第3話 四月二日 その3
一目見ただけではそうとは分からないような外観のハンバーガーショップは、河下さんのナビゲーションなしでは見つけられなかっただろう。二、三台分の小さな駐車場に車を停めて店内に入ると、外観からは想像もできないほどに洒落た内装の、アメリカンダイナーのようでありながら落ち着いた空間がそこにはあった。今も三組ほど、テーブル席でハンバーガーをほおばるお客さんがいて、ほどほどの賑わいが心地良い。
僕たちは店内ではなく、テイクアウトをして車内で食べようということになった。好奇の目にさらされることを避けたい気持ちもあるけれど、そもそも僕は車の中で食事をするのが好きで、付き合ってもらったというのも大きい。
僕も河下さんもハンバーガーセットを頼んだ。違うものを頼むべきかとも思ったが、シェアするような間柄ではないのだから、お互いがお互いの思った通りのものを頼むことにした。
払いは当然割り勘だ。
店を出て、すぐ近くにある観光施設の駐車場に車を停めた。
ファストフードのテイクアウトと言えば、商品は全て紙袋に入れて渡されるイメージなのだが、このお店では違うようで、飲み物は手渡し、いわゆるレジ袋の中に紙袋とハンバーガーが分けて入れられている。なぜだろう? と車内で紙袋を広げてみると、その理由はすぐに判明した。
河下さんは、ぷっ、と吹き出す。
「ポテト……めっちゃ多い……」
笑い出すのをこらえるように河下さんは言う。
ネットの口コミにも『ここはポテトが多い』と書いてはあったが、とはいえ大の大人が食べられないほどではないだろうと二人してLサイズを注文したのは明らかにミスだった。ハンバーガーが入らないほど、紙袋いっぱいにポテトが詰め込まれていたのだ。
家族でシェアするような量の細切りポテトが二人前。僕はともかく、華奢な河下さんが食べられるか心配になる。
「しかもコロッケにイカリング、ナゲットも一つずつ入ってます。これで八百五十円は安すぎかも」
「おまけというには贅沢な量ですね」
「ですね。じゃあ食べましょう。アツアツなうちに」
そう言って、河下さんは両手を合わせた。いただきますをちゃんとするタイプの子だ。その瞬間から、河下さんはどんどんポテトを口に入れていった。
注文してから揚げられたアツアツポテトは、一つ摘むだけでも指先が悲鳴を上げる。それを口に運べば、口内に広がる塩っぱさと芋のほのかな甘みがたまらない。ここまでのホクホク感も揚げたてならでは。
「美味しいですね、ポテト。止まりません」
「最高です。わたしめっちゃ好きなんです。ポテト」
「ハンバーガーよりですか」
「どっちも好きですけど、ポテトはティア上位です」
「……ティア」
よく分からない言葉が飛び出たが、上位ということはランクとかそういうことなのだろう。ポテトが食べられると思ってテンションが上がったんだなと、僕はようやく気付いた。
「あ、市ヶ谷さん。なんかカレーのにおいするなぁって思ったらこれカレーコロッケですよ。嬉しい」
「お好きなんですか」
「普通のコロッケだと、フライドポテトと相まって芋芋過ぎるじゃないですか」
芋芋過ぎる……その表現に思わず笑いそうになった。
「たしかにカレー味だと、カレー感のほうが勝るかもですね」
「ですです」
段々と日差しが強くなってきて、車内に熱気がこもり始めた。全ての窓を少し開けて風を通すと、心地良い風が入ってくる。同時に、思いの外ポテトの匂いが充満していたことに気付かされた。
休まず食べ続けてはいるが、このままではハンバーガーに辿り着くことができない気がして、焦った僕はこれ見よがしにハンバーガーの包み紙を取った。河下さんにも焦ってほしかったのだ。と思ったのだが、
「市ヶ谷さん。ハンバーガーも当たりです」
河下さんはとっくのとうにかぶりついていた。
「シンプルイズベスト。あと、ちょっとケチャップ多めです」
僕もほおばる。本当だ。肉肉しさもあるけれど、僕らが知るオーソドックスなファストフードとしてのハンバーガーでいてくれている。この安心感は何にも代えがたい。そして本当に、ケチャップは多めだ。
「ケチャップは味変に使いましょう」河下さんはポテトを二本摘んで、バンズとパティの間に差し込んだ。
「味変になりますかね。ケチャップには変わりないですが」
