016
アルカディア
宇宙訓練用浮動プラットフォーム
ヘル視点
俺は新装備――宇宙用「ランランキャット Mk2」を着用している。
Mk1の猫型強化外骨格ドールスーツと外見はほとんど同じだが、獣族用の宇宙服を着ており、ヘルメットも付いている。
左腕には獣族用の射撃型リール式グラップリングフック。
右腕には地球の「腕銃」に似た小口径プラズマ砲が装備されている。
もちろん、現在装填されているのはペイント弾だ。
さて、俺の状況だが……。
正直、上下左右がわからなくなっている。
まるで、誰かの夢の中で頭の中をめちゃくちゃにする映画みたいだ。
(『インセプション』)
というのも、俺は今、屋内空間に浮かんでいる。
あちこちを漂い続けているのだ。
つまり、無重力空間というわけだ。
数日前の朝、俺はどうにか体を動かしていた。
動作はぎこちなく、ゆっくりで、思いどおりに動かせない。
ただ手を上げようとしただけなのに、肩には鉛でも詰め込まれたかのような重さがあった。
体を動かすたびに、筋肉の奥底から遅れて痛みが伝わってくる。
地球で有人遠心機による訓練を受けたときよりも、はるかにひどい状態だった。
俺はすでにF-16VSSを操縦できるようになり、その限界にも適応できたと思っていた。
ところが、うっかり限界を半歩にも満たない程度だけ超えてしまった。
その結果、瞬間的な高G加速を何度も繰り返したうえ、10秒以上にわたる最大加速によるダメージまで体験することになった。
この痛みを簡単に言い表すことはできない。
全身を、剣山で何度も刺されたような感覚だ。
アルカディアの医師によれば、すでにかなり強力な鎮痛剤を投与しているらしい。
普通なら、痛みで考えることすらできなくなるそうだ。
薬と睡眠を組み合わせて……。
詳しいことは俺にもよくわからない。
とにかく、専門家の言うとおりにするだけだ~。
だが……。
日課をやらないと、もっと気分が悪くなる……。
毎日決まって行っている運動は、やめなかった。
やらなければならない。
やらなければ今の状態を維持できない。
そんな気持ちが、俺を駆り立てていた。
そして、セフィに見つかった……。
うん。
セフィは頬を膨らませていた。
文句を言いたいけれど、言っても無駄だとわかっている。
そんな表情が、顔にはっきりと表れていた。
俺も気まずそうに苦笑いするしかなかった。
その後、俺は捕まった。
毛布で包まれて持ち上げられ、さらにロープで固定された。
……わかった。もう諦めよう。
その様子を見たソフィアは笑いながら俺を解放し、その後――。
俺を久しぶりの移動式隔離カプセルへ放り込んだ。
久しぶりだな。
高圧酸素を利用した補助医療が受けられるというのは、なかなかいい。
だが、どうして眠くなるんだ?
ソフィアは言った。
「小型種族用の鎮静剤を10倍に希釈して入れておいたの。ゆっくり眠ってね~」
It's a trap!
こんなにあからさまなのか?!
そんなツッコミを入れながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていった……。
数日間の「睡眠」治療を経て。
まあ、正直に言うと、何日経ったのかもわからない。
ずっと強制的に眠らされていたら、時間の感覚も曖昧になる。
痛みは無視できる程度まで治まり、体も楽に動かせるようになった。
日課を再開しようと思ったところで、ソフィアから無重力訓練の予定を提案された。
ソフィアは言った。
「いつか必ず役に立つ日が来るわ。リハビリのついでに、無重力環境での作業や戦闘に慣れておきましょう。関節のためにもなるし、経験を積むことにもなる。お互いにとっていいことだと思うわ」
そして現在。
俺はランランキャット Mk2を着用し、屋内戦闘シミュレーション空間にいる。
まるで宇宙ゴミのように、あちこちを漂い、ぶつかり続けていた。
一方、セフィたちは自律機を相手に、三対三の混戦訓練を行っている。
俺は一人で、今の状況に慣れようとしていた。
何しろ、無重力環境を体験するのは初めてだ!
