表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
重姫駆動  作者: 樹下繪本
PR
3/6

003

結果から言うと、俺はまた閉じ込められた。

ただし今回は、理由が十分すぎるほどあったので、俺も認めざるを得ない。

飛船が航行している間、俺はあちこち歩き回り、あちこち探索して、この飛船の構造や配置を全部触って確かめようとしていた。

その結果。

ちょっとした不注意で、やらかした。

この飛船には衛生室が一つしかなく、しかもシャワー設備も兼ねている。

船内にいるのはほとんどが女性の重姫なので……

ごめんなさい。

本当にわざとじゃないんです。

それに何も見てません。

本当に。

トイレに行きたいなら、俺は隔離室にあるあの高級な独立型温水洗浄便座を使う。

……まあ、そこは重要じゃない。

とにかく。

俺が子供みたいに飛船の中を走り回って探索していたせいで、船内の重姫たちには多少迷惑をかけてしまった。

だから飛船の平穏のために、ひとまず俺を隔離するしかなかった。

隔離室の外では、セフィが呆れた顔で俺を見ていた。

「ヘルって、じっとしていられない体質なの?」

「なんだか、活発で頭のいい大型犬を飼ってるみたい。」

ソフィアが付け加えた。

「そうね。だからもう、あなたの翻訳機に追跡機能を有効にしておいたわ。」

「私を責めないで。」

ベローナは言った。

「見られた重姫が気にしていなかったし、追及もしなかったのは幸いだったわ。」

「むしろ、彼女たちは結構歓迎して――」

「ふざけんな! 私の仕事を増やすな!」

ベローナがその場で叫んだ。

ごめん、ごめん。

本当にちゃんと反省してる。

俺は心の中で思った。

普段の俺は、本当はこんなんじゃない。

たぶん、あれだけ長い間閉じ込められていたあと、突然自由を手に入れたせいで、その解放感に行動力を支配されていたんだろう。

いやはや。

俺の体格を考えれば、地球なら本当にセフィの言う通り、この行動は犬と大して変わらないのかもしれない。

どうりでさっき、俺はセフィに犬を抱き上げるような持ち方で持ち上げられ、そのまま隔離室に放り込まれたわけだ。

扱いが完全に犬と同じだ。

まあいい。

認めよう。

確かにちゃんと反省するべきだ。

それに地球だったら、こんな簡単には済まない。

それはそうと……

あの時、俺は本当に何の違和感にも気づいていなかった。

最初から最後まで、真剣に飛船の内部を観察していた。

その結果、まさか衛生室に入り込んでいたなんて?

俺は頑張って思い返してみた。

正直に言って、まったく違和感がなかった。

種族の違いが大きすぎるせいか?

だから俺にとっては、彼女たちが服を着ていても着ていなくても、実は大して変わらなく見える?

まさか、特撮作品に出てくる巨大宇宙人みたいなものなのか?

表面上は全身タイツに見えるけど、実はあれが皮膚?

もし本当にそうなら……

あの時、真剣に現場を観察していた俺は、実際にはものすごく気まずい状況にいたんじゃないか?

ソフィアが呆れた顔で言った。

「実は過去にも、似たような事例がなかったわけではないの。」

「何しろこちらは、女性の割合が男性よりはるかに高いから、普通はわざわざ別の衛生室を設けたりしないのよ。」

「それにヘルには、こちらの美的感覚がまったくない。」

「というより、みんなの美貌をまるで気にしていないと言うべきかしら。」

「そのせいで、自分の魅力を疑い始めた重姫までいるのよ。」

セフィも続けて付け加えた。

「本人たちはこう言ってたよ。」

「あなた、あの時すごく真剣に周りを見回して、みんなのことを見てたんだって。」

「みんな、あなたが真剣に異性へアピールしてるんじゃないかって思ってた。」

「でもまさか、最初から最後まで本当に観察してただけなんて。」

「しかも、みんなの体を観察してた。」

「そういうのはダメだよ。」

そこまで聞いて、俺は突然、あの時自分がいったい何を見ていたのか思い出した。

そうだ。

あれは初めて、彼女たちが装甲を着けていない姿を見た時だった。

待て。

つまり……

彼女たちが普段身につけているあの装甲は、彼女たちにとってはビキニアーマーみたいなものだった?

なのに俺は、まったく気づかなかった?

それで俺は、全裸の彼女たちを相手に、最初から最後まで真剣に観察していた?

