その31
案内されたのは地下にある小さな射撃場だった。狭いながらも開けた空間にジュースが燃えた臭いがかすかに残っていた。
一直線に並んだ腰ほどの高さの台の前でバートが木製の板をフックに吊るしている。板には頭と胴体に見えるようなくびれがあり、いくつかの穴が開いている。これが的ということらしい。フックのかかり具合を確認するようにバートが板を下に引くと、それを合図に天井近くに走るレーンに沿ってカタカタと移動していく。レバーを切り替えるとレーンが動き、別の遊んでいたレーンと組み合わさる。新たな道を的は進んでいく。バートが再びレバーを操作すると、何かがぶつかり合うような大きな音がした。カラスたちと壁のちょうど中間で木の板は止まり、フックだけを頼りにぶらぶらと揺れている。
「こんぐらいの距離でいいだろう」
バートが横に退き、カラスが台の前に進み出た。小火器をかまえる。
「なかなかかっこうがついているじゃない」
シャーリーが薄ら笑みのような謎めいた表情を浮かべた。
「全く初めてってわけでもないのか」
「見よう見まねだ」
カラスは的から目を離さず言った。
「なら手近なお手本がよほどいいんだな。さ、あとはトリガーを引くだけだぜ」
バートにそう言われる前に、すでにカラスはトリガーを引いていた。だが、弾は発射されない。二度、三度と動作を繰り返すが手の中の火器は沈黙したままだった。反復された指の動きに二人が気づき始めた。
「故障してるんじゃないかい」
「バカヤロ、うちの収蔵品に限ってそんなことはねえ。毎日、おれが手入れしてんだ」
「冗談だ。カラス、ちょっと貸しな」
不機嫌になりかけたバートをなだめながら、シャーリーは小火器を受け取った。一瞬、手のひらで弄ぶそぶりを見せたが、すかさず発砲。さらに間を開けずに二発の結晶弾が射出される。発射音はかなり軽い。一発目の弾が的の胸部中央に当たり、大きく揺らした。その振れ幅をあらかじめ計算してあったように二発目が着弾し、三発目もさも当然と板に直撃する。板の揺れが収まると、新しく増えた穴は、どうもひとつしかない。標的が動く中、全ての結晶弾は一点に収束していたのだ。一発目と二発目の間、あるかないかに等しい時間で手にした火器の性能を把握しきったとしか思えない芸当であった。
「悪くない火器だ。ちと威力不足だが。そして、壊れちゃいない」
シャーリーは、かすかなジュース燃焼臭を漂わせたそれを台の上に静かに置いた。
「予想通り……いや想像以上か」
シャーリーがカラスを見た。その目の色に憐憫や失望がないので、カラスはこの評価を気にしなかった。レバーを引けば火がつく程度の機構であればカラスでも扱うことができたが、火器のような複雑な機構が動くはずのないことは経験上知っていたからだ。
「マガジンにジュースも弾も揃ってる。なぜ撃てん。安全装置を解除できるだけの『カラー』がないのか……しかし、いくらなんでもそれは……とすれば何かがジュースに干渉してるとしか……」
バートがぶつぶつと独り言しているのをシャーリーが遮った。
「理屈は何にしろ、カラスにこいつは使えないってことだ。バート、色力式以外の火器もここにはあるんだろ? あたしは最初からそれ目当てで来た」
「そりゃあるが……ちょっと待ってろ」
しばらくするとバートは大きな木の箱を担いで来た。置いた際の衝撃が固い床を通してどっしりと響く。内容物の重量をいかにも感じさせた。
「ジュース発見前後の……つまり百年近く前の骨董品だ。動くのは間違いねえが、使い物になるかは保証しねえぞ」
ふたを取り除くと、そこには大小様々の火器が詰まっていた。どれも金属製で、本体からは冷たい光が怪しく照り返していた。カラスの視線がその中のひとつに釘づけになった。
「重い、反動が大きい、金属製だから『カラー』との相性も悪い。取り回しにくいこと、この上ない代物だ。だが威力はあるし壊れにくい。お前さんみたいなのにはぴったりかもな。こん中だとオススメは、そうだな……おいこら、勝手に触るな」
バートの話の途中で、カラスは箱から一丁の小火器を取りだしていた。
「これは……?」