俺の仕事の範囲は広いが、宇宙にまで行ったことはない。
主人公補正について、誰もツッコまないのか?
どうして主人公たちは、すぐに無重力環境に適応できるんだ?!
こんな環境では、力を加えるための支点がなければ、どうにもならない。
俺は、セフィたちが背中に装備した、ジェットパックのような装置を使って移動する様子を眺めていた。
あれこそが、彼女たちが戦闘服を着たときに背中の接続部へ取り付ける装置の本来の用途だった。
以前、俺が相棒になったときに握り手として使っていた装置ではない。
そういえば、アルカディアに来たばかりの頃、マエラがこのタイプの大型火砲機能付きバックパックを装備していたな(003)。
作戦環境に応じて、さまざまな装備に交換できるものだった。
……これって、アニメによく出てくる換装システムじゃないか?
すごく格好いい!
どうして俺にはないんだ?
互換性がないのか?
……今は相棒になることも考えないでおこう。
接続装置はすでに使われている。
俺にはどうしようもない。
まずは目の前の状況に慣れることだ。
感覚を研ぎ澄ませ、両手両足を振ってみる。
ランランキャット Mk2の手足は正常に動く。
だが、体が揺れてしまう。
屋内空間には気体があるから、わずかな影響を受けているのだろうか?
俺は平泳ぎの動きを真似してみた。
うん、多少は効果がある。
ただ……。
遅すぎるし、格好も悪い……。
あっ、遠くにいるソフィアが笑いをこらえている。
別の方法を考えよう。
それなら、両足で思い切り走ってみたらどうだ?
うわっ?!
その場で回るだけじゃない。
体まで回転し始めた?!
コマになったのか?!
遠くでは、ソフィアがお腹を抱えて笑っていた。
まったく……。
ちゃんと考えよう。
今いるのは屋内だ。
無重力状態ではあるが、空気がある。
本当の宇宙空間ではない。
もし本当に宇宙空間だったら、この状況はまずい。
ちょっとした失敗で、宇宙を漂うゴミになってしまう。
ここは屋内なのだから、落ち着いて練習すればいい。
まずは、グリップや壁を利用して、反作用で移動する方法を試してみよう。
……いや、よく考えてみよう。
ここは重姫のサイズに合わせた屋内空間だ。
俺が知っている宇宙ステーションよりも巨大で、グリップや壁だって、触りたいときにすぐ触れるわけではない。
だからこそ、左腕にリール式グラップリングフックがあるのだ。
狙いを正確につける必要があるのか?
だが、照準装置なんてないぞ?
俺は左手を上げ、感覚を頼りに遠くのグリップへ狙いを定めた。
ん?
ボタンは手のひらの、親指に近い筋肉が盛り上がった部分にあるのか。
ボタンを押すと、射出されたフックはまるで俺が狙った方向を理解しているかのように飛んでいった。
しかも、途中で軌道まで修正している。
なるほど。
使用者が指定した目標を判断し、自動追尾する機能が搭載されているのだろう。
理にかなっている。
無重力空間では、射撃角度も位置も固定できない。
だからこそ、装置そのものにも判断機能が必要なのだ。
グリップをつかむと、フックが自動でワイヤーを巻き取り、俺はそのまま引き寄せられた。
この感覚……。
うん。
スパイダーマンというより、バットマンに近いな。
こういう感覚を味わえるのは、なかなかいい。
それに、両手両足を建物や壁の表面に吸着させることもできるのか?
磁力なのか、それとも吸着力なのか?
もし吸着力なら、宇宙でも使えるのだろうか?
両手両足を簡単に持ち上げられる。
ちょうどいい具合に動かせるのが不思議だ。
地球の宇宙服も、こんな仕組みなのだろうか?