……

まあ。

認めよう。

こうして聞くと、もっと変態っぽい。

場面はアルカディア王都の研究室へと移る。

数名の重姫研究員が、大量の投影データを囲んで分析を行っていた。

そのうちの一人が、女王重姫に報告を行っている。

「現在の未知の宇宙船に関する研究成果ですが。」

「外部の物質を吸収できることを確認した以外、これ以上の進展は得られていません。」

研究員が画面を切り替える。

別のデータが一同の前に現れた。

地球、人類、そしてヘルに関するデータだった。

「ヘルという名の人類について。」

「現在までに収集したデータから判断すると、彼は普通の炭素系生命体です。」

「身体密度は、この星の炭素系生命体よりやや高めです。」

「原因は、母星がより高い重力環境を持つためではないかと推測されます。」

「それ以外に、特殊な能力は確認されていません。」

そこまで言うと、研究員は少し間を置いた。

そして別のデータを呼び出した。

ヘルとセフィが共に戦っていた時の映像だった。

「ですが。」

「問題はここです。」

研究員は女王を見る。

「ヘルとセフィの異常状態に、直接的な関連が存在することを証明できません。」

「映像記録では、ヘルが搭乗している間、セフィはほぼ百パーセントに近い性能出力を維持していました。」

「しかし、データ分析では原因を特定できません。」

「セフィ自身にも、操作、侵入、あるいは強制制御を受けた痕跡はありません。」

「言い換えれば。」

「結果はあります。」

「ですが、直接的な証拠が見つかりません。」

女王重姫は目の前のデータを見つめた。

そして疑問を口にする。

「直接的な証拠がない、というのは?」

研究員はすぐに、当時のセフィの詳細記録を呼び出した。

投影画面には。

セフィの全身各部の出力数値、関節負荷、運動軌跡がすべて表示されている。

その多くの数値が、すでに限界範囲に近づいていた。

研究員はデータを指しながら言った。

「これが当時のセフィの状態です。」

「記録を見る限り、全身各部の出力変動が非常に激しい。」

「異常なほど速い、とさえ言えます。」

画面上のデータが絶えず変動する。

しかし。

研究員は、その中にある最大の問題を指摘した。

「ですが、一つだけ共通点があります。」

「すべての数値が、限界を超える前に止まっています。」

「まるで精密な計算を行ったかのように。」

研究員は少し間を置いてから言った。

「これは間接的な証拠としか言えません。」

「どれほど熟練した重姫でも、自分自身の限界をここまで完璧に把握することはできません。」

「一度や二度だけなら、偶然として扱うこともできるでしょう。」

「ですが、ヘルがセフィに搭乗してから。」

「戦闘全体を通して、この状態が維持されていました。」

「私個人の見解としては。」

「これはもう、偶然とは呼べません。」

女王重姫はデータを見つめる。

考え込むように言った。

「聞いていると。」

「まるで完全に把握されているようね。」

そして、さらに尋ねた。

「では。」

「この状態に副作用はあるの?」

研究員重姫の表情が、たちまち少し気まずそうなものになった。

どう表現するべきか考えているようだった。

考えを整理してから、ようやく口を開く。

「あります。」

研究室の中が、一瞬で静まり返った。

研究員は別のデータを呼び出す。

「ヘルが離れた後、しばらくの間。」

「セフィには以下の生理反応が現れました。」

「オキシトシンの大量分泌。」

「エンドルフィンの大量分泌。」

「セロトニンの大量分泌。」

「プロラクチンの大量分泌。」

「一方、ドーパミンは急速に低下。」

「持続時間は約数十分。」

……

報告は終わった。

だが研究室は、さらに気まずい沈黙に包まれた。

その場にいたすべての重姫。

女王重姫も。

随行の重姫も。

その顔には、わずかに不自然な赤みが浮かんでいた。

最後に。

最初に沈黙を破ったのは女王だった。

彼女は軽く笑って言った。

「これは副作用なの?」

「私にはむしろ、ご褒美に聞こえるのだけれど?」

隣にいた随行の重姫が、すぐに注意する。

「女王陛下。」

「お慎みください。」

女王重姫は思わず笑い出した。

研究員重姫は、空気が和らいだのを見て。

報告を続けた。

「セフィがヘルと接触する前と後の身体データを比較しました。」

「その結果。」

「セフィの基礎能力が向上していることが判明しました。」

その言葉は、すぐに全員の注意を引いた。

研究員は続ける。

「向上幅は、およそ中程度の強度の訓練を一度行い、その後十分な休息を取ったことで得られる成長に相当します。」

今度は。

女王重姫さえも、わずかに驚いた表情を見せた。

何しろ。

たとえ中程度の強度の訓練であっても。

それは長い時間を積み重ねて、ようやく得られる成果だ。

しかし今。

ヘルと接触することで、その時間を短縮できる可能性がある。

まるで副作用が極めて少なく。

それでいて効果は異常なほど優秀な生体増幅器のようだった。

研究員重姫は付け加えた。

「ただし、現在のサンプルは一例のみです。」

「同じ現象が他の重姫にも起こるとは保証できません。」

「そのため、さらなる観察と検証が必要です。」

研究室を出た後。

女王重姫は上機嫌で、王都の廊下を歩いていた。

その軽やかな足取りを見れば。

今の気分がかなり良いことは明らかだった。

隣を歩く随行の重姫が口を開く。

「セフィのあの子に有害な後遺症が残らなかったことが、そんなに嬉しいのですね。」

女王重姫は笑って答えた。

「後遺症?」

「いいえ。」

「面白い後遺症よ。」

「むしろ、そこは完全に予想外だったわ。」

彼女は楽しそうな笑みを浮かべる。

「面白すぎるわ。」

随行の重姫は軽く咳払いをした。

話題を変えることにした。

「では。」

「なぜ、あの男性重姫を外賓との接触に向かわせたのですか?」

「正直に申し上げて。」

「彼は適任ではないと思います。」

女王重姫は、話を遮られたことを少し残念に思っているようだった。

それでも答えた。

「普通の異星からの訪問者なら。」

「もちろん、もっと適した者を選ぶわ。」

彼女は窓の外の海面を見る。

そして続けた。

「残念ながら、今回の外賓にはそのような背景がない。」

「勢力もない。」

「後ろ盾もない。」

「政治的価値もない。」

「そういうことに敏感な者なら、すぐに気づくでしょうね。」

「ならば。」

「それ自体が問題のある子を送り込んだほうが。」

「かえって注目を逸らせる。」

随行の重姫は、しばらく沈黙した。

認めざるを得なかった。

女王重姫が考えている範囲は、確かに自分よりも先まで及んでいる。

しかし。

続く女王の言葉は、彼女をさらに呆れさせた。

「それに。」

「私、気になるのよ。」

女王は期待に満ちた笑みを浮かべた。

「地球から来た人類の男性と。」

「こちらの男性重姫が。」

「いったいどんな文化的衝突を起こすのか。」

その両目が、わずかに輝く。

「明日、何が起こるのか楽しみね。」

随行の重姫は、黙って自分たちの女王を見た。

心の中にある考えは、一つだけだった。

私たちの女王陛下。

いろいろな意味で、かなり危険だ。


翌日。

飛船はアルカディア王都の上空に到着した。

セフィは俺を自分の肩の上に立たせた。

観景窓を通して外を見る。

目に飛び込んできた光景に。

俺はしばらく言葉を失った。

王都そのものは確かに、あの典型的な直立型の巨大都市だった。

雲に届くほど高くそびえ。

壮観そのものだ。

しかし、本当に俺の注意を引いたのは。

王都そのものではない。

その場所だった。

王都全体が。

この星最大の海域、そのど真ん中に建てられている。

中央の本体部分以外にも。

周囲には大量の蜂の巣状のプラットフォーム区画が見える。

それらは整然と並び。

互いに組み合わさり。

驚くほど巨大な海上都市群を形成していた。

一部の大型建築がある区画だけは大きいものの。

大部分の区画は六角形の蜂の巣構造を維持している。

区画と区画の間は、連結通路によって接続されていた。

さらに遠くへ視線を向ければ。

ゆっくりと移動しているプラットフォームまで見える。

まるで新しい位置を探して、組み立てに加わろうとしているかのようだ。

この光景を見て。

俺は完全に言葉を失った。

これって、モジュール式の浮遊群島じゃないか?

これはもう、単純に先進的だとか効率的だとかいう問題じゃない。

実行能力の問題だ。

本当にこの規模で実現できること。

そこが一番恐ろしい。

隣ではセフィが興奮しながら紹介していた。

「あっちは私が一番よく行くグルメ区。」

「あっちは軍事区。」

「あっちは娯楽区。」

「あっちは住宅区。」

彼女の説明を聞くうちに。

俺も少しずつ、この都市の運営方式を理解していった。

基本的な考え方は、実は地球と大して変わらない。

同じように住宅区、商業区、娯楽区、仕事区がある。

ただし彼らは、地域そのものを直接モジュール化している。

一つの完全なプラットフォームにしているのだ。

そうすれば。

識別もしやすい。

管理もしやすい。

修理が必要なら。

区画そのものを丸ごと取り外して修復すればいい。

終わったら、元の位置に接続し直すだけだ。

なるほど。

彼らの修理という考え方は、地球とは完全に違う。

というより。

修理の範囲そのものが、区画全体にまで拡大されている。

どうりで飛船の中を探しても、大型の整備区画が見つからなかったわけだ。

彼らの考え方では。

その場で修理するくらいなら。

丸ごと取り外したほうがいい。

こういう設計には、いったいどんな利点がある?

コストは?

回収効率は?

本当にここまでする価値があるのか?

ただ、一つだけ確信できることがある。

高度に一体化されたモジュールは。

通常、故障率が非常に低い。

俺の記憶では。

以前、似たような概念の車両に触れたことがある。

蜂の巣構造と一体型プリント技術を利用して製造された車体。

従来の車両とは、走らせた感覚がほとんど別世界だった。

だから、その利点は多少理解できる。

ただ。

彼らはその概念を、都市全体にまで拡大している。

地球の場合。

支援能力にも実行能力にも限界がある。

ましてや、これほど巨大な一体型モジュールをプリントするとなれば。

製造時間だけでも、どれほどかかるか分からない。

そこまで考えて。

もう一つの違いが頭に浮かんだ。

時間。

人類の感覚で言えば。

一つのモジュールを製造するのに時間がかかりすぎるなら。

俺なら部品を使って組み立てる。

そのほうが現実的だ。

しかし彼らには。

十分な時間があるように見える。

必要でさえあれば。

いくらでもモジュールを製造できる。

もちろん。

それは彼らの製造速度とも関係している。

だが、どうであれ。

時間感覚の違いだけでも。

文化と技術に巨大な差を生み出すには十分だ。

そこまで考えて。

俺は思わず感嘆した。

技術。

時間。

環境。

これらの要素が積み重なることで。

文明はここまで違う姿へ発展できるのか。

俺が夢中になって考えていると。

セフィが突然口を開いた。

「ヘル、また何か難しいこと考えてる?」

……

いやはや。

バレた。

俺は笑って答えた。

「そうだな。」

「俺の故郷とは違いすぎる。」

そこまで言って。

俺は突然、一つのことを思い出した。

「でも、空港が見当たらないな。」

「このあと、どこに停泊するんだ?」

セフィは不思議そうな表情を浮かべた。

俺の言っている意味が分からなかったらしい。

代わりに、隣にいたソフィアが説明した。

「そのような建築物は必要ありません。」

「私たちは直接、海面に停泊します。」


俺は一瞬、呆気に取られた。

ソフィアは続ける。

「海上都市にとって。」

「専用の着陸プラットフォームを建設するのは、効率が良くありません。」

「直接停泊したほうが便利です。」

なるほど。

ようやく理解した。

どうりで王都全体を見ても、空港のような施設が見当たらなかったわけだ。

そもそも必要がないのだ。

スペースを無駄にして着陸プラットフォームを建設するくらいなら。

直接海面に降りればいい。

滑走路も必要ない。

工学的な観点から見れば。

確かにそのほうが合理的だ。

ただ。

それで別の問題を思いついた。

海水。

正確には。

海塩だ。

長期間海面に停泊するなら。

金属設備は深刻な腐食を受けるはずだ。

しかし、今まで見た状況からすると。

彼らはこの問題をまったく気にしていないように見える。

この星の海洋環境が地球とは違うからか?

それとも、防食技術がすでにこれらの影響を無視できるほど成熟しているのか?

そこまで考えて。

俺はひとまず疑問を置いておくことにした。

どうせこの先、観察する機会はいくらでもある。

その時にゆっくり調べればいい。

「未知の宇宙船をあっさり奪われ。」

「何一つ価値のある情報も得られず。」

「そのうえ、こんな低級な炭素系生命体を連れ帰ってくるとは。」

「よくもまあ、恥ずかしげもなく戻ってこられたものだ。」

そう言ったのは。

目の前の重姫たちの中央で、偉そうな態度を取っている重姫だった。

しかも……

男性だ。

……待て。

男性に見える、よな?

