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その54

 ひと組の若い男女の姿が路地にあった。女は胸に抱くように男の腕にしがみついていた。いかにも恋人同士といった様子だが、不思議と甘ったるさは感じさせない。この砂埃舞う乾燥地帯でさえ、二人の間には清々しい春風が吹いていた。

「やる、やるって、いつやるの。ウォーレン、ねえ」

 催促には嫌みがない。彼女は、このやり取りを心底楽しんでいる様子だ。つぶらな瞳にくりくりと表情を浮かべる、愛嬌あるヒュープル。頭を傾げると、長くまっすぐに伸びた両耳がかわいらしく揺れた。

「やるったら、やるぜぇ。そりゃあ、やるに決まってる」

 ウォーレンと呼ばれた男は、たれ目で下まつ毛が長く、顔に締まりがない。だがそれを魅力に転換してしまうほどのハンサムだった。尖った横顔の輪郭が美しい。それは根拠のない自信と若さに満ち溢れていた。

「だが、やるったってよ。時期ってもんがあるんだぜ、フェイ。そりゃもう、時期がきたらやる男だぜ、おれは」

 首筋を優しくなでながら囁やくのは逆効果だったらしい。フェイの頬は膨らんだ。

「あんたも口先だけの腰抜けだったのね。おれたちの『カラー』なら出来るって、やるっていうから、あんたが《バンク》の保管庫を破るって言うから……」

「バカ、バカバカ」

 ウォーレンはフェイの口を素早く塞ぎ、辺りを見回した。

「誰かに聞かれたらどうすんだ。その、あれだ。手っ取り早いのはそれかな、と思っただけで……ほらカクテルも入って気が大きくなってたんだな」

「はっきり」

「もう細かいことはいいじゃねえか。おれはやる男さ。時期が来ればな」

 フェイがため息をついた。ウォーレンは素早く歩み寄ると、フェイの腰に手を回しながら、

「だってよ、おまえも見ただろ。あのバンクの警備。あんなん、上手く保管庫を破れても、その後には包囲され一斉射撃、全身穴だらけにされてお終いだ。なんかすげえ、そんな気がする」

 フェイの目は冷たい。

「そこでだ、おれも考えた。そんな無謀な計画より、もっと現実的で刺激的なやつだ」

「なによ」

「ギャングになるんだよ」

「どうやるのよ」

「そりゃ普通にやったら簡単じゃない。のし上がるのにだって時間がかかる。そこも、ちゃんと考えてる。まずはビビッド級、名の売れたやつをドーンとやっちまう」

「ドーンと?」

 フェイの冷たい態度が緩み、その下から興味が顔を出した。

「おうよ。そいつを生け捕りにするか、ぶっ殺してジュースを持っていけば実力の証明になる。そうだ、同じギャングのメンバーだと後腐れがあるかもしれねえ。他のギャングの手土産にした方がいいかな。敵の戦力をそいだ上に、おれみたいなイイ男がやってくるんだ、入団確定。当然プライムの目にも止まる。バンバン重要な任務が回ってきて、バンバン格上げってわけよ」

 フェイが首に手を回し、きつく抱きついてきた。

「ステキ! それでこそ私の愛しい人!」

「まあな」

 得意の大言だった。でもウォーレンに誰かを騙しているという後ろめたさは微塵もない。かといって、彼が人の痛みに無関心な冷血漢と言うことではない。嘘と言うのは、現実の範囲に収まっているから誰かを傷つけるのだ、と彼は考えている。それに時期・・が来ない以上、嘘ってことにもなるまい。

 表情に締まりはなく、得意げに語る口は止まらない。

「ただ、ギャングたって色々ある。表立った敵対を望んでないところもあるかもしれねえ。そこらへんを、じっくりちゃっかり調査する必要はあるよな」

「つまり条件さえ整えば、いつでもオッケーってわけね」

 とフェイは囁いた。彼女の視線が自分を素通りしているという小さな異変に気づくには、ウォーレンは調子に乗り過ぎていた。

「そういうこった。おれは時期がきたらやる、そういう男よ」

 フェイがにこりと笑った。ウォーレンが微笑み返す。フェイは、彼の背後を指差した。

 疑問に思いながら、ゆっくりと振り返る。路地の先に見えるのは白い巨体。大量の日用品が入った袋を抱えた大男の姿があった。ウォーレンの笑みが凍りついた。

 マクシミリアン。言わずと知れた《モノリス》のビビッド。単純な肉弾戦の強さでいえば、プライムを押しのけて名前が挙がるほどの傑物だ。

 ウォーレンは焦った。何でこんなところに都合よく・・・・いるんだ。《モノリス》は壊滅したって聞いたが。それより、今の話が聞こえちゃいないだろうな。まずい、こっちに来る。フェイを連れて、この場を去ろう。一刻も早くだ。

 後ずさりしながら、フェイの肩を抱こうとした。腕が空を泳いだ。いつの間にか、フェイの姿がない。

 突然、影がマクシミリアンの頭上へと降った。

「ドーン!」

 凄まじい衝撃。もうもうと舞う土埃。これは予感じゃない。

 砂埃が晴れてくるにつれ、うつ伏せに倒れたマクシミリアンが見えた。そして、その背中に立っているのは、紛れもなくフェイだ。

 な、な、なにやってんだ! ウォーレンは心の中で絶叫し、頭を抱えた。

 周囲には、買い物袋の中身が散乱している。彼女は、埃を払うしぐさをすると、軽快な動作で背中から飛び降りた。

「はい。言ってたとおり、ドーンとやったよ」

 ドーンってのは、そういう意味じゃない。

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