俺は少しずつ、無重力環境での動き方と、思考の切り替え方を身につけていった。
地球なら、障害物を越えたり、小さく跳び越えたりする程度なら、反作用を気にする必要はない。
だが、ここは違う。
ほんの小さな跳躍でも、安全範囲から外れてしまわないか計算しなければならない。
どんな物体でも、ほんの少し押したり力を加えたりしただけで、自分が範囲外へ飛び出してしまう可能性がある。
うん。
工具は専用の収納バッグに入れておこう。
なくさないようにしないとな。
やはり、実際に体験してみると、多くのことがまったく違って感じられる。
水を一口飲むだけでも、その違いがわかる。
これまでは地球の重力のおかげで、水はそのまま喉へ流れていった。
ここでは違う。
まず水を口に含み、それから自分で意識して飲み込まなければならない。
トイレについては……。
説明を控えさせてもらおう。
ソフィア視点
それにしても、さすがヘル?
半日で無重力環境での移動や作業方法に慣れてしまった。
観察実験として、私たちはヘルに指導を行わず、無重力環境にどう適応すればいいのかも教えていない。
普通の重姫なら、無重力環境に慣れるまで二~四日ほどかかり、作業環境に慣れるにはさらに七日ほど必要になる。
獣族の場合は、適応するまでに十日。その後、作業を覚えるまでに数か月かかる。
それなのに、ヘルは小型の炭素系生命体でありながら、たった半日で移動と作業を覚えてしまった。
地球には、そうした知識があるのだろうか?
仮にあったとしても、それをすぐに実践できるかどうかは別の話だ。
二日目には、小型種族専用の作業機まで操縦し始め、乗り物の操作にも挑戦していた。
小型種族用の操縦席は、ヘルにとってまだ大きすぎる。
それでも、手足を延長する機能を持つ外骨格を併用すれば、まったく不可能というわけではない。
ただ、それを横で見ている私たちとしては、どうにも比率がおかしくて、少し落ち着かないのだけれど。
それにしても、あんなふうに次々と障害物がある状況で、どうやって操縦しているのだろう?
ランランキャットを着ているとはいえ、あれも一応は全身型の外骨格だ。
それなのに、ほかの乗り物を操縦する際にも支障がない。
ヘルの操縦能力や適応能力は、いったいどうやって身につけたものなのだろう?
ちなみに、ヘルが珍しく羨ましそうな目でこちらを見てきた。
彼が見ていたのは、私たちが背中に装備している、無重力環境用の専用バックパックだった。
それでも、羨ましがられるというのは嬉しいものだ。
残念ながら、バックパックを装着するには、背中に接続装置が必要になる。
ヘルにはそれがないため、装備することはできない。
機動性では大きな差があるものの、適応力に優れたヘルは、左手の自動巻き取りフックを使って素早く移動できる。
最後には、右手にも自動巻き取りフックを装備し、左右の手を交互に使うことで、連続して移動できるようになった。
地球にいる、スパイダーマンという人物を真似したらしい。
節足動物の遺伝子を持つ人間なのだとか……。
ヘルのいる星には、変なものがたくさんある……。
ヘルの遺伝子は正常よね?
セフィ視点
なんだか、物足りない。
以前の私は、こうした自由自在に動ける無重力環境が結構好きだった。
ジェットパックさえあれば、どんな動きだってできる。
それなのに、何かが足りない。
何かが欠けているような……。
まるで、バニラケーキにクリームやチェリー、あるいはプリンがないような感じ。
そうだ!
ヘルがいない!
別に、ヘルと組んでいるときにすごく強くなれるから、というわけではない。
それよりも……うーん……息が合うというか、共鳴するというか、一緒にいる感じというか……。
うまく説明できない……。
あっ、そういえば、ヘルが言っていた言葉があった。
あれは、すごく素敵な言葉だった。
以心伝心?
別々の個体なのに、考えていることがぴったり合う、という意味……。
素敵……。
でも、今は我慢しないと……。
今のヘルは、無重力環境での訓練中だ。
私たちと違って、接続装置を持たないヘルはジェットパックを使えない。
だから、自動巻き取りフックに慣れる必要がある。
私もジェットパックを装着しているせいで、ヘルとコンビを組めないし……。
うーん?
