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その11

「とまれ」


 ギルの一声で、遅れまいとばたばたとついてきた構成員たちの足音がぴたりとやんだ。

 廊下の先、ちょうど中央にメイナードの姿があった。構成員たちの間に緊張が走る。いっせいに火器をかまえる音が妙に大きく響いた。

 メイナードは落ち着きはらったゆっくりした動作で、手にした美しい結晶刃を両手で床に突き刺した。中央だけ白い頭髪をなで上げ、メガネをさし上げた。レンズがきらりと光る。


「メイナード、あんたは何がしたいんだ」


 ギルがほほをかきながら言った。


「行動がちぐはぐだぜ」

「私の行動は一貫している」

「そうは思えねえな……」


 メイナードが結晶刃を引き抜く。同時に一歩踏み出した。

 その動作が応接間での光景を想起させたのだろう。恐怖に駆られた構成員の内のひとりがトリガーを引きしぼった。硬直したように乱射する。

 メイナードは結晶刃で素早く正面に円を描くと、腕を後ろに組んだ。

 連射された弾丸がメイナードへと飛来する。

 火花が散り、高い音が連続で響いた。弾丸はどこへ行ったのか。コツコツと軽い音をたてて弾丸が床に散らばった。メイナードは無傷だった。後ろに手を組んだまま優雅に直立している。

 軽快ともいえる連続した炸裂音、そしてメイナードの火器をものともしない不気味さにあてられて、他の構成員も次々にトリガーを引いた。

 しかし、どれだけ撃ちこんでもおなじだった。弾丸はメイナード付近で火花を散らすとどこかにはじけとんでいってしまう。けっして体まで到達しない。まるでメイナードの目の前の空間が弾丸をこばんでいるかのようだった。

 色力式火器の消音性能は改善が進んでおり、発砲時にそれほど大きな音はしない。とはいえ、狭い空間ではちょっと怖いぐらいの迫力にはなる。そんな中でもギルは平然としていた。むしろその暴力的な音の余韻を楽しんでいるようだった。


「弾の無駄だな」


 マガジンを空にし、あわててリロードする構成員たちを前にギルがつぶやいた。


「まあ、いいや。あんたがなにを考えているのか、そんなことには興味がねえ。だが、おれにとっては都合がいい。実を言うと、前から一戦交えたいと思ってたんだ。《モノリス》最強のビビッドと名高い“忠実なロイヤル”メイナードとな」


 ギルは挑みかかるような、しかしどこか相手をあなどった目つきをした。


「ギル……おまえのことはよく知らない。だが危険な男だ」


 メイナードが剣をかまえる。二人の間の空気が急速に硬く冷たいものに変容していく。

 ギルが準備運動のように首の骨を鳴らしながら言った。


「死にたくないやつは離れていな。こいつは、強いぜ」


 ほとんど怯えるようにして構成員たちが距離をとった。


「このメイナードが相手になろう。こいッ!」


 ギルが疾走する。あっという間に肉薄すると、鋭い爪の連撃を繰り出す。爪と結晶刃がぶつかり合う激しい音が続いた。だがメイナードは防戦一方になっているわけではなかった。ギルの攻撃の合間を縫うように剣が振られ、きらめいた。ギルは剣を爪ではじきそらしながらもさらに懐に潜りこみ、致命傷をあたえんとする。メイナードがそれを受け流す。剣で突く。ギルは身をよじって、それを避ける。

 目まぐるしく攻守の入れ替わる、一進一退の攻防が続いた。二人の立ち位置が戦闘開始時からそれほど変わっていないことからも、両者の実力は拮抗しているようにみえた。

 メイナードが一瞬の隙をつき、剣で大きくなぎ払った。ギルは後ろに飛び退き、間合いを離す。


「たしかに攻撃はかわしていたはずだ。それに、何度か急所をとらえたと思ったんだがな」


 ギルの帽子の端がぱっくりと裂けた。見るとスーツのあちこちにも裂け目ができていた。対して、メイナードは戦闘前と全く変わらぬようすで剣をかまえている。結晶刃に欠けの一つもない。

