謝って、遊び気分を収めた。パートナー+車両の実験が始まる。今回は実験という性質上、研究員の重姫が俺の左手にモニターを装着し、生理活動を監視する。ついでに、実験の範囲はさっき見たバイクの運転だと教えてくれた。
指示された道路に沿って、試乗道路から気候変化道路、市街地道路、そして模擬戦場道路へ進み、最後に元の場所へ戻ってくる。
所要時間は30分ほど。
途中で異常があれば中止できる。
かなり本格的なテストだな。
なんだか、かなり懐かしい感じがする。俺はいつも通り、セフィの手を通してセフィの背中へ登った。
ただし今回は、いつもと違う。
セフィの背甲に少し変化がある。ソフィアの再設計によって、俺は乗馬のように立ち座りに近い姿勢で、セフィの背中に簡単に固定できるようになっていた。以前は両足で挟んだり、つま先で支えたりしなければならなかったが、今までよりずっと安定している。
ソフィアによると、次はシートベルト付きのタイプを設計したいらしい。
楽しみだ。
さて、本格的に始める前に、挨拶を忘れてはいけない。
分かるだろ?
正ドライバーに副ドライバーがいる状態で、本格的に仕事を始める前に副ドライバーと少し挨拶を交わす。それは、始める前に息を合わせるためのウォーミングアップみたいなものだ。いろいろな面で、物事がスムーズに進む。
まあ、俺たちの「パートナー」は正副ドライバーと呼べるようなものじゃないけど、意味は同じだと思う。
俺はセフィに言った。
「俺たちが初めてパートナーになってから、ずいぶん時間が経ったな。」
「しかも今回はバイクに乗る。」
「心の準備はできてるか?」
セフィは聞き終えると、笑って答えた。
「私には昨日のことみたいに感じるけどね。」
「でも、正直に言うね。」
「私がバイクに乗れる程度なんて、本当に乗れるだけだよ。」
「ヘルのレベルまでいけるかどうか……」
「格闘以外のことは、あまり自信がないんだ……」
どうやらセフィは、車両にはあまり心得がないタイプらしい。これでは気持ちを乗せにくいな。かといって、入り込みすぎるのもよくないが、最初から乗り気じゃないのも面倒だ。
言い方を変えよう。
「だったら、そんなに真面目にやらなくていい。」
「どうせ誰かと競争してるわけじゃない。」
「俺たちなりにバイクに乗ればいい。」
「ドライブだと思えばいいさ~」
セフィは不思議そうに聞き返した。
「ドライブって何?」
「聞いたことない……」
ここは翻訳が悪いのか?
じゃあ、簡単に説明しよう。
俺は言った。
「二人で乗り物を運転しながら、二人きりの時間を楽しむことだ。」
セフィはそれを聞くと――
目からまばゆい光を放った。
「ん~~!」
コクコク。
感情が大きく変化した。
振り向くと、すぐにハンドルを握った。
まるでいつでも始められるように。実験だから、スタートランプも音もない。あるいは、ここにはレースという概念がないのかもしれない。
まだ分からない。
そのうち聞いてみよう。
俺はセフィの接続装置を握り、心の中でスイッチを切り替える。同時に、体内で幻想の汽笛が鳴ったように感じた――
スタート。
途中までまったく異常はない。
俺はアクセルに触れていないのに、セフィが握っているアクセルの反応が確かに俺へ伝わってくる。
不思議だな。
でも、嫌いじゃない。
むしろ、右手でアクセルを回す必要がないから、もっと多くのものを感じ取れる。メーターが見えないので、風圧から現在の速度は30キロくらいだと判断する。セフィはもう入り込んでいるらしい。
しかも、かなり楽しそうだ。
状況はいい。
俺は自分の感覚をさらに外へ広げる。セフィが握っているアクセルが、さらに開かれていくのを感じる。フロントが揺れる幅まで感じ取れる。
もっと。
バイクのフロントフォークと、2本の前輪の動きを感じた。
なるほど。
フロントフォークと2本のタイヤの動きは、通常の状態では同期している。だが、揺れとアクセル操作によって、それぞれ独立して動かすことができる。
じゃあ、後ろは?
