012
地球
時間:不明
場所:某機密航空訓練場
F-35隊長視点
今日は、ちょっと特殊な訓練を受けることになった。
3機のF-35が、それぞれ新型随伴無人機を1機ずつ連れて、空中戦訓練を行う。
ただし、事前に知らされている敵は1機だけ。
全力で相手を叩け。
そんな、何のためなのかよく分からない訓練……。
2番機の隊員が言う。
「普段から意味不明な訓練はいくつかやってるけど、今回は敵が1機だけって事前に知らされてる上に、全力でやっていいっていうのも、けっこう珍しいな」
3番機の隊員も言う。
「今の編成なら、航空部隊を一個隊まとめて落としても問題ないだろ。ほら、あの新型無人機3機。一人一機ずつ配備されてるんだぜ。どう考えても火力過剰だ」
俺の2人の仲間は、そんな世間話をしている。
俺自身も同じように思っている。
だが、どうにも引っかかる。
何しろ、教官が任務を伝えていた時、その隣には見るからにただ者ではなさそうな年配の男が立っていた。
あの恐ろしい教官でさえ、その人物にはものすごく丁寧な態度を取っていた。
だから、俺は疑っている……。
俺たちが相手をするのは、実験用の特殊機体なんじゃないか?
そんな考えが、頭から離れない。
そして俺たちが警戒区域に到達した瞬間、レーダーに反応が出た。
みんなが真剣になる。
2番機の隊員から報告が入る。
「F-16、1機だけのF-16だ」
3番機の隊員も言う。
「間違いない、F-16だ。だが……レーダーの反応がおかしい。ずっと点滅していて、正確に捕捉できない」
その通りだった。
俺のレーダーでも正確に捕捉できない。
しかも、向こうもこちらに気づいたらしい。
こちらへ向かって全速力で接近してくる。
俺たちは警戒を強めた。
あのF-16は、絶対に普通のF-16じゃない。
ただのF-16相手に、俺たちがこんな編成で出されるはずがない。
俺の予想が正しければ、F-16Vだ。
だから、レーダーで捕捉できるかどうかに関係なく……。
今やるべきことは、無人機を動かすことだ。
絶対にF-16Vを接近させてはいけない。
動き始めた無人機が、レーダーから送られてくるデータを整理していく。
たとえ1機のレーダーでは無理でも、こちらにはF-35が3機いる。
角度を調整し、3機で位置を割り出せば、F-16Vだろうと捕捉できる。
2番機と3番機の隊員を指定された位置へ移動させ、レーダーの性能を最大限に引き出す。
結果は出た。
だが……。
おかしい。
捕捉したデータは、依然として不完全だった。
それでも、まだ無人機を完全に対応させることはできない。
どうする?
このまま無人機を向かわせるか?
データが揃っていない状態で、無人機がどう判断するのか。
それは予測が難しい。
俺が一か八かで行くと決めた、その時……。
点滅していたレーダーが、突然安定した。
うまくいった。
そう喜んだ瞬間……。
違う。
画面上のF-16Vは、すでに目視可能な範囲に入っていた。
しかも、真下から上昇してきている。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ――。
F-16Vの火器管制照準器が、2番機の無人機を正確にロックオンし、無力化した。
つまり、模擬戦で撃墜されたということだ。
そして、俺たちの編隊を通り抜けていったのは……。
1機の黒いF-16Vだった。
2番機の隊員が驚いて言う。
「黒いF-16V? そんなの聞いたことがないぞ!」
「まさか特殊塗装か!? だから俺たちのレーダーが不安定だったのか?」
3番機の隊員がすぐに2番機へ警告する。
「そんなことを言ってる場合じゃない、お前の無人僚機がやられたぞ!」
だが、2番機が回避行動に入ろうとした時には、通り過ぎたF-16Vはすでに旋回していた。
火器管制照準器で、正確に2番機を無力化する。
俺と3番機の隊員は、すぐに散開した。
レーダーが使えるようになった以上、俺たちはすぐに無人僚機へ戦闘開始を指示する。
この距離はF-35にとっては不利だが、無人機は違う。
空戦能力に関しては、疑いようがない。
飛び出していった無人機は、さすが空戦の王者だ。
加速性能も耐G性能も一流。
何より、編隊の完成度に文句のつけようがない。
完璧な平行旋回。
肉眼で見ても、あまりにも効率がいい。
俺の視界から離れた無人機が、レーダー上でF-16Vを追い続けている。
距離さえ適切なら、すぐに火器管制装置に捕捉されるはずだ。
ヘル視点
「ジェット戦闘機を操縦できるのか?」
先生が突然、そんなことを聞いてきた。
ここは俺の家から一番近いレストランだ。
残念ながら、車で1時間はかかる。
本当に不便だ。
それなのに先生は俺をここまで呼び出して、無糖の緑茶を一杯おごってくれただけ。
食事までおごってくれてもいいんじゃないか?
