015
アルカディア
住居
ソフィア視点
ヘルは昼寝をしている。
いつものように、私たちは週に一度の内部会議を開いていた。
もっとも、最近は女子会に近い雰囲気になりつつある。住居の中では、気持ちの面でもそこまでかしこまるわけにはいかない。
私は口を開いた。
「まずは、実験結果を報告するわ。
ヘルとパートナーを組んで乗り物に搭乗した際、あの運転技術が身体に残ることが確認できたわ。
残念ながら、パートナーを解除すると、運転技術は時間とともに少しずつ失われていく。でも、すぐに単独でしばらく運転の練習をすれば、七割から八割ほどの技術を維持できる。
これは私もベローナも実際に効果を確認できたわ。だから今後、パートナーを組んだ後に時間があれば、単独で運転する機会を設けて、技術を身体に残すようにしましょう」
私の説明を聞くベローナとセフィは、二人ともだらしなく机に突っ伏していた。
これはちょっと……。
私は言った。
「隊長らしい威厳がないのは自覚しているけど、あまり好き勝手しないでくれる……」
ベローナは口を尖らせた。
「そういうことじゃないわよ。あなたたち、用事が終わったら勝手に帰っちゃって、私を開発科に置き去りにしたじゃない。
おかげで、あそこで一晩過ごす羽目になったのよ。向こうの人たちに、武器を全部テストし終えるまで付き合わされたんだから……」
私は驚いたふりをして、微笑みながら言った。
「あら、ごめんなさい。ヘルとの雰囲気が良すぎて、つい忘れちゃったわ~。
もちろん、一方的にだけどね。それに、あなたを迎えに行ったら、この雰囲気が台無しになっちゃうし~。
埋め合わせに、補償金でも請求してあげるから許してね~」
ベローナは恨めしそうな目で私を見た後、ため息をついた。
「あなたには何を言っても勝てないのは分かってるし、私自身、仕事をサボったことは悪かったと思ってるわよ。もういいわ。
それより、あの宇宙船は実際のところどうだったの?」
私は手元の報告書に目を落として答えた。
「あなたの推測どおり、海賊に偽装したクロノロスの宇宙戦艦よ。
あの未知の宇宙船の事件(001を参照)で、ついでに潜伏していた取り逃がしの一隻だったみたいね。
しばらくの間、本当に海賊として活動して、こちらの自律型漁船を襲っていたわ。
ただ、報告されていたのは漁船の行方不明だけだったから、大事にはならなかった。
今回、F-16VSが予想以上に優秀だと知って、手柄を立てるために奪い返そうとしただけね。
向こうはヘルの情報も集めていなかった。だから、こちらの大勝利と言っていいわね~」
ベローナはビールを一口飲んでから言った。
「確かにね。むしろ、こちらは一人の犠牲者も出さずに、クロノロスの宇宙戦艦一隻、戦闘機五機、それに大量の捕虜まで手に入れたわけだし。
女王陛下は何て?」
私は女王との会話を思い出した。
「戦損比があまりにもひどすぎる、って。
現時点で損傷したのは、ヘルが操縦したF-16VSSだけ。それだけの戦果なら、かなりの軍階級を与えられてもおかしくないわね。
残念ながら、ヘルの身分は引き続き秘密にしなければならないから、叙勲や報奨などを実施したり、公表したりすることはできないの」
ベローナは笑った。
「それは別にいいんじゃない? ヘルはそんなもの、まったく気にしていないと思うわよ。お金さえあれば十分でしょ」
ベローナの言うとおりだと、私も思った。
でも、続けてこう言った。
「確かにそうね。でも、女王陛下の立場からすれば、『ああ、そう。それで終わり』というわけにもいかないでしょう。
幸い、ヘルの身分は今のところ秘密だから、余計な噂を立てられることもないけどね」
私はさらに続けた。
「それで、形式的にヘルに欲しいものがあるか聞いてみたの。
そうしたら、冗談めかして『じゃあ、あのF-16VSSをください。たまに乗ってドライブしたいので』って」
ベローナはそれを聞いて、乾いた笑いを漏らした。
「ははっ。もし本気だったら恐ろしいわね。
何しろ、実戦で戦果を挙げた機体なんだから。冗談だとしても、渡せるわけがない……。
あいつ、冗談で言ったのよね? そうよね?」
正直なところ、私も冗談であってほしい……。
きっと、そうよね?