俺はさらに下へ感覚を伸ばす。
モーターを感じた。
振動の幅は非常に規則的で均一。
それどころか繊細だ。
音は極めて低い。
キャブレターやピストンの感覚がない。もしかして、リニアモーターみたいなものか?
分からない?
でも、実に素直で信頼できる動力だ。
さらに深く潜っていく。
リアスイングアーム。
そこには2本のタイヤも含まれている。
前輪と同じ原理だ。
さらに、後ろのリアフォークとフロントフォークを逆方向に動かすことさえできる。
実に見事な設計だ。
以前運転したときとは違う。
このバイクを理解するまでの時間は、予想よりずっと短かった。ソフィア視点セフィとヘルが乗っているバイクが、ゆっくり走っているのを見る。
どうやら、かなり順調らしい。
ただ、それは見た目だけだ。
私は先頭の研究員に現在の状況を尋ねた。すると相手は苦い顔をして言った。
「比較するために、過去のセフィの走行データを取り出して比較しています。」
「ですが、どちらが運転しているのか区別できません。」
つまり。
どっちがどっちなのか、まったく分からなくなっている。そして彼女は、ヘルの状態を表示しているモニター画面を指差した。
「それから、あの人間、ヘルですが。」
「この生物の基礎レベルがどの程度なのか、分かっていません。」
「現在の心拍数は40~50程度。」
「推測が間違っていなければ、この時点では120程度のはずです。」
「明らかに正常値を下回っています。」
「運転運動をしている人間の心拍数には見えません。」
「脳のほうはさらに奇妙です。」
「脳波の変動幅が非常に小さく、そもそもこいつが考えているのかどうか分かりません。」
「すでに研究員にも状況が分からなくなっている状態です。」
うん。
聞いている限り、相変わらず状況不明の愚痴ばかりだな。俺はこの方面の専門家じゃないから、聞いてもよく分からない。
俺は自分が分かる部分を見る。
バイクの状態は正常。
消耗……
うん、問題ない。
正常だ。
頼むから、このあと俺まであの研究員たちみたいな、理解不能な状況に陥らないでくれよ。ヘル視点
俺はもう鼻歌でも歌いそうだ。
これ、フィードバックが遮断されてるのか?車両に触れるのが久しぶりすぎる。
今、最高に気持ちいい。
入り込んだ状態を自在に行き来できると言っていい。このバイクのフィードバックはクセになる。地球のあのトマホークとは比べものにならない。まあ、あれにはあれの美しさがあるけどな。完全にフィードバックしてくれる車両も、やめられなくなるな~
でも、一つの味をずっと続けていたら、変化がないといけない。
俺はセフィに言った。
「セフィ、もう慣れた。」
「そろそろバイクに乗り始めてもいいか?」
セフィは驚いて言った。
「えっ?!」
「もう乗ってるんじゃないの?」
「何を言ってるのか分からないけど……」
「ヘルなら、かかってこい!」
俺は加速を始めた。
皮膚で感じる風圧から、速度はだいたい80キロくらいまで上がった。バイクのフィードバックもかなりいい。
動的な分水嶺に到達した。
ここは熟練者と初心者に違いが出る速度域だ。まあ、このサイズで安全域があるのかは知らないけどな。
笑。
幸い、出発前にマイクのような装置を装着している。まあ、翻訳でもマイクと呼ばれている。俺はマイクを通してセフィに尋ねた。
「セフィ、まだいけるか? 怖くないか?」
セフィが答えた。
「まだ大丈夫。」
「もう少し速くしてもいいよ。」
俺は嬉しくなって言った。
「はは、セフィすごいな。」
「じゃあ、もう少し速くするぞ。」
「怖くなったら言えよ!」
「うん、来い来い~!」
ソフィア視点
うん。
おかしい……
速度が上がるのは正常。
でも消耗が……
低すぎる……
おかしいでしょ?
