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その55

 ウォーレンは、このフェイという女のことを実はよく知らない。知り合ったのはつい最近だ。分かっているのは、フェイは家出してきたということぐらいだ。他の都市から来たらしい。あまり詳しくは訊ねなかった。家出相談になったら興ざめだというのもあったが、謎も女性が持つ魅力のひとつだと、常からウォーレンは考えていたからだ。それを明かそうとするから幻滅する。知ることが最善とは限らない。

 さて、マクシミリアンは倒れているし、距離もある。ビビっちゃいるが、脚はしっかりしている。フェイを置いてひとり、逃げようと思えばできるだろう。

 だが、おれはまだここにいる。

 つまり、そういうことだ。ギャング相手にいきなり手を出すようなイカレ女でも、それに気づいたのが今この瞬間だとしても。

 フェイが見ている。

 あの目だ。話しているのはあからさまに無謀な計画なのに、きらきらと期待に輝くあの目。おれは、あの目に惚れちまったんだ。

「腹、くくるか」

 ウォーレンの瞳に決意が灯った。フェイが喜ぶなら、どんな無茶なことでもやってやろう。そう自然に思えた。理由なんてないが、その価値がある女だ。運命というのは、これのことなのかもしれない。変な笑いが出た。女にも物事にも、こんなに真剣になるのは久しぶりだ。後戻りできなくなって、ようやくか。

 マクシミリアンが動いた。地面に叩き伏せられるような強烈な一撃を受けて数秒、もう立ちあがろうとしている。

「どこのどいつだ。おれのジャケットを……」

 四つん這いのマクシミリアンがフェイを見た。どこかのギャングを想像していたに違いない。その顔に困惑が浮かんだ。フェイはつま先で土をとんとんと蹴っていたが、ウォーレンに向かってウインクすると、

「パス、行くよお」

 その足でマクシミリアンの腹部を蹴り上げた。力を込めた動きには見えなかった。それにもかかわらずマクシミリアンの巨躯は、球遊びのように高く飛んだ。

 弧を描いて飛ぶ大きな影。首をひねり、着地点を見定めようとしていた。そこには若い男が見えた。二人組か。マクシミリアンは思った。

 ウォーレンにはフェイの考えが分かった。これ以上ないパスだ。手からジュース結晶が生みだされていく。素早く長さを増し、一本の棒となる。それを杖のように地面についた。すると奇妙なことが起こった。その棒はぐにゃりと曲がった。

 ジュース結晶は、結晶生成の技術にもよるが、非常に固い。だが、どんなに優れたジュース結晶にも、木材のような柔らかさや金属のような粘り強さはない。強い力が加われば、変形する前にひびが入り砕けてしまう。ウォーレンが作り出した棒は、その性質を完全に無視していた。なんらかの『カラー』が働いているに違いなかった。

 手を離すと、結晶棒が元の形に戻る勢いで飛びあがった。ウォーレンがその中央をつかむ。

 手にしたそれは、もはや棒ではなかった。結晶の紐が棒の両端を結び、円弧に歪めていた。これは弓だ。ジュース結晶にしなやかさが加わり生まれた、強靭な弓だった。

 もう一方の手には、すでに同じく結晶で生成された矢が三本あった。つがえ、引き絞る。紐も、棒と同じく砕けることなく変形していく。ウォーレンは、まだ空中にいるマクシミリアンを鋭く見定めた。

 空気を裂く音がしたかと思うと、同時に放たれた三本の矢は、厚い胸板に深々と突き刺さった。巨体は、そのままウォーレンのすぐ横に墜落し、地面に大きな跡を引いた。

「やるう」

 フェイは手を叩きながら、全身で興奮を表現していた。大きく息を吐くと、ウォーレンは引きつりながらも精一杯の笑みを返した。やればできるもんだ。あのマクシミリアンをだぞ!


 その路地が見える位置、少し前から一台のオンボロ動力車が止まっていた。

「どう思う。彼らはギャングの刺客だろうか」

 ニコラスの言葉にシャーリーは首を振った。

「違う。特有の雰囲気が感じられない」

「同感だね。では、なぜ彼らはマクスを襲っているのだろう。これは、かなり重要なことだと思うんだ」

 ポイットが目の前に割り込んだ。

「ちょっと、ちょっとちょっと! 何、冷静に分析してるのよ! 早く助けに行かないとまずいでしょうよ!」

「そうだね。たしかにまずいようだ」

 ニコラスに続いてシャーリーもうなずいた。

「このままだと、あいつらから話を聞けなくなる」

「えっ」

「マクスにぶっ殺されちまうってこと」

 ポイットが路地を見ると、倒れていたマクシミリアンがむくりと起き上がるところだった。

「わ、動いた」

「あの程度じゃマクスは死なない。カラスもいないし、教えてやるよ。マクスの通り名を」

 とシャーリーは言った。

 マクシミリアンがジャケットをおもむろに脱いだ。両の腕があらわとなる。普段は純白の体毛が薄赤く染まっていた。それは均一ではなく、一際濃く染まった部分が縞や斑模様のようになって体表を埋めていた。それらは腕だけではなく頭部にもあった。おそらく全身を覆うように現れているのだろう。

「あんな模様、あいつにあったかしら」

 ポイットが首を傾げた。

「模様じゃない。過去に受けた傷の跡だ。“傷勲章スカーオーダー”、それがマクスの通り名だ」

 縞と見えたのは切り傷。斑になっているのは火器による射撃創。どれも小さい傷ではない。ポイットはごくりと唾を飲み込んだ。

「止められるね?」

 とニコラスが聞いた。シャーリーはため息ひとつ。

「こんなことになりそうな気がしてたんだ」

 とつぶやいて、動力車を降りて行った。

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