大きい。他の一般的な小火器と比べて二回りは大きい。先ほどの樹脂製とは違い、手首にかかる負担として確かな存在感を持ち手に返してくる。大口径のまっすぐな本体はあくまで無慈悲で、金属製の硬く冷たいグリップは酷薄なまでに持ち主を拒絶しているようだった。だが、その否定的ながらも強烈な主張がカラスには力強さに感じられていた。
それを見たバートの顔がおぞましく歪んだ。
「こんなところに紛れてやがったか! カラス、悪いことは言わん。そいつはやめとけ。そりゃ“死の受胎”と呼ばれとるもんだ。呪われた火器よ」
「火器なんて殺しの道具だ。変わった名前にも思えないが」
「ちょいと貸しな」
カラスは何となく手放しがたいと思いながらも、差し出されたシャーリーの手に“死の受胎”を渡した。彼女は小さな感嘆の声を上げながら金属製の火器を眺めている。
「本物は初めて見る。何がってわけじゃないが得体が知れない。ゾクゾクするね。……これが呪われてるってのは本当だ。火器は殺しの道具と言ったな。違いない。だが“死の受胎”は敵対する相手だけでなく、使い手まで殺す」
そう言いながらシャーリーが呪われた火器をカラスへと返す。ずしりと手に伝わるのは単なる重量だけだろうか? ぼんやりしていると、バートが“死の受胎”のことを教えてくれた。
「こいつはな、色燃式火器が発明され、その普及過渡期に生まれたもんなんだ。ベースになっているのは当時主流だった回転装火器、ほれ《サルーン》が好んで使ってるやつだ。樹脂製火器が使いやすさを圧倒的に打ち出していく中、それに負けないよう金属製火器の長所である火力をとことん追求しよう……ってのがこいつの基本設計だった。従来の倍近い大口径を採用することで弾ひとつに対するジュース量を飛躍的に増加させた。それに合わせて本体全体を長大にする。シンプルだが構造を破壊力に直接転化する効率的な設計だった。
だがやり過ぎた。小火器でやるべき設計思想じゃなかったんだな。確かに破壊力は一級品だが、使用者が手首や肩をくじく事故が多発した。すぐに生産は中止され、すでに出回った分もあまりの危険さに次々と処分されていったんだ。
これじゃあ、ただの欠陥品で呪いでも何でもないんだが。話はここからよ。この型全てが処分されたか? そうじゃない。やはり世の中には好きなやつがいるもんで、一撃の威力を求める火器使いがたびたび現れ、こいつを手にすることになった。少数しか存在しない割に、かなり多くのヒュープルの手に渡ったらしい。なぜなら、どいつもこいつもすぐに死んでしまったからだ。
その原因がなんだか不気味なんだなあ。確かに扱いづらい火器で、あからさまな欠陥がある。だが構造の欠陥よる死亡報告はほとんどない。特にあらかた処分されてしまってからはな。こんなのを求める火器使いだ、危ない品だってのは十も承知だったんだろう。にもかかわらず、持ち主は次々に死んだ。あるやつは、唐突に道端に倒れそのまま死んだ。病気なんてひとつもしないやつだったらしい。あるやつは、意味不明なことを喚きながら屋上から飛び降りた。あるやつは、動力車にはねられた。偶然の事故にも思えるが、わざわざ引き返してもう一度轢いたような車輪の跡が残っていたそうだ。……こんな話は枚挙に暇がない。火器とはまるで関係ない、そんな原因で持ち主が次々死んでいくんだ。桁はずれの破壊力があるという以上に、この風聞は伝播していった。以降、実しやかにささやかれることになる。これは呪いだってな。“死の受胎”なんて名前がついたのもそのころだ。
おれもこんな商売をしているもんで“死の受胎”のうわさは聞いていた。呪いなんて信じちゃいなかったんだが、そこに“死の受胎”を是非手に入れてほしいという客が現れたんだ。前払いでたんまりもらってな、八方手を尽くしてそいつに売ったよ。今となっては、何でそんなことをしたかと思うねぇ……。その客が死んだと聞いたのはそれから数週間後のことだった。妙なのは、そいつ、死ぬ前に“死の受胎”をおれに送り返してきやがったんだ。文句を綴った干染布のひとつもない。ただ異様に厳重に包装されてな。こうなりゃ信じる信じないじゃないわな。あんまり不気味で後味が悪いもんだから倉庫の奥に押しこんで、今まですっかり忘れてたってわけよ」
話し終えるとバートはちらりとカラスの表情を窺った。まるで怖がっている様子がない。期待した効果が得られなかったので、バートは少しがっかりしてしまった。




