第37話 農奴の朝
北方開拓都市に朝が来る。
まだ空は薄暗く、東の空がわずかに白み始めたばかりだ。城壁の外では冷たい風が草原を渡り、夜の霜が地面を白く覆っている。
だが城壁の内側では、すでにいくつもの煙が立ち上っていた。
宿舎の煙突から出る煙だ。
木造の簡易宿舎の中では、農奴たちが一日の準備を始めている。
鍋の中で湯が沸き、干し肉と豆を入れた簡単なスープが煮込まれていた。
「もう起きなさい」
母親が子供の肩を揺する。
「うーん……」
藁の寝床で眠っていた少年が、眠そうに目をこする。
「今日は畑の石拾いだろう」
「うん……」
少年はゆっくり起き上がる。
以前いた領地では、農奴は日が昇る前から鞭で起こされた。
遅れれば罰。
働けなければ罰。
逃げれば処刑。
それが普通だった。
だがここでは違う。
誰も鞭を持っていない。
怒鳴る領主もいない。
仕事はあるが、食事もある。
屋根のある寝床もある。
少年はまだ信じられない気持ちで、スープを受け取った。
「ほら、温かいうちに食べなさい」
母親が木の器を渡す。
湯気の立つスープを一口飲むと、体がじんわり温まった。
宿舎の外では、すでに人々が集まり始めている。
作業班ごとに集合し、今日の仕事を確認するためだ。
広場の中央に立つのは班長の男だった。
「今日は耕作地の整地を続ける!」
声が響く。
「石拾い班、丸太運び班、水路班に分かれろ!」
農奴たちはそれぞれの班に分かれていく。
子供たちは石拾い班だ。
畑の石を拾い、籠に入れて運ぶ仕事。
力はあまり要らないが、根気が必要だ。
少年は友達と一緒に畑へ向かった。
まだ整地途中の畑には、大きな石や根が残っている。
「よし、始めるぞ」
班長が言う。
子供たちは畑にしゃがみ、石を拾い始めた。
冷たい土を掘り起こし、小石を籠に入れていく。
「結構あるな……」
「うん」
だが以前の農奴生活と比べれば、ずっと楽だった。
誰も怒鳴らない。
休憩もある。
昼には温かい食事も出る。
それだけで、ここは楽園のように感じられた。
一方、大人たちは丸太運びをしていた。
森から切り出した木を、町まで運ぶ作業だ。
「せーの!」
男たちが丸太を担ぎ上げる。
重い。
だが町を作るための仕事だ。
丸太は市場の屋台や工房の建材になる。
鍛冶屋の煙突も、この木材で建てられる予定だ。
水路班は別の場所で作業していた。
井戸から引いた水を、畑へ流すための溝を掘る。
「もう少し深く!」
指示が飛ぶ。
土を掘り、石を取り除き、水が流れる道を作る。
寒い北方では、水の管理が農業の鍵になる。
昼が近づくころ、町の市場では別の仕事が始まっていた。
市場の屋台に物資が並べられる。
干し肉、豆、小麦、衣類、薪。
これらの物資はすべて、レスティーナがネットショップのスキルで調達したものだった。
倉庫班が箱を運び、屋台に並べる。
「これは食料班へ」
「これは工房へ」
物資はすぐに仕分けされ、町の生活に使われる。
鍛冶屋ではすでに火が入っていた。
カン、カン、カン。
鉄を打つ音が響く。
鍛冶屋の男は元兵士だった。
戦で腕を失い、農奴に落ちた男だ。
だがここでは、技術が役に立つ。
彼は鍬や斧を作り、農奴たちに渡していた。
「いい刃だな」
「これなら土も掘りやすい」
農奴たちは嬉しそうに工具を受け取る。
午後になると、学校でも授業が始まった。
小屋を改装した簡易学校だ。
教師は元修道士の老人。
「今日は文字を書く練習をする」
子供たちは木板を前に座り、炭で文字を書く。
「こう書くのじゃ」
老人がゆっくり教える。
子供たちは真剣な顔で文字をなぞる。
農奴の子供が文字を学べる。
それは普通の世界では考えられないことだった。
夕方になると、作業は終わる。
農奴たちは宿舎に戻り、火を囲んで食事をする。
今日の夕食はパンとスープだった。
「今日も疲れたな」
「でも食事はうまい」
笑い声が上がる。
子供たちは外で遊び、雪玉を投げ合っていた。
その様子を、丘の上からレスティーナが眺めていた。
「ググル先生」
『はい』
「みんな、ちゃんと生活できている?」
『食料供給、住居、労働環境。すべて安定しています』
レスティーナは小さく笑った。
「よかった」
荒野だった北方領は、少しずつ町になっている。
農奴たちはただの労働力ではない。
ここで生活し、笑い、未来を作る人々だ。
城壁の中で灯りがともり、夜の町が静かに広がっていく。
レスティーナはその光を見ながら呟いた。
「この町、もっと大きくなるわね」
北方開拓都市は、農奴たちの生活と共に、ゆっくりと成長を続けていた。