私も自動巻き取りフックを使いこなせるようになれば、ジェットパックを装備しなくてもよくなるんじゃない?
よし! さっそく覚えよう!
ベローナ視点
セフィが、使い慣れたジェットパックを手放し、自動巻き取りフックに切り替えた。
これはヘルのためだろうか?
ジェットパックを外せば、接続装置を使わずに済む。
そうすれば、背中にヘルを乗せられるようになる。
最初は少し説教してやろうかと思ったが、よく考えてみれば、確かにいい考えだ。
無重力環境では、宇宙戦闘機を操縦する場合を除けば、屋外での戦闘は基本的に少ない。
大半は屋内戦だ。
移動にはジェットパックも使えるが、即応性がない。
例えるなら、動きを予測できる浮遊標的のようなものだ。
一方、自動巻き取りフックには、素早く動きを止める能力がある。
両手を組み合わせれば、移動を素早く切り替えられるようになる。
意外と悪くない。
フックを使っている間は、移動経路が固定されてしまう。
だが、途中でもう一つの自動巻き取りフックを使い、交互に切り替え続ければいい。
あとは使用者の熟練度次第だ。
その点、ヘルはまさに水を得た魚だった。
最初は左手だけだったのが、両手で使うようになった。
その後はさらに設計を変更し、腕の外側に取り付けられていたフックを、腕の内側に変更した。
本人いわく、スパイダータイプらしい。
どこが蜘蛛なんだ?
まあ、いい。
この変更によって手の自由度が大幅に向上した。
自動巻き取りフックを装備した状態でも、ほかの装置を手に持てるようになったのだ。
私たちも、ヘルがついでに注文してくれた重姫用のスパイダーフック型を受け取った。
ついでだなんて、素直じゃない。
実際に使ってみると、確かに屋内での機動性が大幅に向上していた。
ジェットパックのように漂う感覚はなく、決まった地点から地点へ移動する感覚に変わった。
射撃型の私にとっては、かなり実用的だ。
とはいえ、屋外戦の可能性も捨てきれない。
だから、ジェットパックと併用するつもりだ。
ソフィア視点
ヘルはまだリハビリ中で、コンビとしての能力も使っていない。
それなのに、彼は良い意味で、私たちのチームに影響を与え続けていた。
セフィ、ベローナ、そして私。
私たちは無重力環境での移動手段を一つ増やし、戦術の応用範囲も広がった。
対戦相手である自律機の強さは、すでにかなり高いレベルに達している。
それでも、私たちの勝率も同じように上昇していた。
高速移動を得意とするセフィは、屋内戦でさらに速く、さらに変則的な動きができるようになった。
ベローナは、フックによって射撃時の安定性が向上した。
連射武器だけでなく、一発の威力が大きい武器でも、命中精度が上がっている。
戦術分析、情報共有、妨害を担当する私も、より高性能な情報収集用バックパックを装備できるようになった。
移動をフックに任せることで、自分の役割に全力を注げる。
ヘルが少し変更を加えただけで、これほどの変化が生まれた。
古い技術でも、使い方を工夫することで大きく変わる。
本当に侮れないものだ。
ヘル視点
作業機の操縦に慣れ、次の段階について考えていたところに、一通のメッセージが届いた。
これは意外だ。
相手は、アルカディアの大物――重姫の女王だった。
私は少し身だしなみを整えた。
といっても、ランランキャットの内部での話だけど。
スマートフォンの画面に、重姫の女王の姿が映し出された。
「お久しぶりです、ヘルさん。リハビリの調子はいかがですか?」
「皆さんのおかげで、もう普通に動けるようになりました。もっと休むようにとは言われていますけどね」
女王と少しばかり挨拶を交わしたあと、女王はさっそく本題に入った。
「ヘルへの報酬ですが、相応の報奨金と、各種乗り物の共通使用権を与えることにしました。軍用規格であっても、あなたが操縦できるものであれば、条件付きで使用できます。もちろん、データ収集のために回収は行います。それはこちらにとっても利益になりますから」
