010
アルカディア
海岸浮遊プラットフォーム(貸切中)
ヘル視点
ベローナと俺は、ペアを組んだ状態で、海の上を水上バイクのような乗り物(水精霊)に乗って疾走している。
俺は無意識にリズムを掴み、下へ押し込み、水中へ潜る。
後ろの推進装置を振り、最適な角度で水面から飛び出し、
空中に完璧な弧を描く。
Submarine~! Barrel Roll~!
(水上バイクの技名)
こういうことをする機会は、なかなかないな。
ベローナが叫ぶ。
「うわほ~~~!」
現在、俺たちは前回に続いて、ペアでの乗り物操作の実験を行っている。
今回のペアはベローナだ。
最初は少し抵抗しているようだったが……
俺の操作で、どんどん興奮が高まっていった。
ベローナの歓声を聞いて、俺の気分も良くなる。
だから俺は次々と技を変え、いろいろな面白いアクロバットをして、ベローナにその楽しさを味わってもらう。
――――――――――
ソフィア視点
ちょっと……羨ましいな……。
楽しそう。
でも、私には情報収集がある。
現在のデータは、以前セフィとヘルがペアになった状態とほぼ同じで、「正常」な状態と見なすことができる。
ただ、以前、ヘルから未知の宇宙船に関する記憶が戻った後の報告を受けたことで、ヘルが「正常」な側ではないことも分かっている。
地球の専門家だから、そこにある違いを判断するのは難しい。
普通の人間が手元にいればいいのだけど。
ヘルの細胞を使って、学習を経験していない人間をクローンするのはどうだろう?
……もちろん、駄目だ。
ヘルが望むかどうか以前に、こちらには生命の複製についても複雑な制度がある。
少なくとも、ヘルが死亡するまでは無理だ。
セフィも、たぶん嫌がるだろう。
それに、まさかあの時アルカディアに落ちてきた未知の宇宙船も、前半部分にすぎなかったとは。
後半部分は地球にある。
というより、これだけじゃないのか……?
まあいい。
私が受け取った報告を上に報告すれば、それで十分だ。
何しろ、未知の宇宙船は現在クロノスに奪われている。
この情報を知ったところで、「なるほど」と思うだけだ。
他にどうしようもない。
私はセフィを見る。
ん?
予想していたような羨ましがったり、嫉妬したりする反応がなく、少し意外だった。
私は言う。
「セフィ、今回の実験はそんなに長くかからないから、あとでヘルとペアになって一緒に乗れるよ」
セフィはあまり反応せず、ずっとヘルを見ながら言う。
「ヘル……今日はちょっと変」
「ちゃんとペアとして実験してるけど……」
「なんだか、前ほど楽しんでいる感じがしない……」
この子……
感情の変化を受け入れる能力が、本当に高いわね。
私は感じ取れなかったけど、ヘルからの報告を読めば、その理由が分かる。
そこはセフィも報告を読んでいるのに、結びつかなかったようね。
私はセフィに言う。
「これは私の推測よ」
「今のヘルは、もうあなたがこれまでずっと観察してきたヘルではない」
「彼の記憶はほとんど戻っている。性格は変わっていないけど」
「でも、今の状況に向き合っている彼は、過去を持たなかったヘルではなく、地球とアルカディアで暮らしていたヘルなの」
私の推測を聞いたセフィは、たぶん自分なりに何か思うところがあったのだろう。
頷いた後、再びヘルを観察し続ける。
しばらくすると、ベローナとヘルが海水を流して戻ってきた。
ベローナが歓声を上げて言う。
「想像してたより楽しかった!」
「海の上を思いのままに走り回るような爽快感がある~」
ヘルが笑って言う。
「お客様に喜んでいただければ何よりです」
「次回も水精霊をご利用ください~」
ヘルをじっくり観察する。
やっぱり冗談を言っている。
セフィの言う通りなら、ヘルって本当に表情を隠すのが上手い食えない奴ね。
――――――――――
セフィ視点
初めてヘルを見たのは、未知の宇宙船の中だった。
小さい。
しかも、冷凍されていた彼はバッグを抱えていて、かなり孤独そうに感じた。
解凍されてから分かったのは、彼がとても話好きだったこと。
記憶が混乱して、何も思い出せなくても、目の前の状況に驚きながら、いつもニコニコしながらみんなと話していた。
そして私がうっかり、翻訳機に嘘発見機能まであることを口にしてしまった時も、私のために話を収めてくれた。
