その6
着いたのは天井の高い大きな部屋だった。中央にあるテーブル、イス、壁際にある壺や絵画……《モノリス》の強大さをさりげなく誇示するように、どれも質のいい調度品で統一されている。明らかに外来用の客室だ。自分をもてなすためではなかろうな、と男は冗談交じりに思っていた。
部屋にはほかに、メガネをかけ中央だけ白い毛を後ろに流したコリー、見分けのつかないほど似たイタチの兄弟と、高い空色の毛を豊かにたくわえた女キツネがいた。その誰もが銀のバッジがついた白いスーツを着ていたが、構成員のような判を押したものではなく、それぞれに個性があった。マクシミリアンのような暴力的な雰囲気ではないものの、四人ともに異様な空気感をまとわせており、《モノリス》の中核を成す人物たちだと男にはすぐわかった。
彼らの方でも色のない客人の姿に気づいた。
「ようやく静かになったね。何をやってたんだか。それより、そいつは?」
「見たことが」
「ないやつだ」
シャーリーとエル、アルたちが口々に言った。メイナードはふむと鼻の奥でうなっただけだった。ニコラスは疑問も当然だという風にうなずいた。
「下から報告があった侵入者が彼のようだ。私もまだ、名前さえ聞いていないのだよ」
シャーリーが男を見た。
男は美しい女だと思った。だが、それは美しさが先にあるのではない。切れ味の優れた刃には自然と光が宿る。そんな機能的な美しさだった。まばたきで長いまつげがゆれた。男はこのような女を見たことがなかった。
ニコラスは男へ体を向けると、
「さて、話してくれるかな。ここに来た目的を」
口調は柔らかいが、有無を言わさぬ強さがあった。ニコラスは弱々しい姿だが、その目つきはもの凄い。深い湖がたたえた冷たい水に月明かりを溶かしたような厳しさが男に注がれた。だが男の返答はこうだ。
「その前にこの暑苦しい手をどかしてくれないか」
「マクス」
ニコラスの一声でマクシミリアンはしぶしぶ男の首から手を離した。
「これですっとした」
男は首をなでながらマクシミリアンをじろりと見た。視線を受けた白い大男も黙ってはいない。
「さっさとしゃべりやがれ、カラス野郎」
シャーリーはそれを聞き逃さなかった。
「それは差別的だ、マクス」
「おいおい。ダルだのブライトだの言ったわけじゃねえ、カラスはカラスだろうが」
マクシミリアンに反省の色がないのを見てシャーリーが言い返す。
「ダルでなくても色なしは立派な蔑称だよ。色が暗いことはハンデでもなんでもない。《モノリス》の理念がそこから来ているのは、おまえも知っているはずだが」
「――いや」
二人の言い合いに男が割りこんだ。
「おれに名前はない。色なしだと知って親はすぐにおれを捨てた。母親から唯一受け取ったのは、おれがカラスという事実だ。だからカラスでいい」
部屋がしんとなりかける、その直前にニコラスがあっさりと言った。
「そうか。では君のことはカラスと呼ぼう」
カラスはその呼び方に対して別段いやがる風もなくうなずいた。自虐や卑下ではなく、先ほどのカラスの言葉は本心からだった。
「それで、君の目的はなんだ」
「おれは《モノリス》に入りたい。そのために、あんたに会いに来た」
マクシミリアンが鼻で笑った。
「正面のガードマンをぶっ倒して、勝手に侵入しておいて入団希望だァ? 笑えない冗談だ」
「あながちそうでもないよ。私の祖父の代、まあ百年近く前の話だからマクスが知らないのも無理はないが、正面からお邪魔するのは、ギャングに入門する手段として一般的だったそうだ。力を示せば一員と認められる。身の程をわきまえない弱者には死が待っている。実にシンプルだ。今となってはこの方法は、古風というより酔狂の沙汰だがね」
