第69話 視察と初春の風
春の光が北方都市グランテに差し込む。
私は第一皇子アルヴェルト。十三歳。文通で交流を重ねてきたレスティーナ・フォン・グランテの都市を、自分の目で確かめる日がついに来た。
馬車が市場の広場に近づく。香ばしいパンの匂い、鍛冶場の金属音、子どもたちの笑い声。活気に満ちた街の様子に、私は息を呑む。
「君が、この街を築き上げたのか」
思わず口にした言葉に、レスティーナは軽く微笑む。
文通で伝わっていた理知的な文章の印象は、この実際の姿でも変わらない。いや、実物の方がずっと輝いて見える。
「はい、殿下。三年前は荒れ地でした。今では市民たちが暮らし、商業も教育も整った都市になっています」
その声は清々しく、私の心をどこか暖かくする。文通だけでは感じられなかった、彼女の生きた存在感がそこにあった。
私は自然と馬車の窓から街の隅々を見渡す。広場では農民たちが荷車を引き、商人たちは活気に満ちた声をあげる。整然とした市場、石畳の道、整えられた井戸と学校。
(文通だけでは、ここまでの成長は想像できなかった……)
私は無意識にレスティーナの横顔を見た。十三歳にして、この都市の統率者。文通で見せる冷静さや合理的思考に加え、目の前では誰よりも堂々と立ち振る舞う。
少し胸が高鳴った。…いや、これは感動だけでなく、知らず知らずのうちに湧いた感情かもしれない。
「皇子殿下、こちらにお越しください」
彼女の声に導かれるように馬車を降りる。足元には忙しなく働く市民たち。だが、レスティーナの指示一つで、すべてが滑らかに流れている。
「物流も最適化されています。帝都への出荷も文通で計画通りです」
従僕ジェイの説明を聞きながら、私はまた息を呑む。
三年前の荒れ地が、文字通り人の手で息づく都市へと変わっている。彼女の文通の計画が、現実になった瞬間を私は目の当たりにしたのだ。
「君の指示で、ここまで市民は成長できたのか」
私は自然と声を出す。
レスティーナは微笑み、小さく頷く。
「殿下、文通で指示を受けてくれたおかげで、都市の計画もスムーズに進みました」
私は再び街全体を見渡す。学校の前で整列する子どもたち、清掃され整然と並ぶ市場、笑顔で働く市民たち……。
そのすべてが彼女の努力と才能の証だった。
(それに、彼女の笑顔があるからこそ、この街は生き生きしているのかもしれない)
私の胸に、密かに、暖かい気持ちが広がる。
文通で交わした文字だけでは、こういう感情はなかったはずだ。直接会い、彼女の行動と笑顔を見たことで、知らず知らずのうちに心を奪われている自分に気づいた。
「皇子殿下」
彼女が私の肩に視線を向け、軽く笑う。
「次に視察される際には、さらに発展した都市をお見せできます」
その言葉に私は小さく笑みを返す。
(次に来るとき、私はどれだけ成長した君を見ることができるだろうか……)
丘の上から街全体を見下ろすと、石畳の道が整然と伸び、学校、商店、住居、広場……すべてが生きている。市民たちは息を切らさず、楽しそうに働き、生活している。
「三年前の荒地が、ここまで変わるとは」
私は心の中で再び感嘆する。文通だけではわからなかった彼女の手腕、判断力、そして人々を動かす力。
そして、ふと胸の奥で、彼女の存在そのものが、自分にとって特別だと感じている自分に気づいた。
私は静かに誓う。
(次に訪れるときも、私は必ず君のそばで、この都市の成長を見届けよう。そして……君の頑張りに、もう少し近くで寄り添えるようになりたい)
レスティーナは、私の胸の中の思いを知る由もない。
ただ笑顔で私に視線を向け、小さく手を振る。
文通で築き上げた信頼関係と、実際に目で見た都市の現実。
十三歳の私にとって、この視察は学びと感動、そして、知らず知らずのうちに芽生えた淡い恋心で胸がいっぱいになった一日だった。




