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その57

「さて」

 シャーリーが歩を進めた。二人の若者の前に立ちはだかる。

「あんたらから、話を聞きたいそうだ。来てもらうよ」

 ウォーレンとフェイは冷たい視線に身をさらしたまま、お互いの手を探り当てた。こうして繋いでいないと、現実の世界から吹っ飛んでしまいそうに思えた。何かを考えたり、話し合う必要は、そして余裕もなかった。彼らは促されるままに、古ぼけた動力車まで歩かされた。

 薄汚れた結晶窓ごしにでも分かるほど痩せこけたヒュープルが、動力車の中にいた。シャーリーは顎をしゃくった。乗れということらしい。

 生きた心地もなく中に入ると、意外に柔和な表情で迎えられた。

「狭いところですまないね。まあ、座ってくれ」

 痩せた男が座席を優しく叩いた。二人が座ると、外から扉は閉められた。シャーリーが運転席に乗るのを見て、彼は言った。

「ここから見させてもらったよ。マクス相手に随分な健闘ぶりじゃないか」

 何と答えるべきかウォーレンには分からなかった。

 この痩せた男は何者だろう。ギャングなのだろうが、危険な空気は感じない。それどころか思わず警戒を解かせてしまう雰囲気を彼は持っている。疑心暗鬼のウォーレンには、そこがむしろ恐ろしく見えた。

 答えは、すぐに本人から告げられた。

「申し訳ない。自己紹介がまだだった。私は《モノリス》のプライム、ニコラスだ」

 二重の衝撃だった。《モノリス》は崩壊したと思っていたが、ビビッドと共に健在なところをみるに、水面下でこうして活動しているのだ。そして、このやせ細った男がプライム、つまりあの偉大なグレートジェイラスの息子なのか。フェイはギャングの事情に疎いらしく、目の前のヒュープルが誰なのか、いまいち分かっていない様子だった。

 コツ、コツと何かの音が続いていた。ふと前を見ると、運転席ではシャーリーが指で苛立たしそうにハンドルを叩いていた。プライムに名乗られて無言でいる無礼を咎めているのだと、ウォーレンは咄嗟に気づくことができた。急いで答える。

「おれはウォーレン。で、こいつはフェイ、です」

 丁寧な方がいいかと思って、慌ててつけたした。

「ウォーレンにフェイだね。あまり恐縮しなくてもいいよ。二、三、質問したいだけだ。答えにくいものには答えなくてもいい。重要なのは、君たちが正直であることだ」

 湖のような目がじっと見つめてきた。生気が抜けて乾ききった身体と対照的に、目には深く強い輝きがあった。二人は、ゆっくりとうなずいていた。

「よろしい。では、一番基本的なことだ。君たちは、なぜマクスを襲った?」

 言葉に詰まった。黙っていれば危害を加えた事実が消えるわけではないが、倒して実力の証明にするつもりだったと伝えては、ますます立場が悪くなってしまうのではないだろうか。

 今、目にしている優しげな表情がふっとかき消え、冷酷さがのぞいたかと思った刹那、結晶弾を胸に撃ちこまれている。その動きは洗練されたテーブルマナーのように滑らかだ……。そんなイメージが自然と湧いて、ウォーレンはぞくりとした。

 その横で、フェイが突っ伏して泣きじゃくり始めた。何かを繰り返し言っていた。

「ドーンって、ドーンってやって」

「ドーン?」

 ニコラスが聞き返した。

 まずい。しかしウォーレンが慰める間もなくフェイの口からは言葉が溢れだしていた。

「ビビッドを、ドーンってやって、それでギャングに認められようって。実力を示したら、どんどん偉くなれるって」

 ニコラスは顔を歪めて、口に手を当てた。深々と座席に身を預け、低い天井を仰いだ。

 殺される。先ほどのイメージが正確に再現されるのだ。

 ウォーレンは何の考えもなしに、口走っていた。

「おれなんです。全部、おれの発案なんだ。こうなりゃいいな、みたいな願望もあって。で、偶然マクシミリアンを見かけて、でも、もう後には引けなくなっちまって……つまり、その、すんませんでしたぁ!」

 頭を下げながら、言葉を反芻する。支離滅裂だ。これじゃ、助かるものも助からない。

 突然、爆発したような笑い声が響いた。腹を抱えているのはニコラスだ。目じりには涙さえ浮かべていた。

「聞いたかい、シャーリー。カラスといい、今は古風な入団方式がひそかな流行なのかね。偶然とは、いや、愉快だ」

 続いて激しく咳き込む。

「大丈夫か」

 シャーリーが心配げに振り返った。

「ああ、少し笑いすぎたようだ。ふう」

 表情は、始めの穏やかなものに戻っていた。なんだ、この男は。柔和で、みすぼらしく、貧弱で、そして限りなく魅力的だ。

 雰囲気にのまれ、フェイはすっかり泣きやみ、ウォーレンにも落ち着きが戻っていた。ニコラスが咳払いした。

「失礼した。つまり、話を戻すが、君たちは個人で動いていたということだね」

 質問の意図を図りかねながら、ウォーレンは、そうですと言った。

「なるほど。どこのギャングにも所属しておらず、誰かの依頼で動いているわけでもなく、何かのうわさに乗ったわけでもないんだね?」

「全部、おれの考えです」

 ニコラスは静かに二人を見た。そしてこう言った。

「よろしい、結構だ」

「と言うと?」

「聞きたいことは全部聞けたということだ。帰って構わない」

 ウォーレンとフェイは、ぽかんとして顔を見合わせた。遅れて生の実感がやってきた。この数刻、生きた心地ではなかった。その緊張が一気に解けていった。手を取り合い、飛び跳ねたい気持だった。

 動力車を降りると、巨体が影を作っていた。撃たれた傷はもう何ともないようで、二本の脚でしっかりと立ち、腕を組んで二人を見下ろしていた。

「なにもしねえよ」

 不安を察したかのようにマクシミリアンが言った。

「話が終わり、出てきたのなら、それがニコラスの判断だ。おれが手出し口出しすることじゃねえ。とっとと失せろ。おれの眼の届かないところにな」

 ウォーレンはフェイの腕を引いた。無事だ。助かった。心底、ほっとした。そのままマクシミリアンの横を通り過ぎようとして、ふと足を止めた。

「どうしたの、ウォーレン」

 フェイが聞く。

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