女性重姫が実はビキニアーマーを着た女性たちだと知ってから。

俺はもう、性別を判断する自信がない。

今ここで聞いたら。

また訳の分からない地雷を踏むかもしれない。

あるいは、何か妙なレッテルを貼られるかもしれない。

やめよう。

今は聞かない。

その男性らしき重姫は、まっすぐソフィアを見た。

返答を待っているようだ。

ソフィアはもう慣れているのか。

それとも経験が豊富すぎるのか。

とにかく、まったく影響を受けていなかった。

彼女は平静に答えた。

「すべては現場の状況に基づいて下した判断です。」

「わざわざあなたご自身に確認していただく必要はありません。」

(現場にいなかった人間に、あれこれ言われる筋合いはありません。)

……

気のせいだろうか。

なんだか二重音声が聞こえた気がする。

いや。

空耳だろう。

たぶん、ソフィアの言葉に裏の意味があるだけだ。

たぶん。

「ふん。」

その男性重姫は顔を上げた。

かなり誇らしげに答える。

「私が直々に来たのは。」

「女王様の命令だからだ。」

「気にする必要はない。」

……

うん。

たぶん本当に皮肉が通じていない。

ある意味。

こいつの人生はかなり楽しいんだろうな。

少なくとも、言外の意味に苦しめられることはない。

彼は説明を続けた。

「女王様は、貴様たちが保護した生物を接待するよう私に命じられた。」

そこまで言って。

彼は俺を指差した。

正確には。

俺が閉じ込められている隔離室を指差した。

そう。

俺は今も隔離室の中にいる。

理由は二つ。

一つは安全上の問題。

物理的な意味での安全だ。

もう一つは移動しやすいから。

だから隔離室ごと、そのまま押して運ばれてきた。

ある意味。

カートに乗せられて散歩しているペットの気持ちが、少し分かった気がする。

……

いや。

分からない。

自分を荷物だと思ったほうが現実的だ。

ファーンは汚いものを見るような目で俺を見た。

そして言った。

「汚らわしい低級炭素系生物。」

「こんなものを女王様に直々に見せるなど。」

「駄目だ。」

「汚すぎる。」

……

俺が汚い?

うん。

まあ、俺は別にいいけど。

俺の仕事は、もともと全身が汚れやすい。

時には全身泥まみれになることさえある。

それでも仕事に集中して、最後までやり遂げなければならない。

たとえ体をきれいにしたくても。

仕事が終わるまでは無理だ。

運が良ければ。

現場に簡易的な洗浄スペースがある。

運が悪ければ。

せいぜい雑巾で軽く拭くくらい。

そのまま汚れた姿で家に帰る。

だから汚いと言われても。

実際、何とも思わない。

ただ、それはそれとして。

俺はちゃんと風呂に入ったはずなんだけどな。

あの隔離室を甘く見るなよ。

中の洗浄システムは、うるさいくらい細かい。

あの入浴機能なんて、高級温水洗浄便座にも匹敵する。

一度使ったら。

本当に元には戻れなくなる。

俺がそんなことを考えている間に。

後ろのセフィとベローナを見る。

……

Wow。

この二人。

表情を隠す気すらない。

分かりやすすぎるだろ。

これじゃ、いくらファーンでも気づくぞ。

ところが。

ファーンは俺の予想外のことを言った。

「お前たちは私のもとに来さえすればいい。」

「そうすれば、当然重用してやる。」

「実力に見合った任務を与えよう。」

「そこまで自分を貶める必要はない。」

「こんな低級炭素系生命体の世話などして。」

彼はソフィアとベローナを見る。

その口調は自信に満ちていた。

「ソフィア。」

「ベローナ。」

「今からでも遅くはない。」

「この任務が終わったら、私のところへ来い。」

「このファーンの名にかけて保証しよう。」

「必ず相応の待遇を与える。」

……

なるほど。

この重姫、ファーンっていうのか。

待て。

確かソフィアは言っていた。

彼女たちは女王の命令を受けて出発したと。

つまり。

今の彼女たちは女王直属ということになる。

なのに。

このファーンさん。

今まさに女王直属の部隊を前にして、公然と引き抜きをかけている。

しかも、本人は何の問題も感じていないように見える。

……

この子。

本当に大丈夫か?

俺まで助け舟を出したくなってきた。

まあ、まだ性別は分からないけど。

俺は一番前に立つソフィアを見る。

彼女の顔には、まるでこう書いてあった。

「これは第三種接触だ。」

……

ただ厳密に言えば。

ここで第三種なのは、俺のほうなんだけどな。


ファーンは、ソフィアとベローナがいつまで経っても返事をせず。

応じる様子もないのを見ると。

今度は俺に注意を向けた。

「お前もそう思うだろう?」

彼は腕を組む。

さも当然といった様子で。

「低級炭素系生命体。」

「自分にどれほどの価値があるか。」

「自分が一番よく分かっているはずだ。」

……

Wow。

Wow。

Wow。

ここは公の場ではないとはいえ。

一応、外交の一部だよな?

こいつ、本気なのか?

俺は彼の表情を見る。

Holy shit。

本気だ。

仕方ない。

こういう時は、何も返さないわけにもいかない。

何しろ俺も、いろいろな社交の場を経験してきた人間だ。

こういうタイプの人間に出会った時。

一番いい方法は、正面からぶつかることじゃない。

相手の流れに合わせる。

そして少しずつ、話題を自分の望む方向へ導いていく。

あるいは、いっそお世辞を言う。

たいていはかなり効果がある。

ならば。

見せてやろうじゃないか。

社会に揉まれてきた口が。

どれだけ甘いのかを。

俺は営業用の笑顔を浮かべた。

そして口を開く。

「理解できます。」

「ここにいる重姫の皆さんは。」

「どなたも非常に優秀な人材です。」

俺は周囲を見る。

そして続けた。

「ソフィアも。」

「ベローナも。」

「セフィも。」

「任務を終えて帰還した遠征隊の皆さんも。」

「さらにはファーン様、そしてここにいる皆さんも。」

「誰もが滅多に出会えないほど優秀な人材です。」

「強く、美しく、そして信頼に値する。」

ファーンはそこまで聞くと。

かなり満足そうな表情を浮かべた。

よし。

魚が餌に食いつき始めた。

俺は続ける。

「だからこそ。」

「見る目があり、指揮能力を備えた者なら。」

「目の前の人材を無視することは難しいでしょう。」

「そして当然、自分のそばに人材を集めたいと思うものです。」

ファーンはさらに納得したように頷いた。

よし。

順調に食いついている。

俺はその勢いのまま、最後の一撃を加える。

「ですが。」

「本当に優秀な人材だからこそ。」

「今、自分が任されている任務を最優先にします。」

「彼女たちが受けた命令が。」

「俺を安全に女王様のもとへ連れていくことであるなら。」

「当然、その任務を最後までやり遂げるでしょう。」

「最後の瞬間まで。」

まあ、俺の言外の意味は。

人が仕事してるんだから。

邪魔すんなよ。

ということなんだけど。

こいつにはたぶん、百パーセント通じない。

でも少なくとも。

任務優先。

この言葉くらいは理解しただろ?

Get out。

ファーンは話を聞き終えると。

俯いて考え始めた。

よかった。

この子、ちゃんと考えてる。

しかし。

その結果は、完全に俺の予想を超えた。

ファーンは顔を上げる。

何かに気づいたような表情を浮かべた。

「お前の言う通りだ。」

「確かに任務が最優先だ。」

……

待て。

希望があるかもしれない。

そして。

彼は続けた。

「だからこそ。」

「私には通すことのできない理由がある。」

……

待て。

何?

ファーンは胸を張る。

正義に満ちた口調で言った。

「私の最優先任務は。」

「女王様の尊厳と神聖さを守ることだ。」

「だからこそ。」

「お前のような低級炭素系生命体を通すわけにはいかない。」

「理由については。」

「私が直々に女王様へ説明する。」

「安心しろ。」

……

What the fuck?

こいつ。

他人の話を、自分に都合のいい方向にしか解釈できないのか?

俺がどうやって話を元に戻そうか考えていると。

一つの声が割って入った。

「炭素系生命体だから何だっていうの?」

「彼の名前はヘル。」

「彼の強さは、私自身が体験した。」

「彼はあなたの言う低級炭素系生命体なんかじゃない。」

「地球から来た人類よ。」

……

いやはや。

セフィが出てきた。

まあ、そうだよな。

後ろでずっと我慢させていたんだ。

そろそろ爆発してもおかしくない。

ただ。

やっぱり真っ直ぐすぎる。

こういう場では、セフィのような話し方は向いていない。

でもまあ、いい。

少なくともファーンとは違う。

彼女は誰かのために怒っている。

そのことが嬉しかった。

ファーンはセフィを見る。

上から見下ろすような口調で言った。

「お前のことは覚えている。」

「最近加入したばかりの新入りだったな。」

「経験も少ない。」

「実績も大したことはない。」

彼はわずかに首を振る。

まるで年長者が後輩を教え諭すような姿で。

「少しばかりの成果を重く見すぎると。」

「周囲を困らせるだけだ。」

「もっと世間を見ろ。」

そう言い終えると。

彼は哀れむような目でセフィを見た。

まるで、世間を知らない子供を見るように。

……

Wow。

ここには、かなり濃厚な職場の臭いがする。

しかも、嗅いだだけで吐き気がするタイプの臭いだ。

いや。

待て。

本当にちょっと吐きそうだ。

俺があちこち外回りする仕事を好んでいたのは。

こういう空気が嫌いだったからなのか?

