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その41

 フリックライツの華やかな建築物が流れるように後方へ消えていく。今にも分解しそうなオンボロ動力車の座席で先に口を開いたのは、ハンドルを握る、カラスを『スカウト』した男だった。


「自己紹介がまだだったな。おれはカシミロ。見てのとおり《ハウス》のもんだ」

「カラス」


 カシミロはカラスを横目で見て、首をかしげた。


「それが名前か? 変てこだな」

「随分急いでいるみたいだが」

「そりゃそうさ」


 カシミロがハンドルを切る。車体ががくんと揺れ、身体がカーブの外側に向かってすっ飛びそうになる。シャーリーの運転とは大違いだ。カラスは思わず帽子を押さえた。

 カシミロは体勢を立て直しながら続ける。


「『スカウト』はフリックライツが点灯するまでって決まってる。それが終了の合図だ」

「点灯?」

「おまえ、新参者か? まあ、見てりゃわかる。そろそろだ」


 カシミロは運転しながら空を見上げた。日は落ちかけ、街を薄ら闇が覆いかけていた。橙に染まる部分を押しやるように、天上には薄い藍が広がっている。

 突然、それを切り裂く光が伸びた。鮮やかな緑の線条は、続けて何本も天に向かって伸び、何かを探すように揺らめいている。


「フリックライツの点灯だ」


 その言葉に合わせるように、うす暗くなり始めた街並みの奥から、色の波が押し寄せてきた。それにカラスたちの乗っている動力車も飲まれる。気づくと暗がりは一掃され、周囲には様々な色が踊っていた。

 全て色灯だ。地区全体に設置された色灯が、日が落ちるとともに一斉に作動したのだ。元々派手な色合いの建物に鮮やかな看板が目立っていたが、それらがより派手に輝き、より鮮やかに瞬いていた。

 セントラルの質実な色灯とは間逆だ。本来の灯光としての役割を全く越えている。

 極彩色のなまめかしい光がそこらじゅうで閃き、建物の輪郭を縁取り、看板に書かれた文字を浮き上がらせる。色灯の数も質もセントラルとは比較にならない。これがフリックライツの点灯だ。

 昼のような明るさのなかを動力車は突っ切っていく。星の運河を渡ったら、こんなものかもしれないとカラスは思った。

 そして通りを見通せるようになってわかったことがある。フリックライツは大変活気のある地域だということだ。地区が光で装飾されると、街並みにヒュープルの姿が散見されるようになった。と思うと、あっという間にそれは混雑へと変わった。どこからか聞こえる音楽と雑踏が入り混じり、それに時たま起こる嬌声のようなものが加わって、一帯が高揚の渦へと急速に巻き込まれていく。

 道行くヒュープルたちは楽しそうだ。それはいいのだが、浮かれすぎて緊迫感というものからほど遠い者も多くいた。見知らぬ誰かが、触れるような距離をすれ違っているというのに何の警戒もしていない。だが予見されるような騒動は、ひとつも起きていなかった。それがカラスには不思議だった。


「どうだ、すげえだろ。一晩中続くんだ。明日の夜も、明後日の夜もな」

「派手だな」

「それがフリックライツさ」


 膨大な光と色の奔流、その波間にヒュープルが浮かんでは消えていく。


「こんなにごちゃごちゃして、問題は起きないのか」


 カラスが今し方感じた疑問を率直にぶつけてみると、カシミロは鼻を指で擦り上げ、


「そのために、おれたちがいる。フリックライツは、ここいらで一番安全で楽しい歓楽街さ」


 と誇らしげだ。

 どうやら動力車は、いちばん先に点灯した、緑の帯へと向かっているようだった。


「見えてくるぞ」


 何が、と聞くまでもなかった。大通りを塞ぐように、ありったけの色灯をこれでもかと派手に踊らせた巨大建築物が姿を現したのだ。ひときわ大きな色灯が、強烈な緑光を夜空に投げかけている。

 入口の真上には、色灯が規則的に並び文字を成していた。だが、ぴかぴか眩しい上に過剰に装飾的なので読みづらい。


「ぐ、ろ、す、れ、い」


 カラスが目を細めながら、たどたどしく文字を読み上げると、カシミロは満面の笑みで何度もうなずき、


「グロスレイ。おれら《ハウス》の拠点がここだ。一際、派手だろう」

「ううむ、目を閉じてもまだちかちかするぞ」


 カシミロはそんな様子を笑いながら、カラスに動力車から降りるよう促した。ドアを開けると、今まで遮られていた周囲の音がどっと車内に押し寄せて、耳をろうさんばかりだ。

 グロスレイからは、白っぽい石造りの階段が幅広く伸びていた。色灯があまりに強烈なので、はっきりとした色はカラスには分からなかった。入口を支える大きく太い柱とその建物自体も同じ石でできているらしい。平面でかっちりと構成された壁に、何十人が同時に通り抜けようとも円滑に済みそうな大きさの両開きの扉が取り付けられている。これが入り口だろう。飾り立てた色灯と、堅実な建築様式は相いれなさそうだが、それらが混然一体とした建物が目の前に存在するのだ。カラスは妙な気分になる。実際、この建物は資料展示館だったものを無理やり改造したものだ、とカシミロが声を張り上げて教えてくれた。

