第47話 帝都への準備
北方領の朝は忙しい。
春が近づき、雪解けが進むと同時に町の動きも一段と活発になっていた。
まだ冷たい空気の中、農地では人々が畑を整え、建築現場では大工たちが木槌を振るっている。
市場では野菜や肉が並び、商人たちが値段を叫び、子供たちが荷物を運んで走り回る。
人口はすでに**六百人を超えていた。**
最初は荒れた土地だった北方領も、今では明確な形を持った町へと変わりつつある。
その中心にある領主館。
執務室では、レスティーナが書類の山に囲まれていた。
「道路工事の進捗は?」
机の前で報告をしているのはエルガルトだ。
「北側の街道は七割ほど完成しています」
「石材の在庫は?」
「十分あります」
レスティーナは頷いた。
北方領の発展で最も重要なのは**道路**だった。
農地を作ることも大事だが、それ以上に重要なのが物流だ。
人と物が移動できなければ町は成長しない。
そのためレスティーナは、早い段階から街道整備を進めていた。
石を敷き、雨でぬかるまないようにする。
橋を作り、馬車が通れるようにする。
それによって商人が来るようになった。
商人が来れば市場ができる。
市場ができれば人が集まる。
そして町になる。
レスティーナは書類を閉じた。
「よし」
エルガルトが次の報告をする。
「市場ですが」
「ええ」
「常設店舗の建設が進んでいます」
「何軒?」
「現在十六軒」
レスティーナは満足そうに頷いた。
以前は屋台だけだった市場も、今では木造の店が並び始めている。
パン屋。
肉屋。
鍛冶屋。
布屋。
酒場。
小さな町だが、すでに都市の機能が整い始めていた。
その時だった。
レスティーナはふと机の上の手紙を見た。
帝都から届いた招待状。
第一王子アルヴェルトの婚約者選定茶会。
それに参加するため、帝都へ行かなければならない。
レスティーナは椅子にもたれた。
「問題はここね」
エルガルトが聞く。
「帝都ですか?」
「ええ」
レスティーナは腕を組んだ。
帝都までの距離は遠い。
馬車で行けば二週間以上かかる。
しかも領主が長期間留守にすることになる。
「町の運営が止まるのは困るわね」
レスティーナは考えた。
(ググル先生)
『はい』
(都市運営でトップが不在になる場合の対処は?)
『代理統治体制の確立が重要です』
(やっぱりそれよね)
レスティーナは頷いた。
「エルガルト」
「はい」
「代理体制を作る」
エルガルトは真剣な顔になった。
「具体的には?」
「三つ」
レスティーナは指を立てた。
「行政」
「治安」
「物流」
「この三つの責任者を決める」
エルガルトは頷いた。
「合理的ですね」
レスティーナは続けた。
「行政はあなた」
「了解しました」
「治安は騎士団長」
「はい」
「物流は商会長」
エルガルトは少し驚いた。
「商人ですか?」
「ええ」
レスティーナは笑った。
「この町は商業都市になる」
「なら物流の責任者は商人がいい」
北方商会の会頭は、もともと帝都から来た商人だ。
計算に強く、馬車隊の運営も得意。
物流管理には最適だった。
エルガルトは頷いた。
「準備します」
レスティーナはさらに言った。
「あと学校」
「学校ですか?」
「私がいない間も授業は続ける」
北方領には小さな学校がある。
子供たちに読み書きと計算を教える場所だ。
最初は農民たちも驚いていた。
だが今では多くの子供が通っている。
「教育は止めちゃダメ」
レスティーナは言った。
「未来の人材だから」
エルガルトは静かに頷いた。
その時だった。
執務室の扉がノックされた。
「領主様」
入ってきたのは商会の使いだ。
「帝都から新しい情報が届きました」
「何?」
「婚約者茶会についてです」
レスティーナは手紙を受け取った。
封を切る。
中を読む。
「……へえ」
エルガルトが聞く。
「どうしました?」
レスティーナは言った。
「参加者のリスト」
そこには貴族令嬢たちの名前が並んでいた。
公爵令嬢。
侯爵令嬢。
伯爵令嬢。
そして――
**メアリー・スー。**
レスティーナは小さく笑った。
「この子も来るのね」
帝都で商会を何度も作っては破産している令嬢。
おそらく転生者。
そしてもう一人。
**リリア・フェルミナ。**
ヒロイン。
噂では可憐で優しい少女。
だが裏では他の令嬢を蹴落とす策略家。
レスティーナは紙を机に置いた。
「面白くなりそう」
エルガルトが苦笑する。
「大丈夫でしょうか」
「さあ?」
レスティーナは窓の外を見た。
北方の町。
人々が働き、煙が上がる家々。
自分が作ってきた場所。
この町はまだ発展途中だ。
だが確実に成長している。
レスティーナは静かに言った。
「帝都に行く」
「そして帰ってくる」
エルガルトが頷く。
「はい」
レスティーナは笑った。
「その頃には、町はもっと大きくなってるわ」
北方の少女領主は、帝都へ向かう準備を進めていた。
そして帝都では。
別の二人の転生者もまた、同じお茶会へ向けて動き始めていた。
それぞれが、自分こそ特別だと思いながら。




