その38
とちった。こいつは大とちりだ。フリックライツの大通りから外れた、小さな薄暗い路地でカシミロは微かにうめいた。すでに日は高く昇っている。日が落ちればフリックライツが点灯する。それが『スカウト』終了の合図だ。
いい考えだと思ったのだ。
カシミロは《ハウス》で中堅の地位を築いていた。ビビッドから下る命令を遂行する十数人からなる単位があり、そのリーダーを任されている。このような立場の者は、普通なら『スカウト』には参加しない。物見で野次を飛ばす側だ。カシミロがそれでも『スカウト』に参加するのにはわけがある。
彼はギャングになって長い。それは《ハウス》の中でも両手の指を全部折る前には名前が挙がるほどの経歴の長さだ。身体に老いを感じる年齢にも差しかかっている。ビビッドになっていてもおかしくない。なぜそれが実現できていないかというと、経歴が地味だからだろう。大きなミスもないが目立った功績もない。それは本人も自覚していた。
だが勘弁ならないのは、他の中堅構成員が自分を軽んじているように思えることだ。どうも、長くギャングをやってるだけが取り柄のロートルだと扱われている節がある。その空気は組織の下にも伝わっていくものだ。今の地位もお情けで与えられているだけだろう、そんな雰囲気を新参者からはっきりと感じたこともあった。たしかに輝かしい経歴ではない。与えられる仕事も小さなものだ。《ハウス》に尽力してきた人生に、カシミロは胸を張りたい。だが周囲の目がそうさせない。自信のなさが、どうしてもこそこそと他人の顔色をうかがわせる。彼が欲しいのは小さな尊敬。賛辞とはいかなくともそれなりの敬意を求めるのは贅沢なのだろうか。
しかし、カシミロが尊敬されるきっかけは、ほとんどないのだった。なにせ回ってくる仕事が小さすぎる。フリックライクでの喧嘩の仲裁、物資の運搬、集金など、達成しても当たり前の細々したものだ。組織から安定して仕事を任されているとも言えるが、それが仲間内で評価されることはまずない。唯一といっていいチャンスは、年一度開かれる『スカウト』だ。
『スカウト』が盛り上がるのは、これが恰好の成り上がりの場となっているからだ。優秀な人材を見つけられた者は、組織発展に貢献したと大きく評価されると同時に、その人員を自分の直属につけることができる。目をかけられ機会を与えられやすくなり、その仕事で成功を収めやすくもなるのだ。実際、『スカウト』で功績を収めた者は、一足飛びの勢いで昇格していくことが多い。ビビッドも夢ではない。そのため『スカウト』参加するのは、ギャングになりたての野心に満ち溢れた若い構成員がほとんどだった。
そんな中に混じり、カシミロは小さな目的のため『スカウト』に賭けている。ビビッドへのあこがれはある。だが、そんな不相応な地位より相応の尊敬が欲しい。他のやつには、そんな彼の思いがわからない。“年甲斐なく”が頭につく野心家に見える。
『スカウト』では百人近い候補者が集められることもあり、採用されるのはその中のたった数人だ。今までカシミロが連れてきたヒュープルが採用されたことはない。今の地位にしがみつくためのアピールだと露骨に蔑む構成員がいるのも知っている。それでも彼は毎年参加している。それがより彼の印象をより情けないものにしていようとも、この老いかけたギャングに残されたのは『スカウト』だけなのだ。もはやこれは固執だった。
いい考えだと思ったのだ。
大通りには、たくさんのヒュープルがいる。だが、その中で『スカウト』に適うような人材はごくわずかで、わら山から針を探すようなことになりかねない。だから、あえて人通りのない裏路地を選んだ。数は少ないが見逃す心配がない。通りかかるヒュープルの質も、明るい表通りよりギャング向きだろう。
この考えは間違ってはいなかった。一昔前までは。
先ほどから、さっぱり人気がない。
カシミロは知らないことだったが、大通りでは他の構成員があの手この手でヒュープルを集めていた。緑の制服が大道芸や奇術を得意げに披露している。人垣から拍手が起こる。お菓子や風船を笑顔で配れば、ヒュープルの足はそちらに向かう。楽しげな声が上がる。漫然と好機を待つのではなく、自らヒュープルを集め、その中から人材を拾い上げる。これが近年の『スカウト』で主流となっている方法だ。裏通りに流れるはずの若干名は、混雑が混雑を呼ぶお祭り騒ぎにすっかり飲まれていた。同じ組織とはいえ『スカウト』は出し抜き合いだ。情報共有はほとんど行われない。未だ時代遅れの方法をとっていることもまた、彼の知らないことだった。
どこからか歓声が、残響のように寂しい路地に聞こえてきた。その出所を考えもせず、カシミロはぼんやりと座っていた。気づくと日が落ちかけている。フリックライトが点灯するのは間もなくだ。今までも感じていたはずの焦りが、急に胸の中で膨れ上がり、存在感を増していく。
足音。それは静かな裏路地だから聞こえた小さな音だ。カシミロは尖った耳をピクリと震わせた。近づいてくる。だが、周囲にはヒュープルの姿はない。もう一本横の路地だろうか。カシミロは素早く立ち上がり、音のする方へ向かった。
ひとりの男が歩いてくる。体格はがっしりとしている。つばの広い帽子を目深にかぶっているので表情はうかがえないが、足取りから虚栄と思えぬ力強さを感じる。フリックライツが比較的治安のいい地域だとしても、裏路地をこのような態度で歩ける者は多くない。いいぞ。決断には早急だが、否応なしに期待が高まった。カシミロは何気なく壁に寄りかかり、男が近づいてくるのを、そして声をかけるタイミングを待った。