私はそういうことにして、話を続けた。
「現在、対外的にはこう説明しているわ。
ここにいたのは、実験中の新型戦闘機F-16VSとF-16VSS。内部には新型の自律装置が搭載されていた。
そして、海賊に偽装したクロノロスの宇宙戦艦に襲撃され、逆に返り討ちにした。
この設定を覚えておいてね」
私は余計な情報も付け加えた。
「ちなみに、F-16VSは想像以上に私たちの環境に適しているわ。
だから、今後は空対空戦闘用の新型量産戦闘機になる予定よ。時間があるときに関連マニュアルを読んでおけば、いつか役に立つかもしれないわ」
話し終えた私は、セフィに目を向けた。
彼女はすっかりぐったりしていた。
私は困ったように言った。
「セフィ、いつまで落ち込んでいるつもり? デートの後からずっとその調子じゃない。いくらなんでも長すぎるわよ」
セフィはぐったりしたまま答えた。
「せ……せっかくのデートだったのに、最後には気絶しちゃったし……。
それに、それに……ヘルが戦闘機を操縦するところまで見逃しちゃった……うう……。
これで落ち込まずにいられるわけないよ……」
相当なショックだったらしい。
いつまでもこの調子では私も困るので、私は言った。
「編集はしていないけど、当日の記録と戦闘の映像なら手元にあるわ。今から再生してあげる。
後でセフィにもコピーを渡すから、だから元気を――」
最後まで言い終える前に、彼女はもう姿勢を正して座っていた。
……この子は。
素直と言うべきか、それとも現実的と言うべきか……。
いや、ヘルへの執着がすごいだけね。
案の定だった。
映像を見終えると、最後には全員が言葉を失っていた。
ベローナが口を開いた。
「ヘルの技術については、みんな分かっている。だから、驚いても仕方ないわ。
でも、最後に相手が射撃の降伏信号灯を出していたのに、それを理解できなくて、信号灯そのものを撃ち落とした後も攻撃を続けたでしょう。
もう少しで戦争犯罪を犯すところだったわ……。
ああやって、少しずつ相手の手段を奪っていくやり方は、前にイベントセンターでヘルと犬太郎がリングの上で戦ったときよりもひどいわね……。
今回は相手の降伏手段まで潰したんだから、もう恐ろしいレベルよ。
敵の立場なら笑えてくるけど、自分があんな相手に遭遇するのは絶対に嫌ね。
ただ、ヘルのやり方には賛成するわ。何しろ相手はクロノロスだもの。降伏信号を出した隙に逃げようとする可能性だって、十分にあるからね」
私も同じ考えだった。
とはいえ、ヘルは攻撃を止める前に、私に怪我がないか尋ねてきた。
私が無事だと確認してから、ようやく攻撃を止めたのだ。
ああ、もう……胸がときめいちゃったわ。
そこまで考えて、すっかり忘れていた。
あら~♡
セフィは顔を赤くしたり青ざめたりしていた。
でも、ヘルを恐ろしいと思っているわけではなさそうだった。
セフィはヘルと同じお茶を一口飲んだものの、苦そうな顔をした。それから言った。
「ヘルは相変わらずすごいけど……危険なことに対して、ためらいがないというより……。
なんていうか、すべてを賭けているような感じがするの。
たとえできなくても、それならそれで構わない……そんな感じ……」
やっぱり、私にも感じ取れるものがあった。
何しろ、あの場で直接見ていたのだから。
感覚的なことに関しては、セフィの判断のほうが正確だと思う。
そこで私は尋ねた。
「セフィ、ヘルのあれは本能だと思う? それとも、あの種族特有の性質なのかしら?」
セフィはじっくり考えてから答えた。
「分からない。ヘルのことは、私にも完全には感じ取れないから……。
ときには純粋で透明なのに、見方を変えると、色とりどりに輝いて見えるの。
私が感じたのは……」
セフィは頬を膨らませた。
「ぷっ……ヘルはただソフィアを守るために、自分から銃口の前に立ったんだよね……。
それで、ソフィアを守るためなら、戦争犯罪になったって構わないって……ぷっ……」
ぷぷっ?
