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その9

 《モノリス》構成員は、突然の侵入にも関わらず、《エピタフ》の大群に対し素早く行動した。だが、その配置はまばらであった。《モノリス》をすでに離れた構成員、そしてまだ持ち場に戻れていない構成員が穴を開けていた。


「デリック! 数が足りない!」


 構成員のひとりが叫んだ。


「階段に向かった分は、上のやつらに任せろ! 我々は昇降機を死守するのだ!」


 デリックと呼ばれた、たてがみ豊かな白馬の指揮によって、戦力が昇降機前に集中された。

 戦闘は、昇降機につづく長い廊下をはさんだ銃撃戦となった。デリックも自ら前線に立ち、角から身をのぞかせると正確な射撃で対岸を牽制していく。

 この長廊下が第一のポイントであった。ここには一切の遮蔽物がなく、攻め手が圧倒的に不利なのだ。むりに踏みこめばいたずらに兵を失い、かといって中距離で角に身を隠しながら撃ちあってもらちが開かない。ここで敵の足を止め、上階の守りを整える時間、援軍が到着するまでの時間を作る。それがホワイトモノリス一階を警固するデリックたちの役目だった。

 押し入ってきた《エピタフ》の数は、対して圧倒的だったが、この長廊下には手を焼いていた。数の利をいかせずにじりじりとした撃ち合いをつづけている。

 デリックは状況に手ごたえを感じながら、身を引いてマガジンを交換した。廊下では敵味方の発砲音が断続的に入り乱れていた。

 入れ替わるように撃ち合っていた構成員のひとりが、ふらりと後ろに下がった。被弾したのか。


「さがれ。だれか手当を! おれが出る」


 構成員は口をパクパクさせていたが、デリックはそれに気づけなかった。

 リロードは終わっている。銃声の間隙をとらえ、デリックが小火器をかまえながら身を出した。

 デリックはぎょっとした。目の前に紫のコートで身をつつんだコヨーテの顔があった。

 気づくと、続くはずの銃声がやんでいた。《モノリス》構成員たちが床に伏してうめき、あるいはすでにジュースとなって転がっているのが横目に見えた。


「いったい、なにが……」


 コヨーテは素手だった。なんの防御手段もなしに、結晶弾飛び交う長廊下を渡りきるのは不可能だ。動揺を隠せない。それでもデリックは素早く照準をコヨーテへと向けた。


「残念だな。ドルフにはなるべく殺すなと言われていたんだが、それは抵抗したってことでいいよな?」


 コヨーテの顔が憂鬱に歪んでいく。トリガーを引くより早く、デリックの体にするどいなにかが突き刺さった。なんだ。なにもわからない……。




 《モノリス》一行は昇降機のあるラウンジを目指していた。ホワイトモノリス脱出の最短経路である。《モノリス》構成員の姿はない。全員やられたか、もしくは投降したのかもしれない。

 ドルフの言葉は誇張ではなかった。すでにホワイトモノリス上層まで《エピタフ》の戦力が入りこみ、待ち伏せるように配置されていた。角を曲れば火器が荒れ狂う弾丸の雨をあびせようとしてくるし、扉の前を通れば前方と室内から現れた構成員の挟み撃ちにあった。本来、外敵を排除するためのホワイトモリスの構造が、今はニコラスたちに牙をむいていた。しかし、そこは百戦錬磨の《モノリス》ビビッド。圧倒的な戦闘力で、あるいは豊富な戦闘経験によって次々に陥穽かんせいを突破していく。

 順調に進んでいるようにも思えたが、《エピタフ》の引き際が鮮やかすぎるのがニコラスには気がかりだった。少しでも犠牲者が出るといずこから黒紫の煙幕が湧きあがり、それに乗じて《エピタフ》構成員がぱっと撤退していくのだ。主力となるビビッドが一人も見当たらないのも、また不安を増長させた。

 突然、最後尾のメイナードが声をかけた。


「ニコラス」

「どうした、メイナード」


 メイナードの足は止まっている。


「後ろから追手の気配があります。ここは、わたくしが食い止めます」


 ニコラスは頭を振った。


「だめだ。お前をおいてはいけない」

「敵はすでに地の利を生かし、こちらの消耗を誘っています。時間が経てば経つほど不利となりましょう。ニコラス、あなたたちは先を急いでください」

「だが……」

「このままでは全滅ですぞ!」


 メイナードが語気を荒らげた。これは珍しいことだ。


「……いってください。これが最善なのです」


 ニコラスはメガネの奥、メイナードの目に揺るぎない決意を見た。

 メイナードはジェイラスの代からつくしてくれた、古参のビビッドだ。ニコラスは幼少のころから彼を知っている。

 寡黙かもくで礼儀正しく、卓越した戦闘技術と智謀をかねそなえるジェイラスの右腕。個性的なビビッドたちのよきまとめ役。そしてニコラスにとってはもう一人の父親のような存在であった。

