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その29

 薄曇りのベールで覆われた街並みが流れていく。カラスはそれを窓越しにぼんやりと眺めていた。隣には動力車を操るシャーリーがいる。

 ホワイトモノリス脱出時にも感じていたが、彼女の運転技術は華麗でよどみなく、そして洗練されていた。的確な強度で踏まれるペダル、道のうねりを予見しているかのように的確にあてられるハンドル、加減速に合わせて押し引きされるレバー。

 最初は面白くそれらを観察していたカラスだったが、やがて飽きてしまった。シャーリーの運転には余裕があったが、ぶっきらぼうなカラスにわざわざ雑談を振る気はないらしい。こんなときポイットがいれば仲介役になりそうだが、うるさいので置いてきてしまった。

 シャーリーが無言でハンドルを回し、動力車が急なカーブを目一杯のスピードで通過していく。その絶妙な踏みこみ、ハンドル捌きといったらまるで滑らかで、車内には速度変化による負担がほとんど及ばないほどだ。素晴らしい技術に違いないが、感動は何度も続かない。カラスは退屈した。それで風景に目をやっているわけだ。

 だが、それにもすぐ飽きてしまった。数日前のセントラルなら見どころに溢れていたのだが、今のセントラルは暗くじめじめと湿っていて見ているだけで気分が滅入った。ヒュープルの活気は低く通りに出ている者は少ない。そこを我が物顔で歩く紫のスーツを見るとなぜだか無性に腹が立った。

 ガレージを出てすぐ、シャーリーは《エピタフ》の構成員に見つかりはしないかと神経を張り詰めている様子だった。しかし彼らは往来するヒュープルや車に払う注意が欠けているようだった。どうもなにか目的があるのではなく、支配した街を練り歩き己が所属する組織の力に酔いしれているらしい。好都合だった。こうなると紫の構成員は注意を払うべき要素から、もはや目の端に映る不愉快な要素にすぎない。シャーリーの動力車は、セントラルの外周を何事もなく進んで行った。

 カラスは横を向き、じっと外に目をやった。視線は向いているが、なにも見てはいない。眼前を流れる景色からは意味が失われていく。色の奔流となったそれは、飛沫となってカラスの記憶領域をはたはたと叩いた。つい先ほどの場面が呼び起こされる。



 カラスへ任務を伝えたニコラスは、軋む車イスを鳴らして窓際へ向かった。マクシミリアンとシャーリーはたわいもない雑談をして気を紛らわせているようだった。アルはその聞き役に徹しながら、時折うつむいて暗い表情を見せていた。


「だが、どうやって《ハウス》に入ればいい?」


 とカラスはニコラスの背中に聞いた。彼は窓から曇天を見上げていた。《エピタフ》がセントラルを占領したせいで、よくて曇り、ほとんどは細かい雨が振り続ける。今さら天気が気になるわけでもあるまい。


「日は見えないが、まだ高いだろう」


 ニコラスは外を見ながらつぶやくと、こう続けた。


「この前のように正面から挑んでは目立ちすぎる。だから、今回は《ハウス》の流儀に従って入団してもらいたい」

「具体的には?」

「だが、その前に」


 ニコラスは左右の車輪を逆に回転させ、イスの向きを変えた。


「ちょっとした身支度をしてもらおう。君の容姿を見れば、色がほとんどないことは誰にだってわかってしまうね?」


 カラスは嫌がるそぶりもなく、訊き返した。


「《ハウス》は色なしカラーレスが嫌いか?」

「そんなことはない。第一印象が重要なんだ。ただの色がほとんどない人物と、それを理解し自衛を用意している人物では、印象がまるで違うのだからね」


 シャーリーが会話を切り上げ、突然ホルスターから小火器を抜き出した。


「ニコラスは、コレをあんたに持たせようとしてる」


 手の上で危険な武器が、それとは思えない軽やかさで踊った。


「おれには必要ない」

「わかっている。君に火器が必要だとは私も思わない。だがその実力を示す機会が入団前に設けられているとは期待しないことだ。こんな世の中だからね。ギャングに入りたいと思うやつは、それこそ掃いて捨てるほどいる。そこから拾い上げられる数少ないうちのひとりに君はならなければいけない」


 シャーリーが照門に星を合わせながら言う。


「それに体術に自信があるとしても、コレはいいもんだ。使えるようになって損はない」


 それでもカラスは納得しかねる風だった。それもそのはずで、彼には色力式火器を使うための『カラー』がないのだ。弾丸を押しだすためのジュース燃料を制御することも、空になった薬室に新たな結晶弾を生み出すこともできない。そんなカラスの様子を見てニコラスは微笑した。


「カラス、君の考えていることは理解しているつもりだ。お飾りの火器など持ち歩きたくないのだろう? 大丈夫だ。君にも使える火器がある」

「ここにはないけどな。ガレージにあるのは最低限の装備だけだ」


 シャーリーが言葉を終えるのとどちらが早かったのか、いつの間にか小火器はホルスターの中だった。マクシミリアンがようやく理解したと、大きくうなずいた。


「ははん、今から買いに行くわけか。その時間はありそうだな」


 ピクリとポイットが身体を反応させた。


「えっ、買い物に行くの? 私も行きたい!」


 カラスの周りを行きたい、行きたいと繰り返しながらポイットは飛びまわった。黒い手がそれを邪魔そうに払いのける。


「やかましいな。おまえが行ってどうするんだ。荷物持ちもできないだろう」

「でも、行きたいよー。色んな物を見てるだけでも楽しいんだもん」


 ニコラスは笑った。


「ポイット、残念だけど今は我慢してくれ。君はとても人目を引いてしまうからね」

「だそうだ」


 カラスは意地悪そうにニヤリとした。


「私も買い物行きたかったなあ」


 ポイットはこうべを垂れふらふらと飛行しながら、ときおりニコラスを恨めしそうににらんだ。そんな様子を見て、ニコラスが咳払いで注意を引いた。


「ポイットには別の任務があるぞ」

「私に?」

「ああ、とても重要な任務だ。今からその打ち合わせをしよう」


 ポイットは目を輝かせてニコラスの元へ飛んで行く。現金なやつだとカラスは呆れながらも、なんだか温かいものが心の隅に湧いているような気持になった。


「さて、時間があるとはいえ早めに終わらせるに越したことはない。行くよ」


 シャーリーがカラスのわき腹を肘で小突き、あごでガレージを示した。動力車を使うのだろう。すれ違ったときの彼女の表情は妙に柔らかく、心の内を見透かされたようで、カラスは照れ隠しに頭をがしがしと掻きながら後を追った。つかつかと部屋を出ようとするシャーリーにマクシミリアンが声をかけた。


「ついでだ。寝床に敷くマットかなにかを頼むぜ」

「はいはい。綺麗で、臭くないのをね」


 マクシミリアンの神経質さを皮肉りながら、シャーリーは振り返らずにひらひらと手を振った。美人なだけでなく、この女のこうした何気ないしぐさに変な魅力があるな、とカラスはふと考えていた。

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