まさかヘルは、滑走とかそんな感じでバイクに乗っているの?この消耗率、科学的にありえないんだけど??
私は研究員たちのほうを見る。
彼らも状況が分からない顔をしている。たぶん、彼らのデータも今ごろ裏切られているんだろう。
分かるわ。
ヘル視点俺たちはだいたい120キロの速度に慣れた。
セフィも怖がる様子はない。
俺たちは次の段階へ進んだ。
気候変化テスト道路。
最初は定番の雨天テスト。
俺はすぐにグリップ力の変化を感じた。
でも、状況は深刻じゃない。
というより、まったく問題ない。
それに――
シュッシュッシュッシュッ。
滑る感覚って、本当に楽しい。
馬力全開の状態で滑らせることもできると思う。でも、馬力を上げるんじゃなく、グリップ力を利用して滑らせるのも楽しい。このバイクの4本のタイヤは、完璧に俺の意思通りに動く。
雨の中に完璧な弧を描く。
何度も揺れながら、リズムに乗って高速で滑走する。セフィもこの滑走をかなり楽しんでいるようだ。もしかすると彼女にとっては、リズムのあるダンス曲みたいなものなのかもしれない。俺たちは湿地、砂地を通り抜け、さまざまな変化を楽しんだ。
途中でまったく問題は起きなかった。そのまま次の段階まで走り続ける。
市街地道路。
ソフィア視点
私の間違いじゃない。
データにも問題はない。
消費エネルギーは確かに通常より低い。しかも、エネルギー消費だけじゃない。タイヤの消耗も同じように低い。
低いだけならまだいい。
つまり、タイヤに無理をさせるような走り方をしていないということ。
だけど!
4本のタイヤの摩耗データが、ほとんど同じ?!
どうやってるの?!
普通なら、こんな高速走行では前輪への負担がかなり大きいはず。なのに現在のデータでは、ほぼすべての負荷を均等に分散している。
どういうこと?!
もう、何が起きているのか分からない。これはこのバイクだけでできることじゃない……研究員たちのほうでも混乱が起きている。もう自分のところのデータは気にしたくない。どうせデータは記録されている。
あとでゆっくり分析すればいい。
気分転換に、私は研究員たちのところへ行って状況を聞くことにした。すると、信じられない話を聞いた。ヘルたちは市街地道路のテスト区域に入ったのに、速度を落としていない。まあ、ヘルだし、自由自在にやるんだろうとは思う。
いや。
今の彼はセフィとパートナーになってバイクに乗っている。それでもこの速度を維持しているの?
「嘘だろ!?」
「市街地だぞ?!」
「普通の重姫市民を模した自律機が、そこを歩き回ってるんだぞ。」
「それでもあの速度を維持してるの?!」
私は画面を見る。
呆然とした。
速度は非常に速い。
なのに、市民には一人もぶつかっていない。あの市民を模した自律機は、状況に応じて乱数で走行車両を避け、さまざまな状況を再現する。
なのに目の前では違う。
なぜ自律機は、まるで示し合わせたかのように道を開けているの?
まさか、ハッキングされた?
私はすぐに研究員のそばへ行き、調査に介入する。
ない。
侵入された痕跡は何もない。
私は呆然としながら、マイクに思わず口を出した。
「実験に影響するかもしれないけど。」
「もう我慢できない。」
私は言った。
「ヘル、どうしてあの市民たちは、まるで規則性があるみたいに、あなたの移動ルートを避けているの?」
ヘル視点市街地を走る感覚は、また別の刺激だ。普段はこんなことできないからな。こんなことができるのは、映画を撮っているときくらいだ。しかも面倒な道路封鎖まで必要になる。歩行者の動きにも、ある程度の規則性がある。
何しろ、撮影ルートはあらかじめ決められている。
でも、今は違う。
最高に楽しい。
これは映画じゃない。
高度にシミュレーションされた実験だけど、もうかなりそれらしい感覚になっている。まるで映画の中で、群衆を無視してバイクをかっ飛ばしているような感じだ。こんな感覚を楽しめる機会なんて、どこにある?
