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その58

 だが、これでいいのか。命を危険にさらす状況で、ウォーレンはようやく自分を見つめ直せたように思った。このまま進めば日常に、ぬるい毎日に戻れる。それが望みか。ほどほどにフェイのやつを喜ばせて、ぬるいジュースをあおる。いつも口先で演出していた、かっこいい自分が描いていたのは、その程度の日々なんだろうか。

 違うだろ。

 ウォーレンは動力車に向き直った。マクシミリアンが意外そうに彼を見た。ニコラスは何かを予感していたように微笑んだ。

「なんだね?」

 緊張する。ごくり、と喉が鳴った。

「にゅ、入団方式と言いましたが、もしこれが試験なら、おれは合格ですか」

 案外、滑らかに言いきった。

 ニコラスはあごに手を当てた。やや考えるしぐさをして、

「マクス」

 外の大男を呼んだ。

「なんだ」

「君はどう思う」

 マクシミリアンは鼻で笑うと「使えねえな」と一蹴した。

 ウォーレンは肩を落としたが、それも当然かと自嘲した。ギャングは、マクシミリアンのような本物の怪物が闊歩する世界だ。おれなんか、お呼びじゃない。全くお呼びじゃない。

「だが」

 マクシミリアンは続けた。

「こいつは逃げずに最後まで歯向かってきた。ここだけは認めてやる。シャーリーが来なきゃ、死んでたんだがな。ま、時間かけて、みっちり鍛えたら物になるかもしんねえ」

「そうか」

 ニコラスはにっこり笑うと、こう言った。

「合格だ」

 小躍りしそうなウォーレンの肩から、フェイがひょっこり顔を出した。

「じゃ、わたしもね」

「バカ、バカ、遊びじゃないんだ。もの凄く危ないんだぞ」

「だって、あれが入団試験なら、わたしも一緒だったでしょ。ウォーレンだけ合格ってずるくない?」

 ニコラスがうなずく。

「一理あるね」

 と二人のやり取りを引きとった。そして表情を引き締めると声のトーンを落として「ただし」と付け加える。気づくと、がらりと周囲の雰囲気が変わっていた。

「二人に言っておこう。《モノリス》を取り巻く今の環境は非常に危うい。後ろ盾がない。構成員もいない。拠点と言えるのは緊急避難用の小さなガレージだけだ。これがいかに危険か、説明の必要はないだろう。ギャングとは危険と切り離せない因果な商売だが、我々を取り巻く緊迫感はより具体的だ。当然の安心も、まともな生活も、命でさえ保証できない。それでも《モノリス》に入りたいのかね」

 一瞬、迷った。それは事実だ。ギャングに入るとしても、他のギャングに入った方がいい。潰れかけの逃亡中ギャングを選ぶ利点なんてないからだ。だが、このニコラスという人物を前にしていると、そんなことはどうでもよく感じられてしまう。彼の下で働きたい。不思議とそんな気持ちが湧いてくる。これがカリスマと言うものだろうか。この決意は、ふぬけた性根に喝を入れるため難渋するとか、堕落した自分を罰するために傷つく道を選ぶとか、そんな自己啓発的な気持ちからではなく、外部からもたらされた。このニコラスという男は、必ず何かをやってくれると、その湖のような両の眼が訴えかけてくるからに他ならなかった。

「入れてください」

「私も!」

 ウォーレンとフェイが言った。

 ニコラスは覚悟を確かめるかのように二人を交互に見た。

「いい眼だ。よろしい。今、この時からウォーレン、フェイの両名を《モノリス》の一員とする」

「ありが……いえ、よろしくお願いします!」

 ウォーレンに続いてフェイも頭を下げると、ニコラスは「ちょっと厳か過ぎた」と冗談めかした。

 舞いあがったウォーレンは軽やかに動力車を飛び降りた。マクシミリアンも頭を下げ、こう言った。

「兄貴も、これからよろしくお願いします!」

「あ、兄貴だぁ?」

 兄貴、兄貴とフェイが繰り返した。マクシミリアンは、明らかに対処に困っていた。シャーリーがぷっと吹き出す。

「教育係は決まりだ」

 と茶化した。ふざけるなとマクシミリアンは目で抗議したが、彼女はニヤニヤして取り合わない。ニコラスに助けを求めるが、彼も同意見らしかった。味方がいないとなって、マクシミリアンは諦めたように言った。

「なら、初仕事だ。買い物して来い。おまえらがダメにしちまったんだからな」

 ウォーレンとフェイはうなずき、嬉々として駆けだした。マクシミリアンは大きくため息をつく。

「なかなか様になってるじゃない」

「うるせえ」

 シャーリーのからかいは、しばらく続くだろう。ため息が増えそうだ、とマクシミリアンは思い、さっそくもうひとつため息した。

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