006
ヘル視点
リビング。
セフィはソファの上でぐったりとうつ伏せになっていた。
一方の俺は……
自分の口座を見ていた。
いや。
アルカディアでのデジタル資産だ。
減る速度が。
思っていたよりも早い。
全部オーダーメイドだからだ。
一つ一つは高くなくても。
全部合わせれば。
かなりの出費になる。
……
でも。
問題はそこじゃない。
俺のデジタル資産が。
いつの間にか。
少しずつ増え始めていた。
……
俺。
何か勘違いしてる?
ベローナはリビングの冷蔵庫へ向かい。
ビールを一本取り出した。
ソファでぐったりしているセフィを見ると。
口を開いた。
「セフィ、どうしたの?」
「なんでそんなにぐったりしてるの?」
セフィはゆっくりと顔を上げた。
「全部ヘルのせい……」
「ヘルのせいで……
すごく疲れちゃった……」
ベローナはすぐに。
嫌そうな顔で俺を見た。
「セフィ!
変な誤解を招かないで!」
誤解を避けるため。
俺はすぐに説明した。
「セフィは。
一緒にオーダーメイド品のネットショッピングをしてただけだ。」
「ただ……
細かいところに。
少しこだわっただけで。」
するとセフィはすぐにツッコむ。
「少しじゃない。」
「ヘルはすっごく細かいの~」
反論したかった。
でも……
言ったところで。
どうしてそこまで細かくするのか。
たぶん彼女たちには理解しづらいと思う。
家具っていうのは。
長い間付き合うものだから。
最初に適当に選ぶと。
あとになって。
ずっと違和感が残る。
例えば……
「あっちを選べばよかった。」
とか。
「なんで適当に買っちゃったんだ?」
とか。
そんな考えが浮かび始めると。
どんどん気になってくる。
昔みたいに。
賃貸暮らしなら。
まだよかった。
でも。
今は違う。
俺は。
これから長い間。
アルカディアで暮らすことになる。
適当には選びたくない。
住み心地が悪くなるだけじゃなく。
無駄な出費にもなりかねない。
話が逸れた。
俺はスマホの画面を。
ベローナに見せた。
「ベローナ。
これが俺の資産なんだけど。」
「なんか変じゃない?」
ベローナは一目見て。
驚いたように言った。
「人に口座なんて気軽に見せちゃダメでしょ!」
「うーん……」
「私にはよく分からないな。」
「確かに変。」
「ソフィアって今、手空いてる?」
ベローナはすぐに。
ソフィアを呼んできた。
どうやら。
ベローナは資産管理のほうは。
あまり得意じゃないらしい。
そして。
原因は。
ソフィアだった。
ソフィアは内容を確認すると言った。
「それはあなたのスマホを解析して。」
「重姫専用スマホを製作したことで発生した。」
「データライセンスの分配金よ。」
「基本となる設計コンセプトが。」
「あなたのデバイスから来ているから。」
「法律に基づいて。」
「ライセンス収益が支払われるの。」
「……俺の何?」
「分配金?」
俺はスマホに目を落とした。
口座の金額が。
さっきより。
また少し増えている。
嬉しいことではある。
でも。
知的財産権のことなんて分からない俺には。
どうにも何かがおかしく感じる。
なんというか……
うっかり犯罪を犯してしまいそうな感じ。
なんとなく。
その金に手をつけたら。
ヤバい気がする。
……
でも。
でも。
金なんだよな。
勝手に入ってくる金なんだよな。
不労所得なんだよな。
セフィは俺を見ながら。
思わず笑って言った。
「こんなに葛藤してるヘル。」
「初めて見た。」
三十分葛藤した末。
俺は血の涙を飲みながら。
黙って資産をもう一つのサブ口座へ分けた。
そして。
すべての不労所得を。
そっちへ移した。
この家の共同生活費として。
俺はその画面をソフィアへ送り。
言った。
「これからは……」
「このお金は。」
「俺たちの共同生活費ってことで……」
ソフィアは俺の表情を見て。
まるで。
哀れで。
悲惨な生き物でも見ているような顔をした。
こ……これ……
この胸が張り裂けそうな感じは何なんだ?
まるで。
超レアなスーパーカーが。
高層ビルの屋上に置かれていて。
見ることしかできない。
乗れない。
走れない。
まさに。
そんな感じなんだよ……
しかも。
もしこの金に本当に問題があったとしても。
みんなで使えば。
みんなで背負うことになる。
俺としては。
そういうつもりもあった。
……
まあ。
そういうことにしておこう。
ふぅ~
クロノス領域
クロノスの大型研究所。
あの未知の宇宙船は。
大勢のクロノス所属の研究員重姫たちに囲まれ。
調査が続けられていた。
研究所全体には。
重苦しい空気が漂っている。
彼女たちは。
膨大な数の宇宙戦艦を犠牲にして。
ようやく。
目の前の未知の技術を手に入れたのだから。
手を伸ばせば。
触れることはできる。
だが。
それだけだった。
どんなスキャンも。
吸収される。
解析できない。
物理的にも。
分解できそうな箇所は。
一つも見つからない。
力ずくで切断しようとしても。
エネルギーカッターは吸収され。
物理的な切断も。
まったく進まない。
目の前の状況は。
まるで。
金庫を手に入れたのに。
暗証番号がない。
しかも。
開ける扉すらない。
そんな状態だった。
一人の男性重姫が。
先頭に立つ女性研究員重姫のもとへ歩み寄る。
そして。
手を上げ。
手の甲で。
相手を強く殴った。
そのあと。
ハンカチを取り出し。
自分の手を丁寧に拭くと。
淡々と言った。
「これで。」
「上には報告できる。」
「警告は済ませた。」
「感謝するといい。」
殴られた女性研究員重姫は。
頭を下げ。
礼を述べた。
男性重姫は。
それ以上何も言わず。
別の隔離区画へ向かう。
そこは。
隔離室というより。
隔離収容所に近かった。
分類など一切ない。
あの未知の宇宙船に触れた重姫。
あるいは。
近づいただけの重姫まで。
全員が。
まとめて隔離されていた。
男性重姫は。
隔離中の重姫たちを観察しながら。
報告を受ける。
「現時点で。」
「異常が確認された個体はいません。」
「感染の兆候もありません。」
報告を聞き終えると。
彼は興味を失ったように。
その場を立ち去った。
そして次の部屋へ。
研究室の中央には。
かつてヘルを収容していた隔離室が置かれていた。
その中には。
ヘルに関する。
最初の一次資料が保管されている。
つまり。
ワクチン投与前の。
オリジナルの身体データだった。
隔離室の前に立つ研究員重姫は。
その男性重姫へ報告を始めた。
「現在までに得られたデータによると。」
「対象は。」
「極めて一般的な炭素基生命体です。」
「身体密度は。」
「一般的な生物より。
やや高めです。」
「個体は小柄です。」
「既知の病原体は確認されていません。」
「特殊な改造の痕跡もありません。」
「それと。」
「現在採取できている毛髪サンプルは。」
「すべて白色です。」
「最近抜け落ちたものは。」
「おそらく白髪だと推測されます。」
「我々は。」
「この生命体は長期間。」
「極度の精神的ストレス下にあったと。」
「判断しています。」
「それ以外に。」
「特筆すべき能力は確認されていません。」
「そのため。」
「映像内で確認された。」
「アルカディアの女性重姫に起きた異常な変化が。」
「どのように発生したのかは。」
「依然として推測できません。」
男性重姫は。
映像を見つめながら。
淡々と尋ねた。
「つまり……」
「その女性重姫は。」
「何の理由もなく。」
「我々と同等。
あるいは。」
「それ以上の重姫を。」
「複数同時に相手取れるほど。」
「強くなったと。」
「そう言いたいのか?」
男性重姫の問いに。
女性研究員重姫は。
言葉を失った。
パシッ!