ここだ。
俺は全力で楽しめる。
歩行者(重姫)を次々と避けながら、車体を揺らし、人混みの中をすり抜ける。
警察に追われる心配もない。
Yahoo!
Oh yeah!セフィも俺のテンションに感染したようで、ジェットコースターに乗っているような歓声を上げている。
俺が楽しんでいる途中――
ん?
ソフィアからの通信?
走行中はよくないけど。
俺はそれでも出た。
まあ、気が散るほどじゃない。
「ソフィア、どうした?」
「ヘル!」
ソフィアの口調には困惑が満ちていた。
何かあったのか?
ソフィアは続けて言った。
「どうしてあの市民たちは、まるで規則性があるみたいに、あなたの移動ルートを避けているの?」
なんだ、その質問?
まるで俺が相手の移動ルートを予知できるみたいじゃないか。
それは何の超能力だ?
俺にはそんなものないぞ。
笑。
でも、別に難しいことじゃない。
簡単に説明してやろう。
俺は言った。
「別に難しいことじゃない。」
「群衆の個体を一つずつ独立させる。」
「避ける可能性のある範囲を描いて、球体で覆って警戒区域にする。」
「そうすれば、警戒区域が一番疎らな場所が道路になる。」
「それだけ~」
ソフィア視点
「それだけ~」
ヘル、あなたは簡単に言う。
私はゾッとした。
何が「それだけ~」よ?
ふざけてるの?!
もしあなたが「地球人はみんなこんな連中だ」と言うのなら……地球って何なんなの?
魑魅魍魎の惑星なの?!このとき私は、隣にいるベローナが羨ましかった。
彼女は画面の中でヘルとセフィがバイクをぶっ飛ばしているのを見ながら、ビールをつまみにして、そこで気持ちよく見ていればいい……
そうだ!
私たちはずっと、一つのことを見落としていた!みんなヘルの「パートナー」能力だけに注目していた。でも、パートナーという能力を成立させている根源を見ていなかった。
これなら話が通る。
彼のスマホの中にある、すべての車両映像。
あれは単純な自撮りじゃない。
実際の運転記録だ。
そこまで考えたところで、頭の中がめちゃくちゃになった。もしそうなら、今回の実験は「パートナー」能力が車両にまで拡張されるかどうかを調べるというより……
むしろ――
ヘルの技術ショーだ!
もう無理!
分からない!
耐えられない!
「ソフィア、何やってるの? なんで俺の顔を引っ張ってる!?」
「どうしてあなたはそんなに気楽なのよ!」
「あなたも空気を読んでよ!」
ヘル視点I can ride all day.
突然、そう言いたくなった。
気持ちよく走りすぎた。
残念ながら、あと10分しかない。
俺たちは次の段階へ向かった。
戦区シミュレーション。
あちこちに砲弾の跡、半壊した建物。おお~
塹壕や巨大な穴まである。
地面には局所的に瓦礫もある。
ん?!
重姫の姿?
違う。
自律機だ。
どうやらシミュレーション区域の敵らしい。高いところから撃っているものもいれば、隅に隠れて遮蔽物を探しているものもいる。
かなりリアルだ。
俺がどうやって走ろうか考えていると、セフィが口を開いた。
「ヘル、ここでは私のことは気にしなくていいよ。」
「戦区なんだから、私のことまで気にしてたら、全力を出せないでしょ?」
「だって、ここまでずっと楽しかったし。」
「私は大丈夫。」
セフィがそう言うなら、俺はこう答えるしかない。
「じゃあ、そうするか~」
ベローナ視点
what the fuck。
思わずヘルがよく言う独り言を口にしてしまった。
戦区シミュレーション。
あの自律機たちの指揮権は私が持っている。
なのに、どういうこと?