まあいい。

自分でも忘れた。

ただ、一つだけはよく分かっている。

職場で人に見下されるのは構わない。

本当に構わない。

だが。

相手に完全に主導権を握られる。

それは決していいことじゃない。

少なくとも、何らかのバランスは保つ必要がある。

そして今。

このファーンさんには、少しくらい鼻をへし折られてもらう必要があると思った。

しかも。

相手に。

周囲が自分に合わせていると思わせてはいけない。

俺は一歩前へ出る。

ファーンを見る。

いつもの営業用の笑顔を浮かべた。

「ファーン様。」

ファーンが俺を見る。

少し意外そうだった。

俺は続ける。

「それなら。」

「俺に一度、機会を与えてください。」

「自分の価値を示す機会を。」

ファーンは眉をひそめる。

俺はそのまま続けた。

「もし最後まで、あなたが認められないのであれば。」

「その時は当然、女王様の前であなたの考えを伝えればいい。」

「そうすれば。」

「女王様ご自身に、わざわざ判断の手間を取らせる必要もありません。」

「あなたも女王様の前で、自らの知恵と見る目を示すことができる。」

「同時に、あなたの忠誠も示せます。」

そこまで言い終えて。

俺は心の中で、思わず一息ついた。

ふう。

頭の中の言葉を、ここまで高速で回転させたのは久しぶりだ。

Nausea。

吐き気。

気持ち悪い。

本当に気持ち悪い。

これ以上ないくらい気持ち悪い。

なのに翻訳機は何の反応も示さない。

つまり、この言葉は嘘ではないということだ。

……

くそ。

考えれば考えるほど気持ち悪い。

ファーンは半秒も考えなかった。

そして、突然いい考えを思いついた子供のように。

目を輝かせた。

「そうか!」

「そうすればいいのか!」

……

答えるの早すぎない?

ファーンはすぐに胸を張る。

訓練場の方向を指差した。

「低級炭素系生命体にしては。」

「なかなか頭が回るじゃないか。」

「よし。」

「そうしよう。」

「訓練場へ行くぞ。」

「そこでお前の価値を示せ。」

……

魚は食いついた。

ただ。

この魚を本当に釣り上げられるかどうか。

それはまた別の話だ。


訓練場へ向かう途中。

ソフィアが俺の隣まで歩いてきた。

小声で言う。

「よく彼のペースについていけるわね。」

俺は彼女を見る。

笑って言った。

「聞いてると。」

「ずいぶん苦労してきたみたいだな。」

ソフィアは苦笑を浮かべた。

「苦労どころじゃないわ。」

「労災と精神的慰謝料を申請したいくらいよ。」

……

俺は思わず笑ってしまった。

「そんなにひどいのか?」

ソフィアはため息をついた。

「あなたも気づいたでしょう。」

「彼は自分に都合のいいようにしか物事を理解しないの。」

「だから、たとえあなたに機会を与えると約束しても。」

「公平で合理的な選択肢があるとは限らない。」

彼女は少し間を置いた。

そして付け加える。

「気をつけて。」

「彼には彼なりの思惑があるわ。」

……

Wow。

最初は。

ただの自己中心的な子供だと思っていた。

どうやら。

そこまで単純ではないらしい。

ただ。

あいつは表情があまりにも分かりやすい。

多少なら、考えていることも読めるだろう。

さて。

ソフィアの言う通りになるかどうか。

見てみよう。

彼らの言う訓練場は。

確かに新兵訓練施設のように見えた。

ただし、規模がとんでもなく大きい。

至るところに遮蔽物。

模擬建築物。

さまざまな障害施設。

さらには、異なる規模の戦場環境まで再現できる。

一番とんでもないのは観景台だ。

恐ろしく高い。

俺の知っている訓練場とは、まるで次元が違う。

ペイントボール場と比べたら。

ペイントボール場なんて、子供の遊び場みたいに可愛いものだ。

待て。

あいつの言っていた価値を示すって。

まさか俺自身が出て、一戦やれってことじゃないだろうな?

もしそうなら。

本当に勝ち目がない。

俺は即座に降参するぞ。

まあ、降参する前に。

まずはファーンがどうするつもりなのか聞いてみよう。

俺は口を開いた。

「では。」

「ファーン様は、どのように俺へ機会を与えてくださるのですか?」

ファーンは顔を上げた。

まるで、すでに考えていたかのように。

「女王様から聞いた。」

「お前は重姫の背中に乗り、戦闘を指揮するのが得意らしいな。」

……

待て。

「ならば。」

「その機会を与えてやろう。」

「ただし、相棒は私が指定する。」

「私はこちらから十一機の自律型訓練機を出す。」

「内容と編成については。」

「私が決める。」

ファーンが言い終わるより早く。

セフィがすぐに手を挙げた。

「私! 私! 私!」

ファーンは彼女を見ることすらせず。

そのまま言った。

「特定の相手としか戦えないのであれば。」

「何の意味もない。」

「それでは何一つ証明できない。」

そして。

彼はソフィアへ顔を向けた。

「だから。」

「ソフィア。」

「お前を選ぶ。」

重姫の背中に乗って戦闘を指揮するのが得意?

何だよ、その訳の分からない話は?

誰が広めた?

俺のどこに戦闘指揮能力があるんだ?

でも、よく考えてみれば。

これでいいのかもしれない。

少なくとも、複雑なことをあれこれ説明する必要はない。

……

待て。

まさか女王が、わざとそう伝えたのか?

ファーンに、俺が何か特殊な指揮能力を持つ人材だと思わせて。

自分から飛び込ませた?

……

あり得なくはない。

いいだろう。

もし本当にそうなら。

付き合ってやる。

ただし、先に言っておく。

女王様。

俺は自分のペースで動くのが好きなんだ。

もし、あなたの計算を狂わせても。

その時は悪く思わないでくれよ。

それぞれ準備室へ向かう前に。

俺は横目でファーンのほうを見た。

彼は、かなりがっしりした体格の重姫と小声で話している。

正直に言って。

俺たち、まだここを離れてもいないんだけど。

そこでこそこそ話して。

本当に大丈夫なのか?

俺はソフィアを見る。

ソフィアはただ頷いた。

そして平静に言う。

「こちらで得た情報によると。」

「ファーンは、あの重姫を自律型訓練機の中に紛れ込ませるつもりよ。」

「指揮役と主力としてね。」

俺は一瞬、呆気に取られた。

「紛れ込ませる?」

ソフィアは続ける。

「彼はあの重姫に、配色を変えるよう命令したわ。」

「自律型訓練機と同じような塗装にして。」

「その中に紛れ込ませる。」

「私たちに気づかれないように。」

「それで、あなたにその資格があるかどうか観察するつもりよ。」

……

俺は少し呆れた。

確かにファーンは。

編成内容は自分が決めると言っていた。

だから自分の部下を混ぜても、別にルール違反とは言えない。

しかも、わざわざ相手に塗装を変えるよう要求している。

ある意味。

ちゃんと頭は使っている。

ただ……

ソフィアみたいに、情報能力が異常なほど高い相手の前で。

そんなことをしても、すぐにバレるんじゃないか?

あっちには誰も注意する人間がいないのか?

それとも。

これは実は別の罠なのか?

俺が考え込んでいるのを見て。

ソフィアは突然、何とも言えない表情を浮かべた。

「ヘル。」

「そんなに考えなくていいと思うわ。」

「すぐに分かるから。」

……

なぜだろう。

その表情を見ていると、嫌な予感がする。

What the fuck?

嘘だろ!

今。

俺とソフィアは訓練場に立っている。

そしてようやく。

さっきのソフィアの言葉がどういう意味だったのか理解した。

なぜなら、目の前にいるその偽装者が。

あまりにも目立ちすぎていたからだ。

他の自律型訓練機より、明らかに大型の重装ユニット。

背中には大型火砲。

両手には重型ライフル。

両脚には弾薬と武装モジュールがびっしりと装着されている。

下半身には、動力移動装置のような車輪式プラットフォームまで付いていた。

……

待て。

これ、ガンタンクじゃないか?

ただ履帯がタイヤになっているだけだ。

しかも超強化版。

さらに重要なのは。

俺たちは確かにこの耳で聞いた。

ファーンは彼に、自分の塗装を変えるよう要求していた。

そして目の前のこの重姫は。

ある意味では。

確かに自分の色を変えていた。

……

自分の色だけ。

装甲。

武器。

火砲。

外付けモジュール。

全部、元の配色のまま。

他の十機の自律型訓練機とは、まるで違う。

つまり。

本当に言葉通り。

自分の身体の色だけ変えた。

……

それじゃ何の意味もないだろ?

この瞬間になって。

俺はようやく、さっきのソフィアの言葉の意味を理解した。

ファーン。

そして、あいつの部下たちも含めて。

完全に問題児の集まりだ。

……

なるほど。

どうりであちこちで引き抜きをかけているわけだ。

正式に始まる前に。

俺は振り返り、観景台にいるセフィとベローナを見た。

さっきまで怒っていたセフィは。

今では呆然とした表情を浮かべている。

どうやら。

彼女も何かがおかしいと気づいたらしい。

ベローナは。

片手で額を押さえていた。

頭が痛すぎて、何も言いたくないといった様子だ。

理由なんて考えるまでもない。

全部、顔に書いてある。

一方のファーンは。

まったく違う表情を浮かべていた。

その顔には、まるでこう書いてある。

「さすが私だ。」

「この配置は完璧だ。」

……

Holy shit.

It's real.

本気だ。

心の底から、本当にそう思っている。

警報器のような轟音とともに。

試合が始まった。

……

待て。

早すぎるだろ!

俺、まだソフィアの背中に乗ってないぞ!