「なります。ポテトにとっては大きな出会いとなることでしょう」
ははは、と、から笑いをしておいた。
ポテトをなかなか減らないポテトと、おまけにしてはしっかりとしたコロッケと、しっかりお腹に溜まってきたけれど、僕以上に食べ進めているのが河下さんだ。僕と河下さん、体格はかなり違うけど、食べる量は彼女の方が多いのかもしれない。
脂と塩と炭水化物をたっぷり含んで、二人揃ってコーラを飲んだ。ストローから流れ込んでくるシュワシュワが、口内をさっぱり洗い流してくれる。
河下さんは背もたれに身体を預けて、ふーっと息を吐いた。
「美味しいですね。なんか今日、めっちゃ暖かくて、冷たいコーラが特別美味しいです」
「そうですね。凄く、いい感じです」
美味しいを共有できるって凄いことだ。
当たり前かもしれないけれど、決して当たり前じゃない。これがこんなにも嬉しいことだって、僕はこの瞬間まで分かっていなかった気がする。
ポテトは食べきることができた。満腹だ。でも、また機会があればまた食べに来よう、と思うくらいには余裕を持てている。つまりちょうどいい量だったのだ。セット一つでこれだけ心が満たされるのは良い誤算だった。
僕らが車を停めているこの場所は、地域住民にとっての憩いの場なのか、観光客向けの施設なのかは分からないが、お土産屋さんとカフェがあるようだった。刃物で有名な関市ということもあって、刀剣の展示もされているらしい。観光案内所のような場所でもあるのだろうか。
平日ということもあって駐車場には余裕があり、社用車と思しき車で眠るスーツ姿の男性が少なくとも五人はいて、日頃から居心地が良い場所であることが窺える。
「せっかくですし、腹ごなしに見ていきますか?」
「ですね」
車を降りると、日差しの熱さが瞬時に額を焼いた。快晴の春は一足飛びで夏を感じる。でも、きっと夏の暑さはこんなものではないのだ。
施設内に入ってすぐに土産物売り場があった。右手を見ると刃物の展示スペースがあるのだが、河下さんはあまり興味がないらしい。僕は河下さんについていく。
ペーパーナイフ、ハサミ、カッター、果物ナイフ。料理用の包丁は当たり前のように一万円を超えてくる。
河下さんが立ち止まったのは爪切りコーナーだった。
各商品には番号が振られていて、それに対応した番号のシールが貼られたテスターが置かれている。河下さんはそれらで自分の爪を切って、使い心地を確かめていた。
「わたし百円ショップのものを使ってるので、ちょっとビックリです。全然違います」
「そんなにですか」
「そこまでではないです」
思わず吹き出す。
「でも違います。何ていうか、そこまで力を入れなくても切れてくれる感じ。さすが千五百円」
爪切りに千五百円。高級品だ。
だが、1500という値札の付いた爪切りには三番と書かれている。商品を見るに、河下さんが手に持っているテスターとは形が違うような……。
「河下さん、もしかしてそれ、五百円のものじゃないですか?」
「え?」
「それはたぶん、五番の爪切りです。商品棚のものとテスターとではデザインが違いますけど、メーカーと形が一緒なので、ヴァージョン違いかと」
河下さんは僅かに唇を尖らせて、五番のシールが貼られた銀色の爪切りを置いた。
「……まあそれでも普段の五倍の金額なので、良いものには違いないですけども」
と言って河下さんは踵を返し、先程は一瞥もくれなかった刃物展示スペースへと歩いていった。恥ずかしかったのだろうか。
値段に引っ張られたところはあるだろうけど、良いと感じたのには違いないはずで、わざわざ立ち止まったのは、せっかくだから何か買いたい、と思ったのかもしれない。
「せっかくだから……か」
僕も、よくそう思う。せっかく来たのだから地のものを食べよう。せっかくだから何か買いたい。でも、一人で何処かに赴いた僕は、その「せっかくだから」を上回る「面倒くさい」で何もせず過ごしてきた。旅の目的はそこにはないからだ。
でも河下さんは違う。違うかもしれない。だから今日の僕は珍しく地元のお店に行こうと思ったし、ここに立ち寄ってお土産なんて見たりしている。たぶん一人では、寄り道なんてしなかっただろうに。
一人じゃないということは、いつもとは違う自分に、出会うことなのかもしれない。




