第45話 王子婚約茶会の招待状
北方領の朝は早い。
まだ太陽が山の向こうに隠れている時間から、町は静かに動き始める。
木造の家々の煙突からは白い煙が上がり、パンを焼く匂いが漂う。
街路はまだ土のままだが、主要な通りには石が敷かれ始めていた。
その中央にある建物――
**領主館。**
そこはかつて荒れ果てていた砦を改修して作った建物で、今では北方領の行政の中心になっている。
その執務室で、一人の少女が帳簿を見ていた。
「人口……五百九十八人」
小さく呟く。
少女の名前は――
**レスティーナ。**
年齢は**十歳**。
しかし北方領の領主であり、町の創設者でもある。
金色の髪を後ろでまとめ、机に向かって真剣な顔で書類を読んでいた。
隣には補佐役の青年が立っている。
**エルガルト。**
元帝国官僚で、今はレスティーナの補佐をしている人物だ。
「昨日到着した農奴は二十七人です」
エルガルトが言った。
「家族単位で六世帯」
「職人は?」
「大工が二人、鍛冶職人が一人」
レスティーナは満足そうに頷いた。
「いい流れね」
最初にこの北方領へ来た時、人口はほとんどゼロだった。
荒れた土地。
崩れた村。
放置された畑。
それが今では――
町ができ始めている。
市場。
学校。
商会。
農地。
すべてが少しずつ形になっていた。
そしてレスティーナには秘密がある。
前世の記憶。
そして二つのスキル。
**ググル先生。**
脳内で知識を検索できる存在。
もう一つは――
**ネットショップ。**
異世界の物資を購入できる不思議な力。
レスティーナは心の中で呟いた。
(ググル先生)
するとすぐに返事が来る。
『はい。何でしょう』
(都市人口六百人規模の発展段階ってどんな感じ?)
『初期都市段階です。市場拡張、教育機関、治安組織の整備が推奨されます』
(やっぱりそうよね)
レスティーナは頷いた。
「市場を拡張する必要があるわね」
エルガルトが顔を上げた。
「広場ですか?」
「ええ」
「今の市場は狭い」
北方の市場は、まだ木の屋台が並ぶ程度のものだ。
商人が増えれば、すぐに手狭になる。
「石造りの常設店舗を作る」
レスティーナは言った。
「商人を定住させるわ」
エルガルトは頷いた。
「それなら税収も安定します」
その時だった。
扉がノックされた。
「領主様」
入ってきたのは伝令兵だった。
「帝都から手紙が届いております」
レスティーナは顔を上げた。
「帝都?」
手紙を受け取る。
封蝋には帝国の紋章が刻まれていた。
レスティーナは眉を上げる。
「皇室?」
封を切る。
中の紙を開く。
そして内容を読んだ瞬間――
「……え?」
思わず声が出た。
エルガルトが聞く。
「どうしました?」
レスティーナは紙を見たまま言った。
「帝都に来いって」
「帝都?」
「お茶会」
「お茶会?」
エルガルトは首を傾げた。
レスティーナは続きを読む。
そしてゆっくり息を吐いた。
「なるほど……」
「どういう内容ですか?」
レスティーナは紙を渡した。
エルガルトが読み始める。
そして。
「……これは」
少し驚いた顔になる。
「第一王子の婚約者選定茶会です」
部屋が静かになった。
レスティーナは椅子に座り直した。
「らしいわね」
帝国第一王子。
**アルヴェルト。**
皇帝の長男。
そして将来の皇帝。
今はまだ十歳。
レスティーナと同い年だ。
エルガルトが言った。
「全国の貴族令嬢が招待されているようです」
「みたいね」
「つまり」
「婚約者候補ってこと」
レスティーナは肩をすくめた。
「面倒くさいわね」
エルガルトは苦笑した。
「断るわけにはいきません」
「わかってる」
皇帝の招待。
無視できるものではない。
レスティーナは紙をもう一度見た。
そこには日程が書かれている。
二ヶ月後。
帝都で開催。
参加対象は、同年代の貴族令嬢。
レスティーナは天井を見上げた。
(ググル先生)
『はい』
(こういうお茶会って何するの?)
『一般的には会話、礼儀、知性、性格などを観察する場です』
(婚約者選びね)
『その可能性が高いです』
レスティーナは机に頬をついた。
「正直、行きたくない」
エルガルトが苦笑する。
「領主としての外交です」
「わかってるけど」
北方領は今、忙しい。
人口は増えている。
市場も拡張中。
道路工事もある。
やることは山ほどある。
それなのに帝都のお茶会。
レスティーナはため息をついた。
「でもまあ」
ふと笑う。
「悪い話じゃないか」
エルガルトが首を傾げる。
「どういう意味です?」
レスティーナは言った。
「帝都の貴族に北方領を宣伝できる」
エルガルトは少し驚いた。
「なるほど」
「商人も増えるかもしれない」
レスティーナは頷く。
「これはチャンスね」
帝都。
貴族社会の中心。
そこに北方領の存在を示す。
悪くない。
レスティーナは手紙を机に置いた。
「行きましょう」
エルガルトが頷いた。
「準備を進めます」
レスティーナは窓の外を見た。
北方の町。
煙が上がる家々。
市場の屋台。
働く人々。
この町をさらに発展させる。
そのためにも――
帝都へ行く価値はある。
そしてレスティーナはまだ知らない。
そのお茶会に、あの少女も参加することを。
帝都で何度も商会を作っては破産している公爵令嬢。
**メアリー・スー。**
そしてもう一人。
未来の物語の中心となる少女。
**ヒロイン。**
三人の転生者が集まる日が、静かに近づいていた。