俺とソフィアは、すぐに一番近くの建物へ走った。

建物を遮蔽物として利用する。

そして移動しながら。

俺は突然、一つのことに気づいた。

ファーンがあまりにも目立ちすぎていたせいで。

他の自律型訓練機の編成を、まったくちゃんと見ていなかった。

今さら文句を言っても遅い。

現在の状況から見ると。

これはどちらかと言えば。

十プラス一対、一プラス〇・五。

うん。

その〇・五が俺だ。

遮蔽物に隠れたあと。

俺はすぐにソフィアへ尋ねた。

「ソフィア。」

「あの重装重姫を除いた場合。」

「通常なら。」

「自律型訓練機を何機まで相手にできる?」

ソフィアは迷わず答えた。

「五機。」

「それが私の限界よ。」

彼女は続ける。

「しかも、それは機種の違いを考慮しない場合。」

「何しろ私は格闘型でもない。」

「突撃型でもない。」

「厳密に言えば。」

「私は情報戦専門よ。」

「普通なら、そもそも直接戦場に出るべきじゃないの。」

最後に。

ソフィアは一言付け加えるのも忘れなかった。

「あのクソファーン。」

どうやら、かなり恨みが深い。

俺は乾いた笑いを浮かべた。

するとソフィアは突然、真剣な表情で俺を見た。

「よく聞いて。」

「私は負けたくない。」

「死んでも、あいつには負けたくない。」

その目は異常なほど強い意志を宿していた。

「だから。」

「セフィに使った、あれを使って。」

俺はソフィアの言いたいことが分かった。

初めてセフィに乗った時の感覚。

俺はずっと覚えている。

あの手応え。

あの同調感。

自分の意識を外へ伸ばしていくような感覚。

全部覚えている。

しかも、すでに身体にしっかり刻み込まれている。

何しろ。

俺は All-round driver だからな。

俺はソフィアの背中に跨がった。

超大型バイクに乗ったような感覚が少しある。

すぐに自分の状態を調整し始めた。

記憶の中にある運転感覚を、もう一度呼び起こす。

集中する。

握る。

……

待て。

ソフィアの後ろ髪が少し邪魔だ。

俺は手を伸ばした。

後ろに垂れている長い髪をまとめる。

そして慣れた手つきで巻き上げた。

ソフィアは一瞬、固まった。

「何をしているの?」

俺は当然のように答えた。

「綺麗な髪が視界を遮ってる。」

「少しまとめるだけだ。」

俺は仕上がりを眺めた。

満足そうに頷く。

「うん。」

「綺麗なお団子ヘア。」

「完璧。」

……

ソフィアは沈黙した。

俺はもう一度、両手をしっかり握る。

「よし。」

「もう一度だ。」

鋭く空気を切り裂く音。

次の瞬間。

俺はすぐにソフィアを操縦し、建物の遮蔽物から離れた。

轟――!

離れて間もなく。

背後から激しい爆発音が響いた。

さっきまで隠れていた建物が。

一瞬で崩れ落ちる。

……

待て。

おかしいだろ?

俺は崩れた建物を見る。

そして爆発した場所を見る。

頭の中に一つの疑問が浮かんだ。

これ、実弾だよな?

建物がそのまま吹き飛んでるんだけど?

俺はすぐに尋ねた。

「ソフィア。」

「お前たちの訓練って、実弾を使うのか?」

ソフィアは考えることもなく。

即答した。

「そんなわけないでしょ!」

その時。

観景台にいるベローナが放送器を手に取った。

ファーンに向かって怒鳴る。

「どうして実弾があるの!?」

ファーンは不思議そうな顔をした。

まるで何が問題なのか、まったく分かっていない。

「え?」

「普通だろう?」

「訓練中にたまに実弾が混ざるくらい。」

「当然のことじゃないのか?」

「私のところで訓練する時も、たまにあるぞ。」

……

その場が一秒、静まり返った。

次の瞬間。

ベローナは直接拳銃を抜いた。

怒鳴る。

「あるわけないでしょ!」

そして、そのままファーンへ狙いを定めた。

本気で撃つつもりらしい。

だが引き金を引く前に。

セフィに後ろからしっかり抱き止められた。

セフィは必死に彼女を止める。

「落ち着いて!」

「落ち着いてってば!」

ベローナは激しくもがく。

「離して!」

「あいつを撃ち殺させて!」

セフィはさらに慌てた。

「ここは目立ちすぎるよ!」

「ここじゃダメ!」

……

うん。

セフィ。

それ、たぶん宥めてないぞ。

ソフィアは崩れ落ちた建物を見た。

珍しく少し重い口調で。

「どうする?」

「試合を中止する?」

俺はすぐには答えなかった。

代わりにソフィアの右脚を操作する。

遮蔽物の上へ向かって、勢いよく蹴り出した。

ドン!

四足型の自律型訓練機が、そのまま蹴り飛ばされた。

どうやら偵察型らしい。

俺は吹き飛んでいく残骸を見る。

平静に言った。

「あと十機。」

そしてソフィアを見る。

「お前はどう思う?」

「言っただろ。」

「死んでも負けたくないって。」

俺はもう一度、意識を集中させた。

指先から手のひらまで。

再びソフィアの感覚を読み取り始める。

セフィとは違う。

ソフィアには、あの器用で敏捷な特性がない。

代わりに。

一歩一歩、堅実に進むような感覚がある。

性能は平均的。

明確な弱点もない。

明確な偏りもない。

まるで高性能スポーツカーだ。

熱狂的なファンを興奮させて叫ばせることはないかもしれない。

だが、プロの世界では。

こういう安定した総合的な基礎能力のほうが。

むしろ貴重だ。

何しろ。

本当のプロの世界で。

最も軽視してはいけないのは。

こういう堅実な基礎力だからだ。

駆動音が聞こえた瞬間。

俺は次の遮蔽物の位置を計算し終えていた。

最短の距離。

最短の時間。

遮蔽物から飛び出す。

ドン!

もう一発。

音がした場所を、そのまま蹴り飛ばす。

そしてすぐに次の遮蔽物へ退避する。

……

あと九機。

どうやら、また四足型偵察機だったらしい。

俺は少し意外に思った。

連携能力がこんなに低いのか?

一機目に問題が起きたあと。

普通なら。

別の機種を送って確認するはずだ。

例えば、別方向から偵察するとか。

あるいは他の種類の機体で探りを入れるとか。

なのに、また同じ機体を送ってきた。

一機目の損失を。

単なる事故だと思ったのか?

もしそうなら……

俺は試しに、自分をファーンの思考模式に当てはめてみる。

……

ちょっと難しい。

しかも少し気持ち悪い。

だが、不可能ではない。

あいつの考え方は、恐ろしいほど単純だ。

なら編成も、かなり単純なはず。

偵察型三機。

攻撃型四機。

防御型一機。

電子支援型一機。

高性能型一機。

それに重装重姫が一人。

たぶん、そんな組み合わせだろう。

地上偵察がまだ一機残っているなら。

それなら……

空中は?

俺は顔を上げた。

そして尋ねる。

「ソフィア。」

「今、電子戦はできるか?」

ソフィアはすぐに俺の意図を理解したらしい。

少し確認すると。

顔に笑みを浮かべた。

「まったく問題ないわ。」

「今すぐにでも作業を始められる。」

空中の自律型偵察機は、正常に動き続けていた。

少なくとも、表面上はそう見える。

しかし。

状況は少しずつおかしくなり始めた。

そこから送られてくる映像。

すべてが空白だった。

正確には。

上空から見下ろした映像の中に。

ソフィアとヘルの姿がまったく映っていない。

理論上。

自律型訓練機にも、電子防護能力がないわけではない。

侵入を受ければ。

システムは多少なりとも警告を出す。

だから。

指揮を担当する重装重姫も、最初はそれほど気にしていなかった。

しかし。

その時。

新たな通知が届いた。

「攻撃機二号、損壊。」

「攻撃機三号、損壊。」

……

重装重姫は一瞬、固まった。

「どういうことだ?」

そう疑問に思った瞬間。

答えが目の前に現れた。

攻撃機一号。

その頭部が突然、吹き飛んだ。

機体全体が一瞬でバランスを失い。

地面へ倒れる。

……

あと六機。

重装重姫は、ようやく驚いた表情を浮かべた。

「どうして突然、目の前まで来た?」

「空中偵察機が侵入されたのか?」

彼がそう考えた瞬間。

ソフィアの声が聞こえてきた。

「あなたが何を考えているか分かるわ。」

重装重姫が振り向く。

ソフィアは少し離れた場所に立っていた。

その表情は平静だった。

「侵入なんてしていない。」

「少し見ただけよ。」

「それが見えない場所はどこなのかを。」

……

重装重姫は固まった。

後ろにいるヘルは笑みを浮かべる。

そして一言付け加えた。

「地球では。」

「こういう遊び方を Stealth Games と呼ぶ。」

「つまり、潜入ゲームだ。」

俺はソフィアの肩を軽く叩いた。

笑って言う。

「意外とハマるぞ。」

重装重姫は笑みを浮かべた。

ファーンとは違う。

それは戦士が相手と向き合う時の笑顔だった。

「それでも。」

「お前たちは、本来なら最後までそのまま進めたはずだ。」

彼は武器を構え直す。

ソフィアへ狙いを定めた。

「なのに、自分から私の前へ出てきた。」

「私はファーンとは違う。」

「手加減は苦手でな。」

ソフィアはそれを聞くと。

ただ黙って手に持つ銃を上げた。

振り返らない。

目標を確認することすらしない。

そのまま後方上空へ向けて引き金を引く。

ドン!