 そんな彼を犠牲にする選択は、父を失った直後であるニコラスにとって、ホワイトモノリスを放棄するのよりも大きな痛手であったに違いない。

 だが、それでもプライムとして決断を下す。それがニコラスに今できる精一杯であった。

 ニコラスは目をきつく閉じ、絞り出すように言った。


「……わかった。ここは任せる」

「ありがとうございます。マクス、シャーリー、アル……ニコラスのことを頼みました」


 それぞれがうなずきで答えた。それだけの動作にもビビッドたちがメイナードへ全幅の信頼をよせているのだと感じられるのだった。


「今生の別れのようなことを言うな。メイナード、私はお前を信用している。だからここに残していくのだ。必ず生きて戻れ」


 ニコラスの言葉にメイナードは背中を向けた。


「さあ、いってください。時間を無駄にはできませんぞ」


 ニコラスがうなずく。車いすが軋む音と足音が遠ざかっていく。メイナードはぽつりと言った。


「ニコラス、お元気で」


 もはや彼に会うことは叶わないだろう。だが、これでいい。目を閉じたメイナードは、もう一方から別の足音が迫るのを感じていた。



 ラウンジに到着したニコラスたちを迎えたのは、昇降機前をふさぐように陣取った紫の集団だった。ビビッドと思わしき悲しげな顔をしたコヨーテが、構成員の壁を割って進み出てくる。ニコラスがまゆをしかめた。


「“陰鬱なグルーミー”バーナビーか」


 バーナビ―は上目でじろりとニコラスたちを見た。


「あまり強そうには見えないが」


 カラスが言った。


「見かけにだまされるな。やつは腕のいい殺し屋。あの表情は相手にとって恐怖の象徴だ。出会ったやつの不運を嘆いているといわれている」

「へえ、感傷的な殺し屋がいたもんだ」


 ニコラスは改めて状況を把握する。


「数は多いがビビッドは一人か。これなら……」


 ニコラスの言葉が終わらぬうち、背後に黒紫の煙が立ちこめた。それが晴れると、中折れ帽をかぶり、薄紫の毛羽立ったえりまきを巻いたハゲタカを先頭に数十人の《エピタフ》構成員が出現していた。ハゲタカは、よれた中折れ帽を頭に乗せ、薄汚れたロングコートを身にまとい、異様な雰囲気を発している。

 《モノリス》のビビッドは、ニコラスを中心にして素早く展開した。


「“葬儀屋アンダーテイカー”ザカリー、ちょうどのタイミングだ……」


 バーナビーが言った。


「そのわりには迷惑そうな物言いだ。お楽しみを減らされては不満だろうが、ここはひとつ、協力して狩ってやろうじゃないか」


 ザカリーのしゃがれた一本調子はいかにも不気味だ。彼も《エピタフ》のビビッドであるらしい。

 マクシミリアンが前後を油断なく見まわしながら、ぐるる……とのどを鳴らした。


「挟み撃ちかよ」

「黒い煙は、あのハゲタカのしわざのようだね」


 シャーリーが腰に装着した小火器のホルスターをなでる。

 メイナードの先見はたしかだった。ここにギルが加わっていれば収集がつけられないところであった。これならまだ突破の望みはある。とはいえ、ザカリーの出現によって状勢は《エピタフ》側に大きく傾いていた。

 まず、ニコラスたちは包囲されていて逃げ場がない。そして《エピタフ》には潤沢な兵士がいるのに比べ、ニコラスたちは少数精鋭だ。ビビッドの多さで戦力を五分と見積もれたとしても、位置取りと人数差によって圧倒的に不利な状況だった。


「あっさり撤退していくはずだ。このラウンジでの挟撃こそがやつらの本命だったんだ。昇降機に乗るためにはここを避けては通れないものな……」


 バーナビーとザカリーたちが、じりっと間合いを詰め始めた。

 全ての要素は、この場を無傷で突破するのが難しいことを示している。最上階から抜け出るのでさえこの調子では、ホワイトモノリスから脱出できる可能性は限りなく低いといわざるを得ない。それでもニコラスは最善の策を探った。この場をもっとも安全に切り抜けられる方法を。

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