第三十九話 女の子の手料理
風呂に入り汗を流すのと同時に藍が頑張って付けてくれたファンデーションも落ちる。今度は家を出る前につけてもらわないとな。
俺が風呂に入ると言うと藍はあほー!と俺の胸をぽかぽか叩いてきたんだけど全然痛くはなかった。ごめんね藍。
俺は首の辺りを撫でながら、今の関係が変わるまでは今後桜とお泊りはしないようにしないと身が持たないと判断した。男としては好かれることは嬉しいのだがそれにも節度というものがある。桜には悪いがしばらく我慢してもらおう。まあそういうとこも好きなんだけどね。
風呂から出るとちょうどお昼前ということもあり、今日は藍に昼食を作ってもらうことにした。もちろんまだ料理を教えて間もないので後ろで様子を見ながらアドバイスをするつもりだ。
「何を作るの?」
「今あるもの食材だとハンバーグ?」
ハンバーグか。まだ教えていない料理だけどそこまで難易度は高くないから練習にはいいかもしれない。藍は食材を用意して料理に取り掛かる。今回は藍の練習なので、俺が作る時のような隠し味やテクニックは教えない。まずは基本から身に付けてもらわないとね。
「たまねぎのみじん切りはもっと細かくしないとね」
みじん切りに苦戦しているようだ。たまねぎの汁が目に入ったのか涙目になりながら手を動かす。やっぱり俺の妹はかわいい。
みじん切りにしたたまねぎをボウルにいれ、合い挽き肉と卵、パン粉を入れた藍は少し手を止めて首を横に傾げる。そうそう何か入れるのを忘れているよ。しばらく考えてもわからなかったのか、助けを求めるような顔で俺と目を合わせる。
「牛乳だよ」
「そうだった。ありがとう遼兄ぃ」
別に牛乳を入れなくても作れるのだが、肉の臭みを消す役割と肉のつなぎの役割を担ってくれるので入れたほうが臭みのないふっくらとしたハンバーグが作れるのだ。ちなみにこれは豆腐やヨーグルトでも代用できる。
藍が小さな手でボウルの中身を頑張って混ぜている。ハンバーグを作る作業でこれが一番疲れる。結構力を入れて混ぜないと肉がうまくつながらずふっくらとしたハンバーグができないのだ。
「手伝おうか?」
「大丈夫。今日は藍が作る」
そういうことならアドバイスだけにしよう。甘えてばかりだった藍が成長しているのはうれしいが、たまには甘えてもいいんだぞ。お兄ちゃん寂しくなるじゃないか。
うまく肉が混ざってきたようなので、今度はハンバーグの形を作っていく。適当なサイズを手に取る藍の手が小さいので今日のハンバーグはいつもより小さくなるな。
「ちゃんと空気を抜かないと焼いている時にハンバーグが割れちゃうよ」
「もっとぺちぺちしたほうがいい?」
「そうだね。手首のスナップを利かせてやるといいよ。あと形を作る時は真ん中にくぼみを付けるといいよ」
「やってみる」
藍が形を作ると火をかけていたフライパンにハンバーグを入れていく。ここまできたらもう少しだ。焼いている面に焦げ目が付いてきたらひっくり返しもう片方の面から焼く。俺はこのひっくり返すのが面倒なので、作るのはいつも煮込みハンバーグだ。
ハンバーグが焼けたようで藍は皿に移していく。焼いている時に中も確認していたのでちゃんと火は通っているはずだ。二人でできた料理をダイニングまで運び席に着く。
「「いただきます」」
さて、藍が作ってくれたハンバーグをいただくとしよう。まだ料理に慣れていなのであまり味は気にしない。基本的な作業は問題なく行えていたので、もう少し経験を積ませた後に細かいことを教えていこうと思う。
ハンバーグを箸で割って中身を確かめる。ちゃんと火は通っていて、肉汁がじわりと垂れてくる。一口サイズに切り分け口に入れる。味も普通のハンバーグだな。今の藍からしたら上出来だ。
「藍、ちゃんとできているぞ」
「でも遼兄ぃの見たいにはおいしくできなかった」
「これから上達するからたくさん練習したらできるようになるよ」
藍には素質があると思う。だから頑張っておいしい料理が作れるようになってほしい。頼むから姉さんみたいなぐうたら人間にはならないでくれよ。
夏休みはまだあと二週間ほど残っているしその間は藍の料理特訓専属コーチとして俺も指導しないとな。うまくなったら秘伝レシピを伝承しよう。
―――――――――――――――――――――
昼食を食べた後は藍と軽くソファで昼寝をして夕方ごろに起きた。花からそろそろ来ていいと三十分前にメッセージが届いていたので準備をする。