その後、逆にそのことを利用して、私たちにいたずらしていたようだけど。
そして未知の宇宙船がクロノスに奪われようとした時、船内にいた私たちは逃げることができなかった。
強い衝撃を受けて、ヘルを外へ送り出すことができなかった時、私の頭の中は無力感でいっぱいだった。
あの小さなヘルは、それでも移動隔離室を突破し、クロノスの重姫たちをかいくぐって私のところまで来た。
小さい。
恐れを知らなかったわけではない。
何も知らなかったわけでもない。
知っていて、それでもどうしたというのだ。
本当に、眩しかった。
私のところまで来てくれた。
何も知らない状態で、初めてペアを組んだ。
まるで身体を操られているようなのに、主導権を奪われたような感覚はなかった。
とても自然だった。
私が一番得意とする動きや技術が、最適なタイミングで、まるで導かれるように発揮された。
包囲された状態でも簡単に重姫たちを突破し、クロノスによって上空へ運ばれた未知の宇宙船から脱出した。
あの時……
氷山に着地して、そのまま下へ滑っていった。
滑走中に舞い散る雪。
氷の表面に反射する空の光景。
そこにいたのは、私とヘルだけ。
あの光景は、もう私の頭の中に刻み込まれている。
私の頭から離れない。
ソフィアは、ヘルが過去の記憶を取り戻した後……
「もう、これまでずっと観察してきたヘルではない」
違う。
私は知っている。
ソフィアが渡してくれた、ヘルがなぜ未知の宇宙船に現れたのか、その経緯についての報告書も読んだ。
ヘルはずっと、あのヘルだった。
記憶がはっきりしなくても、状況が分からなくても、彼は同じことをする。
地球でも、アルカディアでも。
だから、ヘルはやっぱりヘル。
ただ……
私には分からない……
あるいは、見えていない何かが、彼を悩ませている……
私には分からない……
あるいは、見えていない何かが、彼を悩ませている……
――――――――――
ヘル視点
俺はセフィに言う。
「セフィ……ありがとう。でも俺……」
「こう言うしかないんだ……だって……」
目の前にあるお菓子の山が、俺の身長より高くなっている。
ちなみに、今着ているのも外出用の猫型外骨格着ぐるみだ。
ほんの数分前、セフィが突然、自分のテンションを上げて(俺の感覚では)、せっかくの機会だから美味しいものをご馳走したい(彼女が俺の好きそうだと思っているもの)と言い出した。
うん、割合……で言えば3/2、正解率はかなり高い。
ただ……量は、小型種族でさえ驚くんじゃないか。
ましてや、小型種族にすら入らない俺だ。
笑。
「店長、持ち帰りでお願いします」
――――――――――
セフィ視点
失敗した?
いいえ! まだ始まったばかり!
私はまだ全部を出していない!
――――――――――
ヘル視点
うわ……
まさか……
ここに……
クレーンゲームなんてものがあるとは。
セフィのぬいぐるみの出どころは、たぶんこれなんだろう。
待て。
あれって……
あの頭が大きくて目が大きい、灰色の宇宙人のぬいぐるみじゃないか??
お前までここにいるのか……
さすが、宇宙一の迷子として有名な宇宙人種族だ。
俺は、セフィが一生懸命クレーンゲームでぬいぐるみを取っているのを見る。
技術はまあまあかな……
「当たり」の掴む力を考えなければ、勝率は十分の一くらい。
残念そうな表情を浮かべるセフィを見て、俺は彼女の肩をぽんぽんと叩く。
「俺がやってみる。どれが欲しい?」
そして、俺は感知技術を使ってみる。
うん、爪……は純粋な機械式。
出力はかなり低い。
移動するときの揺れがかなり大きい。
爪を下ろす時には、水平に少し爪の位置がずれる。
爪を閉じる時は力加減を制御していないし、少し爪が緩む。
よし。
だいたい分かった。
爪が緩む確率も含めて計算する。
100%にすることもできるけど、さすがにやりすぎな気がするのでやめておこう。
俺は十分の九の確率で、全部のぬいぐるみをセフィのために取っていく。
あの頭が大きくて目が大きい灰色の宇宙人のぬいぐるみも含めて。
「店長、持ち帰りで」
「自宅まで配送してくれ」
――――――――――
セフィ視点
「わ~~~すごい!」
クレーンゲームが完全に空っぽになるところなんて、初めて見た!
しかも大収穫!
それよりも!
ヘルが取ってくれたんだ!
うん……違う!