男性重姫は手を上げ。
手の甲で。
彼女の顔を強く打った。
冷たく言う。
「どう考えても。」
「生体強化用の物体が。」
「存在するはずだ。」
「もっと徹底的に調べろ。」
そう言うと。
再びハンカチを取り出し。
自分の手を拭いた。
「この一撃で。」
「上への説明はつく。」
「研究を続けろ。」
「できるなら。」
「複製も試みろ。」
男性重姫は。
大型研究所を後にした。
入口では。
もう一人の男性重姫が。
以前から待っていた。
「フォル。」
「ご苦労だった。」
相手は笑みを浮かべ。
右手を軽く振って挨拶した。
しかし。
死角から。
鞭のような一撃が。
突然襲いかかった。
パシィッ!
フォルは。
見ることすらしなかった。
ただ自然に手を上げ。
その鞭を。
手のひらで受け止める。
傷一つ付かない。
そこで初めて。
振り向き。
冷たい視線を相手へ向けた。
「ドロス。」
「どういうつもりだ?」
ドロスは微笑みながら言った。
「ただ教えてあげようと思ってね。」
「本当の罰っていうのは。」
「どういうものなのか。」
「それだけさ。」
「悪意はないよ。」
「もちろん。」
「本当に君を傷つけたとしても。」
「ただの指導だ。」
フォルは。
鞭を放し。
再び自分の手を拭いた。
淡々と言う。
「ルールはルールだ。」
「私は。」
「ルールに従って罰した。」
「お前が口を挟む余地はない。」
「ここを指揮したいなら。」
「ルールに従え。」
「そうでなければ。」
「私を倒せばいい。」
「ルール上。」
「何の問題もない。」
ドロスは。
わずかに頭を下げ。
笑みを浮かべた。
「残念だ。」
「私の切り札は。」
「今はここにいない。」
「だから。」
「わざわざ私自身が来たんだ。」
「どうやら。」
「まだその時じゃないらしい。」
フォルは。
何の反応も見せない。
ただ淡々と言った。
「分かっているならいい。」
「大量の宇宙戦艦を失ったにもかかわらず。」
「処罰はなかった。」
「ルールに反する。」
「これを教訓にしろ。」
「これが罰だ。」
ドロスは笑って言った。
「ルール、ルール。」
「お前のルールなんて。」
「結局は。」
「全部お前が決めてるだけじゃないか……」
「無能な部下には。」
「手の甲で一発叩くだけ。」
「お前のルールは。」
「身内にはずいぶん甘いな~」
フォルは。
無表情のまま答えた。
「ルールとは罰だ。」
「私は実行した。」
「それだけだ。」
「足りないと思うなら。」
「さっきみたいに。」
「私に挑めばいい。」
ドロスは。
すぐに両手を上げた。
「降参。」
「はは。」
「さっきので十分だ。」
「また今度にするよ。」
そう言うと。
気ままな足取りで去っていった。
フォルは。
ただその背中を見送る。
何も思わない。
そのまま。
自分の目的地へ向かって歩き出した。
アルカディア領域
ヘル視点
家のリビング。
俺は。
新しくオーダーメイドした着ぐるみを着ていた。
なぜかって?