そして突然、そんな質問をしてきた……。
先生、世間話も大事なんだぞ。
まあ、先生も最初から本題に入るのが初めてというわけじゃない。
俺もこう答えるしかなかった。
「できるよ。当時はけっこう金を使って訓練と勉強をした。T-38とF-16Bだ」
「面白かったけど、整備もメンテナンスもあまり良くなくて、ちょっと怖かったな。どうしたんだ? こんなことを聞いて」
先生は笑って答えた。
「それはよかった。面白い依頼が一つあるんだ~」
俺は立ち上がって席を離れながら言った。
「そういえば、もう一つ仕事があったんだった。先生、バイバイ~」
そして先生に首根っこを掴まれた。
先生はさらに一言。
「整備状態が良くて、ほとんど新品みたいなF-16Vが一機あるんだ。興味ないか?」
俺は言っておく。
「買収するのは、そう簡単じゃないぞ……」
でも。
「もう~、先生ったら、どうしてもっと早く言わないんだよ~」
そして、今の状況になった。
まあいい。
F-16Vを操縦するのは本当に楽しい。
俺は受け入れることにした~。
この黒いF-16Vは、マットブラックの塗装のような質感をしている。
最初に見た時は、かなりカッコいいと思った。
任務が終わったら、こんな感じで模型を作ってみようかな、なんて考えていた。
だが、その後、先生から聞いた話では……。
この黒い特殊塗料は実験製品だった。
もともとはレーダー対策と光学対策に投入される予定だったらしい。
ところが、結果は予想していたよりも、はるかに悪かった。
いや。
悪すぎて、説明するのも難しいくらいだった。
そこで、ある上層部の人間と話し合って、いっそのこと実戦方式で結果を出すことにしたらしい。
成績をあまり酷いものにしないため。
そして、徹底的に責められないようにするためだ。
そんな、後の祭りにならないための苦肉の策。
だから今回の模擬戦は、こんな大げさな編成になっている。
先生としては、担当者に借りを作らせたいらしい。
だから俺には全力でやってほしいそうだ。
というわけで、悪いな。
だって……。
お前たちを全滅させれば(笑)、
俺の給料が上がる。
それに、先生に本当に食事をおごってもらえる。
俺の後ろから追ってきている2機の無人機は戦闘型。
しかも、今流行りのジェットタイプだ。
やっぱり速い。
俺は再び、最初に使った超低空飛行へ戻った。
特殊塗料によって、なんとか実現しているレーダー対策と光学対策。
それを利用して、低空の山岳地帯を飛行する。
不安定さをさらに強くするため、俺はわざと濃霧のある場所を選んだ。
どうせ開始前に、地図の山岳地帯の範囲と高低差は覚えてある。
たとえF-16Vの探知装置が危険を知らせ続けても、俺は普通に操縦できる。
そういえば、警告音を消せる場所が見つからない。
うるさい。
F-35隊長視点
俺には、ものすごく嫌な予感がする。
無人機がF-16Vを追って、山岳地帯へ突っ込んでいく。
本当なら、心配する必要はないはずだ。
随伴無人機にも山岳地帯のデータはある。
それに、機動性も……。
心配する必要はない。
だが、あの黒いF-16Vは……。
あまりにも不気味な感じがする。
不確定要素が大きすぎる。
今の俺には、2つの選択肢がある。
一つ目。
F-35を遠回りさせて、距離の優位を取り戻す。
無人機にF-16Vを山岳地帯から追い出させて、その後にロックオンすればいい。
二つ目。
F-16Vを包囲する。
だが、リスクがある。
現在、レーダーはまた最初と同じように不安定な状態に陥っている。
無人機に有効な位置情報を送ることもできない。
まったく。
こういう今までとは違う戦闘こそ、極限状況を想定した訓練にはぴったりだ。
ヘル視点
もし本当に無人機を撃墜したら、
あるいは、わざと自爆させたりしたら……。
これはたぶん、財布が泣くだけじゃ済まない。
面倒だな。
こんなのじゃ、全力を出しているとは言えない。
俺はキャノピーの外を見る。
濃霧の中、風によって水膜が流れていく。
そして再びレーダーの判断を見る。
無人機の火器管制システムが接触するタイミングを、おおよそ推測する。
3、2、1。
素早く引き起こし、急速に減速。
低い角度。
フェイク・コブラ・マニューバ、完了。
冗談だ。
超ショート・ピッチアップだ。
簡単な空中減速テクニック。
F-16Vでは不可能だが、ほんの少し下向きにすることならできる。
それだけの瞬間があれば十分だ。
俺の飛行経路が下へ落ちる。
2機の無人機が、俺の頭上を交差していく。
ものすごい迫力だ。
もう少し近かったら、キャノピーが衝撃で砕けていたかもしれない。
俺はすぐに加速し、高度のコントロールを取り戻す。
無人機を見る。
動きが完璧すぎる。
完璧すぎて、どこを撃てばいいのかまで分かってしまう。
F-35隊長視点
心の準備はしていたが……。
まさか2機の無人機が、こうもあっさり無力化されるとは。
あのF-16Vには、いったいどんなブラックテクノロジーがあるんだ?
