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53/60

その53

 驚くほど静かだ、とマクシミリアンは思った。大きな足をテーブルに乗せ、椅子を傾けていた。二本の足で不安定なまま、この体重を支えることになった椅子の微かな呻きが聞こえるほどの静けさだ。テーブルの上には、ひとりで遊んでいたのだろう、カードの束が乱雑に散らばっていた。

 思い返せば、ホワイトモノリスも静かな場所だった。たくさんのヒュープルが生む、守られた静けさがあった。秩序、統制、そして適度な緊張案がもたらす凛とした空気。それが心地よかった。だが、この小屋の静けさは違う。空虚だ。何もない。にもかかわらず、何かに焦がされるように皮膚がうずく。どうにも耐えがたい。

 マクシミリアンはのっそりと立ち上がった。椅子はようやく、本来の四本脚を床につけた。

「サーボリでも飲むか」

 水を溜めると、火にかけないうちからサーボリをどっさり入れた。空になった袋を投げ捨てる。ダイヤルを目一杯回した加減のない火に鍋をかけた。

「さて」

 十分に沸き立った褐色の液体をカップに注ぐ。鍋を傾け過ぎて、カップの容量はすぐに限界を振りきり、溢れだした。彼は意に介さない様子で手に取り、雫滴るカップを優雅に、こういった作法だけは不思議と板についた動作で、口に迎えた。

 香り、味、後に残る風味。そのどれもがマクシミリアンの期待をはずれていた。含んだサーボリを流し台に吐き出すと、カップと鍋の中身も全部捨てた。まずいなんてものではない。味覚を壊す兵器だ。

 それもそのはずで、サーボリの作り方が間違っていた。煮出すサーボリは少量でよく、しかも温まってからでなければいけない。沸騰しないギリギリの火加減で五分。濃い苦みと香りが好みなら長く、逆にすっきりとさせたいなら短く調整する。火を止め鍋が落ち着いたら、粉が入らないように、ゆっくりと傾けてカップに注ぐか、細かい網でこしてからカップに注ぐ。これで初めておいしいサーボリとなる。

 口の中はまだ苦くて粉っぽかった。カラスの淹れたサーボリはうまかったな……。マクシミリアンは、なんだかむしゃくしゃしてきた。口直しの食料を探してみるが、何もみつからない。余計にむしゃくしゃは強まった。

「留守番たってなあ」

 乱暴に腰かけられた椅子が一瞬たわんだ。

 誰が来るわけでもない。この小屋に誰かが必要だったのではなく、任務の邪魔になるから置いていかれたのだ。そうはいっても、マクシミリアンは自分を無能と蔑むほどの自虐思考には至っていない。任務には向き不向きがあり、ビビッドと言えど全ての重要事に関われるわけではないと理解していた。

 しばらく、違和感のある口をもごもごさせ考えていたが、

「なにも、ここでじっとしている必要はねえか」

 膝を打ち、立ち上がると真っ白なジャケットにそでを通した。颯爽と小屋を後にする大きな影があった。


 乾いた風が土埃を巻き上げながら、通りを駆け抜けていく。

 ここはサースティアベニュー。大きな通りとそれに付随する小路からなる乾燥した地域で、《サルーン》が支配している。大通りに軒を連ねる木造の建物の多くは、食糧や日用品などを売る小さな店だ。どの店も、箱状の粗末な建築に釣り合わない大きな看板を通りに向かって掲げていた。

 《サルーン》は元々ならず者の集まりだった。今でこそカーティスによってまとめられているものの、サースティ―アベニューの治安はよくない。

 店で買い物を済ませ、帰ろうとすると、表にある樽に腰かけた男が突然立ち上がり、回転装式の火器をちらつかせながら目くばせする。どこからか仲間がぞろぞろと現れ、身ぐるみ剥ごうと取り囲む。以前のセントラルでは起こり得ない非常事態が、ここの日常には当たり前のように取り入れられている。

 だが危険を跳ねのける力さえあれば、サースティアベニューはおおらかな土地でもある。

 囲まれた大男は、鋭く睥睨へいげいした。ただそれだけだったが、周囲の男たちは波が引くように散って行った。奪い、奪われる荒んだ地。ここでは、相手の実力を見誤ったものから消えていく。男たちにとって強さの見極めは重要な技術のひとつだった。

「けっ、張り合いねえ。だが、身の程知らずでもねえ」

 とマクシミリアンはひとり言した。

 凋落したギャングであっても、力があり、この埃っぽさに我慢できるなら、サースティアベニューは受け入れる。彼がここを買い物の場所に選んだ理由はそれだった。

「こんぐらいあれば、しばらく食料には困らねえだろう。ったく、おれの仕事じゃねえんだがな」

 不満を言いながらも、その表情はどこか明るい。食品がいっぱいに詰まった袋を抱え、マクシミリアンは路地に入って行った。

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