簡単だ。
着ぐるみの中に入ってる人に聞けば。
どれだけ大変か分かる。
だから。
俺がオーダーメイドした着ぐるみには。
内部に空調。
パワードエクソスケルトン。
さらに。
地球の非ニュートン流体に似た装甲まで搭載されている。
そして。
一番重要なのは。
身長を高くする機能だ。
しかも。
ただ底上げするだけじゃない。
使用者の要望に合わせて。
高さと反発力を自動で調整してくれる。
これは本当に最高だ。
……
残念なことに。
俺には美的センスがまったくない。
デザイン画も。
めちゃくちゃだった。
なのに。
向こうは本当に。
そのまま作ってしまった。
だから。
今の俺の見た目は。
いつ精神崩壊してもおかしくない。
二本足で立つ猫獣人。
そんな感じになっている。
試してみた結果。
一言で言えば。
性能は驚異的だった。
地球で体験した歩行用外骨格と比べたら。
まるで別物だ。
自由に身長を伸ばせるし。
ジャンプ力も高い。
高い場所から飛び降りても。
特に問題はない。
もちろん。
限界はある。
俺は慣らしながら。
この着ぐるみの性能限界を試していった。
セフィは。
横で俺を見ながら言った。
「見慣れてくると……」
「結構かわいいかも。」
「でも。」
「動きが気持ち悪い。」
「すっごく動ける。」
「動けすぎて。」
「生理的に無理。」
「おい!」
十分体験したところで。
俺はセフィのところへ歩いていき。
身長調整機能を起動した。
「わわわっ!」
「大きくなった!」
身長百七十センチだった俺は。
一瞬で。
六メートルの脚長猫になった。
ようやく。
セフィと同じくらいの高さになった。
ただし。
伸びたのは脚だけ。
腕も胴体も。
一緒には伸びていない。
それを見たベローナが言った。
「これはこれで。」
「別の意味で目立つわね。」
「獣人が見ても。」
「普通に怖がると思う。」
一方。
ソフィアは……
笑いをこらえているのだろう。
お腹を抱えて。
床に転がりながら。
ずっと震えていた。
「もう笑えばいいじゃないか!」
俺から言わせれば。
今の俺は。
Slender Manじゃない。
むしろ……
Slender Catだ。
その姿のまま。
もう少し性能テストを続ける。
給湯スペースへ向かい。
両手を伸ばした。
着ぐるみの両腕が。
ゆっくりと伸びていく。
そして。
無事にコップを掴んだ。
「おっ。」
「いける。」
最初は。
背が高くなったら。
竹馬に乗っているみたいに。
グラグラして。
不安定になると思っていた。
でも。
まったくそんなことはなかった。
どうやら。
脚部の外骨格が。
全体のバランスを。
しっかり維持しているらしい。
大股で歩いても。
腕を伸ばしても。
重心は。
常に外骨格が。
安定して支えてくれている。
いったい。
どういう原理なんだ……
まあ。
少なくとも。
普通に歩く分には問題ない。
でも。
「セフィ。」
俺が声をかけると。
気づけば。
彼女はとっくに。
ずっと離れた場所に立っていた。
「どうした?」
セフィは眉をひそめて答えた。
「もう。」
「生理的に無理。」
「元に戻ってくれない?」
「うん。」
俺は頷いた。
「どうせ。」
「テストもだいたい終わったし。」
その時になって。
ようやく気づいた。
ソフィアとベローナも。
いつの間にか。
黙ってセフィの隣へ移動していた。
……
ちょっと待て。
さっきまで。
ソフィアはあんなに笑ってたよな?
今度は何なんだ?
俺は近くの鏡へ目を向けた。
「お~~。」
「なるほど。」
わざと少し猫背になってみる。
「悪くない。」
「ちゃんとあの感じが出てる。」
「しかも。」
「バランスも崩れない。」
両腕をさらに下へ伸ばす。
「おお。」
「地面まで届く。」
次の瞬間。
俺はそのまま。
四つん這いになり。
三人へ向かって。
猛スピードで走り出した!
「きゃああああああ!!」
「来ないでぇーー!!」
身長を高くしたままでも。
この着ぐるみは。
四つん這いの状態で。
高速移動ができた。
……
はしゃぎすぎた。
結果。
着ぐるみを丸ごと壊してしまった。
今の見た目は。
むしろ。
全身型のパワードエクソスケルトンに近い。
通気性は。
かなり良くなった。
その代わり。
空調機能は。
完全に意味がなくなった。
まあ。
少なくとも。
思い切り遊べたから満足だ。
俺は装備を脱ぎ。
ぐったり疲れ切った。
三人の重姫を見た。
その反応を見ていると。
ちょっとした達成感がある。
三人とも。
俺を説教する気力すら残っていなかった。
セフィは息を切らしながら言った。
「ヘル……」
「やりすぎだよ……」
「あれ……」
「見た目が。」
「すごく気持ち悪かった……」
ソフィアも続ける。
「まるで……」
「生理的な嫌悪感が。」
「実体化したみたいだったわ……」
ベローナは言う。
「私は。」
「手足が伸びる機能さえあれば。」
「どんな見た目でも。」
「結局同じ結果になる気がするけど……」
俺は笑って答えた。
「はは。」
「故郷にある都市伝説を。」
「真似しただけだよ~」
ソフィアは。
驚いた表情を浮かべた。
「地球には。」
「こんな生き物がいるの!?」
……
しまった。
本気にしてる。
俺は慌てて付け加えた。
「森で道に迷うと。」
「そいつに目をつけられるんだ。」
セフィは。
すぐに震え上がった。
「えぇぇ……」
「なんて嫌な生き物なの……」
俺は笑いながら。
彼女に向かって。
テヘペロをした。
翻訳付きの嘘発見器のおかげで。
本当に楽しい。
ベローナ視点
まったく……
後片付けをしながら。
掃除しているヘルを見つめる。
この小さな人間。
初めて会った時は。
特に何も感じなかった。
ただ。
小さい。
そう思っただけだった。
でも。
そのあと。
彼はセフィを連れて。
あの未知の宇宙船から。
無事に脱出した。
隔離室へ収容された時でさえ。
平然とセフィと会話を続け。
腕の翻訳機を外しながら。
スマホという装置を使って。
自分なりの方法で。
私たちの言葉を理解し。
少しずつ記録していった。
その姿を見て。
私は。
彼への警戒を強めざるを得なかった。
それなのに。
今に至るまで。
翻訳機が示した結果は。
すべて……
彼は一度も。
嘘をついたことがない。
際どい言い回しで。
誤魔化したこともない。
それでも。
私の直感は。
ずっと告げている。
この人間は。
ただ者じゃない。
口先だけじゃない。
彼が口にしていた。
「相棒」という能力も。
そうだ。
だけど。
彼からは。
戦場や。
職場で見るような。
本物の強者だけが持つ雰囲気は感じられない。
むしろ……
どうでもよさそうで。
それでいて。
悪戯と。
馬鹿騒ぎに満ちた空気。
いったい……
地球人は。
みんなこんな感じなの?
それとも……
こんなのは。
彼だけなの?
「守りたい存在がいる方が。」
「面白い。」
「やる気も出る。」
「それに。」
「難しいだろ?」
あの時。
マエラが言っていた言葉。
今でも。
私の頭の中で。
響き続けている。
昔の私なら。
きっと。
そう思っていた。
でも。
今の私は。
もうできない。
少しでも私情が混じれば。
判断を誤るかもしれない。
取り返しのつかない亀裂を生み。
やがて。
それは部隊全体へ広がっていく。
しかも。
今の私が所属している小隊は。
良く言えば。
全員が個性的。
悪く言えば。
全員が。
気分で動いているようなものだ。
隊長は。
金持ちの技術オタク。
隊員は。
純粋すぎる。
格闘物理学初心者。
そのうえ。
小さくて。
うるさくて。
口の悪い宇宙人が一匹。
……
ここで。
まともなのは。
私だけなの?