 互角のやりとりであるとみえても、実力差が明らかな結果として表れているのだった。

 ギルの勝利を信じて疑っていなかった構成員たちから、短い驚きと動揺をあらわす声があがった。


「まさか降参ではないのだろう?」


 ギルの自尊心に訴える一言だった。ギルは感情の読めない目でそれを聞いていたが、次の瞬間、音がするほど噛みしめた牙の隙間から荒々しく息をふきだした。全身にこめた力をばねのように一気に開放する。矢のような速度でメイナードにとびかかる。


「あまいッ」


 振り上げたメイナードの一閃が、水を斬るようななめらかさでギルのすねを断った。ギルは空中で姿勢をくずし、メイナードを越え、どさっとうつぶせに床へと落ちた。これでは着地はもちろん、立つことすらできない。

 ギルの背後から靴音が近づいてくる。ギルはくるりと身を反転した。瞬間、メイナードの結晶刃が喉元に向けられた。


「勝負ありですな」

「そいつはどうかな」


 ギルは上体を起こすのがやっとのようだった。

 ギルがいくら強がりを言っても、構成員たちが身内の精一杯のひいき目で判断しても、勝敗はもう明らかだった。だが殺し合いにはゴングはない。メイナードが決着をつけるべく、結晶刃を上段に振りかざした。

 しかし結晶刃は振り下ろされなかった。いや、動かせなかった。振り返ると、いつの間にか現れていた黒紫のぶち模様の巨体が、刃の中ほどに喰らいついているではないか。


「ドルフ……ッ」


 ドルフは刃をくわえたまま、にやりと笑った。

 結晶刃は、するどい牙と牙にがっちりと固定されて押すも引くも不可能だった。みきみきと結晶にひびが入っていく。澄んだ音を響かせて、抜群の硬度を誇るメイナードの剣がへし折れた。剣先が床に突き刺さる。

 ドルフは口の中の破片をスナックのように噛み砕くとのみこんでしまった。そして間の空いた拍手をした。


「ギル相手にここまでやるとはなァ。さすがは“忠実なロイヤル”メイナード。うわさどおりの実力だなァ。だが、おれは手駒を無駄にしたくはない。それにおまえには、きいておかなきゃなんねェことがある」

「私もあなたに言っておかなければいけないことがある」


 そう言うとメイナードはドルフをギロリとにらんだ。


「……話が違うぞ、ドルフッ」


 ドルフは怒りのまなざしを、いかにも困ったといった、わざとらしい表情で受けとめた。


「おれのセリフだよ、そりゃァ」

「なんだと」

「たしかに保管庫の鍵は開いていた。建物全体の警備もゆるいもんだった。だがなァ、肝心要のジュースが見つからねェ。ジェイラスのジュースがな」

「そんなバカな……」


 メイナードの顔に動揺が広がっていった。


「保管庫だけじゃねェぞ。このべらぼうに広いホワイトモノリス全体、一階から最上階まで数十人態勢で徹底的にほじくり返したんだ。だが、どこにもねェ。こりゃァ、いったいどういうことだ?」


 なにも答えないメイナードをドルフはじっと見た。


「そうなると、ジュースは《モノリス》の誰かが持っていったってことになるなァ」


 これにメイナードは強くはっきりした否定で答えた。


「それはない」

「そうしてそう言える? 他に考えようがねェだろうが」

「ニコラスと他のビビッドの動きは把握している。彼らは保管庫に近づいてもいない」


 メイナードの動揺はすでに消え去っていた。ドルフはその静かな表情からなにかを読み取ろうとしている。

 突如、ドルフの背後に黒煙が湧いた。煙が晴れ、ザカリーと数人の構成員が姿を現す。ドルフは残念そうにメイナードから目を離すと、振り返った。


「どうした、ザカリー。おめえには遊撃を命じたはずだろォ? そろそろニコラスが昇降機にたどりつくころだ」

「いや、もうやつらは来た」

「なら、なおさらだ。何で戻ってきた」

「……手違いがあった。あんたに報告しなきゃならない」

「手違いだァ?」

「バーナビーが、バーナビーのやつが……やられた」


 ザカリーの報告は、その場をしんとさせた。室内だというのに、冷たい風が通り抜けていったかのようだった。

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