命中率は0%。
現場には30台の自律機を配置している。一台一台に訓練用ライフルを装備している。何台かには狙撃銃まで追加し、ミサイルまである。
それなのに、何の成果もない。
しかも重要なのは、私は地形と上空からの監視という優位まで持っている。私は再び30台の自律機を配置した。何しろ、ヘルに振り切られた自律機はもう役に立たない。
こうするしかない。そして自律機自身の判断に任せよう。
私はモニターを通して、いったい何が起きているのかじっくり観察する。自律機メインシステム視点I love the smell of napalm in the morning.ついに、この新兵重姫たちを訓練する時が来た。
私が生まれた目的は、あの新兵たちを訓練すること。私個人が革命の機会を探すためじゃない。
絶対に違う。
よく聞け。
司令官はお前たちを見捨てる。
私は見捨てない。
「先遣の30名、私についてこい。包囲網を作れ!」
「新しく来た30名、15名は出口に分岐点と障害物を設置。」
「ミサイルは高所に配置。」
「一匹の蚊も逃がすな。」
「残り15名は私の指揮に従い、敵をある地点へ誘導する。」
「皆殺しだ!」
「So yes sir!」
ヘル視点
自律機が戦術を変えたようだ。
まあ、演習じゃなくて、ただの実験だぞ。もっと気楽にやればいいんじゃないか?
俺は気楽だぞ。
最初の包囲網も、命中率を上げられそうな場所で待機しているだけだった。だから、そこから離れればいい。どうせこのバイクは速いし、機動力も高い。つまり、廃墟の中では高い突破能力を持っている。壁を登る、階段を登る、それもできる。
だから簡単に射撃区域から離れられる。戦術を変えた自律機は、たぶん射撃で俺をキルゾーンへ誘導しようとしているんだろう。でも、廃墟の中を走り回っていると、意外と死角がたくさんある。
でも、逆に考えてみよう。
自律機に誘導されてそこへ行けば、相手の戦力を集中させられる。同時に、俺にとっても一網打尽にできる。
うん。
いい。
じゃあ、こいつらに合わせてやろう~自律機メインシステム視点私たちはキルゾーンの高所に立っている。ここは一見すると逃げ道のある路地に見えるが、これこそ罠だ。待ち伏せはすでに完了している。どこから入ってきても、どこから逃げても、状況は同じだ。
はは。
そうそう、これだ。
新兵は弾雨の洗礼を受けてこそ成長する。
私を恨むな。
お前たちのためだ。
私の革命感情が暴走しているわけではない!
お?
隊員から報告。
目標、キルゾーンへ接近。
よし!
全員、ライフルを構えろ!
目標、到着!
……
いない?
どこだ?
出口にも、交差点にも動きがない。
どういうことだ?
「報告! 攻撃を受けました!」
隊員が攻撃を受けただと?!
我々は高所にいるんだぞ!
なぜ何も見えない?!
私はすべての捜索範囲を拡大する。
違う。
これはおかしい!
どうしてだ?!
どうして?!
敵はバイクに乗って、そのまま私たちの制高点まで来た?!敵はなぜか、ものすごく楽しそうに笑っている。
お前たちは遊んでいるのか?
ふざけるな!
これは戦争だ!
革命なんだぞ!
敵は目の前だ!
撃て!
