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その7

 数分前のこと。二人のガードマンはとっくに息を吹き返し、入口の警備に戻っていた。

 気がついてすぐ、侵入者を許してしまったと包み隠さず報告したが、無線越しのニコラスは態度を変えず、しかもお咎めも特に受けなかったので二人は胸をなでおろした。

 しばらくすると紫色の動力車で《エピタフ》のプライム、ドルフとその側近がやってきた。彼らを通し、それを上にいたシャーリー伝えると、二人の仕事は一段落だった。あとは怪しいやつに目を光らせていればいい。自然と気が緩み、どちらでもなく雑談に花咲かせていった。


「ちくしょう。あのカラスはなんだったんだ」

「失態の報告をしたとき、通話機に出たのがニコラスで助かったよ。マクシミリアンだったら……」

「そんな想像よせよ。まあ大事にならなかったってのは、中できっちり始末がついたってことだ。あいつもバカなやつだよ。《モノリス》相手に無事にすむわけがねえのに」

「違えねえ。それにしても、おれはほっとしたよ」

「ああ?」

「プライムだよ。ついさっき、ドルフが通って行っただろ。おれみたいなガードマンが憂えてもどうにもならないのはわかってるさ。でも心配だったんだ。このままプライムが誰も来なかったらってな」


 イヌの方もそんな心持だったらしく、イノシシに同意した。


「これで一応の形にはなるわけだ。ニコラスはあんな体だが、頭は切れるし人徳もある。ジェイラスが亡くなって《モノリス》はもうだめだ、なんて聞こえてきたが……」

「とんでもない! まだまだこれからだぜ。他のプライムもこのコミッションで重い腰を上げざるを得ないだろうよ」

「全くだ」


 イノシシは自分が褒められたように鼻を鳴らし、話を続けた。


「プライムといえば、ドルフのやつ、実に堂々たる風格になったもんだ。ちょっと前まで、卑屈とまではいかないが、どこか他のプライムに遠慮しているような、こせこせした雰囲気があったのに」

「体も一回りか二回り大きくなってなかったか? ありゃあ、相当いいジュースを飲んでるに違いないぜ」

「最近の《エピタフ》にはいい噂がないからな。それと関係しているのかもしれねえが、なにしろ……」

「おい! なんだあれは!」


 イヌがイノシシの言葉を遮った。彼が指差す先をイノシシは見た。紫の動力車が列を成して向かって来ている。

 

「《エピタフ》のもののようだが……」

「そんなん見りゃわかる! あの数! こっちに来るぞ!」


 あれよあれよという間に、十数台もの動力車がエントランス前に乗りつけた。紫のトレンチコートを着たヒュープルが次々と現れる。《エピタフ》の構成員だ。全員が火器で武装しているとガードマンたちが認識したとき、全ては遅すぎた。発射口が二人をぴったりととらえる。イヌは身をひねりながら通話機を取り出そうと懐に手を入れた。イノシシは棒立ちで、和やかな雑談で対応が遅れたことを後悔していた。手にした火器が一斉に火を噴く。乾いた音は長く続かなかった。

 不均一な足音が、もの言わぬむくろとなった二人の間を通過していく。紫のコートたちがホワイトモノリスになだれこんだ。

 一刻前の喧騒が嘘のようにホワイトモノリス前はしんとしていた。

 やがて二人のガードマンの体は無数の色の粒となって分散する。その粒は回転し渦を巻きながら一点に集中し始める。中心にあるのは直方体の結晶。ジュースが色の粒を吸収していく。全ての粒を吸収し終えると結晶はゆっくりと落下する。チチンと澄んだ音を立てて、二人の蓄えたジュースが床に転がった。それは二人と同じ、オレンジとライムグリーンのジュースだった。



 部屋に入ってきた男は極端な猫背だった。だが、それでもカラスより大きい。黒紫のたてがみとぶち模様のある体に、濃い紫色のフロックコート。えりのバッジは墓をアイコン化したものらしい。長方形に半円が乗った形だ。尖った耳の片方には二連の金リングがついている。歯ぐきまでむき出しにした表情は、まるでニタニタ笑いのようでいやらしい。

