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その22

「なあ、ニコラス。ひとつ、はっきりさせておこうや」


 マクシミリアンが静かに言った。ここまで来ては避けて通れない、どうしても確認しなければいけないことがあった。


「おれたちを疑っているんじゃないよな?」

「まさか」


 ニコラスの返す言葉に迷いは欠片もなかった。ビビッドたちの厳しい表情が若干緩んだのは言うまでもない。


「私の暗殺にしろ、ジュースの行方を探ろうとしたにしろ、目的を達して姿を消すチャンスはいくらでもあった。まだ私のそばにいることが、なによりもたしかな信頼だ。しかし……」


 ニコラスは言いよどんだ。胸に何本もの針が刺さるような、気道をきゅっとにぎられたような気分になったとしても、この先を言わなければいけない。


「……しかし、君たちの想像通り、犯人は《モノリス》ビビッドの中にいる。そいつは、ジェイラスの寝室に近づいても怪しまれず、うわさを実しやかに流布できる影響力を持ち、我々のだれからも信頼され疑われない人物」

「まさか……メイナード……」


 シャーリーが出した名に対し、ニコラスは少しの反応も、小さなうなずきの一つさえ示さなかった。


「もうやめておこう。この場で追及しても真実はわからない。事実も変わらない。もし、メイナードが《モノリス》を売ったのなら、彼は生きている。後で本人に問いただせばいいことだ」


 彼らの脳裏に、決死の覚悟を背負ったメイナードを見送った場面が、急に色あせて思い出された。あのときの彼の態度には違和感があった。今だからこそ指摘できる、かすかな違和感だった。彼は珍しく強い口調でひとり残ると主張したし、別れ際もすっきりしないものだった。あれは裏切りの罪悪感によるものだったのだろうか?

 あり得ないという気持ちと、それ以外考えられないという気持ちが浸食しあっった。それぞれの頭の中では不愉快な対照のマーブル模様が描かれ、絶えずうごめき続けていた。


「……話を戻そう。しかし、そのだれかにとって、ひとつだけ予期しない要素が紛れこんだ」


 ニコラスは話の路線とともに気持ちも切り替えたつもりだった。だが犯人をメイナードと断言せず、だれかと称してしまったのは潜在意識のためだ。彼自身、気持ちの整理がついておらず、それが無意識に言葉の端に表れてしまっていた。

 状況からすると、この計画を実行できたのはメイナード以外にない。しかし、メイナードの築き上げてきた信頼が、彼にもなにかやむを得ぬ理由があったのではないかとささやく。理性と感情の板ばさみだ。どちらに従うべきかわからない。マーブル模様はより複雑さを増していく。

 これではいけない。

 ニコラスは呼吸を整え、わざと咳払いをした。顔を上げたとき、少なくとも表面上は平静が戻って来ていた。そして色のない男をちらりと見た。


「カラスだ。彼はたまたま《モノリス》入団を決意してホワイトモノリスを訪れた。そして、これもたまたま開いていた保管庫を発見し、中にあったジェイラスのジュースを発見したんだ。数時間後に現れる、ドルフのために隠してあったジュースをね。つまり、偶然彼は、ジュースを飲んでしまったというより、ドルフの手にジュースが渡るのを防いでくれたんだ。これが、カラスが我々を助けてくれたと言った理由だ」

「言いたいことはわかった。けどな、おれたちはホワイトモノリスもジュースも失ってんだよ。結局、なにも助かってないんじゃねえか」


 とマクシミリアン。


「いや、大きく違うぞ。カラスによって、これは最悪の状況ではなくなったんだ。そして、我々に切るべき手札を与えてくれた」


 ニコラスは自分に言い聞かせてもいた。これは最悪ではない。すると不思議と落ち着きが戻るのを感じた。目の前にある、今やるべきことだけがはっきりと浮かび上がってくるようだった。その目がきらりと光った。