私はヘルを喜ばせるつもりだったんじゃないの?!
――――――――――
クレーンゲーム店の重姫視点
今日は早めに仕事を上がろう……
――――――――――
ヘル視点
まさか……
ここまでボロ負けするとは。それも徹底的に……
なんて言えばいいんだろう?
なんというか、このアルカディアの海岸には、懐かしいものが多すぎる。
まず屋台、クレーンゲーム店。
ゲームセンターまである。
格闘ゲームから、車やバイク、それにシューティングゲーム、体感ゲームまで、何でも揃っている。
たぶん、こう言う人もいるだろう。
「地球のゲームセンターと同じじゃないか?」
いやいやいや。
ちゃんと違いはある。
違いは大きさだ。
普通の重姫用もあれば、中小型種族用もある。
でも残念ながら、俺のsizeはやっぱり小さすぎるので、遊べるのはほんの一部だけだ。
セフィに勧められて、俺はここの格闘ゲームをやってみた。
少なくとも、ボタンを押すくらいなら俺にもできる。
ちなみに、俺たちはこっそりペア状態を使って、体感型のバイクゲームでも遊んでみた。
俺も少し本気で全力を出して、操作感覚を掴もうとしてみた。
だが、最初に言った通り。
ゲーム画面には、翻訳されたこんな言葉が表示されている。
YOU LOSE! Perfect finish for a loser!
懐かしすぎるだろ。
喧嘩売ってるのか? 笑。
――――――――――
セフィ視点
私……
またやらかした?!
ヘルから、なんとも言えない吹っ切れたような感じがする……
まさか、何かを諦めたんじゃないよね?
うわああ! 全然分からないよ~!
私たち男性の重姫は少なすぎて、参考にできる相手が全然いないんだから!!
ええと……確か……
雌の獣族の友達が言ってた。
「雄って生き物はね~、『肉体接触』さえすれば、頭がそのまま停止して、それで癒やされるんだよ~」
や、やって……みる?
頭の中にいる雌の獣族の友達は、まだ話し終わっていなかった。
続けて言う。
「それから敏感なところを触りながら、『今夜、あなたを借りてもいい? あんまりひどいことはしないって約束するから~』って言うの」
「そうすれば、雄は絶対に元気いっぱいになるよ~」
……本当に参考にしていいの?
「それでも駄目なら~」
うわああ?! まだ終わってなかったの?!
「一発殴って気絶させて、そのまま連れて帰ればいいよ。あとはベッドの上で解決」(親指を立てる)
ヘルなら一発で死んじゃう。
却下。
――――――――――
ヘル視点
セフィにあちこち連れ回されて遊んでいる。
よく分からないまま、めちゃくちゃに発散している。
もしかしたら、こういう滅茶苦茶なやり方のほうが、俺には合っているのかもしれない。
ここはアルカディアだ。
もう地球じゃない。
地球で終わらなかったことを、俺にどうしろっていうんだ?
残した後始末は、あの人(邪悪な大人)が片付けてくれるだろう。
それに、もしもの場合にどうするか、俺の遺産をどう処理するかも、とっくに準備してある。
何しろ、そういう仕事だからな。
事前に計画しておけば、絶対に損はしない。
今となっては、それが本当に役に立っただけだ。
その違いは、俺がまだ……生きているということだけ。
笑。
保険金詐欺ってわけじゃないよな?
もし帰れる機会があるのなら、
先生の国を後ろ盾にしてもらおう。
保険会社もきっと大人しく言うことを聞くだろう。
笑。
そう思えるようになって、
俺は大きく息を吸い、
胸の中に溜まっていた鬱屈した感情を、
一気に吐き出す。
足りないか?