私は答えた。
「それはいいですね。私も、ほかの乗り物にはかなり興味があります」
実のところ……。
お金がもらえるのは嬉しい。
操縦できる乗り物の範囲が広がるのもいい。
ただ、私が操縦したくても、最小型の乗り物でさえ、手足を延長するための外骨格を着なければ操縦できない。
重姫規格の乗り物となれば、コンビ状態でなければ操縦できない。
将来のことを考えると、これくらいの許可はあってもなくても大差ないんだよな……。
とはいえ、もらえるものはもらっておこう。
お金が素晴らしいものであることは、間違いない。
文句を言わないほうがいいだろう。
私の返答を聞いた重姫の女王は、こう続けた。
「一つ、ちょっとした提案があります。ソフィアの報告を見ていて、少し退屈に……いえ、ソフィア隊の成長がとても興味深いと思いまして。ただ、自律機が彼女たちの変化についていけていないようです。そこで、少し考えがあるのですが……引き受けてもらえますか?」
女王の提案を聞き終えた私は……。
いやあ、さっきの報酬よりも、こっちのほうが面白そうだ。
ソフィア視点
自律機の行動に、明らかな変化が現れた。
訓練用の自律機には、もともと徐々に強くなる機能がある。
しかし、強さが向上するといっても、元の設計から大きく逸脱することはない。
ところが、今回はまったく異なる変化が起きていた。
撤退に似た行動やフェイント、さらには誘い込むような動きまで見せるようになったのだ。
あまりにも不自然だ。
バージョンアップでもしたのだろうか?
変化に気づいたのは、私だけではなかった。
セフィもベローナも、困惑した表情を浮かべている。
もともと格闘戦では、自律機はセフィにまったく歯が立たなかった。
そのため、計算によって射撃武器を選択し、距離を取って攻撃するようになっていた。
ところが今は、牽制を続けながら正面からの衝突を避け、セフィを一定の区域に留めようとしている。
ベローナも、煙幕弾やフェイントに翻弄されていた。
射撃の軌道まで妨害されている。
さらには、彼女が遠距離射撃を行うために陣取ろうとした場所まで予測され、封鎖されてしまう。
これでは、遠距離から攻撃を仕掛けることもできない。
私の場合、情報収集を行っても、変化が多すぎるせいで、現状が不利であることを伝えるのが精いっぱいだった。
こちらの予測が読まれている。
まるで、誰かに……。
いや、そんなはずはない。
私は、遠くで小型種族専用の作業機を操縦し、訓練しているヘルに目を向けた。
怪しい動きは見当たらない。
真面目に作業機の操縦を練習しているだけだ……。
私の考えすぎだろうか?
ヘル視点
重姫の女王から持ちかけられた話は……。
現在、ソフィアたちと対戦している自律機の操作権を、こっそり私に渡したいというものだった。
私は作業機を操縦しているふりをしながら、その操作インターフェースを利用して、自律機の操縦方法と遠隔操作を学んでいた。
まだ完全に扱えるほどではない。
だが、操作に慣れるだけなら問題ない。
最初のうちは何度か負けるだろう。
しかし、自律機は次々と補充されるため、練習相手には事欠かない。
どうやら、ソフィアはすでに気づいているようだ。
だが、悪いな。
演技なら、私も得意なんだよ。
勝つだけの練習では、訓練とはいえない。
心苦しいところはあるけれど……。
君たちのためにも、少しばかり敵役を演じさせてもらおうか。
ははっ!
セフィ視点
どうやら私は、一か所に足止めされ、同じ相手と何度も戦わされているらしい。
しかも、相手は私に調子をつかませないよう、ずっと攻撃範囲の外に逃げている。
もう、嫌!
思いどおりに技を繰り出せないし、とどめを刺す機会もない。
こちらから積極的に接近すると、相手は逃げ出す。
さらには、ほかの自律機と合流し、交代までしてくる。
これじゃ、完全に消耗戦じゃない!
