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その30

 後部座席にはマット、毛布、それに枕といった寝具がすでに山と積まれていた。街の地理に詳しくないカラスでも、周囲の様相が変わったなと感じた。動力車はセントラルの外周を走り、ラウドハマーとの境界付近まできていた。それまで信じられない馬力を発揮していた移動用の機構がやんわりと速度を落とした。そしてキーを抜きとられると突然寿命を迎えた虫のように動きを止めた。


「ここだ」


 シャーリーは動力車を降りて歩きだした。カラスはその先にある建物を見た。

 看板がない。それどころか窓すら見当たらない。全く店のようではないが、しかし一種強烈な異彩を放つ建物だった。ちんまりした建物の壁面には経年による汚れが縞模様のように垂れ走っている。金属製のドアもこの辺りでは珍しい。壁と同じぐらい汚れ、面積の多くを錆びが覆っている。しかし、その取っ手だけは汚れが少なく、鈍い輝きが周囲から浮かび上がっており、こんな店でも客の出入りがそれなりにあるらしかった。

 シャーリーが先導し店に入った。カラスの背後で重い扉が大きな音を立てて閉じた。しんとした空間に、扉が震わせた空気の余韻が消えずに漂っていた。店内は薄暗く色灯に照らされ、壁には大きさ、色、様々な火器がずらりとかけられ側面を晒していた。火器のトレンドは『カラー』の伝達性がよく、軽くて扱いやすい樹脂製だ。十分な明るさがあれば、まるでおもちゃ売り場のようだっただろう。だが見た目がどうであれ、この店にある物はどれもヒュープルの命を簡単に奪う凶悪さを秘めている。

 部屋のほぼ中央にショーケースに囲まれたカウンターがあった。そこに一組の足が投げ出してある。厚手のブーツだ。靴底には深い凹凸が刻まれている。その店主と思われる人物は、イスの背もたれに体重をあずけ、干染布かんせんふに書かれた内容に没頭しているらしい。時折、左右に揺れる足先で感心が表現されていた。シャーリーは足音高く近づいていく。それでも店主はこちらを見ようとしない。干染布に書かれているのは最新の報道のようだ。内容は言うまでもなくセントラルの変容についてだった。シャーリーはふっさりとしたしっぽを揺らし、カウンターの前で大きなため息をついた。カラスがこれはご機嫌斜めだな、などと思った瞬間、彼女の手のひらが目の前の台に力強く叩きつけられ大きな音を立てた。干染布の陰からようやく顔を出したひげもじゃの恐ろしい面構えをした男は、その音よりもシャーリーの顔を見て驚いた様子だった。


「客が来てるんだ。対応しろ」


 男の顔から驚きが消え、不敵にも見える笑みが浮かんだ。足を降ろし、イスを引く。


「どうせろくな客じゃないだろうと知らんぷりしてたんだが、シャーリーじゃねえか。来ているなら言ってくれ。てっきり……」

「死んだと思ったかい?」

「まさか。ニコラスも、おまえらビビッドも簡単にくたばるとは思っちゃいねえよ」


 どうやら《モノリス》と関係の深い人物らしいのが、心安いやりとりからわかった。


「エルは……死んだよ」


 つぶやくようなシャーリーの報告に男は苦々しく顔を歪めた。


「……そうか。そいつはつれぇな」

「今日はそんな湿っぽい話をしにきたんじゃない。こいつに火器を見繕ってやってくれ」


 いつの間にか気丈な立ち振る舞いを取り戻していたシャーリーは、カラスを示した。


「なるほど、新入りか。ってこたぁ《モノリス》はまだ何かやる気だな! いや、何も言わんでいい。こっちにまで火の粉が飛んできちゃあ、かなわねえからな」


 ここでようやくカラスの色がないことに気づいたらしい。カウンターを出て、黒い男へと歩み寄った。


「なるほど……こりゃあ、珍しい。あんた、色力式火器は扱えるのか?」


 カラスは首を横に振って答えた。


「だろうな。ここまで色が薄いのは初めて見るぜ。おっと、自己紹介が遅れたな。おれはバート。見てのとおり、火器販売店をやってる。趣味みたいなもんで、売るのは気が向いたときだけだがな。他のやつは“石頭ハードヘデッド”バートなんて呼ぶが、そんなに頑固者じゃねえ。おっかながらなくていいぞ」

「おれはカラスだ」

色なしカラス? それが名前か? 名前まで変わっていやがる。だが、心配すんな。だれでも扱える火器ってのが最近出てきてるんだ」


 シャーリーが口を挟んだ。


「それはでかくて連射力のあるやつだろ? 携行しやすいサイズがいい」


 バートはいかにも嬉しそうににやにやした。


「結晶弾がジュース燃料とセットになった一体型マガジンはかさばるからな。火器本体も大きくして連射機構を組み込むのが一般的だわな。だが、こいつは別よ。まあ、実物を見た方が早い」


 バートが壁から一丁の小火器を取って戻ってきた。それはシャーリーの使っているような小さな火器だったが、少し異なるのはグリップの下から大きくマガジンが飛び出していることだった。


「持ってみな。軽いだろう。機能を次弾の装填が自動的に行われる機構だけに絞ることで、これだけの小型化と軽量化に成功した最新型だ。反動もほとんどない。これなら初心者にもおすすめだ」


 カラスがそれを手にする。たしかに軽い。まったく負担にならない。だが、その軽量性が心もとなさを感じさせる。そして握った下からはみ出したマガジンが、どうにも不格好だ。


「下で試させてもらうぞ」


 とシャーリーが言った。カラスが気に入らないうちに、話がまとまりつつある。握った小銃を色んな角度で眺めてみたが、しっくりこない。本当にこれを持つ必要があるのかと、未だに思う。

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