……
ふっ。
異動願いを出そうか。
迷っていたその時だった。
ピコン──
ソフィアから……
いや。
ソフィアに売ってもらったスマホが。
突然通知音を鳴らした。
画面には。
こう表示されていた。
「君が探している相手は。」
「現在。」
「Disp-013浮遊プラットフォームの旧ショッピングモールにいる。」
「待ってるよ。」
こんな。
いかにも人を食ったようなメッセージ。
それに。
私がずっと探している相手を知っている者なんて。
そう多くはない。
私の予想が正しければ。
クロノス側の人間だ。
しかも……
わざわざ私を指名してきた。
それでもいい。
待つより。
私は。
自分から動く方が得意だ。
ヘル視点
俺は。
大型バイクに乗るみたいな姿勢で。
ベローナの背中に乗っていた。
話は少し前に戻る。
ベローナが突然。
「仕事がある。」
「ちょっと行ってくる。」
そう言った。
そして。
ドアを開けて出ようとした瞬間。
ソフィアが。
ひょいっと俺を持ち上げ。
そのままベローナの背中へ放り投げた。
そして俺も。
流れに乗って……
コントロール。
ゴホン。
相棒を使って。
そのままベローナの動きを制限した。
……
さすが隊長。
いきなり俺を。
リミッター代わりに使ってきた。
俺はベローナに言った。
「単刀直入に言う。」
「ベローナ。」
「お前は。」
「交渉が苦手なだけじゃない。」
「言い訳も下手だな。」
「みんなの前で。」
「届いたばかりのメッセージを見て。」
「そのまま部屋へ戻った。」
「武器を山ほど装備して。」
「それで一言。」
「『仕事がある。行ってくる。』」
「これ。」
「間抜けすぎないか?」
「ツッコまれたいのか?」
「いや……」
「本気で。」
「俺たちが。」
「『はーい。気をつけてね。』」
「それで終わると思ってたのか?」
ベローナは。
俺の説教ラッシュを聞きながら。
顔を赤くしたり青くしたり。
肩を震わせていた。
……
恥ずかしいだろ。
俺は好きだ。
ソフィアは。
ベローナのスマホの記録を見ながら。
笑って言った。
「あと少し遅かったら。」
「危うく。」
「クロノスがアルカディアに送り込んだ。」
「内通者を。」
「みすみす逃すところだった。」
「ベローナ。」
「それがお前の言う。」
「公私の区別なの?」
「相手が。」
「いずれ動くことは分かっていたけど。」
「潜入という手段を。」
「最初から捨ててきたってことは。」
「どうやら。」
「相手は思っていた以上に焦っているみたいね。」
セフィは。
心配そうにベローナを見ながら。
尋ねた。
「ずっと探してた人って。」
「そんなに大事な人なの?」
ベローナは。
少し眉をひそめて答えた。
「大事よ。」
「少なくとも。」
「仕事として割り切れる相手じゃない……」
ソフィアは。
その答えを聞くと。
落ち着いた口調で言った。
「それなら。」
「私たちの仕事とは関係ない。」
「すでに女王陛下へ。」
「支援要請は出してある。」
「支援部隊は。」
「私たちが目標地点へ到着した瞬間。」
「Disp-013浮遊プラットフォームを包囲する。」
「誰一人。」
「逃がさないために。」
そう言うと。
ソフィアは。
ベローナの方を見た。
「分かった?」
「突入役は。」
「あなたに任せる。」
Disp……
俺の記憶が正しければ。
「退役」という意味だったはずだ。
翻訳後の元の言葉が。
実際に何なのかは分からない。
でも。
意味はだいたい同じだろう。
つまり。
目の前にある。
島のように巨大な浮遊プラットフォームは。
今まさに。
解体の最中ということだ。
至るところで。
彼女たちが。
「自律機」と呼んでいる装置が。
休むことなく動き続けている。
切断。
分解。
運搬。
それでも。
この規模は。
俺の知っている。
航空母艦の解体なんかとは。
比べものにならない。
その光景に見入っていると。
ベローナが。
不満そうに言った。
「どうして。」
「ヘルまで連れてきたの?」
「あなたたちも知ってるでしょ。」
「相手の狙いは。」
「ヘルなんだから。」
ソフィアは笑って答えた。
「え?」
「まさか。」
「ヘルを一人だけ。」
「家に置いていって。」
「私たちだけ任務を終えて帰ってきて。」
「お給料だけはちゃんともらう。」
「そんなつもり?」
セフィはすぐに手を挙げた。
「私は大丈夫だよ~」
ソフィアは。
振り向きもせずに言った。
「黙って。」
ソフィアは続けた。
「ヘルがここにいるからこそ。」
「私たちには切り札がある。」
「主導権も。」
「相手に一方的に握られずに済む。」
そう言って。
ソフィアは俺を見た。
そして。
今日の俺の格好は。
いつもとは少し違う。
俺は適当に。
黒い布を一枚見つけて。
レインコートみたいなマントを作った。
いかにも中二病っぽい格好だ。
いやいや。
もう夕方だからな。
これなら。
少しは見つかりにくくなる。
ソフィアは。
俺の格好を見ながら尋ねた。
「何か考えがあるの?」
ベローナ視点
Disp-013の旧市場エリアへ到着した。
目の前には。
男女二人の重姫が立っていた。
ただし。
女性の方は。
頭に袋をかぶせられ。
椅子に縛り付けられている。
いかにも。
人質らしい配置だった。
しかも。
その重姫が。
私の探している相手なのか。
確認することもできない。
一方。
男性重姫の方は。
どうやら。
刀剣類を得意とするタイプらしい。
彼は。
手にした刀を。
隣の女性重姫の首元へ当てながら言った。
「説明するまでもないと思うが。」
「お前の隣にいる。」
「その小さな生き物。」
「未知の宇宙船にいた生物だな?」
「なぜ。」
「黒いマントで隠している?」
その問いに。
私は鼻で笑った。
「お互い様でしょ。」
「私だって。」
「その重姫が。」
「本当に私の探している相手かどうか。」
「分からない。」
「こっちは。」
「人目を避けるための変装よ。」
「あなたは?」
刀を持った男性重姫は。
苛立ったように。
首元へ当てた刃を。
少し上へ持ち上げた。
そして言った。
「質問で返すな。」
「主導権は。」
「こちらが握っている。」
「彼女が欲しいなら。」
「どうすればいいか。」
「分かっているはずだ。」
「その生き物を。」
「こちらへ渡せ。」
ヘルの言う通りだ。
私は交渉が苦手。
どうせ苦手なら。
相手にその気があるなら。
最初から。
交渉の席をひっくり返せばいい。
彼はそう言っていた。
なんだか。
いつも見くびられている気がする。
でも。
一つだけ。
彼の言う通りだった。
言葉の主導権を奪えないなら。
戦場の主導権を奪えばいい。
珍しく。
あいつも。
いいことを言う。
私は即座に。
二丁の拳銃を構え。
最速で発砲した。
片方には衝撃弾。
もう片方には実弾。
衝撃弾の目的は。
人質を吹き飛ばすこと。
実弾は。
至近距離での援護。
だから。
命中は求めない。
必要なのは。
最速の連射。
そして。
片手での自動射撃だった。
人質は。
狙い通り吹き飛ばせた。
だが。
男性重姫も。
素早く回避した。
速い。
その時。
黒いマントを羽織ったヘルの。
外骨格が駆動音を響かせた。
彼は。
自分の体よりも大きな軍刀を持ち上げ。
凄まじい速さで。
さっき吹き飛ばされた人質へ向かって走る。
普段なら。
あの軍刀を持ち上げることすらできないはずだ。
どうやら。
あのオーダーメイドの外骨格は。
かなり高性能らしい。
敵の男性重姫は。
距離を取って様子をうかがった。
まさか。
遠距離武器を持っていないのか?
