第38話 選ばれし私
帝都の朝は、いつも輝いている。
白い石で舗装された街路は朝日を受けてきらめき、貴族の馬車がゆったりと進んでいく。中央広場の噴水では水が高く上がり、商人たちは店を開く準備をしていた。
帝国の中心――帝都。
富も権力も、すべてが集まる場所。
その貴族街の奥に、巨大な屋敷が建っている。
**スー公爵家。**
皇帝に仕える古い名門。
政治力、財力、家格。
どれを取っても帝国屈指の大貴族である。
その屋敷の三階。
豪華な寝室で、一人の少女がゆっくり目を覚ました。
「……朝ね」
ベッドの上で体を起こした少女は、まだ幼い。
年齢は**十歳**。
しかしその容姿はすでに完成されていた。
長い金髪。
透き通る肌。
澄んだ青い瞳。
彼女の名は――
**メアリー・スー。**
スー公爵家の一人娘。
帝国でも最高位の貴族令嬢である。
だが彼女には、他人にはない秘密があった。
メアリーはベッドから降り、窓を開ける。
帝都の街並みが見えた。
遠くに皇宮の塔。
整然と並ぶ貴族の邸宅。
広い中央大通り。
その景色を見ながら、メアリーは静かに呟く。
(やっぱりこの世界は……あのゲーム)
メアリーには**前世の記憶**がある。
前世では普通の少女だった。
しかし事故で死に、次に目を覚ました時にはこの世界にいた。
そして成長するにつれ理解した。
この世界は――
前世で遊んだ**乙女ゲームの世界**だと。
メアリーは鏡の前に立つ。
鏡の中には幼い公爵令嬢が映っている。
しかしその瞳は、大人の思考を宿していた。
メアリーは知っている。
この世界の未来を。
登場人物の運命を。
ゲームのシナリオを。
すべて。
そして当然、自分の役割も。
**悪役令嬢。**
本来の物語では、メアリー・スーはヒロインをいじめる。
そして最後には破滅する。
だが――
「そんな未来、あり得ないわ」
メアリーは小さく笑った。
破滅?
追放?
そんなもの、回避すればいい。
なぜなら自分は――
(未来を知っている)
つまり。
**選ばれた存在**なのだ。
メアリーはそう確信していた。
しかし――
最近、彼女にはどうしても許せない人物が二人いた。
メアリーは窓の外を睨む。
「レスティーナ……」
北方の辺境領主。
まだ十歳の少女。
だが最近、帝都で噂になっている。
荒れた北方領を開発し、農奴を集め、町を作っている。
しかも――
商売まで成功させているらしい。
メアリーはその話を聞いた時、机を叩いた。
「あり得ない!」
十歳の子供が領地経営?
町を作る?
そんなことができるわけがない。
だが報告は次々届く。
北方の人口は増え続けている。
市場ができた。
学校ができた。
商人が集まっている。
皇帝も注目している。
すべてが順調。
メアリーは歯を噛み締めた。
(おかしい……)
そんな人物はゲームにいなかった。
つまり。
**イレギュラー。**
物語を乱す存在。
「絶対に許さないわ……」
そしてもう一人。
メアリーが嫌っている人物がいる。
**ヒロイン。**
平民出身の少女。
まだ十歳。
だが将来、王子と出会い、物語の中心になる。
メアリーはその存在を知っていた。
未来の知識で。
「ヒロイン……」
名前を思い出す。
まだ帝都に来たばかりの少女。
今はまだ目立たない。
だが将来、王子たちに愛される存在になる。
そして自分の立場を奪う。
メアリーは拳を握った。
「ふざけないで」
なぜ平民が王子に近づくのか。
なぜ物語の中心になるのか。
そんなもの――
**許されるはずがない。**
メアリーは強く確信している。
この世界で特別なのは。
未来を知る存在は。
**自分だけ**なのだ。
だからこそ、彼女は行動していた。
その一つが――
**商会経営。**
メアリーは机の上の帳簿を見た。
そこには赤字が並んでいる。
理由は簡単だ。
彼女はこれまで何度も**商会を作っては破産**していた。
十歳の少女が、である。
最初の商会は香水店。
二つ目は菓子店。
三つ目は服飾店。
四つ目は宝石店。
どれも――
**すぐ潰れた。**
理由は単純。
経営の知識がないからだ。
しかしメアリーは失敗を認めない。
「まだよ……」
帳簿を閉じる。
「次こそ成功する」
彼女は確信している。
自分は選ばれた存在。
だから必ず成功する。
そして――
「レスティーナには負けない」
北方で成功している少女。
そして未来で王子に愛されるヒロイン。
その二人を。
メアリー・スーは――
**敵視していた。**
帝都の空は青く晴れている。
だがその裏で。
三人の少女の運命が、静かに交わろうとしていた。
北方の開拓領主レスティーナ。
未来のヒロイン。
そして――
自分こそ選ばれた存在だと信じる、
**メアリー・スー。**
まだ十歳の少女たちの戦いは、これから始まるのだった。