「まず、ジェイラスのジュースがドルフの手に渡っていないのが大きい。彼がジュースを手に入れていたら、パレットシティは《エピタフ》によって牛耳られていただろう。ドルフが巨大な拠点と地区、それに付随する資金力を手に入れたのはたしかだが、本質は今までの《エピタフ》と変わっちゃいない。むしろ分不相応な図体になったことで隙が生まれるかもしれない」

「それで、こっちの手札ってのは?」


 ニコラスを真っ直ぐに見ながらシャーリーが聞いた。彼は数分前とはまるで別人だった。生き返ったように目に光が戻っている。その精密機構のような頭脳もせわしなく活動を再開しているに違いなかった。


「ジュースの本当の行方さ。私たちしかそれを知らない。難攻不落とされたホワイトモノリスを乗っ取ったんだ、ドルフはジュースを手に入れたように振る舞うだろうし、他のプライムもそれを信じるだろう。だが、同時にドルフはジュースを私たちが持っていると勘違いしている」

「それにどうメリットが……?」


 アルには、差し迫る危険がより確実なものになっただけに感じられたのだった。


「ドルフは、ジュースを手に入れたふりを続けながら、私たちを追わなければいけないということさ。表向き《モノリス》残党には興味を示してはいけない。他のギャングに覚られてしまう。となれば、どうしても追手は少数かつ隠密に限られるだろう?」

「迎撃はわけないってことか。けど、それじゃあジリ貧だぜ?」


 今度はマクシミリアンだ。


「今の私たちが受けられるのは、切り札を手にしているアドバンテージだけだ。それをもっとも効果的に叩きつけるには、しかるべき場が必要になる。それを作るのはカラス、君に任せたい」

「おい、ニコラス!」


 ニコラスは不満をあらわにしようとするマクシミリアンを制すると、


「言いたいことはわかる。だが、これはカラスにしかできない。《モノリス》は顔も名前も知られすぎているからだ。ここで私たちが動きを見せては、相手の警戒心を呼び起こす。その点、カラスであれば安心だ」


 ポイットがカラスの顔の高さに降りて、心配そうに尋ねた。


「どうするのよ、カラス」

「内容次第……とは言わない。おれはやるよ」


 マクシミリアンは露骨なため息をみせた。


「よし。詳しい話は明日だ。準備もある」


 ニコラスは車イスをこいで部屋を出ようとした。その背中にシャーリーが声をかける。


「ニコラス、まだあれを聞いてないよ」

「私にその資格があるかな」


 どこかさびしげな背中だった。


「当然だ。文句があるやつは、おれがぶっ飛ばしてやる」


 真っ先にマクシミリアンが大声を出した。


「それは怖い。ぶっ飛ばされないうちに賛同しておきましょう」


 アルが冗談めかして言った。シャーリーがニヤリとした。


「すごむ必要はなかったみたいだねえ、マクス。《モノリス》のプライムはニコラス、あんたにしか務まらない。その点、あたしたちの意見は一致してる」

「なにもかも失ってしまったと思っていたが……」


 ニコラスは振り向くと、いかにも嬉しそうにはにかんだ。だがそれは一瞬のことで、すぐに表情を引き締めると、


「再出発としよう。我々はギャングだ。ギャングらしく、やり返してやろうじゃないか。ドルフのにやけ顔を後悔の色に染めてやるんだ。これからも《モノリス》はおまえたちとともにある!」


 歓声や雄たけびは上がらなかった。ビビッドたちは深くうなずいただけだ。しかし、彼らの眼光。それぞれ静かな熱気を己が内に湛えているのが傍目にもわかった。ニコラスはその反応に満足したように部屋を出ていった。

 カラスは帽子を目深にかぶり、壁を背に楽な姿勢をとった。ポイットはその肩に座っている。いつもなら無感動でやりすごすところだが、やる気に満ちたビビッドの姿には、さすがのカラスも胸中熱いものを感じずにはいられなかった。その表情を見たのは、肩から見上げたポイットだけだ。

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