……
違う!
私はすぐにその場を離れた。
次の瞬間。
地面に。
銃弾の跡が穿たれた。
敵は一人じゃない。
ソフィアとセフィが。
対応に向かったはずなのに。
どうやら。
相手の数は。
思っていたより多いらしい。
男性重姫も。
その隙を逃さず。
距離を詰めてくる。
厄介だ。
少なくとも。
奴らが本当に狙っているヘルを。
攻撃する心配はない。
だが。
私が先に押し切られたら。
終わりだ。
黒いマントを羽織ったヘルは。
手際よく。
人質を縛っていた縄を切った。
よし。
早く──
その瞬間。
人質だった重姫が。
黒いマントのヘルを。
両手で掴み。
立ち上がった。
そして言った。
「捕まえた。」
ヘル視点
黒いマントのヘルが声を出す。
「ありゃ。」
「捕まっちゃったね~」
「ヘル大ピンチ~」
「どうしよう~」
「誰か助けて~」
「助けてぇ~~」
……
感情の欠片もない。
棒読みのセリフだった。
その場にいた重姫たちは。
全員沈黙した。
何が起きているのか。
まったく理解できない。
……
捕まっているのに。
この態度。
悪いけど。
君たちは。
読みやすすぎる。
黒いマントのヘルは。
右手を上げ。
中指を立てた。
左手でマントをめくる。
その中には。
ヘルはいなかった。
あるのは。
一体の外骨格と──
全身に。
ありとあらゆる種類の手榴弾が。
びっしり取り付けられていた。
外骨格は。
最後に一言だけ言った。
「Supply, motherfucker.」
ベローナは。
思わず。
ヘルから覚えた地球の言葉を口にした。
「Fuck!」
そして。
即座にその場から飛び退いた。
次の瞬間。
現場は。
凄まじく。
そして混沌とした爆発音に包まれた!!!
煙が徐々に晴れる。
ベローナは。
爆発現場へ近づき。
目の前の光景を見て。
思わずつぶやいた。
「私……
さっきまであんなに苦労して戦ってたのに……」
「いったい何だったのよ……」
俺は笑いながら。
彼女の後ろから姿を現した。
「ベローナの方が。」
「俺より演技うまかったじゃないか?」
ベローナは。
それを聞くなり。
すぐに怒鳴った。
「マントの中身が偽物なのは知ってたわよ!」
「でも!」
「あんなに手榴弾が詰め込まれてるなんて!」
「知らなかったのよ!!」
俺は。
わざと驚いたふりをして答えた。
「えっ?」
「まだ俺のこと。」
「分かってなかったのか?」
「こういう。」
「生まれつきの悪戯……」
「いや。」
「戦術。」
「面白いだろ~」
ベローナは。
本気で怒りながら叫んだ。
「そんな卑怯で下品な手を!」
「誰が理解できるのよ!!」
その時。
スマホに通信が入った。
ソフィアとセフィの方は。
すでに支援部隊と合流していた。
俺は。
現場の状況を報告する。
ソフィアは。
話を聞き終えると。
しばらく言葉を失った。
現場にいた二人の敵重姫は。
どちらも黒焦げになっていた。
だが。
まだ息はある。
そもそも。
俺は破片手榴弾なんて使っていない。
詰め込んだのは。
スタングレネード。
フラッシュバン。
衝撃弾。
スモークグレネード。
詰められるものを。
片っ端から。
全部詰め込んだだけだ。
俺は嬉しそうに。
ソフィアへ尋ねた。
「ねぇ~~」
「壮絶な戦死を遂げた外骨格。」
「経費で落ちるかな?」
ソフィアは。
苦笑しながら言った。
「使い終わって。」
「外見も壊れた中古の外骨格を。」
「そのまま消耗品扱いにして。」
「自分は。」
「また新しいのを買うつもりだったのね。」
「最初から。」
「そのつもりだったんでしょう?」
俺は笑って答えた。
「まあ。」
「試してみようと思って。」
「結果。」
「上手くいっただろ?」
「それに。」
「君が改造してくれたスマホのおかげで。」
「外骨格の遠隔操作も。」
「全然難しくなかった。」
ソフィアは。
少し考え込んでから。
俺が満足する答えをくれた。
「経費で落とせるどころか。」
「あなたの悪戯……」
「いいえ。」
「戦術は評価に値する。」
「特別手当も出るわ。」
「いいね。」
「ここって。」
「本当にいい職場だ。」
俺はすぐに笑って言った。
「いいね~」
「ここって。」
「本当にいい職場だ。」
その横で。
ベローナが口を挟んだ。
「外にいた狙撃手は。」
「捕まえたの?」
ソフィアの方は。
突然黙り込んだ。
……
嫌な予感がする。
ソフィアが口を開いた。
「こちらでも。」
「私たちも。」
「支援部隊も。」
「周辺を徹底的に捜索した。」
「でも。」
「狙撃手の姿は。」
「どこにも見つからなかった。」
その時だった。
ベローナが。
俺をひょいと抱え上げ。
一瞬でその場を離れた。
次の瞬間。
巨大な物体が。
空から降ってきた。
周囲一帯が。
激しく揺れる。
よく見ると。
それは一人の男性重姫だった。
体格はかなり大きい。
ベローナよりも。
さらに大柄だ。
しかも。
身につけているのは。
重姫によくある装甲ではない。
重姫専用の外骨格。
さらに。
全身重装甲。
俺は。
電話越しのソフィアへ言った。
「もう探さなくていい。」
「向こうから。」
「わざわざ挨拶に来てくれた。」
「礼儀正しいな……」
その男性重姫が口を開いた。
「老身は。」
「狙撃は得意ではない。」
「若い者たちに。」
「活躍の場を与えるため。」
「後方支援を選んだだけだ。」
「まさか。」
「敵がこれほど卑劣とは。」
「老身自ら。」
「前線へ戻るしかあるまい。」
「卑劣漢よ。」
「老身の裁きを受けるがよい。」
目の前の男性重姫は。
低く響く声で。
落ち着いた口調だった。
だが。
一番気に食わないのは。
まるで。
自分こそが正義であるかのような。
その物言いだ。
俺は苛立ちながら言い返した。
「おい!」
「ジジイ!」
「被害者は。」
「こっちなんだよ!」
相手は。
俺の言葉には答えなかった。
ただ……
あいつの手にある。
あれは何だ?