じゃあ、もう何度かやろう。
どうでもよくなるまで吐き出せばいい。
振り返って、俺はセフィに言う。
「次はどこへ行く?」
だが、そこで……
顔を赤くしている。
目には涙を浮かべ、
両手を強く握りしめ、
今にも大泣きしそうなセフィがいた。
俺はセフィの手を取って、海岸へ向かった。
少し滑稽な光景ではある。
何しろ、せっかくの猫型外骨格の身長アップモード――
Slender Catを使っている。
これがなければ、セフィと手を繋いで海辺まで行くことなんてできない。
幸い、今は海岸を俺たちだけで貸し切っている。
そうでなければ、ここには新たな都市伝説が追加されていたかもしれない。
俺は周囲を見回し、他の重姫がいないことを確認してから、猫型外骨格着ぐるみを脱ぎ、セフィのそばへ行く。
なぜセフィがこんな状態になったのかは分からない。
それに、これまでの経験で、誰かが言う、
「分かるよ」
「理解できるよ」
なんて言葉は、ただの戯言だ。
幸い、自分では顔は悪くないと思っている。
地球とアルカディア、どちらの美的感覚でも、たぶん悪くない。
醜男によるセクハラ事件にはならないだろう。
この方面の優位性を利用して……
彼女の隣に寄り添おう。
セフィ視点
さっき……ヘルはどうしたんだろう。
深く息を吸ってから吐き出した息には、どこか……
「もうどうでもいい」
「諦めた」
そんな感じがあった。
その気配から、胸を切り裂かれるような感覚が伝わってくる。
それなのに私は、彼とその喪失感を一緒に受け止めてあげることができず、自分の無力さも感じていた。
まずい。
私……もう、耐えられそうにない。
ヘルはやっぱりヘルだった。
私の状態に一瞬で気づくと、Slender Catになって、私の手を引いて海辺まで来てくれた。
猫型外骨格着ぐるみを脱いだ後……
何も言わない。
何も聞かない。
ただ、そのまま私の隣に寄り添っている。
本当なら、私があなたの面倒を見なきゃいけないのに。
この時、私も何を言えばいいのか分からなかった。
だから、私も読んだヘルの記憶回復に関する報告書のことを話した。
ヘルはそれを聞いた後、笑って言った。
「なるほど」
どうやら、私がどうしてこんな状態になったのか、一瞬で分かったらしい。
悔しい。
――――――――――
ヘル視点
簡単に言えば、そういうことだ。
はは、可愛いな。
言葉にせずに表現すると、こういう感情の変化は確かに混乱を招くな。
よりによって、セフィは感覚のほうが鋭い。
普段は感覚で感じ取っているのに、今回はその感覚に惑わされたわけか。
でも……
それだけでもない。
確かに。
俺の記憶が戻った時、急いで報告書を書いた。
次の瞬間には忘れてしまうかもしれないと思って、急いで記録した。
喪失感、失った感覚、後悔。
それらは俺がソフィアに報告書を渡した後になって、少しずつ湧き上がってきた。
そう簡単に消化できるものじゃない。
セフィのおかげだ。
食べながら遊んで、
しかも、懐かしいものばかりだった。
俺が苦手なゲームまで出てきた。
YOU LOSE! Perfect finish for a loser!
懐かしくて、そして悔しい台詞。
めちゃくちゃだ。
でも、それでいい。
何しろ、セフィだからな。
俺はそう思った。
「それに……」
「俺の報告書の最後に書いたこと、覚えてるか?」
セフィは顔を上げ、思い出すように考えた後、気づいたように言った。
「あなたが言ってた……」
「海辺……砂浜に……行きたいって……」
俺は笑って言う。
「これで実現したんじゃないか?」
「多少の違いはあるけど、これでいい」
「俺は今、満足している」
――――――――――
セフィ視点
ヘルは言った。
「俺は今、満足している」
嬉しい。
嬉しくて、彼をぎゅっと抱きしめたくなる。
でも今は、絶対に手加減しない。
我慢しなきゃ。
その後、ヘルは地球のことを私に話し始めた。
邪悪だけど頼りになる先生。
地球での自分の仕事は危険だったこと。
ゲームも好きだけど、毎回負けていたこと。
たくさんのコレクションの乗り物があって、大切に秘密の倉庫に保管していたこと。
帰ったら保険金詐欺の召喚状が届くんじゃないかと悩んでいること。
これは私には分からない……
私もいくつか質問をした。
「地球に、気になっている女性の人間はいるの?」
ヘルは笑って答えた。
「いない」
「何しろ、俺の仕事場があんな感じだから、(決まった)相手はいない」
一滴の汗が流れる。
翻訳機は反応しない。
うん……嘘は言っていない。
でも、ちょっと遠回しな言い方じゃない?
うーん……これ以上掘り下げるのはやめておこう。
私の獣族の友達が、こんなことを言っていた。
まあいいか~。
どうせ……
ヘルはここにいる。
私はこっそりヘルのほうへ少しだけ体を寄せる。
海辺を見る。
これから私が言うことは、どうしても恥ずかしくて、彼の顔を見ながら言えない。
この言葉は、ヘルをここに縛りつけることにもなる。
それでも……
私は言いたい。
「ヘル」
「この世界に来てくれて、私にあなたと出会わせてくれて、ありがとう」




