その5
そこはちょっとしたラウンジになっていた。構造上なくてもかまわない装飾用の白く太い柱が何本か立ち、その間にガラステーブルと光沢のあるソファーが数組と、緑の大きな葉を茂らせた鉢植えらが、たっぷりと広いスペースを活かして配置されていた。
ソファーでくつろいでいた十数人の白スーツが昇降機から降りて来た男を一斉に見た。男は意に介さない。視線を受け流すと彼らの間をまっすぐ突っ切った。白スーツたちが何も言わずに立ち上がった。気づくと周りを囲まれていた。どの白スーツも目つき鋭く、男を間違いなく異物だと認識していた。誰が真っ先に襲いかかってきても不思議はない。
「おまえら。何してやがる」
ざっと人垣が割れ、その間を悠々と歩いてくる者がある。並はずれた巨体。真っ白な毛並み。左右にうねる長い尾。白い三つ揃えのスーツ。ベストには細かな金の刺繍が光る。その風格たるや、明らかに他の構成員と一線を画していた。白い巨躯は男の目の前で足を止めた。男は平均以上の身長を持っていたが、それでもこの巨漢の胸ほどまでしかない。まるで大人と子供のスケール感であった。
「なんだぁ、こいつは?」
それほど大きな声ではなかった。だが室内の空気がびりりと震えた。周囲の一人が恐る恐る答えた。
「ああ、マクシミリアン、いいところに。それが、今しがた昇降機からふらっと現れたんで……」
マクシミリアンは、もういいとばかりに話の途中でうなずいた。
「見るからに《モノリス》の者じゃねえな。てめえ、どうやって入った?」
男はおどけるように肩をすくめた。
「入り口でちょいと頼んだら、気持ちよく通してくれた。今ごろ、なかよく日向ぼっこしているはずだ」
男の冗談に笑う者はいなかった。むしろ周囲の空気がぐっと張り詰めていく。マクシミリアンは、覆いかぶさるようにして男をねめつけた。並みの神経ならそれだけで失神してしまうところだが、男は顔を上げると真っ向からにらみ返した。男よりも周囲の構成員たちの方がおびえていた。
男は目を逸らさずにたずねた。
「おまえがプライムか」
「なるほど、プライムに会いに来たのか。だが運が悪かったな。今は忙しい。それに」
マクシミリアンは落ち着いた声でそう言いながら背を向け、ジャケットを脱ぎ始めた。えりを持ち片手でぶら下げると、そのまま床に落とした。構成員たちは、ざわつきながら包囲の輪を広げた。振り向いたマクシミリアンの表情は一変していた。眉間から鼻筋にかけて何層ものしわが刻まれ、剥き出しにされた鋭い歯はぎりりと噛み合わせられていた。
「オレは不機嫌だ。すこぶるな」
マクシミリアンのシャツは二の腕までたくし上げられていた。真っ白で毛深い腕に山のような筋肉が盛り上がった。猛烈なうなり声。来る。男はマクシミリアンの放った大振りなアッパーカットをひらりとかわした。拳からは優に半身以上は離れていた。だが拳まとう風圧が男のジャケットをはためかせ、被っていた帽子を吹き飛ばした。現れた顔を見てマクシミリアンの動きが止まった。
「カラス……」
その側頭部を刈り取るように男の蹴りが直撃した。男は一撃のもとに昏倒させる気でいた。だが、その蹴りはマクシミリアンの首をほんの少し傾がせただけだった。
「へっ、ふざけやがって。いいだろう。そのつもりなら『カラー』なしでやってやる」
男のくるぶしを白く大きな手がつかむ。
「だが、もしかして無事に済むかもと考えるのなら、それは大きな間違いだ」
男は逃れようと自由な足で何度も顔面を蹴ったが、まるで動じない。目の前を飛び交う羽虫ほどにも思っていないらしい。マクシミリアンは男の足を持ったまま天井すれすれまで跳躍した。振りかぶり、叩きつける。男は受け身を取ったものの、全身を突き抜ける衝撃は軽減しきれるものではない。床をボールのようにバウンドして仰向けに倒れた。
構成員たちがさらに輪を広げた。マクシミリアンが巨体に似合わぬ敏捷さで突っこんできたからだ。