ベローナ視点
もう、嫌!
相手が攻撃してきそうな経路は把握している。
それなのに、相手は煙幕を利用して死角を探し、私が向かう予定だった射撃地点にまで、わざと煙幕弾を投げ込んでくる。
おかげで、予定していた場所から射撃できなくなった。
仕方なく、もっと危険な場所を選ぶしかない。
完全にこちらの手の内を読まれている。
結局、この日は珍しく、全員が敗北した。
明日は、それに応じた対策を考えないといけない。
ソフィア視点
翌日。
「もう隠す気もないでしょ、ヘル!」
自律機は全機、普通の自動巻き取りフックを装備していた!
しかもヘルは、ランランキャットの外骨格を着たまま作業用の乗り物を操縦し、両腕を組んでいる。
まるでゲームに登場するラスボスみたいだ。
自律機たちは、まるで魔王の軍隊のように前方に並んでいた。
両腕を組んでいるもの。
脚を組んでしゃがんでいるもの。
中指を立てているもの。
さらには、お尻を振っているものまでいる。
自律機たちは全機、奇妙なポーズを取っていた。
しかも、一つとして同じポーズがない。
これは挑発のつもり?
大成功よ、ヘル!
呆気に取られているセフィはともかく、ベローナと私は手加減している余裕などなかった。
ヘルは笑いながら言った。
「いやあ、僕は楽しくやらせてもらってるけど(笑)。念のため、先に言っておくね。実行しているのは僕だけど、指示を出しているのは重姫の女王だからね。彼女が、一方的な戦いではつまらないから、僕に対戦相手として自律機を操縦し、みんなと戦ってほしいってさ。戦闘の過程も学習データとして使って、自律機に学習させるんだ。だから、手加減はしなくていいよ。壊れた分の費用は全部、女王持ちだからね。さあ、かかっておいで~」
セフィ視点
なるほどね。
相手を知れば知るほど、弱点を突きやすくなる。
特にヘルは、そのお手本みたいなものだ。
どうりで、私たちの手の内が完全に読まれていたわけだ。
しかも今日の自律機には、自動巻き取りフックまで装備されている。
昨日よりも動きが柔軟になり、さらに対処しづらくなっていた。
今日は攻撃できる距離の問題を修正するため、警棒と拳銃を装備してきたのに、それでも相手に攻撃を当てるのは難しかった。
私は思わずつぶやいた。
「どうしよう……」
すると突然、ヘルからメッセージが届いた。
『どうするも何も、ベローナと組めばいいじゃないか。あれは彼女の得意な距離だろ?』
!?
私は驚いて、すぐにメッセージを返した。
『ヘル、そんなことをして大丈夫なの? 重姫の女王の指示で、私たちの対戦相手をやっているんでしょう?』
『そうだけど、助言をしてはいけないとは言われていないからね~。あくまで助言だよ。参考にするかどうかは、本人次第さ』
私は笑うしかなかった。
ふふっ、やっぱり口では素直じゃないくせに、身内にはとことん甘いヘルだ。
私は笑いながら言った。
「わかった! ヘルがそう言うなら、もちろん試してみるよ!」
ベローナ視点
セフィを援護し、私のために道を切り開き、射撃地点を確保する……。
ヘルから、まるで思い出させるようなメッセージが届いた。
そうだ! どうして今まで気づかなかったの!?
これまで、私たちはそれぞれの得意分野で対処してきたからだろうか?
今までは相手を一方的に抑え込めていた。
だからこそ、逆にこちらを抑え込んでくる相手と戦ったとき、そのことを忘れてしまったのだろうか?
もういい!
