第56話 皇子と食堂
メモワール商会での騒動は、ようやく落ち着きを取り戻していた。
店の外では近衛騎士たちがならず者たちを連行していく。
縄で縛られた男たちは青ざめた顔をしていた。
当然だろう。
帝国第一皇子に刃を向けたのだ。
運が悪ければその場で斬られてもおかしくない。
城下町の通りでは、すでに小さな人だかりができ始めていた。
「何があったんだ?」
「騎士が来てるぞ」
「誰か捕まったらしい」
そんな声が聞こえる。
店の中では、メモワール商会の店員たちがまだ呆然としていた。
自分たちの店に来ていた少年が、まさか第一皇子だったとは。
誰も想像していない。
アルヴェルトは小さくため息をついた。
「……目立ったな」
レスティーナは頷いた。
「かなり」
アルヴェルトは苦笑する。
「お忍びの意味がなくなった」
レスティーナは肩をすくめた。
「よくあることです」
アルヴェルトは少し笑った。
「君は慣れているな」
レスティーナは答える。
「商売をしていると、色々あります」
王子は店内を見回した。
整えられた商品棚。
客たち。
そして入口の外にいる近衛騎士。
しばらくして言った。
「……腹が減った」
レスティーナは少し驚いた。
「え?」
アルヴェルトは苦笑する。
「朝から何も食べていない」
「視察に夢中だった」
確かに朝早くから城下町を歩いていた。
空腹になっても不思議ではない。
レスティーナは少し考えた。
そして言った。
「じゃあ」
「食べに行きます?」
アルヴェルトは興味深そうに聞いた。
「どこに?」
レスティーナは微笑んだ。
「私の店です」
王子は目を細めた。
「君の?」
「はい」
レスティーナは言った。
「レストランがあります」
アルヴェルトは驚いた。
「商会だけじゃないのか?」
「ええ」
「食堂もやってます」
王子は少し笑った。
「面白いな」
「案内してくれ」
こうして二人はメモワール商会を出た。
近衛騎士たちが距離を取りながらついてくる。
完全なお忍びとは言えないが、目立たないようにはしている。
城下町の通りを歩く。
パン屋。
肉屋。
布屋。
様々な店が並ぶ。
その中の一角。
二階建ての建物。
木の看板。
そこには書かれていた。
**食堂メモワール。**
アルヴェルトは立ち止まった。
「ここか」
「はい」
レスティーナは扉を開けた。
中から美味しそうな香りが漂ってくる。
焼いた肉。
スープ。
香辛料。
店内は意外と広い。
木のテーブル。
椅子。
客も多い。
商人や職人たちが食事をしている。
アルヴェルトは少し驚いた。
「繁盛しているな」
レスティーナは頷く。
「帝都では珍しい料理を出しているので」
王子は席に座った。
レスティーナも向かいに座る。
店員が来た。
「いらっしゃいませ」
レスティーナを見ると少し驚く。
「あ、お嬢様」
レスティーナは軽く頷いた。
「今日のおすすめを二つ」
「かしこまりました」
店員は厨房へ向かう。
アルヴェルトは興味深そうに店内を見回した。
「客層が面白い」
「商人が多いな」
レスティーナは答える。
「城下町ですから」
「働く人向けの店です」
しばらくして料理が運ばれてきた。
皿の上には黄金色の料理。
香ばしい匂い。
アルヴェルトは目を見開いた。
「これは……」
レスティーナは言った。
「オムライスです」
王子は聞き慣れない名前に首を傾げた。
「オム……?」
「卵料理です」
アルヴェルトはスプーンを手に取る。
卵を割る。
中から湯気が上がる。
一口食べる。
そして――
固まった。
「……うまい」
レスティーナは少し笑った。
「でしょう?」
アルヴェルトはもう一口食べる。
そして言った。
「帝都で食べたことがない味だ」
レスティーナは答える。
「新しい料理です」
もちろん、地球の料理だ。
ネットショップのレシピと食材で再現している。
王子は夢中で食べていた。
やがて皿が空になる。
アルヴェルトは満足そうに言った。
「気に入った」
「この店」
レスティーナは言った。
「それは良かったです」
王子は少し笑った。
「北方領にも作るのか?」
「ありますよ」
レスティーナは答えた。
「もう」
アルヴェルトは驚いた。
「本当か?」
「はい」
「市場の近くです」
王子は面白そうに笑った。
「ますます視察に行きたくなった」
レスティーナは苦笑した。
皇子を連れてきたレストラン。
ただの食事のつもりだったのに。
どうやら――
また新しい話が動き始めているようだった。