ニコラスの瞳がカラスを見定めるように下から上に小さく動いた。
「ふうん。だとしてもだ。実際に戦った俺から言わせれば、こいつはギャングに向いてねえ。あんな生ぬるい蹴りを繰り出すようじゃな」
「手加減してやったんだ。死なれても困る」
とカラスは表情を変えずに言った。
「知ってたさ。だからおれも手加減した。おれが『カラー』を使わなかったのは、おまえが色なしだからじゃねえぞ。実力を示すつもりなら殺す気でかかってくるんだったな、カラス」
「お望みなら、この場でぶちのめしてやろうか」
カラスの言葉は、つまんだちり紙をゴミ箱に捨ててこようかと請け負うぐらいの、あまりに軽い調子だった。白いこめかみに血管の形がくっきりと浮き出る。二つの視線が音を立てて火花を散らした。
シャーリーたちはやれやれといった様子だった。ニコラスがぽんぽんと手を打つ。
「二人はとても気が合うようだ。マクスはそういうが、正面から堂々と乗り込む度胸、それにビビッドと渡り合う実力は一考に値すると思うね」
「おれは本気を出してねえ。そんなん、ものさしになるもんか」
「だが、それでも並大抵のものなら数秒だって持たないはずだろう?」
「……あ、ああ。まあな」
絶妙な問いだった。肯定すればカラスの実力を認めてしまう。だが否定すればマクシミリアンは己の実力も否定することになる。こうなればマクシミリアンが選ぶのは前者だとニコラスは知っているのだ。
「私は俄然きみへの興味が出てきたよ、カラス。しかしマクスの言い分ももっともだ。手加減しただの、簡単に倒せるだの、言うだけなら簡単だ。そこらへんのチンピラにだってできる。《モノリス》に入るのなら、きみが口先だけの男ではないと証明しなければ」
前触れなく、壁につけられた遠隔通話機の鈴がチリリンと鳴って話を中断させた。近くにいたシャーリーが深いコップのような形の受話器を持ちあげると、鈴の音は止んだ。何やらうなずいていたが、わかった、とだけ言うと受話器を戻した。
「ニコラス、下からの伝達だ。《エピタフ》のやつらが来るよ。もうホワイトモノリスに到着しているらしい」
「おお! そうか!」
ニコラスはいささか興奮したらしく、青白い頬にぱっと赤みがさした。
「カラス、申し訳ないが君の件は後回しだ。これからコミッションが始まる」
カラスにはコミッションが何なのかわからない。
「だが、こいつはどうする? ガードマンでも相手にならないとなると、その辺のソファーで待っていてもらうわけにはいかねえだろ」
マクシミリアンが指先でカラスの頭をこつこつと叩いた。
「そうだな……異例のことだが、彼にもコミッションに同席してもらおう。目の届く場所に置いておくのが安全だからね。カラス、君は慎み深さも兼ね備えているのだろう?」
「あんたが望むんならな。大人しくしているよ」
カラスの言葉にニコラスはうなずいた。
マクシミリアンは不満ありげにカラスを見下ろしていた。だが、他にいい方法が思い浮かばないようで口出しまではしなかった。
「決まりだね」
「だが、何が始まるんだ?」
カラスはニコラスにたずねた。
「ざっくりといえばプライム同士の話し合いさ。来るのは《エピタフ》のドルフ。“骨食み”ドルフだ」
その名前が出るとシャーリーが眉根を寄せた。
「よりにもよってドルフだけとはね」
「珍しく気が合うじゃねえか。あの野郎はいけ好かねえ」
「あいつは」
「油断ならない」
シャーリーに続いてマクシミリアンだけでなく、エル、アルまでも同意した。メイナードが小さくため息をつく。
「困ったやつらだ。メイナードも呆れているぞ。くれぐれもコミッション中はそんなことを言い出さないでくれよ」
ややして部屋の外から二種類の靴音がかすかに響いてきた。




