その10
突然、カラスがぽつりと言った。
「ハゲタカだけなら、問題なくやれるのか?」
ニコラスが思考を中断し、きき返した。
「何を言っているんだ、カラス」
「そのままの意味だ」
「ザカリーだけなら、ぐっと状況はよくなる。だが、そんな仮定は無意味だ。事実、私たちは囲まれているんだからね」
「そうか。コヨーテの方はおれがやろう」
マクシミリアンが食ってかかった。
「イキがるなよ、カラス。おまえに任せておまえだけが死ぬならいいが、巻き添えはごめんだぜ」
ニコラスは、噛みつきそうなマクシミリアンを制すと、カラスをまっすぐに見つめた。彼がなにを考えているのか、ニコラスには計りかねた。だが、やらせてみようと思った。なにか特別なものを感じたわけではない。これはプライムとしての直感だった。
「カラス、任せてもいいか」
「おい! ニコラス!」
《モノリス》メンバーの抱く疑念が針のような視線となってカラスに注がれた。カラスは短いため息をついた。まあ、最初の印象はこんなものだろう。
「証明してやる。口先だけじゃないってな」
マクシミリアンがほえる。
「バカ野郎! おれが言ったことを根に持っているんだったら……」
カラスは静かに否定する。
「そんなんじゃない。おれはおれのできることをするだけだ」
「マクス、もう決めたことだ」
ニコラスはマクシミリアンの腕をぽんと押して、カラスの前からさがらせた。マクシミリアンは歯がみするが、プライムであるニコラスの決定は彼にとって絶対だ。
「だがカラス。時間はそんなに与えられないぞ」
「どれだけだ。命令してくれ」
「ひとりで任せるのは三分が限度だ。それで結果を出すんだ。それ以上は我々全員を危険にさらしてしまう」
「ずいぶん悠長だな。……三十秒でいい」
ニコラスは一瞬驚きの表情をみせ、すぐににやりとした。
カラスの自信過剰ともいえる態度に、マクシミリアンは怒りを通り越してあきれていた。
「いいだろう。バーナビーをカラスに任せる。少しでも苦戦の兆候がみえたなら……」
「私がフォローする」
シャーリーがホルスターから小火器を抜き出す。それは魔法のように手のひらをくるくると回ったかと思うと、次の瞬間にはがっちりとグリップがにぎられ、洗練された動作によってスライドが引かれた。しなやかな指がトリガーにかかる。コンマの世界で発射態勢がととのっていた。
「両方ににらみをきかせるのは、わけない」
小火器をかまえたシャーリーの眼光は突き刺すようにするどい。小火器が抜かれたときからさばさばした女は消え失せ、代わりに冷酷なひとりの殺し屋が出現していたのだった。
シャーリーの加勢があると知っても、心強いだとか、安心しただとか、カラスにはそんな感情は湧かなかったらしい。マクシミリアンは、そんな色なしの男の様子をちらりと横目で見た。
カラスは弱くない。先ほど拳を交え、マクシミリアンはそれをじゅうぶんにわかっていた。だが彼は血気盛んな新入りをたくさん見てきてもいた。カラスに似た自信家もいたし、たぎる血を抑えきれない者、野心に身を駆られた者もいた。共通しているのは、彼らは皆、もういないということだ。全員がつまらないことで命を落とした。ギャングにおいて、自信、熱情や野心は必要な素養かもしれない。だが不思議と人はそれに踊らされる。自制を忘れ、さがに身を投じ、戦場で先走れば、それはすなわち死への直行便だ。
マクシミリアンの目には、彼らとカラスの立ち振る舞いがダブっていた。こいつも先走り死んでいく、その内のひとりなのかと思った。バカ野郎が、死んじまうぞ。そんな気持ちでカラスを見ていた。視線に気づいたカラスは、不敵に笑った。やはりバカ野郎だ。もう知るかよ。
ともかく話はまとまったのだ。
カラスはひとりでバーナビ―率いる集団と対峙する。
ニコラス、マクシミリアン、シャーリー、そしてアルは、ザカリーの方へ向いた。
「おい、アル」
とマクシミリアン。
「戦えるか」
「見くびられたものですね。私もあなたと同じ《モノリス》のビビッドですよ」
アルの声ははっきりとしている。強がりではない、いつものアルだとマクシミリアンは思った。
「へっ、あんまり静かなもんで落ちこんでいるんじゃねえかってな。それだけ言えるなら安心だ」
ほぼ全ての戦力が向かってくるとは、ザカリーの想定になかったらしい。ニコラスとしても相手の『カラー』が不明な以上、不用意にしかけるのは得策ではない。二者間にじりじりとした膠着状態が生まれていた。
一方、昇降機の前では今にも戦いが始まろうとしていた。
「へぇ、たったひとり。しかもカラスじゃないか」
カラスは無遠慮ともいえる態度で間合いを詰めていく。
「かわいそうに。時間かせぎの捨て駒にされたらしい。そんなおまえにいい報告とわるい報告があるんだ。いい報告は、おまえは苦しむ暇もなく一瞬で死ねるってことだ。わるい報告は、そのために全く時間をかせぐことはかなわんということだ。これでは無駄死にだな。任せてくれたやつらはどう思うかな。心の内で役立たずとののしるだろうか。でも心配ない。おれが憐れんでやるよ」
カラスの表情に変化があった。
「いっちょうまえの本能はそなわっているらしい。ようやく感じたか、自分の身に何が起きるかを。不安の表情が隠し切れていないぜ」
カラスはその言葉を無視して、さらに接近する。
バーナビーの瞳に残忍な色が宿る。表情が憐憫を越え、より陰気にゆがんでいく。
バーナビーの得意とするのは、その素早い身のこなしをいかした近接戦闘である。得物の姿は見えないが、そでに隠れるようにして、すでに鋭い結晶刃が生成されている。腕を伸ばせばそれが飛び出し、瞬時に相手を八つ裂きにするのだ。バーナビーの手にかかれば、相手は何が起こったかもわからぬままに死んでいく。それほどの早業だ。
「話は終わったか?」
カラスはその間合いに身をおきながら言った。
もう逃れられない。バーナビーは悲しみの仮面をかぶりながらも、心の内で舌なめずりをした。