鉄の塊?
いや。
鉄の塊としか思えない。
巨大な棍棒か?!
次の瞬間。
その巨大な棍棒が。
俺たちの真上へ。
勢いよく振り下ろされた。
避けること自体は簡単だった。
だが。
地面は大きく陥没し。
そのまま。
地盤ごとずれ動いた。
あいつ。
戦場そのものを壊すつもりなのか!?
その男性重姫は。
なおもぶつぶつと呟く。
「大義のためには。」
「少数の犠牲が。」
「制度に意味を与える。」
「それこそが。」
「大義なのだ。」
「Fuck off!」
俺は思わず怒鳴った。
「俺が絶対的少数だからって!」
「犠牲にしていい理由になるか!」
「そんな御託を並べるな!」
ベローナは。
呆れたような顔で俺を見た。
ちなみに。
今の俺は。
ベローナに抱きかかえられたまま走っている。
抱き方は。
昔セフィが俺を抱えていた時とまったく同じ。
相変わらず。
柔らかくてぷにぷにだ。
ベローナは走りながら尋ねた。
「珍しく。」
「あなたが感情的になるなんて。」
「どうしたの?」
俺は。
あの男性重姫を睨みつけながら答えた。
「分からない。」
「何でか分からないけど。」
「とにかく。」
「あいつが気に食わない!」
ベローナは。
そんな俺を見て。
代わりに口を開いた。
「お前たちは。」
「生け捕りにするつもりなんだろう?」
「こんなに派手に暴れて。」
「うっかり殺してしまったら。」
「どうするつもりだ?」
男性重姫は。
再び。
あの馬鹿げたほど巨大な棍棒を持ち上げた。
そして言う。
「老身は。」
「完璧は求めぬ。」
「次善でよい。」
「最後に。」
「肉塊だけになったとしても。」
「報告はできる。」
そう言い終えると。
再び。
俺たち目掛けて。
棍棒を振り下ろした。
振るたびに。
速度は増し。
避けるのも。
どんどん難しくなっていく。
まさか……
こいつ。
戦場中に。
逃げ場がなくなるまで。
この攻撃を繰り返すつもりか?
「Holy shit……」
「駄目だ、駄目だ。」
「危うく。」
「相手のペースに。」
「飲まれるところだった。」
落ち着け。
ここには。
俺一人じゃない。
ベローナもいる。
彼女の前で。
無様なところは見せたくない。
……
よし。
戻った。
まず。
ベローナは。
誰を探している?
知らない。
今は後回しだ。
ここは。
退役中の浮遊プラットフォームの商業施設。
相手は。
狙撃が苦手な。
外骨格を装備した男性重姫。
武器は。
超巨大な棍棒。
さらに。
全身重装甲。
……
以上。
整理完了。
よし。
全部整理して。
全部まとめて。
あとは。
やるべきことを。
やるだけだ。
俺は……
All-round driver。
走りながら俺を背負っている。
ベローナに言った。
「相棒になろう。」
ベローナは。
少し迷いながら答えた。
「今回は。」
「ソフィアやセフィの時とは。」
「違うわよ。」
ああ。
分かった。
ベローナが言いたいのは。
たとえ俺と相棒になれたとしても。
彼女専用の武器や装備を。
自由に使えるようになるわけじゃない。
分かったと言っても。
本当に理解できるわけじゃない。
でも。
俺は。
ソフィアの時と同じで十分だと思った。
ベローナを安心させるために。
俺は言った。
「安心しろ。」
「俺がお前に合わせる。」
「そうすれば。」
「お前も両手を空けられる。」
それを聞いたベローナは。
そのまま俺を背中へ乗せ。
俺を背負ったまま。
両手で拳銃を抜いた。
そして言った。
「それじゃ。」
「『老身』が口癖の。」
「あの老害を。」
「ぶち殺してやりましょう!」
Oh yeah.
