表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/60

その42

 さらに列が消化されていき、長い廊下を抜け、いくつかの部屋の中を通り、ふたりは天井の高い豪華で広い部屋へと足を進めていった。中では列が二つに分かれ、カシミロが右側の列に並んだのでカラスもそれに倣った。

 足を運びながらカラスは室内を見回し、そして見上げた。得たのは二種類の印象だった。

 まず、ここは今までに見たことがない種類の部屋だということだ。その特殊性でいえば、モノリスの厳重な金属のはこに引けを取らない。

 二階相当の吹き抜けとなった部屋の四方は、数え切れないほどの棚で埋め尽くされていた。壁や棚が覆いかぶさってくるような圧迫感だ。その二階部分は、ぐるり細い通路で構成されていて、今は『スカウト』の観覧席となっているようだった。無数の視線は好奇に輝き、部屋の奥へと注がれている。棚に目をやると、収められているのは長方形の物体で、高さや色、厚みはまちまちだが、およそ隙間なく詰め込まれているのが分かった。奥行きからして、それは板状の何かと思われたが、カラスの持ちうる知識を総動員してもそれ以上の推測は難しかった。とにかく大変貴重なものではないかという気がする。その棚と棚との間には、ひらりとした布の質感を極限まで損なわせるような重苦しい装飾が施された壁掛け。色はもちろん《ハウス》を象徴する緑だ。配置された調度品はもはや過剰ともいえる数であり、色灯の光を受けて異様にギラついている。いかにも高価そうだ。

 しかし、カラスがより強く感じたのは、もう一方の曖昧な感覚だった。この部屋に入ってから、どうも落ち着かない。第一印象は荘厳そのものだが、どこかちぐはぐにも思えるのだ。

 『騙し部屋』の雰囲気に圧倒されつつも首をひねるカラスを見て、カシミロは愉快そうに口の端を持ち上げた。

 カラスが周囲を見ている間にも、二つの列はどんどん短くなっていった。おかげで奥の様子がようやく分かってきた。そこには素材が持つ緻密さゆえの重量を感じさせる大きな机があり、今にも崩れそうになほどの書類が門柱のように左右に立っていた。机上にはチラチラと光を反射する小さなものが横に並んでいた。カシミロのベストの胸を見ると同じものが光っていた。バッジだ。なるほど、あれらが合格の証になるのだろう。そして、その机についているのが《ハウス》のプライム、ベアトリスだった。

 ベアトリスには驚くほど動きがない。これが審査と呼べるだろうか?

 彼女は退屈そうにも見える態度で頬杖をついている。することといえば、複雑な紋章のような虹彩を持つ瞳を左右に動かすだけ。それ以上の行動を起こさないと見るや、机の前に立った二組の候補者たちは、肩を落として列から外れていく。これで不合格ということのようだ。列の進みが早いわけだ。審査にかかる時間は数秒、しかもそれには『スカウト』参加者が自分を不合格だと察するまでの時間も含まれていて、むしろこっちの方が長い。


「なんだこれは?」


 カラスの率直な感想だった。


「すげえだろ。先代のときは何日も、ときには何週間もかけて選別してたもんだ。だがベアトリスなら一瞬だ」


 雑の範疇にすら収まらないような審査方法だが、それに異を唱える者はひとりもいない。全員がベアトリスの判断を絶対のものとして受け入れている。そして不思議なことに、今のところは部外者のカラスでさえこれでいいと思えた。そんな雰囲気を彼女は持っていた。

 残るは列とも呼べなくなった数人だけとなった。

 『スカウト』に参加している者たちは、ギャングにしても拾われた奴らにしても、共通して一種の熱気を持っており、それは自信や野望を燃料として発散されているに違いなかった。どんなに落ち着きを装っても、目はギラつき、鼻息荒く、体温は上がっている。いわゆる若さのたぎり。そんなふうにカラスは思い、同年代ながらこんな発想をしてしまうのは年寄り臭いなと心の中で自嘲した。