「あら~」
私は意地悪く笑いながら、セフィに言った。
「ごめんなさいね~。ヘルに守ってもらった私は~、とっても充実していて、満足しているわよ~」
セフィは頬を膨らませ、「ぷぷぷっ」と続けた。
「ヘルは私のことだって守ってくれるもん~~」
ベローナは呆れた顔で私たちを見た。
「ええと……ヘルを守るのは、私たちの任務じゃないの?」
「あっ!? そうだった!?」
私まで、自分の任務の一つを忘れかけていた。
ヘルって、本当に恐ろしい……。
セフィは自分のスマートフォンに目を向けて言った。
「ヘル、昼寝の時間がいつもより長いね。疲れすぎちゃったのかな?」
「ああ、そうだったわ。その点について、まだ報告していなかったわね」
私は答えた。
「ヘルは確かに怪我をしているの。
F-16VSSを操縦した際、彼の身体が耐えられる限界を超える高G負荷を受けたせいで、身体組織に損傷が生じたのよ。
現在は、私たちが開発したヘル専用の薬剤を使って細胞を修復しているところ。そのため、いつもより長い睡眠時間が必要なの」
ベローナは何かを思い出したように言った。
「そういえば、私、今まで考えたこともなかったわ。
私たちの重力が、あんなに小さなヘルに影響を与えていないのかしら……」
「それも今回の実験で分かったことの一つよ。ついでに説明するわね」
私は言った。
「この点については、復刻版F-16VSSのオリジナル設計資料と飛行試験の結果をもとに、初期分析を行ったの。
推測だけど、ヘルの母星――地球の地表重力は、アルカディアの約1.38倍らしいわ。
この違いが、ヘルがアルカディアの環境に適応し、ある程度の高強度の活動にも耐えられる理由を説明している可能性がある。
ただし、だからといって、彼の身体が傷つかないというわけではないわ……。
ところで、セフィ。あなた、何をしているの?」
私が目にしたのは、ソファで熟睡しているヘルに、セフィがそっと頭を近づけている姿だった。
セフィは振り返りもせず、真剣な口調で答えた。
「ヘル成分の補充。それと、デートのときにできなかった、口と口の補完……」
私は必死にセフィの頭をつかみ、近づけないようにした。
羨ましい……。
「違うでしょ!」
私は言った。
「粘膜接触が可能かどうかの検体検査の結果が、まだ届いていないのよ~!
いい加減にしなさい~!
ちょっと、あなた力が強すぎるわよ!」
ベローナはふざけ合う私たちを見て言った。
「それなら、ヘルはゆっくり休ませてあげましょう」
私はベローナに笑いかけた。
「ずいぶん他人事ね。あなたも、そろそろ私たちに追いつくべきじゃないの?」
ベローナは驚いた顔をした。
私はさらに続けた。
「確か、ヘルが言っていたわよね。こういうタイプは『むっつり』っていうんだったかしら?
恥ずかしがりすぎたり、やりたいことが大胆すぎたりすると、かえって自分でブレーキをかけちゃうタイプ。
ふふっ。普段は同性同士の恋愛にあれほど嫌悪感を示すのに、異性が相手になると、真っ先に逃げ出すんだから。
まあ、あのクズのファーンは例外だけどね」
ベローナはすぐに言い返した。
「ヘルとファーンなんかを一緒にしないで! 次元が違うでしょう!」
あら、引っかかったわね~。
私はさらに尋ねた。
「へえ? どこが違うのかしら? ぜひ聞かせてほしいわね?」
ベローナは真剣な顔で私を見て言った。
「ヘルはいつも適当そうな態度を取っているけど、必要なときには決して適当なことをしない。
悪戯は好きだけど、人を不快にさせるようなことは絶対にしない。
身体は小さいけど、真剣になったときは頼もしくて、強い……。
……あなたたち、何その顔は? 笑い方が気味悪いんだけど……」
もちろん、面白いからよ。
普段はあんなに口下手で厳格なベローナが、ヘルを誰かと比較された途端、ここまで感情的になるなんて。
少女らしい一面が、すっかり出ちゃっているわね~。
セフィは微笑みながら言った。
「ベローナはヘルのいいところをよく分かっているね~。
でも、私のほうがもっとよく分かっているよ~」
私も口を開いた。
「できれば、次は本人の前で言ってあげてね~」
ベローナは顔を赤くして反論した。
「そんなの無理に決まってるでしょ! そ、そんなこと……恥ずかしすぎるわ!」
確かにね……。
ある意味では、セフィよりも純粋な気がするわ。
セフィがほんのり甘いバニラケーキだとしたら、ベローナは甘酸っぱくて濃厚なレモンチーズケーキ。
じゃあ、私は?
たぶん、ほろ苦くて上品なミルフィーユね。
ヘル視点
眠っていると、声が聞こえてきた。
ベローナの声だ。
『ヘルはいつも適当そうな態度を取っているけど、必要なときには決して適当なことをしない。悪戯は好きだけど、人を不快にさせるようなことは絶対にしない。身体は小さいけど、真剣になったときは頼もしくて、強い……』
……これはベローナの告白なのか?
それとも、罰ゲームで読まされている台詞なのか!?
どうする!?
目が覚めたって言うべきか!?
……短時間で状況を評価した結果……。
夢だったことにして、そのまま寝ていよう……。
俺は何も知らない……。