爆発音とともに。

空中の偵察機は、その場でバラバラになった。

大量の部品が降り注ぐ。

ソフィアは銃を下ろした。

平静に言う。

「だって。」

「もう必要ないもの。」

彼女は重装重姫を見る。

淡い笑みを浮かべた。

「あと五機。」

さっきのソフィアはかなり勢いがあった。

だが、話すこと以外。

実は最初から最後まで。

彼女の身体を操作していたのは俺だ。

本当に忙しかったのは。

むしろソフィア本人のほうだった。

彼女は今、向かいにいる重装重姫の武装構成を集中して解析している。

何しろ。

勢いというのも重要だからな。

それに。

あの空中偵察機も、本当にもう必要なかった。

そのまま残しておけば。

かえって邪魔になるだけだ。

なら、早めに在庫を片づけたほうがいい。

俺は、さっき倒した攻撃機から取ったスタングレネードを使った。

炸裂!

もちろん。

爆発させる前に。

わざと一度、フェイントを入れた。

最後の攻撃機は、やはり引っかかった。

俺が突撃すると思ったらしい。

だが俺は、その場に立ったまま。

一発撃った。

爆発。

ただ単純に、爆発を囮に変えただけだ。

……

あと四機。

続いて。

俺は情報支援機へ接近する。

その身体を利用して、重装重姫の射線を塞いだ。

もともとは近距離で、この機体を処理するつもりだった。

だが、俺が手を出す必要すらなかった。

重装重姫は迷うことなく発砲した。

自分の情報支援機を、そのまま粉々に吹き飛ばした。

……

弾を節約できたのは助かったけど。

容赦なさすぎないか?

あと三機。

重装重姫の動きは、あまりにも真っ直ぐだった。

なら。

少し利用させてもらおう。

俺は地面すれすれまで姿勢を低くして、防御機へ突っ込んだ。

防御機もすぐに俺の接近に気づいた。

だが、反応が遅すぎる。

セフィならもっと鮮やかにやれるだろう。

だが、ソフィアのような非格闘型機体でも。

十分に手玉に取れる。

……

ゴホン。

違う。

女性をこんなふうに比較するものじゃない。

とにかく。

結果は予想通りだった。

重装重姫はまったく射撃を止めなかった。

大量の火力が、そのまま俺たちへ降り注ぐ。

そして防御機は、その間に挟まれた。

俺たちの代わりに。

ほとんどの攻撃をまともに受けることになった。

さすが防御型機体と言うべきか。

よくここまで耐えたな。

……

あと二機。

重装重姫は、ついに我慢できず怒鳴った。

「あちこち動き回るな!」

「それじゃ当たらないだろうが!」

……

Wow。

No. My fault.

悪いな。

そして。

最後の高性能自律機が。

ついに動き始めた。

確かに、他の自律型訓練機とは違って見える。

ある意味。

重姫にさえ近い。

ただし、あの人格の存在感がない。

まるで魂が一つ欠けているようだ。

俺が観察している間に。

重装重姫は新しい命令を出したらしい。

次の瞬間。

高性能自律機が一気に突っ込んできた。

かなり速い。

うわ。

待て。

違う。

こいつ、短時間なら飛べるのか?

スラスター。

ダッシュ。

短距離滞空。

しかも空中で姿勢修正までできる。

これは少し予想外だった。

だから今回の回避は、そこまで余裕がなかった。

念のための動きを、いくつか余分に入れた。

だが、それがあったからこそ。

こいつの目的が分かった。

攻撃しに来たんじゃない。

少なくとも。

主な目的は攻撃じゃない。

あの接近角度。

両腕の広げ方。

そして、わざと残している動作空間。

……

拘束だ。

俺たちの動きを制限するつもりだ。

そして。

重装重姫に火力を集中させる。

俺は思わず笑った。

なるほど。

そういう計画か。

正直。

この考えは多少単純すぎる。

だが。

相手も明らかに馬鹿ではない。

少なくとも、完全な馬鹿じゃない。

重装重姫はすぐに戦術を調整した。

直接命中させることを狙わなくなった。

代わりに、小規模な火力で牽制する。

俺たちの移動方向を制限する。

回避空間を圧縮する。

一歩ずつ。

俺たちを高性能自律機のほうへ追い込んでいく。

……

褒めるべきだな。

今回はちゃんと頭を使った。

ただ。

あいつが知らないのは。

俺の目的は、まだ達成されていないということだ。

俺にとって。

目の前のこの高性能自律機は。

今ではむしろ命綱だ。

だから。

頼む。

もう少しだけ持ちこたえてくれ。

俺は重装重姫の牽制射撃を避け続けた。

遮蔽物を使う。

死角を使う。

一度一度の方向転換を使う。

時間を稼ぐ。

そして、少しでも隙があれば。

俺は右手の武器を上げる。

パン! パン!

高性能自律機へ何発か撃ち込む。

大きな損傷は狙わない。

ただ少し遅くする。

もう少し遅く。

そのまま戦場に残り続けてもらう。

その時。

ソフィアが突然口を開いた。

「ヘル。」

「いいわよ。」

俺はすぐに行動パターンを変えた。

それまで続いていた時間稼ぎのリズムが、一瞬で消える。

そのまま高性能自律機へ一気に接近した。

パン!

パン!

パン!

至近距離から数発撃ち込む。

すでにかなりの損傷が蓄積していた高性能自律機は、ついにバランスを崩した。

機体全体が後ろへ倒れていく。

……

あと一機。

残るのは。

あの重装重姫だけだ。

俺が高性能自律機のそばに張り付いているのを見て。

重装重姫はこの機会を逃さなかった。

火力全開。

しかし。

予想していた光景は現れなかった。

大量のミサイルもない。

火砲の轟音もない。

ましてや、辺り一面を覆い尽くす爆発もない。

実際に発砲したのは。

彼が両手に持っていた重型ライフルだけだった。

背後にある重装備は。

大型火砲。

ミサイルモジュール。

補助武装。

すべて固定を失い、脱落した。

轟!

轟!

轟!

次々と地面へ落下する。

発射する暇さえなかった。

唯一の成果は。

目の前にある高性能自律機の残骸を、完全に破壊したことだけだった。

重装重姫は固まった。

どういうことだ?

彼が疑問を抱いた、その瞬間。

上から何かが落ちてきた。

頭だった。

高性能自律機の頭部。

いつの間にか。

彼の真上へ投げ上げられていた。

そして頭頂部には。

スタングレネードが一つ引っかかっていた。

ピッ。

轟!

重装重姫の視界がゼロになる。

時間が経過し……

重装重姫は再び視界を取り戻した。

しかし。

目に映った光景に、彼は固まった。

ソフィアが目の前に立っている。

右手に武器を構え。

小さな銃口を。

彼の額に押し当てていた。

重装重姫は一瞬、沈黙した。

そして不屑な笑みを浮かべる。

「お前は。」

「そんな小さな武器で。」

「私の装甲を貫けると思っているのか?」

ソフィアは平静に答えた。

「無理よ。」

重装重姫は笑った。

しかし。

ソフィアの次の言葉に、彼は固まった。

「でも。」

「彼ならできる。」

重装重姫はわずかに愣然とした。

反射的にソフィアの背後を見る。

だが。

そこにいたはずの人類が。

いない。

彼が呆然とした、その瞬間。

異常が起きた。

右手。

勝手に動き始めた。

……

違う。

自分で動かそうとしたんじゃない。

勝手に動いた。

続いて。

左手も。

両腕がゆっくりと持ち上がる。

最後には、降伏の姿勢で止まった。

「なっ……」

重装重姫は固まった。

まったく理解できない。

なぜ身体が言うことを聞かない?

なぜ武装システムが何の反応も示さない?

なぜ制御権が自分から離れていく?

