第55話 皇子の正体
メモワール商会の店内に、重い空気が流れていた。
乱暴に扉を開けて入ってきた男たち。
粗野な服装。
腰には短剣。
明らかにまともな客ではない。
店員の青年は困った顔をしていた。
「え、えっと……」
しかし男たちはそんな様子を気にも留めない。
先頭に立っている大柄な男が言った。
「この通りで商売するなら挨拶が必要だ」
低い声。
威圧的な態度。
いわゆる**みかじめ料**の要求だ。
帝都の城下町では珍しい話ではない。
しかし――
ここはメモワール商会。
レスティーナの店だ。
そして今、店内にはもう一人の厄介な人物がいる。
アルヴェルト第一皇子。
しかも**お忍び**で。
レスティーナは内心で小さくため息をついた。
(タイミング悪いわね……)
(ググル先生)
『状況:やや危険』
(でしょうね)
その時、アルヴェルトが一歩前に出た。
「なるほど」
穏やかな声。
だが目は冷たい。
「挨拶が必要なのか?」
男は鼻で笑った。
「そうだ」
「この通りは俺たちが仕切ってる」
アルヴェルトは少し首を傾げた。
「帝都の通りを?」
「そうだ」
男は自信満々だった。
この辺りの店から金を集めるのはいつものことだ。
大抵の店主は逆らわない。
だから今回も同じだと思っている。
しかしアルヴェルトは静かに言った。
「面白い」
そして一歩近づいた。
男は少し眉をひそめる。
少年だ。
だが、なぜか妙な圧を感じる。
アルヴェルトは穏やかに続けた。
「帝都の街道」
「商店」
「税」
「治安」
「それらは全部、帝国が管理している」
男は苛立った。
「何が言いたい」
アルヴェルトは静かに言った。
「つまりだ」
「お前たちは帝国の権限を名乗っていることになる」
男たちは顔を見合わせた。
難しい話はよく分からない。
だがなんとなく馬鹿にされている気がした。
「うるせえ!」
男が怒鳴る。
「子供が口出すな!」
その瞬間。
店の空気が変わった。
アルヴェルトの目が、わずかに鋭くなる。
それは戦場の目だった。
そして――
次の瞬間。
男の腕が後ろにねじ上げられていた。
「ぐあっ!?」
何が起きたのか、誰も理解できない。
アルヴェルトが一瞬で間合いに入り、関節を決めたのだ。
男は床に膝をつく。
「な、何だお前!」
仲間たちも驚いた。
レスティーナは横で呟く。
(やっぱり強い)
(ググル先生)
『第一皇子は騎士教育を受けています』
(知ってる)
アルヴェルトは静かに言った。
「商売の邪魔をするな」
「それだけだ」
男は必死に腕を引こうとする。
しかし動かない。
信じられないほど力が強い。
仲間の一人が叫んだ。
「やれ!」
短剣を抜く。
その瞬間――
店の外から声が響いた。
「そこまでだ」
低い声。
扉が開く。
中に入ってきたのは数人の男。
黒い外套。
整った動き。
そして腰の剣。
近衛騎士だった。
男たちは凍りついた。
「な……」
アルヴェルトは腕を離した。
男は床に倒れる。
近衛騎士が静かに言った。
「陛下の御子の前で剣を抜くとは」
店内が静まり返る。
客たちも店員も、言葉を失った。
「御子……?」
男の一人が震える声で言う。
近衛騎士は冷たく答えた。
「帝国第一皇子」
「アルヴェルト殿下だ」
男たちの顔から血の気が引いた。
今、自分たちは――
帝国第一皇子に短剣を向けたのだ。
完全に終わった。
男たちはその場で土下座した。
「も、申し訳ありません!」
「し、知らなかったんです!」
アルヴェルトは小さくため息をついた。
「知らなくても同じだ」
近衛騎士が男たちを拘束する。
縄で縛り、外へ連れていく。
店内はまだ静まり返っていた。
店員は完全に固まっている。
客たちも動けない。
そして――
全員の視線がアルヴェルトに向いた。
皇子。
本物の。
城下町の小さな商会に。
レスティーナは小さく呟く。
(完全に騒ぎになった……)
(ググル先生)
『予測:噂が広がります』
(でしょうね)
アルヴェルトは振り向いた。
レスティーナを見る。
そして苦笑した。
「すまない」
「視察のつもりだったんだが」
レスティーナも苦笑する。
「大丈夫です」
「いい宣伝になりましたから」
アルヴェルトは少し驚いた。
「宣伝?」
レスティーナは店を見回した。
客たちはまだ驚いている。
だが同時に――
興味津々だ。
皇子が来た店。
それだけで価値がある。
レスティーナは言った。
「今日からこの店、帝都で有名になりますよ」
アルヴェルトは笑った。
「確かにな」
こうして。
城下町の小さな商会は――
思いもよらない形で、帝都中に名前が広まることになるのだった。




