その26
ベアトリスは、うねうねとよじれた石造りの廊下を進んでいた。吊り下げタイプの色灯が壁際に設置されてはいたが、間隔はぽつりぽつりとまばらで廊下は薄暗い。その十分な光源がない中でもはっきりとわかる、ベアトリスの均整のとれたプロポーション。胸には《ハウス》の証であるバッジがあった。三つの建物とその栄光を表現したものだ。彼女が歩を進めるたび、靴音が高らかに空間に反響し、鮮やかな緑のジャケットのそで口とすそから覗く羽毛がふわりと揺れた。羽毛の色は濃い緑色をしている。それに対し、頭部はほとんど白に近い薄緑色だ。顔の彫りは深く、起伏に富んでいる。そこにはまった陶器のような冷たさを持った大きな目が、印象的な虹彩の瞳を通して、長く続く廊下の先を真っ直ぐに捉えている。まばたきのたびに長いまつげが視界を払っていく。大きなくちばしはぐっと下を向き、明らかな猛禽の特徴を示していた。多少、気取っているともみえる足取りは彼女の癖だ。だがベアトリスは、その若さと女性であることを感じさせない、堂々たる風格をその身に備えていた。
その背後から続く、妙に不規則で軽快な足音は、配下の“貼りつき笑顔”フニペロのものだ。フニペロは常にニコニコしていて、言動もおどけている。彼のようなビビッドを抱えているのも娯楽の提供を第一に考える《ハウス》ならではだ。
ベアトリスたちは、グレイブマーカーと名を改められた塔の中を進んでいるのだった。外周部に沿って歩いているつもりだが、塔の中はその見た目以上にねじくれ、枝分かれしていて、正確な位置は定かではない。
また分かれ道だ。ベアトリスは迷うことなく右へ進もうとする。
「よお、ベアトリス。不機嫌そうだな」
太い声とともに巨大な影がもう一方の道から現れた。ベアトリスは豊かな胸の前で腕を組み、声の主にじっと視線を注いだ。
深紅のつなぎに、胸には金床を模したバッジ。“絶対炎怒”ヘルフリート、《ファーナス》のプライムだ。
ヘルフリートの凶暴性は、見た目にはっきりと表れている。赤褐色の巨大な体躯とそれを支える強靭な筋肉。槍の穂先のような耳の上から真っ黒な巻き角を生やし、熱した金属色のたてがみをたくわえている。そして、つなぎのあちこちにビスでとめられた、金属のプレートや鎖が危険な匂いを増幅させる。
ギャングは、己の『カラー』に自信を持っているものが多く、『カラー』の伝導しない金属製品を意識的に避けている。使うとすれば、なにか特別な理由がある場合だ。しかし、《ファーナス》は違う。自らの工房で作った金属製品を好んで身につけ、闘いにも積極的に使用する。ことさら、ヘルフリートのような巨躯であれば、金属の重くて扱いづらいという欠点はないに等しく、金属の持つ重さと強度を破壊力に直結させた戦い方ができるのだ。彼が自慢の戦鎚を一振りすれば戦局がひっくり返る、と生きながらにして半ば伝説的に、その畏怖は語られていた。
そんなヘルフリートに対してもフニペロは臆した様子なく、
「そりゃ、そうです。ここはとってもつまらないんですもの。ねえ?」
と言いながら、どこからか出したボールでジャグリングを始めた。間の抜けたかけ声とともに、そのうちのひとつが放物線を描いてヘルフリートに投げられる。彼が見た目に似合わぬ敏捷さでなんなくつかみ取ると、ボールは一輪の花に変わっていた。フニペロはニコニコと笑っている。
「ふん」
ヘルフリートは花を天井に向けてピンと立て、ふっと息を吹きかけた。すると花は炎に包まれ、一瞬で炭化し、崩れ去ってしまった。
「お見事」
フニペロの賛辞と拍手。
ヘルフリートは、汚いものでも触ったかのように、花に触れた指先を擦り合せた。威嚇と警告のつもりが、フニペロにはちょっとした手品としか思えなかったらしい。《ハウス》のやつらには、どうにも調子を狂わせられる。
「遊びはそこまでだ」
ヘルフリートの後ろから、ぬっと異形が現れた。巨体の陰で見えなかったが、彼もまたビビッドを連れているのだった。
金属の仮面で頭部を覆った“髑髏頭”バルタザールだ。彼の素顔は謎である。それを見て生き残った者がいないからだ。ギャングの中でもその風貌は異様という他なく、仮面の理由については様々な憶測が飛び交う。金属の打ちすぎで、その熱で顔が焼けただれてしまったからだとか、癒えないほどの傷を負いながらも戦い続けたからだとか、あるいは過去の失敗の落とし前として顔の皮をプライムにさし出したからだとか……。仮面の下が酷い有様だろうというのは共通した見解だった。
「さっさとコミッションを終わらせて、帰ろうや」
「そのつもりだ」
ヘルフリートは角を振りかざして、
「だが、こう入り組んでいちゃあ、どこに向かってるのかわからねえだろうが」
「あんたも、あたしに負けず劣らず不機嫌そうだねえ」
いらだつヘルムートを見て、ベアトリスはくちばしの端を歪めた。
「チッ、気に入らないのはドルフのやつだ。ジェイラスには、少なくともおれたちに対する敬意があっただろ? ホワイトモノリス最上階の部屋でコミッションを行ってたんだからな。昇降機も直通よ。だが、このしみったれた塔はなんだ? まるでおれたちを歓迎してねえ、拒んでいるようじゃねえか」
「それは同感だね。だが、今じゃあいつがパレットシティ一番のプライムだ。だからあたしも、あんたも召集に応じたんだろ」
不機嫌そうに顔をしかめるヘルフリートを横目に、ベアトリスは颯爽と歩き出した。フニペロがぱたぱたと靴を鳴らして続く。
「ベアトリスが向かうってことは、こっちが正解だな。行くぞ、バルタザール」




