第2話 四月二日 その2
どの道を選ぶかで所要時間は変わってくる。
長良川沿いの堤防を走れば一時間だが、本巣町を通る北寄りのルートを選ぶとやや遠回りになる。どちらにしようかと話したら、河下さんは「堤防は景色が変わらないですからね」と言った。
それを僕は遠回りするのだと解釈したけれど、結局は根尾川の堤防を走ったから、景色は似たようなものだったのかもしれない。ただ河下さんはあまり通ったことがない道だったようで、窓の外をよく見ていたように思う。
「あれ、なんですかね」
河下さんが遠くを指差した。僕は当然運転しているので、何を指しているかは分からなかった。けれど、何に対して疑問を持ったのかは分かる。
「太陽光パネルですね。随分雑に敷設されてますが。何年か前にはもうあった気がします」
「敷設というより、置かれているだけって感じですね」
左前方の山の斜面に、何十、何百もの太陽光パネルがあった。
地球環境に優しいはずのソーラーパネル群は、明らかに山から緑を剥ぎ取ってそこに置かれている。
「誰のためのエコなんだか」
「まあ、僕らには分からない世界ですよ。そうやって考えることをやめちゃ、きっといけないんですけどね」
「難しい世界だ」
「全くです」
しばらく走って山間の道に入ると、
「あ、ワイファイ切れました」と河下さんが言った。河下さんには、道を間違えていないかスマホで確認をしてもらっていたのだ。僕が持ってきたポケットルーターが使いものにならなくなったらしい。
「この辺りは入らなくなるんですよ」
「町からそんなに離れてないのに」
「そうなんです。不思議ですよね」
「わたし通信無制限じゃないんですけど」
「それは死活問題ですね。じゃあ、ナビは一旦おやすみで。ここからはそんなに難しくないので大丈夫ですよ」
僕がそう言うと、河下さんが小首を傾げたのが視界の端に映った。
「市ヶ谷さんって、よくドライブするんですか」
「いいえ。なんでですか」
「土地勘? があるから」
「土地勘なんてないですよ。それに、運転もあまり得意ではないです。ただ、昔から母とよく出掛けていたんですよ。遠出はしないけれど、母の仕事が休みの日に。なのでここも通ったことがあって」
「へぇ。いいですね、そういうの」
「そうですかね……。四六時中家に居るのが嫌だっただけなんですよ。飽きるじゃないですか、ずっと同じ場所で過ごしていると」
「そうですね。市ヶ谷さんなら、そうかもですね」
どういう意味だろう、と少し考えてしまった。答えは明白だから考える必要もなかったけれど、まさか河下さんがそういうかたちで僕をいじるとは思わなくて、ハンドルを握る手にじんわりと汗をかく。
僕らの間で交わされる他愛ない話は、時々ぷつりと途切れてしまうし、お互い無理して続けようともしない。もしかしたら河下さんは続けようとしているのかもしれないけれど、僕には分からない。そういう素振りを見せない彼女だからそう思うだけなのだろうか。河下瀬南とはこうであると言えるほど、僕はまだ彼女のことを知れてはいないのだ。
片側一車線の走りやすい道が続いた。僕は運転が得意ではない。だから、この道を走る誰よりも、安全に車を走らせようと思っている。隣にいる河下さんに不安だけは抱いてほしくないのだ。
風景に別段面白いものはない。山を抜ければ畑、途中に住宅街、たまにコンビニ。見慣れない景色でも既視感があるのは、似たような町並みがどこかしこにもあるからなのだろう。新鮮味はない。だけど新鮮。不思議な感覚だ。
気付けば一時間以上も運転していた。
「もうすぐですよ」
河下さんが言った。いつの間にか通信は復活していて、河下さんはずっとスマホを手放さずにいたのだ。ただ、どこそこの交差点を曲がって、という指示が飛ばなかったのは、単にまっすぐ進んだ先に目的地があったからに他ならない。
関市。
刃物で有名な関市は、地図を見ると相当に広く、随分とおかしな形をしている。市の境が平成の大合併が原因だろうと思うが、真実を知ろうとしたことはない。
町に感じる印象は、なんだかギュッとしている、だった。道や建物、全ての間隔が狭いように感じられる。
右を曲がれば南、左を曲がれば北、という分かりやすい道はしておらず、左に曲がるにも選択肢が二つあるような複雑さで、そういった町作りはむしろ大都会にこそ多い印象だが、地方のこぢんまりした町でそうした道に出会すとなかなかどうして混乱してしまうものだ。
赤信号で停止し、普段からあまり頼っていないカーナビを見ると、時刻は既に一時半を回っていた。
「思ったより時間掛かっちゃいましたね。そう言えば、お昼は食べてこられたんですか?」
「いえ。どうされるつもりか分からなかったので」
「そうでしたか。では良い時間ですし、先にお昼にしますか?」
「ですね。なんかお腹、空いた気がします」
「何かお好きなものとか」
「お任せしますよ。と言ってもそれなりに好き嫌いはあるので、嫌なものは嫌と言うと思いますが」
「そのほうがありがたいですよ。では、ハンバーガーとかどうですか。少し気になっているお店があって」
「トマトとレタスがどっさり入ったものでなければ大好きです」
どうやら河下さんは野菜嫌いらしい。
「そういう感じのお店じゃないので大丈夫かと」
「じゃあ、ハンバーガーにしましょう」
もしかしたら、河下さんは相当ハンバーガーが好きなのかもしれない。河下さんの笑顔が、ちょっぴり弾んだ気がしたのだ。