その時。

背後から声が聞こえた。

「Clearance.」

重装重姫の瞳孔がわずかに縮む。

ゆっくりと振り返る。

ヘルが彼の背後に立っていた。

両手で握っているのは、先ほど脱落した武装の空白接続装置。

つまり。

武装システム全体の接続部だ。

この瞬間になって。

重装重姫はようやく理解した。

武装が脱落した、その時から。

自分はすでに負けていた。

ヘルは彼を見る。

わずかに笑った。

「Game Over。」

重装重姫は豪快な笑みを浮かべた。

両手を上げたまま言う。

「やるじゃないか、お前たち。」

「私はマエラだ。」

「また機会があれば、一戦やろう。」

マエラは、かなり豪快で細かいことを気にしない重姫らしい。

試合を終えたあと。

俺たちは合流地点へやって来た。

確かに俺たちは勝った。

だが。

「私は認めない!」

「私は認めない!」

ファーンはすぐに口を開いた。

その口調は断固としていた。

まるで、さっき負けたのが自分たちではなく。

俺たちだったかのように。

彼は俺を指差した。

正義に満ちた口調で言う。

「私はお前が何かを指揮したり、操作したりするところなど一度も見ていない!」

「最初から最後まで。」

「お前はソフィアに頼り続けていただけだ!」

「最後には。」

「マエラの背後に立っていただけではないか!」

「それでマエラのやつが、なぜか突然降伏した!」

ファーンは話せば話すほど自信を増していく。

「お前がいったい何をしたのか、誰に分かる!」

……

うん。

予想はしていた。

それでも少し感心する。

本当に戦闘全体を、そういうふうに理解できるんだな。

ただ。

ある意味では。

完全に筋が通っていないとも言えない。

何しろ。

俺は確かに強靭な肉体を見せたわけでもない。

驚くような格闘技術を披露したわけでもない。

しかし。

俺が隣を見ると。

ソフィアの表情は、もう爆発寸前だった。

現場で誘爆事故が起きるのを防ぐため。

俺自身も含めて。

俺はすぐに手を上げた。

ソフィアが口を開く前に言う。

「ファーン様。」

「それなら。」

「ご自身で試してみてはいかがですか?」

ファーンは一瞬、固まった。

俺は続ける。

「実際に体験したあとでも。」

「俺に何の価値もないとお考えなら。」

「その時に女王様へ否決を申し出ればいい。」

「そのほうが説得力もあると思います。」

「そして、あなたが示したい忠誠と責任感にも。」

「より相応しいでしょう。」

ファーンは沈黙した。

考え始める。

……

約半秒。

「いいだろう!」

彼はすぐに決断した。

「最後まで何の意味もないと分かったら。」

「私が容赦しなくても恨むなよ!」

……

食いついた。

しかも想像より早い。

こうして。

俺とファーンは、訓練場の反対側へやって来た。

今度は。

俺がファーンの背中に跨がっている。

しかし。

なぜだろう。

妙な吐き気がする。

気を紛らわせるため。

俺は長い間気になっていたことを聞くことにした。

「ファーン様。」

「あなたの性別を教えていただけますか?」

「俺はこの星の性別の概念を、まだよく理解していません。」

ファーンは眉をひそめた。

苛立った顔で。

「低等生物は、性別まで他人に教えてもらわなければ分からないのか?」

彼は少し間を置いた。

それでも最後には答えた。

「まあいい。」

「私は男性だ。」

「そして重姫の中でも、最も希少な存在だ。」

なるほど。

男性。

ようやく確定した。

俺は笑みを浮かべる。

頷いた。

「そうですか。」

「ありがとうございます。」

そして口を閉じた。

それ以上は何も言わない。

ただ。

ふふ。

なるほどな。

男性か。

なら、手加減する必要はない。

何しろ。

俺はとても伝統的な紳士だからな。

女性には多少譲る。

男性?

男女平等?

知るか。

Fuck you.

ラッパのような轟音とともに。

二回目のテストが始まった。

今回の相手は。

五機の高性能自律型機体。

さっきとは違う。

どうやら分割投入する方式らしい。

どちらかと言えば、格闘戦と近距離戦闘を重視したテストだ。

問題ない。

俺は再び意識を集中させる。

ファーンの操縦を始めた。

……

うん。

さすが男性重姫だ。

全体的な性能が、女性重姫とはまったく違う。

力が強い。

爆発力も高い。

多くの部分に明確な違いがある。

ただ。

俺はこいつの性能を探ることに、あまり興味はない。

適当に少し動かせばそれでいい。

どうせ目的はもう達成した。

それに。

どうやらファーンも異常に気づいたらしい。

当然、気づくだろう。

俺がまったく本気で集中していなくても。

それでも彼の身体を操作できる。

感覚としては。

電話しながら車を運転するようなものだ。

俺なら。

片手で高速走行しても、別に問題はない。

その時。

一機目の高性能自律機が目の前まで突っ込んできた。

格闘の構えを取る。

俺もファーンを操縦し。

同じ姿勢を取った。

双方が一気に接近する。

そして。

ドン!

俺はそのまま、ファーンの顔で相手の拳を受け止めた。

……

うん。

いい音だ。

ファーンは異常に気づいた。

自分の身体が。

まったく言うことを聞かない。

いや。

正確には。

他人に操作されている。

本当の意味での操作だ。

この瞬間になって。

彼はようやく理解した。

さっきのソフィアが、いったいどんな状態で動いていたのか。

もし、さっきのソフィアも同じだったのなら。

今の自分は……

いったい誰の手の中にある?

ファーンが不安を感じた時。

背後からヘルの声が聞こえた。

その口調は平淡で。

しかも少し楽しそうだった。

「今さら気づいても。」

「もう遅い。」

俺は上機嫌でファーンを操縦していた。

この感覚を、どう表現すればいいだろう?

ああ。

そうだ。

バンパーカー。

遊園地にあるバンパーカーだ。

バンパーカーは、もともとぶつけるためのものだ。

しかも。

ちゃんと技術もある。

多くの人は、バンパーカーが一番速いのは直線だと思っている。

実は違う。

一番速い瞬間は。

むしろ曲がる時だ。

旋回によって生まれる加速度を利用すれば。

直線よりも強い衝撃をぶつけられる。

面白いだろ?

もちろん。

これはファーン自身の性能ではない。

何しろ。

俺はまったく本気で操縦していない。

ただ適当に操作しているだけだ。

心理的には。

片手で運転しているようなものだ。

……

冗談だ。

実際には両手を使っている。

まあ、感覚としてはそんなものだ。

その後……

俺は何度もファーンの顔で。

相手の拳を受け止めた。

蹴り。

肘打ち。

関節による打撃。

さまざまな攻撃。

たまに本気を出す時は。

彼の顔を加速させる。

一番いい角度を探して、ぶつけ返す。

正直に言って。

なかなか面白い。

特に途中で。

ファーンの悲鳴まで聞こえてくる。

そのおかげで、全体の過程がさらに楽しくなった。

残念なのは。

そのうち遊んでいる間に。

ファーンが気絶してしまったことだ。

……

待て。

気絶したあとも操縦できるのか?

これじゃゾンビじゃないか?

まあいい。

どうせ俺も飽きた。

ストレスもだいたい発散できた。

十分楽しんだ。

なら、手を上げて降参しよう。

何しろ。

一勝一敗。

引き分けってことでいいだろ?

たぶん。

結果から言えば。

ファーンは最後、担架で運ばれていった。

そして、そのすべてを見た俺の心は……

うん。

何の波もない。

罪悪感すらまったくない。

俺。

やりすぎてないよな?

たぶん。

俺は後ろを振り返った。

そして、一瞬固まった。

……

どういうことだ?

みんなの、あのすっきりした表情は何なんだ?

まるで何年分も積み重なった怨念が。

今日ようやく一度に浄化されたかのようだ。

名前すらまだ覚えていない重姫の中には。

その場で泣き出した者までいた。

しかも、かなり本気で泣いている。

その姿は感動したというより。

解放されたように見える。

ソフィアとベローナは隣に立っていた。

顔には、とても安らかな表情が浮かんでいる。

まるで人生における重要な目標を一つ達成したかのようだ。

セフィは。

泣き出した重姫たちを慰めるのに忙しかった。

何が起きているのか、まったく理解できていないので。

ただ何度も繰り返している。

「もう大丈夫。」

「大丈夫だよ。」

「もう大丈夫だから。」

完全にみんなの流れについていけていないようだ。

まあ、それもいい。

少なくとも。

ファーンのところで、そこまで苦労したことがないということだ。

もしあるなら。

話は別だ。

俺はソフィアを見る。

思わず尋ねた。

「まさか……」

「男性重姫って、みんなあんな感じなのか?」

ソフィアは苦笑を浮かべた。

「そういうわけでもないわ。」

「ただ、男性重姫の数はかなり少ないの。」

「だから多少は、特別扱いを受けることもある。」

彼女は少し間を置いた。

そして付け加えた。

「ただ、ファーンの場合はもっとひどいわ。」

「どうやら彼の一族は、代々男性重姫が生まれるらしいの。」

「それが長い間積み重なって。」

「今のようになったみたい。」

……

Wow。

聞いていると、かなり深刻な行動の偏りが起きそうだな。

俺は黙ってそう思った。

その時。

ソフィアが突然、妙な声を漏らした。

「ん……」

「あ……」

……

これはさすがに驚いた。

どうした?

俺はすぐに彼女を見る。

「ソフィア?」

「どうした?」

「まさか、さっき怪我したのか?」

ソフィアはすぐに右手を上げた。

何かを否定するように。

「わ……」

「私は怪我してない……」

だが。

彼女の顔はどんどん赤くなっていく。

身体まで小刻みに震え始めた。

見れば見るほど、何かがおかしい。

その時。

ベローナが突然駆け寄ってきた。

ソフィアの前に立ちはだかる。

そして俺に言った。

「大丈夫!」

「ソフィアはちょっと疲れてるだけ!」

俺は首を傾げた。

「ちょっと疲れてる?」

「でも、そうは見えないけど。」

「いったい何があったんだ?」

未知の副作用か?

それとも、さっきの戦闘で何か問題が残った?

