第39話 北方商会誕生
北方領の朝は早い。
帝都よりも冷たい空気の中、まだ薄暗い空の下で人々が動き始めていた。
木造の家々から煙が上がり、農奴たちは外へ出てくる。
新しく作られた井戸の前では、桶を持った女性たちが列を作っていた。
かつて荒れ果てていたこの土地には、今では**五百人以上**の人が暮らしている。
家。
畑。
市場。
そして学校。
まだ小さな町だが、確実に都市へと成長し始めていた。
その中心にある木造の館の一室。
机の前で一人の少女が腕を組んでいた。
**レスティーナ。**
北方領主であり、まだ**十歳**の少女である。
机の上には帳簿が広がっていた。
「……ふむ」
レスティーナは眉をひそめる。
「お金が足りない」
その言葉に、隣に立っていたエルガルトが苦笑した。
「そりゃそうでしょう」
「町を作るのに金がいらないわけがありません」
エルガルトは帳簿を指さした。
「家の建材」
「農具」
「家畜」
「学校の設備」
「道路整備」
「倉庫」
「井戸」
「全部金がかかります」
レスティーナは椅子の背にもたれた。
「わかってる」
町の人口は増えている。
だが人が増えれば増えるほど、**支出も増える。**
今は皇帝からの援助金と領地の収入で回しているが――
それだけでは限界がある。
つまり必要なのは。
「……商売ね」
レスティーナは呟いた。
領地が豊かになるためには、農業だけでは足りない。
**商業**が必要だ。
しかし北方は辺境。
商人はほとんど来ない。
流通も弱い。
普通なら商売は難しい土地だった。
だが――
レスティーナには**チート**がある。
少女は目を閉じた。
(ググル先生)
すると頭の中で声が響く。
『はい、呼びましたか』
人工知能スキル。
**ググル先生。**
脳内で会話できる知識の塊である。
「商売を始めたい」
『よろしいですね』
『領地経済の発展には商業が不可欠です』
「わかってる」
レスティーナは続けた。
「問題は商品」
『それならネットショップを利用しましょう』
もう一つのスキル。
**ネットショップ。**
前世のネット通販のようなシステムで、異世界の商品を購入できる能力。
レスティーナは机の上の紙にペンを走らせた。
「問題は運搬」
『確かに』
ネットショップは便利だ。
だが商品は**現実に出現する。**
つまり物流が必要になる。
レスティーナは考える。
この町の現状を。
人口五百。
農奴が大半。
商人は少ない。
だが――
「人はいる」
エルガルトが首を傾げた。
「は?」
「人手はある」
レスティーナは言った。
「仕事が必要な人がたくさんいる」
農奴たちは今、農作業の合間の仕事を探している。
ならば。
「物流を作ればいい」
レスティーナは立ち上がった。
「エルガルト」
「はい」
「人を集めて」
「何をするんです?」
レスティーナは笑った。
「**商会を作る**」
その日の午後。
町の中央広場に人々が集まった。
農奴。
職人。
移民。
兵士。
約百人ほど。
レスティーナは木箱の上に立った。
「みんな聞いて」
ざわめきが止まる。
「商売を始める」
人々が顔を見合わせた。
「この町の商品を帝国へ売る」
「そして帝国の商品をこの町に持ってくる」
簡単に言えば。
**交易**だ。
だが普通の交易ではない。
レスティーナは続けた。
「そのための組織を作る」
「名前は――」
少し考える。
そして言った。
「**北方商会**」
人々がざわめいた。
商会。
つまり商人の組織。
レスティーナは説明を続ける。
「仕事は三つ」
指を立てた。
「一つ、商品管理」
「二つ、運搬」
「三つ、販売」
具体的な役割分担。
まず倉庫班。
ネットショップで購入した商品を保管する。
次に運搬班。
馬車で帝都や周辺都市へ運ぶ。
そして販売班。
市場で売る。
エルガルトが小声で言った。
「商品は何です?」
レスティーナは笑った。
「秘密」
そして心の中で呟く。
(ネットショップ)
画面が開く。
前世の商品リスト。
石鹸。
ガラス製品。
鉄工具。
布。
紙。
この世界では**高級品**ばかり。
レスティーナは選んだ。
「まず石鹸」
清潔文化が弱いこの世界では、石鹸は貴重品だ。
しかも前世品質。
売れる。
確実に。
次に鉄工具。
農具として需要がある。
そして紙。
学校や役所で使える。
レスティーナは購入ボタンを押す。
次の瞬間。
倉庫の中に商品が出現した。
エルガルトが驚く。
「な、なんだこれは……」
「企業秘密」
レスティーナは平然と言った。
「とにかく売る」
翌日。
北方商会の最初の馬車が出発した。
石鹸。
紙。
鉄工具。
商品を積んだ馬車。
御者は元農奴。
護衛は領兵。
目的地は――
帝都。
レスティーナは町の門からその馬車を見送った。
エルガルトが言う。
「売れますかね」
「売れる」
レスティーナは断言した。
品質が違う。
価格も調整してある。
そして何より――
供給量をコントロールできる。
ネットショップという**無限倉庫**があるからだ。
レスティーナは空を見上げた。
「これで町はもっと大きくなる」
農業。
物流。
商業。
三つが揃えば。
都市は成長する。
そして北方領は――
帝国でも有数の経済拠点へ変わっていく。
その未来を、レスティーナはすでに見ていた。
だがその頃。
帝都では。
ある少女が机を叩いていた。
「また赤字!?」
帳簿を睨む金髪の少女。
**メアリー・スー。**
彼女の新しい商会もまた、破産していた。
そして彼女はまだ知らない。
北方で誕生した商会が。
やがて帝国の商業を揺るがす存在になることを。
少女たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。