俺も欲しい。
冗談はさておき。
結果的に、俺は2つの案を実行した。
本来なら、俺がF-16Vを包囲し、
3番機が遠方からBVR攻撃を行う。
無人機がいなくなった状態では、計画を変更するしかない。
俺が追い込むか、あるいは囮になって、F-16Vを引きずり出す。
あいつが、こんな低空をずっと飛び続けられるはずがない。
燃料消費は、間違いなく俺たちより大きい。
だから……。
来い!
ヘル視点
2回の交戦を終えて……。
いや、3回か?
燃料消費は、思ったほど多くない。
まあ、そうだよな。
空戦している時間は短い。
何しろ相手はF-35だ。
接近する前にやられる可能性のほうが高い。
空戦をしたいなら、1対1でなければチャンスはない。
ましてや、相手は2機だ。
俺だったら、たぶん一人を囮にして、もう一人を狙撃役にする。
ただし、それには囮が十分に美味しくなければならない。
俺にとって……。
今、一番美味しいのは……。
F-35隊長視点
おかしい。
レーダーに……映らない。
飛行高度が低すぎるのか?
それとも、濃霧の影響が予想以上なのか?
俺は濃霧の上を飛び、受信精度を高めようとする。
それでもF-16Vを発見できない。
突然。
3番機の隊員からメッセージが届いた。
「隊長、俺、やられました~。階級、2つ上げてもらえますか~?」
その直後、3番機がロックオンされ、撃墜されたという情報が入った。
俺は間違えていた!
こいつは大物じゃない!
衝突を避ける黒いサメだ!
俺は引き返して、向き合うしかなかった。
撤退したとしても、すぐに追いつかれる。
つまり、背中を向けて撃たれるだけだ。
それに……。
もう、こうなってしまった。
俺は手元にあった切り札、3番機を失った。
あの時、2機で遠距離からBVR攻撃をしていれば、まだチャンスはあったかもしれない。
反省報告書の内容まで、もう考えてある。
黒いF-16V。
これは、なかなか面白い訓練だ。
俺と少し空戦に付き合ってもらおう。
ヘル視点
先生が口元を引きつらせながら笑って言った。
「お前も手加減してくれよ。高級料理ばかり頼んで……俺のクレジットカードの限度額、大丈夫かな?」
俺は今、とあるレストランで思いっきり食べている。
普段なら頼まないような料理を、今日は次々と注文している。
罪悪感なんて一切なし!