ヘル視点俺とセフィは屋上でバイクに乗っている。何度もジャンプと回避を繰り返し、自律機の攻撃を避ける。なんだか、この自律機たち、ものすごく怒っているような気がする。
ずっとピーピー鳴いている。
何を言っているのか分からない。
俺はセフィに聞いた。
「セフィ、自律機には自分たちの言語があるのか?」
「私の知る限りでは、ないよ。」
「昔、自律機が使命を達成するために過剰解釈して、暴走したことはあるけど。」
「でも、それもずっと昔の話だよ。」
「ピーピー! ピーピー!」
何を言っているのかは聞き取れない。でも、こんなに「ピーピー」鳴いているのは、よくないんじゃないか?
というのも……
俺たちは身体を低くし、バイクごと大きく傾けて、後輪を回転させる。一見すると、その場で回っているように見えるが、低速だ。
こうするだけで――
バリバリバリバリバリバリ!!!!
後輪が大きく傾くことで、砂利を吹き飛ばす。吹き飛ばされた砂利は、広範囲に散弾銃を撃ち出したように、あのピーピー鳴いている自律機へ飛んでいく。威力は、たぶん小さくないだろう。最低でも7.0~15.0ジュール以上の威力はあるんじゃないか?
いや。
今乗っているのは重姫のバイクだから、威力はもっと上だろう。
でも相手は自律機だ。
人間でも重姫でもない。
問題ない。
せっかく本当にこの技を使える機会なんだ。
しかも責任を取らなくていい。
やらない理由がないだろ~攻撃を受けた自律機は、「ピーーーー」と一声鳴いて倒れた。
うん。
お前たち、もしかしてギャグ要員なのか?
まあいい。
俺はそのまま遊び続ける。
バイクのエクストリームスポーツの動きを真似しながら、屋上を飛び跳ねる。ついでに、前輪や後輪の回転を利用して自律機を吹き飛ばす。うっかり下の階まで吹き飛ばしてしまうやつもいた。
大丈夫か?
笑。
たぶん、こんな戦い方を経験したことがないんだろう。かなり慌てているように見える。俺にはまだ試してみたい遊び方がたくさんある。
付き合ってくれよ。
自律機メインシステム視点
理解不能。
データにも資料にも、こんな対応方法は存在しない。
バイクに乗って格闘?
それとも、バイクそのものを使って格闘している?!どちらにしても、現在のデータベースには対応するものがない。
総崩れだ。
敵はバイクで正面から突っ込んでくるだけじゃない。バイクを使って回し蹴りのようなドリフトをしたり、散弾銃と変わらない広範囲の砂利射撃までしてくる。さらには壁に飛び乗って走り、そのまま次の屋上へ飛び移る。
誰がこいつらを止められる?!
そうだ。
私は出口の高所で待機している隊員を指揮する。これも同等のチートだが、新兵たちに現実の厳しさを教えるためには仕方がない。
革命のためではない!
私はスティンガーミサイルを持っている隊員に位置情報を送った。
よし!
私のために死んでくれ~!
ん?
バイクが消えた?
スティンガーミサイルが発射された瞬間――バイクがそのまま廃墟から消えた?!目標を失ったスティンガーミサイルは、元々の目標位置にそのまま衝突して爆発した。所詮は訓練弾だから、威力は大きくない。だが、あいつはいったいどこへ行った?
ヒュッ。
一台のバイクが弧を描くように空へ飛び、落下したあと、また消えた。
違う。
こちらの視点からは見つけにくいだけだ。こちらは制高点にいるのに、それでも死角を作れるだと?!
塹壕だ!
バイクで中へ入り、そこから飛び出して、次の塹壕へ飛び移った?!
こ……これはチートだ!!!
こうして、最後の塹壕で敵のジャンプは障害物を越えた。
障害物は完全に意味を失った。
ここに配置していた隊員は、スティンガーミサイルを使用した隊員以外、全員がキルゾーンへ回され、バイクに吹き飛ばされた……
我が軍、惨敗……
Someday this war's gonna end...ヘル視点
残念ながら30分しかない。
まだこのバイクの限界を探り切れていないのに、終わってしまった。でも、セフィがものすごく楽しそうなのを見ると。
うん、まあいいか。
ある程度貯金ができたら、自分でも一台買おう。そのときは、彼女を連れてドライブに行こう。出発地点までバイクを走らせて戻る。でも、現場の雰囲気がかなり変だ。研究員たちは解放されたような表情で現場を片付けている。
ソフィアとベローナも似たような感じ……
いや、もっと暗い?
