第64話 皇子視察の報せ
北方都市グランテは、今日も活気に満ちていた。
三年前、荒野だった土地。
今では石畳の道路が四方へ伸び、市場には人が溢れ、倉庫街には荷車が列を作っている。
北方交易の拠点として名が知られ始めたこの都市には、旅人や商人が絶えず訪れていた。
木材、毛皮、穀物、鉄鉱石。
北方の資源は帝都でも人気があり、商人たちはこぞってこの町を訪れる。
そして――
その町を治めているのが、レスティーナ・フォン・グランテである。
領主館の執務室。
レスティーナは机に座り、都市の地図を眺めていた。
机の上には現在の都市区画図。
中央広場。
市場通り。
倉庫街。
住宅区。
そして新しく拡張した西区。
宿屋や食堂が立ち並び、旅人の拠点になりつつある場所だ。
「順調ね」
レスティーナは小さく呟いた。
三年前の開拓開始時には想像できなかった規模だ。
人口は三千に迫り、北方では有数の都市になりつつある。
(ググル先生)
『はい』
(このまま発展したらどうなる?)
『北方の交易中心都市になる可能性があります』
「やっぱり」
レスティーナは笑った。
北方は資源が豊富だ。
そこに物流と市場を整えれば、人は自然と集まる。
それがこの三年間で証明された。
その時、扉がノックされた。
「領主様」
エルガルトだった。
「どうぞ」
彼は部屋に入り、一通の封書を差し出した。
「帝都からの手紙です」
「帝都?」
レスティーナは眉を上げた。
封蝋には王家の紋章。
それを見て、レスティーナは少し驚いた。
「皇族?」
「はい」
エルガルトは頷く。
「第一皇子殿下からの書簡です」
レスティーナはゆっくり封を切った。
中には丁寧な筆跡の手紙。
読み進めるうちに、彼女の表情が少し変わった。
「……へぇ」
エルガルトが聞く。
「何と?」
レスティーナは手紙を読み上げた。
「近いうちに北方都市グランテを視察したい、だって」
エルガルトは驚いた。
「皇子自らですか?」
「そう書いてある」
レスティーナは椅子にもたれた。
第一皇子アルヴェルト。
帝都で出会い、文通を続けている相手だ。
数年前、帝都で言われた言葉を思い出す。
――領地が発展したら、ぜひ視察したい。
あの時は社交辞令かと思った。
だがどうやら本気だったらしい。
(ググル先生)
『はい』
(皇子が視察に来るってどれくらい大事?)
『非常に重要な政治イベントです』
「やっぱりそうよね」
レスティーナは苦笑した。
皇子が地方都市を訪れる。
それはつまり――
この都市が王家に認められ始めているということだ。
その時、もう一人が部屋に入ってきた。
「呼びましたか」
ジェイだった。
十五歳だった少年は、今では十八歳の青年になっている。
領主館の管理や商会の補佐を担当し、レスティーナの右腕のような存在になっていた。
「ちょうどいいところ」
レスティーナは手紙を渡した。
「読んで」
ジェイは目を通し、少し驚いた。
「皇子殿下が視察に?」
「そう」
「近いうちに来るって」
ジェイは窓の外を見た。
広がる都市。
市場。
石畳の大通り。
そして遠くの農地。
「確かに」
ジェイは静かに言った。
「この都市なら、視察したくなるでしょうね」
レスティーナは笑った。
「自画自賛?」
「事実です」
エルガルトが腕を組む。
「問題は準備ですね」
「だよね」
レスティーナは頷いた。
皇子の訪問。
それは都市の評価にも繋がる。
下手な対応はできない。
「まず宿」
レスティーナは言った。
「領主館じゃ狭い」
ジェイが答える。
「西区の新しい宿を使いましょう」
「いい考え」
エルガルトも頷く。
「警備も強化します」
レスティーナは窓の外を見る。
人が行き交う都市。
三年かけて作り上げた町。
その町を――
皇子が見に来る。
(ググル先生)
『はい』
(ちょっとワクワクしてる)
『それは良い反応です』
レスティーナは小さく笑った。
「よし」
机の上の地図を叩く。
「視察準備開始」
ジェイとエルガルトが同時に頷いた。
三年前、荒野だった土地。
今では北方を代表する都市。
そして近いうちに――
皇子がその姿を見に来る。
レスティーナは窓の外を見ながら呟いた。
「ちゃんと驚いてくれるといいけどね」
北方都市グランテ。
その真価が、ついに王家の目に触れようとしていた。