俺は言う。
「給料がものすごく高いくせに、そんなこと気にするの?」
先生が愚痴る。
「高くても意味ないんだよ。妻に全部持っていかれて、俺に残されてる小遣いは中堅から上級クラスの会社員と変わらないんだ……」
あれだけ奥さんを愛しているくせに、珍しく愚痴っている。
俺は疑問に思って聞く。
「まさか先生、仕事の内容を奥さんに話してないの?」
先生は舌を出して笑いながら言った。
「今でも、俺はどこかの大企業で営業をやってると思ってるよ」
「可愛いだろ~」
うげ~。
二言も話さないうちに、もう惚気だ。
「教えないの? もうずいぶん長いじゃん」
先生は笑いながら、(キラリ)としたポーズをして言った。
「そのほうがロマンチックじゃないか? あの日、馬鹿な奴に出会ったら、颯爽と登場できるんだ。カッコいいだろ!」
「うーん……先生、『トゥルーライズ』(True Lies) の真似をしたいのか……」
このままだと、先生が惚気モードになってしまう。
俺は話題を変える。
「任務は完璧に達成したけど、あのF-16Vはどうなるの?」
先生は笑って言った。
「売るわけにはいかないよ。何しろ機密扱いだからな」
「ただ、あの特殊塗料からは、確かに予想外の成果が見つかった。どうやら高湿度の環境では、探知や識別の特徴を低下させる効果が、思った以上に良くなったらしい」
「へ~、なるほどね」
「濃霧の中だと、(受動観測)される差が小さくなる感じがした」
先生は続ける。
「結果として、開発科はどうにか首の皮一枚つながった。特殊塗料は水陸両用部隊か海軍に回すことになるだろうな。俺も貸しを一つ作れたし、十分な成果だ」
アルカディア
時間:現在
場所:自宅
ヘル視点
ソフィアは報告書を読み終えると、苦笑しながら言った。
「ありがとう。ごめんなさいね。向こうがあなたの飛行データを必要としているんだって。たとえ機体がこの星のものじゃなくても、書類上は資料が必要だから。まあ、一応手続きを通しておくってことね」
俺は笑って答える。
「気にしないよ。理解できる。それに、そのおかげでこの星の飛行用ビークル入門資料まで手に入ったんだ。俺としては得した気分だよ~。でも、1機分だけでいいの? 俺、他にもいろいろ操縦してるけど」
ソフィアは少し考えてから言った。
「いいの。問題ないわ。これ以上、正体不明のビークルの操縦情報を増やしても、たぶん向こうも理解できないと思うし……」
「そういえば……あなたがこんな感じの服を着ているのを見るの、初めてね……」
俺は今、普段とは違う服を着ている。
地球風の、シンプルなデザインのスーツだ。
それほど堅苦しくなく、少しラフな感じ。
気軽な雰囲気に合わせた服装だ。
俺は少し身なりを整えてから言う。
「このあとセフィとデートするからね。ちゃんとした格好をしないと失礼だろ」
ソフィアは微笑んで言った。
「どうしたの? 急に彼女と真面目に向き合うようになったの?」
ちょっと答えにくい。
何しろセフィは、あと結婚届を俺に投げつけてこないだけ、というくらいの勢いだから。
ここは正直に言おう。
「別に、真剣に付き合うとか、そういうわけじゃない」
「ただ、何かしら応えておかないと、いつか罰が当たりそうな気がするんだ。セフィに嫌な思いをさせたくないし」
ソフィアはスマホで俺の姿を撮りながら言った。
「別にいいんじゃない? あなたにもあなたの事情があるんでしょう? 私たちはみんな理解しているわ。アルカディアは多宇宙の生態系が集まるるつぼだもの。恋愛事情だって多様よ」
「多様……」
俺はソフィアに言った。
「前に活動センターにいた時に気づいたんだけど、ベローナをじっと見ていた女性の重姫って、まさか……」
ソフィアは苦笑しながら頷いた。
「ええ、その方面よ。何しろ私たちは女性の重姫の数がとても多いから、そういう女性の重姫が生まれてくることもあるの。ベローナは困ってるというか、むしろ嫌がってるけどね」
「それに、私たちは寿命が長いし、女性の重姫には妊娠や出産の時間的な制限もない。だから男性の出生率が低くても、私たちにとっては、それほど大きな問題じゃないの。だから~」
ソフィアが微笑みながら俺を見る。
なんだろう。
急に、何かがおかしい気がしてきた……。
ソフィアが続けて言う。
「私たちは伴侶関係を求める気持ちはあるけど、独占欲があっても、それも小さな問題。プラトニックな恋愛関係だって受け入れられるの~」
「だから~、これからは忘れずに、私とベローナ、それぞれ個別にデートを予定してね~」
「三人の美女と一つ屋根の下で暮らす、唯一の男性としての自覚を持たなくちゃね」
俺は顔中、汗だらけになった。
ツッコミを入れて話を逸らしたい。
でも、冗談だけじゃない部分も感じる……。
だから、俺にどうしろっていうんだ……。
俺は恭しく答えた。
「Yes sir」
そして……。
「ヘル」
ソフィアがまだ言い終わっていない。
だが、俺はもう逃げたくなっていた……。
逃げられない……。
ソフィアは俺の姿を見ながら言った。
「外出する時は、結局ネコ型外骨格の着ぐるみスーツを着るんでしょう?」
「じゃあ、その服を着ても意味ないじゃん……」
「あっ! そうだった!」




