第25話 人口千人計画
スー公爵との交渉が終わってから三日。
魔の森の都市は、さらに慌ただしさを増していた。
城壁の内側では朝から人が動いている。大工たちは新しい家を建て、農民たちは森の外縁で木を切り倒して畑を広げていた。井戸の周りでは水を汲む人が並び、空き地では子供たちが走り回っている。
数日前まで五百人ほどだった町は、すでに目に見えて大きくなっていた。
丘の上の領主館からそれを眺めていたレスティーナは、ゆっくり息を吐いた。
「増えてるわね」
隣に立つジェイが帳簿を開く。
「今朝の時点で人口五百八十七です」
レスティーナは小さく頷いた。
五百を突破してからも、逃亡農奴の流入は止まらない。むしろ都市認定の噂が広がり、流れはさらに強くなっていた。
ジェイが続ける。
「昨日だけで四十二人増えました」
「思ったより多いわね」
「公爵軍がまだ近くにいるのも理由でしょう」
レスティーナは城壁の向こうを見た。
丘の向こうには、まだ白い天幕の群れが見える。
スー公爵軍の野営地だ。
交渉は成立したが、軍はすぐには帰らなかった。交易の準備や補給の整理があるらしい。
だが結果として、それが宣伝になっていた。
**公爵軍が包囲しても落とせなかった都市。**
そんな噂が広まれば、人は興味を持つ。
そして逃げ場を探している農民は、そこへ向かう。
アルトが背後から歩いてきた。
「順調ですね」
レスティーナが振り向く。
「人口?」
「ええ」
アルトは町を見渡した。
「普通の開拓地なら、五百人で止まります」
レスティーナは少し笑う。
「ここは都市だから」
アルトも頷いた。
「都市は人を呼ぶ」
人が人を呼ぶ。
それが都市の性質だった。
レスティーナは言った。
「次の目標」
ジェイがすぐに答える。
「人口千」
アルトが眉を上げる。
「もうですか」
「当然」
レスティーナは森を見た。
まだまだ土地は広い。
そして人も来る。
ならば止まる理由はない。
ジェイが帳簿を閉じた。
「問題は食料ですね」
「そうね」
人口が増えれば、食料消費も増える。
今は備蓄がある。
だが千人になれば話は別だ。
レスティーナは森の外縁を指さした。
「農地を倍にする」
ジェイが頷く。
「開拓班を増やします」
アルトが興味深そうに言った。
「かなり大胆ですね」
「都市だから」
レスティーナは繰り返した。
都市は拡張し続けるものだ。
止まれば衰退する。
その時だった。
城壁の上から声が響いた。
「人影多数!」
ジェイが振り向く。
森の奥。
十以上の影が動いている。
逃亡農奴だ。
レスティーナは小さく笑った。
「来たわね」
城門へ向かう。
兵が門の前に立っている。
「開けて」
「開門!」
重い丸太の門がゆっくり動く。
逃げてきた人々が町へ飛び込んできた。
男。
女。
老人。
子供。
皆、疲れた顔をしている。
レスティーナは静かに言った。
「ここは都市」
一人の男が震える声で聞く。
「追い返されませんか……?」
レスティーナは首を振った。
「働くなら歓迎」
男の目から涙がこぼれた。
「ありがとうございます!」
ジェイが人数を数える。
「二十四人」
帳簿に書き込む。
「人口六百十一」
レスティーナは頷いた。
「順調」
アルトが小さく笑う。
「この調子なら一ヶ月で千人ですね」
レスティーナは首を振った。
「もっと早い」
ジェイが驚く。
「早い?」
レスティーナは森を見た。
「噂は広がる」
都市ができた。
逃げてもいい。
働けば住める。
その話は周囲の村を駆け巡る。
すると――
人は一気に動く。
レスティーナは静かに言った。
「二週間」
アルトが目を細める。
「人口千?」
「ええ」
ジェイが苦笑した。
「また無茶な」
レスティーナは笑った。
「都市ってそういうものよ」
その時、遠くから馬の音が聞こえた。
城門の外。
一人の騎馬が近づいてくる。
ジェイが目を細めた。
「商人?」
レスティーナも見た。
男は荷物を積んだ馬車を引いている。
門の前で止まった。
「ここが都市か?」
レスティーナは頷く。
「そう」
男は笑った。
「噂を聞いて来た」
ジェイが小さく呟く。
「もう商人が……」
レスティーナは微笑んだ。
人だけではない。
商人も来る。
都市だから。
レスティーナは言った。
「歓迎する」
商人は嬉しそうに頷いた。
「交易したい」
レスティーナはジェイを見る。
「市場を作る」
ジェイが驚く。
「もう?」
「当然」
都市には市場が必要だ。
物が動き、人が集まる。
それが経済になる。
アルトが苦笑した。
「仕事が早いですね」
レスティーナは肩をすくめる。
「都市だから」
城門の外を見る。
森の奥。
また人影が見える。
逃げてくる人々。
レスティーナは小さく呟いた。
「人口千」
ジェイが聞く。
「本気ですか?」
レスティーナは笑った。
「もちろん」
そして丘の上へ歩き出した。
そこから都市を見下ろす。
城壁。
家々。
井戸。
働く人々。
都市はまだ小さい。
だが確実に成長している。
レスティーナは静かに言った。
「次は千」
その声には確信があった。
魔の森の都市は、まだ始まったばかりなのだから。




