その27
グレイブマーカー一階、とある部屋。高い天井に大きな色灯がぶら下げられており、室内は廊下よりも幾分明るい。しかし窓はひとつもない。他に石造りがむき出しになった空間にあるのは、環状に配置された五つのイスだけ。少なくとも、だれかを招き入れるには適さない部屋だった。
そのうち、二つのイスが埋まっていた。
ひとつには、鱗に覆われた恰幅のいい身体に青いスーツを着こんだ男。もうひとつには、黄褐色の大きな目をギョロギョロさせた、シルクハットを頭に乗せた老紳士が腰かけていた。それぞれ、背後にビビッドと思わしき人物を従えている。
「のう、フロリアーノ」
老紳士の方が、脚の間についた杖へと不規則に体重をかけながら言った。
「わしらは仲良しという間柄でもない。むしろ反目し合っておる。じゃが、この扱いはどうかのう。ドルフのやつ、わしらを試しているのではなかろうな」
フロリアーノは、平べったい頭の、牙がずらりと立ち並んだあごをバクリと開けた。
「力ある者の、当然の態度だ、カーティス」
そう若干億劫そうに言い終えると、ため息ともつかない重い息を吐き出して、じっと黙りこんでしまう。ただ口を開いただけだというのに、まるで一仕事終えたかのような態度だった。
「そうかもしれんの。じゃが……」
そこでカーティスは、頭の両側に大きく突き出した耳をピクリと震わせた。フロリアーノの方はなにも感じなかったらしく、どうしたのかと片眉を上げた。
「来たぞい」
彼の手にした杖がコツン、コツンと規則的に床を叩いた。
それからややして、フロリアーノも廊下から聞こえる音を聞いた。カーティスの刻んだリズムと同じ、四人分の足音が部屋の前で止まった。
扉は、ピュアジュースの力で建て替えられたばかりだというのに、古い屋敷のような不気味な軋みを響かせた。ベアトリスが入り口で立ち止まり、ゆっくりとその独特の瞳で部屋の中を見回した。
「ドルフはまだじゃぞ」
「見りゃわかるよ」
優雅な動作で腰を下ろす緑のプライムを視線で追いながら、カーティスはなぜか愉快そうだった。フニペロは、背もたれをつかみ小刻みに跳びはね、落ち着きがない。
続いてヘルフリートが入室した。自信を見せつけるかのように大股で中央を横切り、どっかりとイスに座わると、胸の前で腕を組んだ。バルタザールがその後ろに、だらしないとも見えるふてぶてしさで立っている。
フロリアーノは穏やかに眠っているかのように動きが少ない。そうでないことは、彼のスリット状の獰猛な瞳が、静かに注意深く周囲に注がれていることでわかる。
大きさに対して多すぎるぐらいの人数がいるというのに、奇妙な沈黙がこの薄ら暗い部屋に流れていた。
「それで、肝心のドルフはどこだ?」
ヘルフリートがそう言い終わったときだった。部屋の扉が勢いよく開け放たれた。にやにやで顔をいっぱいにしたドルフがそこにいた。
「呼びつけておいて、待たせるとは感心しねえな」
「それはそれは……失礼したなァ、ヘルフリート」
その中には、はっきりとした慇懃無礼さがあった。以前のドルフは、ヘルフリートに、いや、他のプライムに対してもこのような口はきかなかった。
しかし、プライムたちが変化を感じとったのは、そんな言葉の端に表れる機微からではなく、もっと明瞭なものだった。コミッションの場でいつもドルフの背後についていたギルの姿がない。代わりに、頭髪をうしろへと綺麗になでつけた、気品あふれるたたずまい。メイナード、《モノリス》最強のビビッドと謳われた男がそこにいた。
表に出す者こそいなかったが、紫のスーツに《エピタフ》の襟章をつけたメイナードの姿は、プライムたちに少なくない動揺を与えた。ドルフが成したことの重大さを示すのに、言葉で説明するよりも全く確実な証拠だったからだ。
ドルフは空いているイスに座り、片肘をつきながらニヤリと笑った。
「さァて、コミッションを始めようか」
この場の主導権はドルフの手のうちにあった。
「今さらだが、報告させてもらおう。ご存じのとおり、《モノリス》はもうねェ。こうして《エピタフ》が拠点を奪い取り、残存する戦力は吸収しちまったァ。“忠実なる”メイナードも、こうして《エピタフ》のビビッドに加わった」
メイナードがイスの横に進み出て、一礼した。
このような周知の報告のために呼びつけたのではないな、とベアトリスは思った。これは、言わば前置きに過ぎない。
「今までは《モノリス》がこの街を仕切っていたなァ。認めねえやつもいるだろうが、実際そうだった。バランスが取れているように思えて、《モノリス》が頭ひとつ抜けていたんだよ。だがなァ、そのトップがいなくなっちまった。なら、その仕組みとやらも新しいものに変えなくちゃァなんねェ。そう思わねェか? おれがしたいのは、そう。これからの話さ」
口髭を引っ張りながらカーティスが、ほっほと笑い声を出した。
「大きく出たのう、ドルフ。じゃが、わしらにも今までのやり方というもんがあっての。それは変えられんぞい」
「ご老人は保守的だなァ。だがなに、一切合切変えちまおうってんじゃねェ。ちょいと、あたらしい仕組みをつけ加えようってだけさ」
ヘルフリートが鼻息荒く、
「あたらしい仕組みだと?」
「あんたは気に入るよ。間違いねェ」
ドルフがあまりに自信ありげだったので、ヘルフリートもここは引いておくしかなかった。だが、気に入らない。どんな提案なのか、興味が湧いてきている自分自身も気に入らない。
「《モノリス》は自分らを含めた七大ギャングを対等に扱っていた。まァ、当時はそれでよかったんだろう。けど、今となってはおれはこう思うわけだ。“街を支配するギャングが多すぎる”ってなァ」
「潰し合い、か」
とフロリアーノがつぶやいた。
「おいおい、物騒だなァ。おれはそこまで言ってねェ。むしろ、なるべく穏便に済ませるための仕組みだぜ。これまでのような平等じゃあなく、強いやつがより大きい力を手にできる仕組み……提案するのはギャングの序列を明確化すること、言ってみればランキングだ」