「藍起きてくれ。すまないがまたさっきのお願いしていいか?」
まだ寝ている藍に声を掛けると目を開け立ち上がり自分の部屋から化粧道具を持ってきてキスマークを隠してくれた。
「遼兄ぃもう落とさないでよ」
「悪かったって。今日はもう落ちないようにするよ」
藍にお礼を告げ、家を出る。夕方の日が落ちそうになった時間でもう暗くなる。気温も下がってきて八月だがこの時間は涼しいく感じる。
今日は食事をごちそうになるだけだ。明日は教習所の卒業検定があるからあまり長居はできない。この前のように雨も降らないだろうし今日は花の部屋に泊まることはないだろう。
今日は何を作ってくれているのだろうか。もしかすると連絡が来てから少し時間がたっているからもう準備ができているのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると花の部屋までもうすぐのところまできていた。部屋の前に立ちインターホンを鳴らすと花がすぐ出て来た。いやほんとすぐ出てきたんだ。扉の前で待っていたんじゃないかってレベルで。
「遼さん、お待ちしておりました」
花は今回も裸エプロンを思わせる格好で俺を迎え入れた。何度見てもエロいがちゃんと服は着ている。イギリスで育つとこんな露出度が高い服を着ることが多くなるのか?
「遅くなってごめんね。もうできてた?」
「もう少しでできますよ。今日はロールキャベツを作ってみました」
ロールキャベツか。実は結構難易度が高かったりする料理だが、花の腕なら問題なく作れるだろう。
俺は部屋の中に入りテーブルの前に案内されたのでそこで腰を下ろす。花が冷たいお茶を用意してくれたのでそれでのどを潤した。
「こんな時間になってしまいごめんなさい。今日は両親がこちらに来る日でしたので空港まで迎えに行っていたのです」
「そうだったのか。いいのか? たまにしか会えないのに俺なんかと過ごして」
「飛行機で疲れたそうで、今日はもうホテルで寝ています。明日から一週間は家族と過ごすので大丈夫ですよ」
そうだったのか。ご両親が花の部屋に泊まることになっていたらすごい気まずかったので安心した。
「遼さんできましたよ。今お持ちしますね」
花が料理を台所から運ぼうとしていたので、俺は立ち上がり手伝いをする。折角作ってもらったのだからこれぐらいと片付けは俺がやらないとな。料理をテーブルに置き二人で向かい合って座る。今のところキスマークの偽造はばれていない。というかばれたらまずい。
「「いただきます」」
ではいただこう。しっかりと巻かれたキャベツを二つに割ると中からしっかりと火の通った肉が顔を見せた。キャベツは巻きやすいよう柔らかくする為に最初にお湯につけるのだが花はしっかりとその手順を踏んでいるようだ。巻いたキャベツが簡単にほどけないようになっている。箸で掴み口に運ぶと肉汁と染み込んだだしがうまくマッチしておりかなりうまい。このだしはおそらく俺が以前姉さんと藍に作った冷やしそうめんのめんつゆと同じつくりだろう。
「このだしはめんつゆを使ったのか?」
「いえ、しょうゆとみりんと鰹だしから作りました」
やはり俺が作っためんつゆと同じ作りだったか。普通のロールキャベツではコンソメスープをだしにすることが多いのだが、味の濃い目が好きな人はこっちの方が好みかもしれない。実際俺はこっちが好きだ。
「お口に合わなかったですか?」
「そんなことないよ。濃い目の味付けは俺の好みに合っているからすごくおいしいよ」
ちなみに俺がロールキャベツを作る時はこのだしで作るかトマトソースをたっぷりと使う。トマトソースを使う時は少し辛口にするので姉さんは喜んで食べるが藍は少し辛いのが苦手でおいしそうに食べてはいるが苦戦している。
「よかったです。実はトマトソースで煮込むか迷ったのですが、今日は普通のを作りました」
「次回はトマトソースで作ってくれ。辛口が好みだ」
「はい、承りました♪」
花はうれしそうな顔になり料理を食する。少し眺めていると唇に目が行ってしまい、この前のキスを思い出してしまう。少し恥ずかしくなり、自分の料理に目を戻し再び手と口を動かす。桜ではあるまいし花からキスをすることはもうないだろうがやはり考えてしまうものだな。
気まずくなってしまったので会話することもなく料理を食べていたらいつの間にかロールキャベツは最後の一個になってしまっていた。
……俺だけばくばく食ってしまったよ。