男は全身の力を使い跳ね起きる。間一髪である。寝ていた床が拳の形にえぐれている。
着地しながら男は思った。こいつは誤算だ。
マクシミリアンは追撃の手を休めない。男はとっさに姿勢を低くした。頭上を通過する剛腕。男は立ち上がる勢いを乗せて腹を拳で突きあげる。マクシミリアンはひるむどころか表情をゆがめもしない。二人はすれ違う。白い巨体は減速と同時に反転した。男も遅れて振り返る。今度は顔ほどもある拳が、風を切るうなりをともなって男の鼻先をかすめた。
ビビッド、つまり組織の幹部クラスと一戦交えるまでは男の計画通りだった。戦いのさなかに一目置いてもらえれば、あるいはビビッドを打ち倒した実績を手にプライムに会うことができれば、《モノリス》へ入団できる寸法だった。ホワイトモノリスに乗りこんで、ちょいと力を示してやれば組織に認められると、そう簡単に考えていたのである。ここはパレットシティ最大のギャング《モノリス》。甘く見ていたわけではない。だが目の前にいるビビッド、マクシミリアンの強さは男の想定を凌駕していた。これで『カラー』を使っていない? 冗談ではない。彼に力を示すのは至難の業だ。説得はもっと難しい。
男は一旦距離をとろうとした。とんと背中に硬い感触が当たった。それが柱だと気づくのに時間はかからない。広い方へ逃れたつもりでいて柱の存在を失念していた。そんな単純な状況把握さえ、おろそかになっていた。マクシミリアンが気炎を吐きながら拳を振り上げる。
何をやっているんだ。絶体絶命にも思えるこの状況で、男は自分を嘲笑った。やつを見てみろ。
化け物じみた暴力、荒々しい気質。どう考えても社会という枠からはみ出した怪物だ。しかし、マクシミリアンは《モノリス》のビビッドという確固たる地位を築き上げている。力こそ全て。男が求める居場所。マクシミリアンは、まさしくそれを体現していた。それを目の前にして、このザマはなんだ。
男の目つきが変わった。その目に宿るは、男が今まで見せなかったもの。殺意であった。
迫る拳は柱を梱包材か何かのように軽々と砕いた。白い破片が舞う。軽い音を立てて床に散らばる。だが男の姿はそこにない。溶けるように消えていた。いや、後ろだ。男はマクシミリアンの股下を抜け、瞬時に背後に回っていた。
男の手刀が黒い刃となって白い首筋を狙う。だがマクシミリアンの切り返しも早い。振り向くや否や、真っ直ぐ正確に男に向かって拳を突き出す。白と黒が交錯した。
「そこまで」
その声の何がそうさせたのか。二人は同時に動きを止めた。
車椅子をキイキイ鳴らしながら、やせた男が近づいてきた。構成員たちは姿勢を正すと一斉に整列した。マクシミリアンは鼻から大きく息を吐いた。彼がジャケットを拾いに行ったので、男もようやく腕を降ろすことができた。
「マクス、君の模様替えはやり過ぎだ。私はこのラウンジを気にいっていたのだけどね。ジュースを探しに行ったはずだろう?」
マクシミリアンはジャケットの襟を親指でなでるように整えた。
「そのつもりだったが、あからさまに怪しいやつを見つけてな。あんたに会いに来たらしい」
男は表情を変えなかったが、内心驚いていた。彼がプライムだと? 頭では勝手に威風堂々たる壮年の人物を思い描いていたのだが、目の前にいる人物はやせ細り、足が悪いのか車イスに乗っている。毛並みの色つやも悪い。そして何より若い。
「怪しいかどうかは、話を聞いてみないことにはわからないよ」
「だがな、ニコラス……」
「いいから。連れてくるんだ」
ため息をつきながらもマクシミリアンは承諾した。白い大きな手が男の首根っこに力強く置かれた。拘束こそされていないが、その気になればいつでもくびり殺せるというマクシミリアンからの無言のサインだった。
「ニコラスが言うんじゃしかたねえ。おい、カラス野郎。行くぞ」
首に触れるいかつい手の重さは気に入らないが、ようやくプライムと話ができるらしい。男は車イスについて歩きだした。




