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その32

 カラスは“死の受胎”を握ったり緩めたり、その動作を繰り返した。明らかにこの火器は持ち主を拒んでいた。腕の先でずしりとした重量を誇示し怪しく光っているというのに、密着しているはずの手のひらとの間に厚い壁があるかのように、その存在を曖昧に感じた。――貴様の言いなりにはならぬ。そんな強いメッセージを金属の体から発しているかのようだ。“死の受胎”は火器ではなかった。ヒュープルが役立てる道具ですらなかった。ただ身体の延長上にあるだけの完全な異物、独立したひとつの存在だった。だから、カラスはこれを気に入った。


「決めた。これにする」


 バートは呆けたようにあごを落とした。


「おまえ、話を聞いていなかったのか? 売りたいものじゃなく客が欲しいものを売る、それがおれのモットーだ。けどな、そいつだけは別だ。マジに危ねぇんだ。売るわけにはいかねえ。返した、返した」


 バートが差し出した手を避けて、カラスは“死の受胎”を引っこめた。


「おい……ガキの遊びじゃねえんだぞ。この箱には、もっといい火器がわんさかある。そっちにしてくんねえか。さあ、返してくれ」


 表情険しくカラスに迫り寄るバートの肩がぐいと引っ張られた。いつの間にかシャーリーが背後に回っていた。


「まあ、いいだろ」


 シャーリーは、ひどく機嫌がよさそうに、口角と一緒にほほ肉を持ち上げ目を細めている。空色のふっさりしたしっぽが心なしか左右に振れていた。


「シャーリー! さては面白がってるな! “死の受胎”の呪いが周囲に及ばないとは言い切れねえんだぞ。……いいか、おれはこの仕事をプライド持ってやってんだ。売った火器が誰かを殺す? それは知ったこっちゃないがな、火器の持ち主が死ぬなんてことは、二度とごめんだからな」

「言いたいことはわかる。だから、こういうのはどうだ。売ってもらうのは、カラスが“死の受胎”を使いこなせたらでいい」

「そいつはどうやって判断すんだ」

「幸いここは射撃場だ。実際に撃たせて、あんたが決めな。あたしは見学だ。混ざっても票が割れるだけで解決しないだろ」


 気が進まないと唸りながらも、バートは他に優れた解決策もあるまいと了承した。木箱に頭を突っこんで、別の小さな木箱を取り出し長台の上に置いた。


「こいつが弾丸だ」


 カラスがふたを開けると、中には先の丸い金属の円筒がじゃらり、たくさん入っていた。


「回転装火器の装弾は、ちと手間だ。ひとつずつやらなきゃなんねえ。ハンマーが起きてないのを確認してから本体の土手っ腹、シリンダーを押し出してやんな」


 言われた通りにすると、溝のある短い円筒部分が滑らかにゆっくりとせり出した。驚くべき正確な直線で構成された穴が露出する。


「出てきただろ。そこに弾をこめる。回す。また、こめる」


 弾丸は吸いこまれるように穴に収まった。機構の知識が全くないカラスであっても、これはこの場所にあるべきだと確信したほど、緻密な計算の元に成り立つ構造であった。円筒状の弾倉を回転させるのに力は必要なかった。チキ、チキと規則的な音を立て次の穴が現れる。


「一度に装弾できるのは四つ。一般的な回転装火器であれば六つは入るんだが、こいつは大口径すぎてな。持ったときのバランスを考えると、これ以上シリンダーを大きくはできなかったらしい。……四つ入れたら元に戻す。それでいい」


 バートは大きく息を吐き出した。気乗りがしない。けど、ここまでやっちまったもんなあ。撃ってみれば、その使いづらさに心変わりするかもしれねえが。そんな期待をしながら、先を続ける。


「あとはハンマーを引き起こして標的を狙い、トリガーを引くだけだ。撃つとシリンダーが回転し次の弾が勝手に準備されるが、ハンマーは毎回起こす必要があるぜ」

「で、どうすればいい」


 カラスの言うのは、どうしたら認めてくれるのかということである。


「そうさなあ……」


 バートは的を横目で見ると、


「その弾倉が空になるまでに、あの的にかすりでもさせたら考えてやる」

「かするでもいいのか? 随分と優しく聞こえるが」

「あなどってるわけじゃねえ。撃てば、わかる」


 位置に着いたカラスにシャーリーはこう言った。


「気をつけろよ」


 その言葉の意図を汲み取りきらぬまま、カラスは重たいハンマーを起こす。トリガーに指をかけ、引き絞った。

 爆発。先ほどの樹脂製とまるで正反対の轟音が響き渡った。と同時にカラスの体は反動で真後ろに吹き飛ばされた。着弾したかどうかなど、たしかめようがなかった。あわや転倒、といったところでシャーリーの腕がカラスの首根っこを支え止める。


「言っただろ。気をつけろって」


 カラスは自力で立てるとその腕を振り払ったが、肘から先は血管の一つひとつを丁寧にむしり取られたかのように痺れていた。まさに爆発という他ない、凄まじい衝撃が全身を貫いていた。カラスは訊ねる。


「弾はどうなった」

「あんなんで、当たるもんかい」


 刺激にだけ敏感になった手先から“死の受胎”の脈動を感じる。――貴様の言いなりにはならぬ。容易に思えたバートの課題が、突然巨大な無理難題の壁となって目の前に立ちはだかったように感じた。

 カラスは心の中で悪態をつきながら、第二射を放った。吹き飛ばされこそしないが、火器本体と一緒に腕が跳ね上げられる。まともに照準がつけられない。弾丸は的におよそ関係のない、何もない空間を通過して行った。


「またはずれだな。手首をくじかないだけで大したもんだ」


 バートの口調に安堵が混ざり始めた。

 残る弾は二発。

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