 と言うのも、階段には見慣れない道具を抱えた一団が並んでおり、彼らのもった道具が一帯に流れる音楽の出どころらしいのだ。この側にいては、並みの声ではかき消されてしまう。

 彼らの持つ道具は、どれもカラスの見たことがない物で、複雑にねじくれたような形のものが多く、しかしどれも違った形状をしていた。材質も様々で、ジュース結晶らしい乱反射を見せる物、木目が表面に浮かんでいる物、つるりとしたのは樹脂製だろうか。中にはビカビカした金属製のものまであった。その内、どれがどんな音を出しているのかまではわかりかねたが、全く異なった個性的な音を出し合っていることは窺える。

 そして彼らを取りまとめているのが、最下段にいる、縮れたひげから長い顔を突き出させた神経質そうなヒュープルだ。ぐっと天を向いた二本の角が、間延びしそうな顔の印象を一転させ、厳めしさまで加えていた。

 この男の動きから、一見してカラスは目が離せなくなった。腕がちぎれ、頭が取れてしまうのではないかと思えるほど激しく動いたかと思うと、突然こじんまりと繊細な動きをする。かと思うと、また縮れ毛をブルンブルン震わせての激しい動き。それに合わせて音楽の調子が生まれるのだから面白い。


「しまった、曲が終わるぞ。“指揮者コンダクター”、まだ間に合うよな?」


 指揮者と呼ばれた男は、ちらりとカシミロとカラスを見ると、微かにうなずいた。


「ありがてえ。カラス、急げ。楽団にぶつかるなよ」


 カシミロが素早く階段を駆け上がっていく。カラスがそれに続く。音楽は最高潮を迎え、楽器からは音だけでなく、それぞれの《カラー》を利用した火花や光が撃ちあがり始めた。二人が最上段についたとき、長く伸びた音がふっつりと途切れ、がやがやした周囲の騒がしさが浮き彫りになる。


「ふう、間に合った。まだ列がある。今回も盛況みてえだな」

「ここに並んでいればいいのか」


 と尋ねるカラス。


「ああ、そうだ。いやあ、間に合ってよかった」


 だがカラスにはそんな切羽詰まって思えないのだった。列はまさに長蛇と言えるもので、グロスレイの入り口手前まで伸びているのだ。先は見えないが何人ぐらいいるのだろう。とても数えられるものではない。


「これは何の列なんだ」

「全員、おれたちと同じ『スカウト』に参加する奴らさ。こん中から、毎回数人が晴れて《ハウス》への入団を認められる。たった数人だぞ。おれはお前を見こんじゃいるが、まだ決定じゃない。気を抜くなよ」


 カラスはますます分からない。採用試験があるなら、簡単なものでもかなりの時間がかかるはずだ。この人数を捌くとなると数日がかりになりそうなものだ。明日にでもゆっくり現れて、最後尾についたらいいじゃないか。

 そんなことを考えていると、列がぐぐっと前に進んだ。奇妙なことに、その進行はつっかかりがなく、ほぼ歩いているような速度なのだ。あれほど長かった列が、あれよと言う間に半分ぐらいになっていた。

 不採用だったのか、すごすごとグロスレイから去るヒュープルが後を絶たない。中には『スカウト』を最後まで見届けようと、ここに残る者もいた。これは『スカウト』した構成員だけでなく、された側にも認められる権利のようだった。

 横目で不採用者を見送っているうちにも列はぐんぐん縮んでいく。カラスは認識を改めた。


「この進み方はちょっと異常だ。焦っていた意味がようやく分かった。何人でやっているか知らないが、すぐにおれたちの順番だ。何をすればいい」


 カシミロはわざとらしく困った顔をして、


「質問が多いなあ、お前は。だが、知らないままよりはずっといいんだ。先にひとつ訂正すると、勘違いをしているぞ。審査するのはプライムひとり。ベアトリスが行ってる。だから『スカウト』には価値があるんだ」


 選ぶ以上、試験のようなものはあるはずだ。だが、まるで素通りしているかのような列の進み具合。しかも、それをプライムだけで行っているという。


「そして、おまえは何もしなくていい」


 カシミロがにやりと言い放ち、カラスは再び混乱した。

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