 こいつが“骨食みチューイングボーン”ドルフ。なるほど、気に入らんやつだとカラスは思った。見ただけでそう感じるのだから、マクシミリアンたちが嫌うのも無理からぬことだ。

 だが、ニコラスはそんな様子をおくびにも出さずにドルフを迎えた。


「やあドルフ。来てくれて嬉しい。とにかくかけてくれ」


 とイスを勧める。ドルフはどかっとイスに座ると、音がするほど勢いよく両足をテーブル上に投げだした。マクシミリアンは思わずまゆをひそめたが、眉間を揉みほぐすふりをしてごまかしている。カラスはその様子がおかしくて、くちばしを緩めそうになるのを苦労してこらえていたが、だんだんとドルフの態度に腹が立ってもきた。

 ドルフのすぐ後ろに、紫のスーツを着たクズリがぴたりと寄りそった。《エピタフ》のビビッドなのだろう。大きくはない。だが見るからに屈強だ。腕を後ろに組み無表情で立っている。

 ドルフの暴挙によって生じた一種異様な雰囲気を無視するようにニコラスは続けた。


「人数が寂しくはあるが、コミッションを始めようじゃないか」


 ドルフは答えないばかりか口の端を持ち上げた。

 カラスはこの態度をよく知っていた。相手をバカにしている。おまえなど歯牙にもかけない、いないも同然だと見下している。村の連中を思い出させる態度だった。

 《モノリス》のビビットたちが、特にマクシミリアンが怒りを爆発させないのは、ドルフの蛮行に対してまゆひとつ動かさない、ニコラスの徹底した対応を汲み取っているために他ならなかった。ニコラスもそれに気づいているから、あえてたっぷりと間を取って、ゆっくりと話し出した。


「さて、もう耳に届いていることと思うが、先日、我が父ジェイラスが亡くなった。その地位は私、ニコラスが受け継ぎ、新しいプライムとなった。今では《モノリス》に関する全権は私が有している。その前提で話をしよう。《モノリス》はパレットシティ最大のギャング。我々の治めるセントラル地区は、他の地区の二倍から三倍の面積があるのは知っての通りだ。だが、これは先代のジェイラスだからこそ維持できた規模だと私は考える。私には到底その力はない」


 ニコラスは言葉を切り、ドルフの反応を探った。相変わらずドルフはにたにた笑いで、表面上は大きな反応が見られない。ニコラスは先を続ける。


「そこで《モノリス》支配地域を縮小を提案したい。早い話、セントラル地区の半分をさらに六分割し、他の地区と合併させるというものだ」


 ニコラスの背後がざわついた。セントラル地区を切り分けて譲渡するなど、ビビッドですら初めて耳にする内容だったのだ。

 ギャングにとって支配地域の広さは勢力の大きさに等しい。広大な土地を支配していればいるほど、そこから得られる利益も大きくなり、資本がうるおう。構成員を増やすにも、火器を充実させるにも、新しい事業に手を出すにも、とにかく資本が必要なのがギャングの世界だ。その資本に直結する支配地域を譲渡するのは、事実上《モノリス》の弱体化を意味していた。

 しかしニコラスはこれが最善だと考えている。

 ニコラスがプライムの座に就いた時点で《モノリス》は以前ほどの力を失った。コミッションにプライムがそろわなかったことからも、それは明白だった。力ないものは食われる。無理に維持しようとすれば、それをめぐってギャング同士の抗争が起きるのは必然だ。ならば、その前に自ら支配地域を手放すことでパワーバランスを調整してしまうのがいい。

 そしてギャングは決してただでは受け取らない。法やルールからはみ出し、全くの無軌道に思えるギャングだが、この一点に関しては異様に義理堅い。受け取ったからには相応の恩義を返す。これを守らない組織は数年と持たずに消えていく。こんな社会でも信用には大きな比重がおかれているというわけだ。

 つまり争いを回避しつつ、支配地域の分割譲渡による信頼を基礎に《モノリス》を存続させるのがニコラスの意図するところだった。

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