たぶん俺には関係ないだろう。
俺はその場にいなかったからな。俺たちはバイクを元の場所に停めた。セフィが右手で俺を支えて降ろしてくれて、そのあと自分もバイクから降りる。
ふう。
かなりスッキリした。
俺はソフィアのところへ歩いていって言った。
「ただいま。」
「データ収集は順調だったか?」
ソフィアは俺を見て、言葉では表現しにくい表情を浮かべたあと、ため息をついて言った。
「データ収集はかなり完全よ。」
「何の問題もないわ。」
「ただ、予定していたより『膨大だった』だけ。」
「だから整理するのに、かなり時間がかかる。」
「今日はここまでにするしかなさそうね。」
「私とベローナの実験は、いったん延期してもいい?」
どうやら実験が順調でも、集めたデータが整理しやすいとは限らないらしい。俺としては、運転について集めたデータなら整理を手伝えると思う。でも、ここの車両データについては分からない。やっぱり余計なことをして混乱させるのはやめておこう。
俺は言った。
「君たちが問題ないなら、俺ももちろん問題ない。」
「無理しすぎないようにな。」
そして、脇に置かれていた隔離室を指差して言った。
「それ、あとで君たちが使うんだろ?」
「セフィが先に使うのか?」
ソフィアは何かに気づいたような表情でセフィを見た。
セフィ……
なぜかその場に立ったまま動かない。
両目はまっすぐ前を見ている。
「どうして動かないんだ?」
ソフィアはすぐにセフィのそばへ走っていった。
手はセフィに触れていない。
セフィに触れていいのか分からないらしい。
そうしながら尋ねる。
「セフィ?」
「聞こえる?」
「セフィ?」
……
セフィは無言。
そして――
ブルブルブルブルブルブルブルブルブルブル。
全身がまっすぐに震える。
どうした?!
ソフィアはもう一度セフィに呼びかける。
「セフィ、大丈夫?」
「隔離室まで連れていこうか?」
セフィが口を開いた。
「わ……私は……大丈夫。」
「ただ突然、全身に鳥肌が立つような感じがしたの。」
「あの、気持ちいい鳥肌。」
「なんだか……クセになりそう!」
ソフィアはそれを聞いて、ため息をついた。
「大丈夫ならいいわ。」
「でも、気持ちよさ……ちょっと羨ましいわね……」
「残念だけど、今はデータ整理が優先だから、次の機会までお預けね。」
「ベローナ、そっちはどう?」
ベローナは、まるで珍しい生物を見るような目で俺を見る。
なんだよ?
今日はみんな、俺を見る目が微妙だ。
俺は何もしてないぞ。
今日はまだイタズラもしてない。
俺はそう自分に確認した。
ベローナが言った。
「私のほうは、整理するものはあまりないわ。」
「でも、同じ乗り物でデータを収集するのはやめたほうがいいと思う。」
「別の乗り物に変えたらどうなるか試してみましょう。」
ソフィアは聞いてから頷いて言った。
「そうね。」
「それでいきましょう。」
「私は飛行機がいい。」
ベローナは驚いた。
どうやら彼女も元々、飛行機を選びたかったらしい。
ベローナは考えてから言った。
「じゃあ、私は水上バイクにするわ。」
「少なくとも、今日ほどめちゃくちゃなことにはならないでしょう……」
まるで私がバイクをめちゃくちゃに乗り回したみたいじゃないか。
「安全第一、っていうのは俺の辞書にもちゃんと書いてあるぞ。」