感じで言うなら。
セフィは。
弾むようなダンスミュージック。
弾むようで。
躍動感に満ちている。
ソフィアは。
まるで変奏曲だ。
オーケストラ。
そこへ。
ブルースダンスを混ぜたような感じ。
繊細で。
優雅。
それでいて。
正確。
そして。
ベローナは……
まったく別次元だ。
EDM。
ロック。
超高速のビート。
超高速ロックの中へ。
何種類もの異なるリズムが。
突然混ざってくるような感覚。
それだけじゃない。
QTEまで。
横から次々と飛び出してくる。
そんな感じだ。
とても個性的で。
荒々しくて。
乗りこなすのが難しいリズム。
でも。
構わない。
さっきも言っただろ。
俺は。
彼女に合わせるために来た。
ダンスと同じだ。
大したことじゃない。
ゆっくり。
彼女のリズムに合わせていけばいい。
ベローナは。
両手で大口径拳銃を構え。
自らを「老身」と呼ぶ男性重姫へ。
連続して発砲した。
弾丸は。
装甲に命中する。
だが。
残ったのは。
わずかな傷だけだった。
ベローナは。
思わずぼやく。
「何よ。」
「全然威力が上がってないじゃない。」
「いやいや!」
俺はすぐにツッコんだ。
「俺はそこまでファンタジーじゃない!」
「お前の拳銃の威力まで。」
「調整できるわけないだろ!」
「俺を。」
「怪力乱神みたいな存在にするな。」
「俺は普通の人間だ。」
「新人類とか。」
「ああいうおかしな連中とは違う!」
ベローナは。
すぐに言い返した。
「あなたの地球こそ!」
「変なものが多すぎるのよ!」
自らを「老身」と呼ぶ男性重姫は。
再び。
巨大な棍棒を振り下ろした。
商業施設全体が。
激しく揺れる。
周囲の振動も。
ますます大きくなっていく。
だが。
その一撃をかわしたベローナは。
何かに気づいたようだった。
「確かに。」
「少し違う感じがする。」
「体が。」
「少しだけ軽くなったみたい。」
「それだけ?」
俺は答えた。
「言っただろ?」
「俺は。」
「お前に合わせるために来た。」
「注文が多いな!」
ベローナは。
少し嬉しそうに。
自分の身のこなしを確かめながら言った。
「これなら。」
「近距離戦も。」
「できるかもしれない。」
「でも。」
「決定打にはならなさそうね。」
その点は。
俺も同感だった。
ベローナが持っている拳銃は。
最大口径の弾でも。
相手の装甲に。
傷を付けるのがやっとだ。
近距離戦を挑んでも。
決定打がなければ。
意味がない。
なら……
俺は周囲を見回した。
あの「老身」を名乗る男性重姫が。
派手に暴れ回ってくれたおかげで。
ケーブル。
鉄骨。
部品。
あちこちに散乱している。
……
十分だ。
俺はベローナに言った。
「少し危険だけど。」
「試してみよう。」
煙が晴れていく。
俺たちは。
自らを「老身」と名乗る男性重姫の前へ立った。
彼は口を開く。
「ようやく。」
「運命と正面から向き合う気になったか。」
「老身が。」
「手際よく終わらせてやろう。」
「苦しませはせぬ。」
自らを「老身」と名乗る男性重姫は。
再び。
巨大な棍棒を高々と振り上げた。
ベローナは答える。
「老害としては。」
「ずいぶん趣味が悪いわね。」
「それじゃ。」
「アルカディア流の。」
「おもてなしってやつを。」
「教えてあげる。」
俺たちと。
自らを「老身」と名乗る男性重姫は。
同じタイミングで動き出した。
だが。
さっきとは違う。
今度。
相手が見ているのは。
俺たちだ。
俺は。
わざと偽りの初速を見せた。
相手に。
俺たちのリズムを読ませるために。
次の瞬間。
一気に加速する。
相手の一撃を。
紙一重でかわした。
その時。
ベローナの手にあるのは。
もう拳銃じゃない。
鋼線だ。
その先端には。
見るからに重そうなナットが結ばれている。
そう。
即席で作った。
モーニングスターだ。
ベローナが。
高速で振り回す。
即席のモーニングスターは。
タイミングを正確に合わせ。
自らを「老身」と名乗る男性重姫の頭部へ。
容赦なく叩きつけられた。
重姫の脳の構造は。
俺には分からない。
でも。
この一撃は。
見事に顎へ命中した。
確かな衝撃を与えている。
次は。
俺のリズムだ。
俺は。
ベローナの左手を操作する。
自らを「老身」と名乗る男性重姫が。
体勢を崩したその瞬間。
外骨格と装甲の間にある。
わずかな隙間へ。
無理やり。
破片手榴弾を二発。
押し込んだ。
俺は叫ぶ。
「腹いっぱい食え!!」
ベローナは。
すぐに俺の意図を察した。
俺のリズムに合わせ。
自分の手で。
二発の手榴弾の安全ピンを抜き。
男性重姫を蹴り飛ばす。
俺たちは。
すぐ近くの柱の陰へ飛び込んだ。
次の瞬間。
破片手榴弾が炸裂する。
破片手榴弾特有の。
無数の破片が叩きつける音が。
豪雨のように。
激しく周囲へ降り注いだ。
現場は。
見るも無惨な有様になった。
自らを「老身」と名乗る男性重姫は。
爆心地に倒れている。
周囲には。
大量の破片が散乱していた。
外骨格も。
装甲も。
腹部は。
大きく吹き飛んでいる。
正直。
これでも即死しないなんて。
重姫って生き物は。
本当に頑丈だ。
それでも。
まだ戦うつもりなら。
最後の一発は。
そのまま口の中へ。
あるいは。
腹の穴から。
内臓へ直接押し込めばいい。
そんなことを考えていた時だった。
自らを「老身」と名乗る男性重姫が。
口を開いた。
「老身が……」
「このような末路を迎えるとは……」
「まことに世知辛い世の中よ……」
「このような邪道の……」
そこまで言った瞬間。
俺はベローナを操作し。
腹の穴へ。
思い切り蹴りを入れた。
俺は言う。
「老害って。」
「本当に無駄話が長いな。」
「まだ死んでないなら。」
「楽にしてやってもいい。」
「でも。」
「その前に。」
「俺の質問に答えろ。」
自らを「老身」と名乗る男性重姫は。
大笑いした。
そして言う。
「それで?」
「老身を。」
「どうやって痛めつけるつもりだ?」
「老身……」
「待て。」
「何をしている?」
あまりにも。
無駄話が長いので。
俺は。
奴の体に残っている装甲を。
一枚ずつ外し始めた。
傷口は。
その辺に落ちていた布で。
適当に止血しておく。
そして……
ベローナは。
呆れたように言った。
「ヘル。」
「分かってる?」
「今。」
「その体を触ってるの。」
「実は私の手なのよ。」
俺は。
ベローナの文句は聞こえないふりをして。
目の前の成果を眺めた。
鋼線を使って。
一つの芸術作品が完成した。
まるで。
海老のように体を丸めた姿勢。
確か。
日本では……
何て言ったかな……
海……
海老縛り?