俺は思わず、あれこれ考え始めた。

しかし。

ソフィアの状態は、ますますひどくなっているように見えた。

頬は真っ赤。

両脚は震えている。

呼吸まで少し荒くなってきた。

その姿を見て。

ベローナも慌て始めたらしい。

そして突然、大声で言った。

「あ!」

「トイレに行きたいのよ!」

「そう!」

「さっきは緊張しすぎてたから!」

「ずっと行く暇がなかったの!」

「だから今にも爆発しそうなの!」

ソフィアは一瞬で目を見開いた。

人を殺したそうな顔をしている。

だが、まともに言葉が出ない。

俺に聞こえたのは。

「う……」

「ん……」

「う……」

何が起きているのか、まったく分からない。

その時。

セフィも駆け寄ってきた。

その時。

セフィも駆け寄ってきた。

彼女はソフィアの様子を見る。

そして。

何かに気づいたような表情を浮かべた。

「あ。」

……

あ?

何だ?

セフィは俺を見る。

それからソフィアを見る。

そしてベローナを見る。

最後に。

何かを理解したように頷いた。

「なるほど。」

……

いや。

だから何が?

俺だけ分かってないのか?

俺が口を開こうとした瞬間。

ベローナはすぐにセフィの肩を掴んだ。

そして。

異常なほど真剣な表情で彼女を見る。

「そう。」

「あなたの思っている通りよ。」

セフィは頷いた。

「うん。」

「分かった。」

……

何が分かったんだ?

次の瞬間。

セフィは俺を見る。

そして真剣な表情で言った。

「ヘル。」

「今は離れたほうがいいよ。」

「ソフィア、本当に爆発するかもしれないから。」

……

What?

本当に?

俺は反射的に数歩後ろへ下がった。

ソフィアを見る。

「そんなに深刻なのか?」

ソフィアの身体が、さらに大きく震えた。

「う……」

「ん……」

ベローナはすぐに答えた。

「深刻!」

「かなり深刻!」

「だから早く離れて!」

……

分かった。

俺には理解できないが。

彼女たちがそう言うなら。

たぶん本当に何か理由があるんだろう。

俺はさらに少し距離を取った。

そして。

ソフィアはベローナとセフィに挟まれたまま。

どこかへ連れていかれた。

……

俺はその後ろ姿を見る。

やはり、どう考えてもおかしい。

トイレに行きたいだけで。

あんな状態になるものなのか?

この星の生理構造は。

俺が思っている以上に違うのかもしれない。

まあいい。

あとで聞けばいい。

たぶん。

その時。

俺の後ろから声が聞こえた。

「ヘル。」

俺は振り返る。

マエラだった。

彼女は俺を見る。

豪快に笑う。

「さっきの戦い。」

「面白かったぞ。」

「特に最後のあれだ。」

「どうやって私の制御権を奪った?」

俺は少し考えた。

そして答える。

「奪ったわけじゃない。」

「正確には。」

「借りただけだ。」

マエラは眉を上げた。

「借りた?」

俺は頷く。

「お前の武装システム。」

「外付け装備が多すぎる。」

「しかも全部。」

「同じ制御系統に接続されていた。」

「だから。」

「ソフィアに接続方式を解析してもらった。」

「俺はその結果を使っただけだ。」

マエラはしばらく黙っていた。

そして。

突然笑い出した。

「なるほど!」

「つまり。」

「私が武装を積みすぎたせいで。」

「逆にそこを利用されたわけか!」

俺は頷いた。

「そういうことだ。」

マエラはさらに楽しそうに笑った。

「面白い!」

「実に面白い!」

「次は対策しておく!」

……

うん。

この人。

本当に戦闘が好きなんだな。

ただ。

ファーンとは違う。

負けた理由を理解しようとしている。

そして。

次に勝つ方法を考えている。

俺はこういうタイプのほうが好きだ。

話が早い。

その時。

遠くから誰かが駆けてくるのが見えた。

女王直属の随行重姫らしい。

彼女は俺たちの前まで来ると。

一礼した。

「皆様。」

「女王陛下がお待ちです。」

……

そうだった。

俺たち。

本来は女王に会いに来たんだった。

完全に忘れてた。


その時。

セフィも駆け寄ってきた。

彼女は俺の腕を掴む。

真剣に言った。

「ヘル。」

「私も経験したことがあるから。」

「分かるの。」

「女の子には、言いにくいこともあるんだよ。」

「あまり聞かないほうが礼儀だよ。」

……

うん。

セフィの言うことももっともだ。

俺はすぐに頷いた。

そしてソフィアを見る。

理解したような表情を浮かべる。

「大丈夫。」

「大丈夫だから。」

「早く行ってこい。」

「無理しなくていい。」

俺はそう彼女を慰めた。

何しろ。

たぶん。

トイレに行きたいと言うのが恥ずかしいだけなんだろう。

「え?」

「今日は会えない?」

トイレから戻ってきたソフィアは。

俺たちを連れて、女王の会見室へ向かった。

しかし。

そこで返ってきたのは、そんな答えだった。

扉の前で俺たちを迎えた重姫は、かなり礼儀正しかった。

むしろ。

丁寧すぎると言ってもいい。

彼女は申し訳なさそうに言った。

「大変申し訳ございません。」

「女王陛下は急用のため、皆様とお会いすることができなくなりました。」

「お詫びとして。」

「女王陛下は最高の休息場所を手配しております。」

「どうか皆様、ごゆっくりお休みください。」

そう言い終えると。

俺たちが反応する暇もなく。

かなり手慣れた流れで、会見室から退出させられた。

移動手段まで、すでに手配されていた。

せっかくアルカディア王都まで来たのだから。

本当なら、ついでに道中の景色も見てみたかった。

しかし。

今日はあまりにも多くのことが起きた。

身体だけでなく。

精神的にも少し疲れている。

だから俺も、特に何も言わなかった。

ただ手配に従い。

移動手段に乗る。

女王が俺たちのために用意した宿泊施設へ向かった。

残りのことは。

休んでから考えればいい。

その頃。

女王重姫の寝室。

部屋はかなり豪華に見える。

しかし、派手すぎることはない。

さまざまな調度品は簡潔で整然としている。

王都という立場にふさわしい雰囲気を漂わせていた。

女王重姫はソファに座っている。

大きく伸びをした。

そして尋ねた。

「彼らはもう宿泊施設へ休みに行った?」

報告に来た随行の重姫は頷いた。

「手配は完了しております。」

「最高規格の接待を用意しました。」

「不満が出ることはないかと思います。」

女王重姫は長く息を吐いた。

そして全身の力を抜く。

「よかった。」

「正直に言うと。」

「今日は私もちょっと疲れたわ。」

随行の重姫は彼女を一瞥した。

淡々と言う。

「陛下のあの滅茶苦茶な手配がなければ。」

「今頃は正常な外交交流を行っていたはずですが。」

女王重姫はすぐに手を振った。

「分かってるわよ。」

「私だって、こんなことになるとは思わなかったもの。」

「完全に予想外だったわ。」

投影が展開される。

部屋の中央に、今日の映像記録が現れた。

内容は。

まさにヘルとファーンが接触してから起きた、すべての出来事だった。


女王重姫は映像を見ながら。

思わず口元を緩めた。

そして言った。

「仕方ないじゃない。」

「こっそり笑ってたあなたも共犯よ。」

随行の重姫の身体が、わずかに震えた。

どうやら図星だったらしい。

それを見た女王は。

さらに楽しそうに笑った。

女王重姫は映像の中のファーンを見る。

思わず額を押さえた。

「まさか。」

「最初から最後まで笑わせてもらえるなんて。」

「笑いすぎて、腹筋がつりそうだったわ。」

彼女は再び映像を見る。

映像の中では。

ファーンがヘルに操縦され。

あちこちにぶつかっていた。

そして別の映像には。

ソフィア、ベローナ。

それに他の重姫たちが。

長年の恨みを晴らしたような表情を浮かべている。

見ているだけで。

女王は思わず笑ってしまう。

女王重姫は笑みを収めた。

視線を再びヘルの資料へ戻す。

「私はずっと、男性重姫の意識を改革したいと思っていたけれど。」

「なかなか良い方法がなかったのよね。」

彼女はファーンの映像を見る。


彼女はファーンの映像を見る。

そして軽く笑った。

「まさか、一番頭を悩ませていた奴が。」

「こんな特別な扱いを受けるなんてね。」

女王は少し間を置いた。

そして突然、少し危険な笑みを浮かべる。

「正直に言うと。」

「今日の映像を全国各地に送って。」

「すべての重姫に一緒に鑑賞してもらいたいくらいだわ。」

随行の重姫はすぐに手を上げた。

どうやら反対意見を出すつもりらしい。

しかし。

女王重姫が先に口を開いた。

「駄目。」

「今はまだ適していないわ。」

「薬効が強すぎる。」

「使いすぎると、かえって問題になる。」

彼女は投影の中のヘルを見る。

その目に、わずかな真剣さが加わった。

「この地球から来た人類。」

「ヘル。」

「まるで強烈な薬みたい。」

「気軽に使うわけにはいかない。」

女王重姫はそう言った。

そして随行の重姫も。

黙って頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