第62話 三年後の繁栄
北方の空は、今日も澄み渡っていた。
春の柔らかな陽光が、石畳の大通りを照らしている。
道の両側には木造と石造りが混ざった家屋が立ち並び、商店の看板が風に揺れていた。
焼きたてのパンの匂い。
香辛料の香り。
遠くでは鍛冶屋の槌音。
市場通りは人で溢れていた。
農民が野菜を並べ、商人が布を広げ、子供たちが走り回る。
旅人も多い。
北方のこの町は――
今や**都市**と呼ばれていた。
人口は二千を越えた。
石畳の道路は町の中心から四方へ伸び、水路は家々の間を流れている。
広い市場。
学校。
倉庫街。
商業通り。
さらには小さな劇場まで作られていた。
北方開拓が始まってから三年。
この地は、かつての荒野とは別の場所のように変わっていた。
その中心にいるのが――
レスティーナ・フォン・グランテである。
領主館の執務室。
窓からは町全体が見渡せる。
レスティーナはその景色を眺めながら、小さく息を吐いた。
「……三年か」
机の上には都市の地図が広げられている。
初期の開拓図と比べると、別物のようだ。
道路が増え、建物が増え、区画が広がっている。
(ググル先生)
『はい』
(最初の計画と比べてどれくらい成長した?)
『人口は約四倍。経済規模は推定八倍です』
「うん」
レスティーナは苦笑した。
「自分でもびっくり」
この三年間。
彼女は二つの力を使ってきた。
**ググル先生。**
そして――
**ネットショップ。**
ググル先生は知識をくれる。
都市計画。
農業。
物流。
建築。
衛生。
学校制度。
様々な情報を教えてくれる存在だ。
そしてネットショップ。
これは物資を手に入れる手段だった。
釘。
工具。
ガラス。
種子。
紙。
そして本。
この世界ではまだ貴重な物資を、少量ずつ手に入れることができる。
もちろん無制限ではない。
金は必要だし、大量購入もできない。
だが都市の発展に必要な**初期技術**を導入するには十分だった。
最初の頃は小さなことから始めた。
井戸の整備。
衛生の改善。
農地の区画整理。
作物の輪作。
水路。
そして――
**物流。**
レスティーナは机の地図を指でなぞる。
町の中心から放射状に伸びる石畳道路。
その周りに倉庫街。
さらに外側に農地。
この配置は、ググル先生の助言だった。
『物流効率を考えた都市配置です』
最初は半信半疑だった。
だが実際にやってみると――
驚くほど効率が良かった。
農産物は倉庫に集まり、そこから市場へ。
商人の荷車も動きやすい。
結果として交易が活発になった。
そして商会メモワール。
レスティーナが作った商会だ。
帝都にも支店がある。
布。
紙。
本。
そして食堂。
北方の料理は評判になり、旅人も増えた。
レスティーナは窓の外を見た。
市場の人波。
遠くの農地。
さらにその外側には新しい開拓地。
「ここまで来たんだ」
その時、扉がノックされた。
「領主様」
エルガルトだった。
「どうぞ」
扉が開く。
「商会メモワールから報告です」
「何?」
「帝都との交易量が、去年の二倍になりました」
レスティーナは目を瞬いた。
「もう?」
「はい」
エルガルトは笑った。
「北方の都市としては異例の成長です」
その後ろから別の声がした。
「当然です」
入ってきたのはジェイだった。
黒髪の青年。
もう十五歳の少年ではない。
十八歳になった青年だ。
三年前、帝都からこの町に来た少年従僕。
今では領主館の重要な補佐役になっていた。
「物流を整えましたから」
ジェイは言う。
「道路、水路、倉庫」
「すべて繋がっています」
レスティーナは笑った。
「ジェイもすっかり仕事人ね」
「レスティーナ様のおかげです」
ジェイは答える。
レスティーナは窓の外を見た。
三年前。
ここは荒野だった。
今は違う。
人が集まり、商売が生まれ、生活がある。
都市が生きている。
(ググル先生)
『はい』
(都市作り成功って言っていい?)
『はい。十分成功例です』
レスティーナは笑った。
「そう」
だがまだ終わりではない。
都市は完成するものではない。
成長し続けるものだ。
レスティーナは地図の空白部分を見る。
まだ広い。
「次はここね」
ジェイが聞いた。
「新しい区画ですか?」
「うん」
レスティーナは頷く。
「工房街」
「学校の拡張」
「あと図書館」
エルガルトが驚く。
「図書館ですか」
「知識は力だから」
レスティーナは笑った。
ググル先生とネットショップ。
その二つの力で始まった都市作り。
そして三年。
北方の荒野に、ひとつの都市が生まれた。
だが――
レスティーナの物語は、まだ終わらない。
むしろここからが本当の始まりだった。