ヘルの助言はとても役に立った。
実際、セフィは私が向かう予定だった場所まで突撃し、投げ込まれた煙幕弾を別の場所へ弾き飛ばしてくれた。
おかげで、煙幕による妨害を排除できた。
とても効果的で、しかも迅速だった。
戦況の変化が速すぎる。
ヘルは副隊長に向いているのかもしれない。
ソフィア視点
『相手が囮やフェイントを使ってくるなら、あなたも使えばいい。あなたの監視用自律機だってできるだろ? それに、監視用自律機をずっと飛ばしておく必要はない。停止させて、起動していない装置のように見せたほうが目立たないんじゃない? 背後はベローナとセフィに任せればいい。必要なら、ほかの自律機を警戒装置として使うこともできる』
ヘルから、次々とメッセージが届いた。
何なのよ、もう!
あなた、対戦相手なんでしょう?
私がこれを偽情報だと疑う可能性は考えないの?
……とは思ったものの。
相手はヘルだ。
彼なら、こういうことをするだろう……。
まったく、隊長としての立場が揺らぎそうだ。
いっそのこと、彼に譲ってしまおうか?
いや、面倒くさいからと、間違いなく断られるだろう。
(笑)
ヘル視点
助言しすぎたかな?
もう互角どころか、こちらが押され始めている。
ははっ、いいじゃないか!
しかも、新しい変化まで現れた。
セフィは蜘蛛型フックを使って、逆に敵を捕まえることを試し始めた。
そして相手を自分の攻撃範囲まで引きずり込み、一瞬で仕留めた。
ベローナはセフィの突破力とソフィアの情報共有を利用し、次々と目標を撃墜していく。
ごく少数の戦力で、見事に戦術の連携を成立させていた。
次々と撃ち落とされていく自律機を眺めながら……。
お金が飛んでいく。
自分のお金じゃなくてよかった。
手加減している?
してないよ。
今の私は、一機ずつ乗り換えながら操縦している。
それ以外の部分は、自律機自身の判断と学習に任せていた。
私が撃墜されると、自動的に次の自律機へ操縦対象が切り替わる。
状況としては、FPSのPvPゲームに近い。
今、私が気にしているのは……。
偽ラスボスである私が、操縦できる自律機を全部失ったら、どうすればいいのかということだ。
ソフィア視点
ヘルを吊るし上げた。
重姫の女王からの指示だったとはいえ、ヘル自身も楽しんでいた。
それは間違いない。
だから、形だけでも吊るし上げておこう。
どうせ敗者だし、負傷者でもある。
もちろん、逆さ吊りにはしていない。
ちょっと試してみたかったけれど。
正直なところ、今回の訓練は、ヘルが今後遭遇するかもしれない宇宙戦に慣れるため、まずは試しにやってみようというものだった。
ところが、最後には私たちのほうが訓練されてしまった。
しかも、本当に実力まで向上した。
これまで私たちは少数精鋭の方針を採用していたため、チームとしての連携を十分に磨いてこなかった。
今回、それを一気に補うことができた。
さらに、ヘルは自律機を遠隔操縦する能力まで身につけた。
私たち専用の自律機を追加し、戦力の不足を補う手段として使うこともできるかもしれない。
今後、チーム戦に遭遇した場合、ヘルに小規模な部隊を率いてもらうことも考えられる。
ただし、そうすると、個々の戦力を強化する選択肢が減ってしまう。
戦術の選択肢が増えたこと自体は、悪くない。
状況に応じて柔軟に対応していこう。
その前に……。
今回のヘルの悪戯を利用して、彼から何かしらの利益を引き出す方法を考えないと。
ヘル視点
結果だけを見れば……。
私は無罪放免となった。
もちろん、代償はあった。
私は、先ほど受け取った、前回の戦闘に対する報酬を使って、みんなを思い切り労おうと提案した。
そして「予算に上限はない」と口にした途端、解放された。
みんな、なんて優しいんだ。
(笑)
セフィは、もう一度デートをすることに加え、ケーキやお菓子、それにぬいぐるみを希望した。
ベローナは実弾兵器と専用の武器ホルスターを希望し、さらに買い物にも付き合うよう求めてきた。
ソフィアも、同じくデートを選んだ。
ただし、費用は最初から最後まで私持ちだそうだ。
みんなの優しさが、かなりのプレッシャーになっている。
(震)