俺は。
自らを「老身」と名乗る男性重姫を。
海老縛りのような恥ずかしい姿勢で縛り上げ。
そのまま吊るした。
自らを「老身」と名乗る男性重姫は。
羞恥に満ちた声で叫ぶ。
「貴様!」
「いったい何をしている!?」
俺は肩をすくめて答えた。
「俺?」
「何って?」
「お前を辱めてるんだよ。」
「俺は勝者だからな~」
「勝者が。」
「敗者から。」
「敬意も。」
「褒美ももらえないなら。」
「自分で用意するしかないだろ~」
その瞬間。
俺の予想を。
完全に裏切る出来事が起きた。
「うぅ~~」
「うぅ~~」
「うわぁ~~」
「やめろぉ~~」
「老身は。」
「こんなのは嫌だぁ~~」
「話す!」
「何でも話す!」
「こんな姿を。」
「人に見られたくないぃぃぃぃ~~~~!!」
俺は。
呆れた顔で。
ベローナを見た。
ベローナは。
少し気まずそうに言った。
「何て言えばいいのかしら……」
「ファインのことは。」
「知ってるでしょ?」
「だって。」
「男性重姫の中には。」
「生まれた時から。」
「ずっと優遇されてきた者もいる。」
「クロノスも。」
「大体そんな感じなの。」
「だから……」
「精神面も。」
「きっと似たようなものなんでしょうね……」
「何なんだよ……」
俺は思わずツッコんだ。
「この二つの星の男は……」
「まあ。」
「興味ないけど。」
俺は。
今のうちに聞いておくことにした。
「お前たちは。」
「ベローナが誰を探しているのか。」
「知ってるんだよな。」
「なら。」
「そいつは今。」
「どこにいる?」
ベローナは。
少し意外そうな顔で。
俺を見た。
「何?」
「それが。」
「最初からあなたの目的だったんじゃないの?」
自らを「老身」と名乗る男性重姫は。
すすり泣きながら答えた。
「こ……今回の計画は……」
「彼女が……」
「立てたものだ……」
「彼女は……」
「老身たち……」
「クロノスの仲間だ……」
「うぅ……」
「主な任務は……」
「潜入……」
「内部攪乱……」
「それから……」
「偽情報の流布だ……」
「うぅ……」
「へぇ。」
俺は思わず感心した。
「思ってたより。」
「ずっと重い話だな。」
俺は。
ベローナを見た。
彼女の表情は。
思っていたほど重くない。
むしろ……
吹っ切れたような顔だった。
ベローナは。
俺の視線に気づくと。
右手を伸ばし。
俺の頭を。
くるりと前へ向けた。
そして言った。
「これでいい。」
「これだけ分かれば。」
「私は。」
「もう迷わず戦える。」
「次は。」
「もう。」
「彼女にチャンスはない。」
どうやら。
ベローナと。
その正体不明の重姫には。
何か因縁があるらしい。
でも。
それはもう。
俺が知る必要のあることじゃない。
……
待てよ。
俺。
何か忘れてないか?
「ヘル~~!」
「ベローナ~~!」
「二人とも無事~~?」
セフィの声だ。
そうだった。
ソフィアとセフィは。
通信が途切れた時点で。
すぐにこちらへ向かってくるはずだった。
そのことを。
すっかり忘れていた。
その時。
「うぅ~~」
「うぅ~~」
「うわぁ~~」
「老身……」
「老身の醜態が……」
「見られてしまったぁ~~」
「見られてしまったぁ~~」
「老身は……」
「老身は……」
「もう。」
「生きていけん~~」
「うわぁ~~」
あっ。
そうだ。
こいつを。
吊るしたままだった。
この格好は。
確かに。
あまり人には見せたくないだろう。
でも。
慰める気には。
まったくならなかった。
ソフィアとセフィ。
そして支援部隊は。
すぐに戦闘現場で俺たちと合流した。
俺の報告を聞き終えたソフィアは。
右手で額を押さえながら言った。
「厄介な話も聞いてしまったけど。」
「それでも。」
「大手柄には違いないわ。」
「これ以上複雑なことは。」
「向こうに任せましょう。」
「私たちは。」
「これ以上。」
「深入りしない。」
ソフィアの説明を聞き終えた俺は。
親指を立てて言った。
「さすが。」
「俺のいい上司だ。」
「引き際を知るって大事だよな。」
ソフィアは笑って答えた。
「そうでしょ。」
「もらったお金の分だけ。」
「仕事をすればいいの。」
そして。
俺たちは同時に言った。
「この先は。」
「プロに任せよう。」
俺たちは。
互いに親指を立て合った。
その横で。
セフィは。
少し羨ましそうな目で。
俺たちを見ていた。
俺は心の中で思う。
セフィ。
大人になれば分かる。
まだ。
お前の肝臓は。
新鮮だからな。
もちろん。
そんなことは。
口には出さない。
そういえば。
俺は周囲を見回した。
でも。
ベローナの姿が見当たらない。
そこで。
ソフィアに尋ねた。
「ベローナは。」
「どこへ行った?」
ソフィアは。
俺の質問を聞いて。
一瞬固まった。
そして答えた。
「いつものこと……」
「あっ。」
「違う!」
「えっと……」
「あっ!」
「そうだ!」
「トイレ!」
「ベローナは。」
「トイレに行ったのよ~」
「そうか。」
俺は頷いた。
「前もそうだったな。」
「緊張が解けた反動なのか?」
「いや。」
「違うのかな?」
ソフィアは。
慌てて俺の腕を。
指先で軽く叩きながら言った。
「そこは深く追及しないの!」
「誰だって。」
「一人になりたい時くらいあるんだから!」
「うん。」
俺は少し考えた。
確かに。
そういうこともあるか。
あまり深く踏み込まない方が。
いいこともある。
ベローナ視点
ここに。
トイレなんてあるわけないでしょ!!
まさか……
副作用って。
こんな感じだったの!?
そうか……
セフィとソフィアが。
感じていたのって。
これだったのね……!
私も……
まだ処女なのよ!
あのクソヘル!!
少しでも。
人目につかない場所を探して。
この感覚が収まるのを待ちたい。
でも……
ここは。
解体中の廃棄浮遊プラットフォーム。
隠れられる場所なんて。
どこにもない!
……
結局。
私は。
もっと遠くへ。
もっと遠くへと。
必死に走っていくしかなかった!
あとがき
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
台湾でイラストや漫画を描いている者です。
被災された皆様のご無事と、一日も早く穏やかな日常が戻りますよう、台湾より心からお祈り申し上げます。
また次の作品でお会いしましょう。
ありがとうございました。