 その中でカシミロの存在は明らかに異質だ。少しばかり浮かれてはいるようだが、周りと比較するならば年齢相応といえる抜群の落ち着きを見せている。だが、それは自制心の強さではなく、放出するエネルギーがすでに尽きてしまっているような、サーボリを同じケンカー粉末から煮出すようなわびしさをカラスに覚えさせた。二度目は味も香りも損なわれる。


「よう! カシミロ!」


 突然、左側に並んでいた若いギャングから声がかかった。大きなまるい耳に尖った顔立ち。体毛が薄くなった先端に開いた鼻孔が、興奮でぴくぴくと動いていた。突き出た前歯は、愛嬌にもなっただろうが、彼の場合はどことなく狡賢そうに思わせる。


「どっかから、しょぼくれた声がすると思ったら、隣からだったぜ。懲りずにまた参加してるとはなあ」

「『スカウト』参加は、構成員全員に認められているからな、チリーノ」


 チリーノと呼ばれた男に、カシミロに対する敬意は微塵も感じられない。「へー」とか「ふーん」とか言いそうな意地悪い目つきでカシミロを見ていたが、それはカラスにも向けられた。チリーノが、カラスを色なしカラーレスであると判断するのに時間はかからなかった。彼は腹を抱えて震え始め、続いて吹き出し、堪え切れなくなったように笑い始めた。それも収まらぬうちに、


「ご覧あれ! くくっ、あの『スカウト』皆勤賞のカシミロが、今回は何と! 色なしカラーレスを連れて参加だァ! “当たらぬくじでも買うがよい”とは言うが、これはどうなんだ? 誰か彼に教えてあげてほしい。ゴミ箱から外れくじを拾っても当たらないってよ!」


 と部屋全体の注目を一手に引き受けた。どっと哄笑が湧き起こる。それはカシミロだけでなくカラスにも向けられたものだった。

 カシミロは怒鳴らなかったし、怒りに顔を染めもしなかった。ただ一回り小さくなったようになって、静かに佇んでいた。チリーノはいかにも気の毒そうな、その実、内面とは正反対の表情を浮かべると、自分がどれだけ慈愛に満ちた人物か誇示するようにカシミロの肩を優しく叩いた。


「そうしょぼくれなさんな。どうやら、今回の『スカウト』はだいぶ渋いらしい。バッジが全然減ってねえだろ。いつも通り、そこそこのやつを連れてこれたとしても可能性は万が一もなかったよ。その点……」


 チリーノの横には、マクシミリアンに負けずとも劣らない体格の持ち主がいた。


「ボビーだ。こいつで今回の『スカウト』はいただきだぜ。まっ、隣になったのもなんかの縁だ。プライムからバッジが手渡されるところを見せてやるよ」


 得意げにぺらぺらとしゃべるチリーノの言葉がどこか遠くに置き去りにされたようになっていく。カシミロはもう聞いていなかった。彼の内心は穏やかでないに違いない。それなのにこう言ったのだ。


「すまねえな、カラス。嫌な思いさせちまってよ」

「大丈夫だ」

「おれの意地に巻き込んじまった。バッジがもらえなかったら、あいつはまたなんだかんだ言っておれたちを笑い物にするだろう。なあ、今からでも辞退してもいい。列を離れればそれで済む」


 カラスは首を横に振った。


「バッジはもらうって言ったんだ。大丈夫だ」


 カシミロは確かに頼りない。ギャングにしては優しすぎるかもしれない。だからカラスはできることをしてやりたくなった。とりあえず、今はベアトリスに認められ、バッジをもらうことだ。

 掌が力強くカシミロの肩に置かれた。チリーノの肩叩きとはまるで違う、温かい何かが身体に流れ込んでくるかのようだった。カシミロは曖昧にほほ笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