表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/60

その21

「偶然にしろ、どうやらカラスがジュースを飲んだのは事実らしい。わざとでなければ許されるのか? マクスの言うことももっともだ。だが、それは一部だけを捉えた小さな視点だ。私はね、カラスのおかげで助かったと、そう考えているんだ」

「そいつは、バーナビーを倒したことかよ? ガキのいたずらじゃねえんだ。それでジュースの件をチャラにはできねえぞ」

「マクス、そうじゃない。私は、ジュース紛失をもっと大きな視点で見るべきだと言っているんだ。あれが誰かの単純なミスや偶然の重なりで起こったと思うかい」

「いいや」


 マクシミリアンは即答した。

 カラスも、開け放たれた保管庫に入るとき、誰かの意図を感じたのを思い出していた。


「ジュース紛失は誰かの仕組んだことで、一つの例外を除いて、全てが起こるべくして起こった。そう私は考えている。そこで、あのコミッションの日、具体的になにが起こったのか。それを君たちにも整理してもらいたいんだ」


 ニコラスはそれぞれの顔を順番に、どこか遠慮がちに見た。皆が硬い表情をしていたのは、当日の状況を再現するのに頭を駆使していたためだけではない。疑念が思考を縛るように根を張っていた。

 霧雨のせいで少し日が傾くと部屋の中は薄闇になった。シャーリーがスイッチを入れると、色灯は数度瞬き部屋を照らし、そこにいる人物の陰影を濃いものにした。


「まずは、ジュースがいつ消えたのか。残念ながら、それは今となってはわからないだろう。ジェイラスは死後、自分が当然ジュースになるものだと知っていて、それを自身の亡骸のように思っていたのかもしれないな。息を引き取るとき、そばにいることを許されたのはメイナードだけで、その彼に、残したジュースは継承のそのときまで、みだりに見せることのないように言づけていた。みんな、それを知っていたものだから、ジェイラスの寝室には近づかなかった」

「けど、ジュースは継承をする段になると忽然と消えていた。つまり、そのときまでに誰かがこっそり持ち去ったんだ」


 とシャーリー。


「でも、そいつはジュースをすぐ飲んだり、持ったまま逃げはしなかった。おかしなことに保管庫においたんだ。なんでかは知らんがな」


 マクスは腕組みをした。それだけでも筋肉が起伏豊かに盛り上がった。


「カラス、保管庫の隔壁……最初の扉はどんなようすだった?」

「半開きだった。一目で開いているとわかるぐらいに」


 ニコラスの質問に、カラスは手の幅でそれを示した。


「念を押すが、それを見落とすはずはないね」


 ニコラスの視線はアルに移った。


「ええ、たしかに閉じていました。保管庫の隔壁は、わずかでも開いていると鍵がかけられない仕組みです。無意識でも注意を払っている部分なので、間違いありません」


 と確認されたアルは答える。ニコラスは小さく何度かうなずき、


「それでカラス。保管庫に荒らされたり、何かが置いてあった余分なスペースはあったかい?」

「ない」


 カラスは、ブロックが理路整然と等間隔に置かれていたのを思い描きながら、はっきりと言った。


「つまり、その誰かはジュースを置くためだけに保管庫に侵入した。そしてコミッション当日、私たちがジュース紛失に気づき、その捜索がひと通り終わった後、保管庫と隔壁を開け放しておいた……」

「そこに“たまたま”入ったカラスが、ジュースを飲んじゃったわけね」


 ポイットは偶然を強調して言った。床にこっぴどく叩きつけられたとは思えないほど、元気にカラスの周囲を飛び回っている。


「だが、やっぱりわからん。盗んだのなら、ジュースを持ってさっさとずらかるべきだ。見つかりにくいとしても、なぜ保管庫なんかに置いておく必要がある」


 マクシミリアンは、触れなければいけない内容をあえて避けた。豪胆無比の彼であってさえ、それを口に出すのは恐ろしかったのだ。


「ジュースを奪って立ち去れば、継承もコミッションもお終いだ。わざわざ隠す必要はなさそうに思える。だが、その誰かはリスクを冒してまで保管庫にジュースを隠した。非常に重要な点だ」


 とニコラス。アルは、立てた指を口元に何度も押しあてながら、誰にでもなく言った。


「つまり、他に目的があった……? いや、しかし、それはいったい……」

「あの日、起こったのはコミッション、ジュース紛失だけじゃない。《エピタフ》の襲撃もだ」

「襲撃!?」


 マクシミリアンが大きな声を出した。


「あれはコミッションが成立しないと踏んでドルフがしかけた奇襲作戦だろう。ジュース紛失がそれに重なったのは相手の幸運だが、まるで別の一件じゃねえかな」


 ニコラスは頭を振って否定を示した。


「そう、まるで関係ない別々の出来事だと私も思っていたよ。けれど、コミッション、ジュース紛失、《エピタフ》の襲撃……一見バラバラにみえる、これら三つを組み合わせると、一つの明確な目的と筋書きが見えてくるんだ」


 ビビッドたちは無言でニコラスの話の先を促した。


「そのだれかは継承の前に寝室からジュースを持ち出し、あらかじめ一階の保管庫へ隠した。肝心要のジュースがないのだから、私は継承ができない。その事実は、あっという間に他のギャングに伝わり、他のプライム不在のコミッションは失敗したも同然だ。そして、ここからがジュースを持ち去らずに隠した狙いだ。もし、仮になくなったジュースがすでに他の者の手に渡っていると、コミッション当日までに知っていたらどうなっただろうか?」

「そりゃあ、継承もコミッションも取りやめていただろうよ」


 とシャーリー。ニコラスはうなずいた。


「ジェイラスのジュースは凄まじい力を秘めている。それを手に入れたのなら、誰だってすぐに利用する。持っているぞと声高に周知させるだけで、ギャング間のパワーバランスがひっくり返る。あるいはすぐにでも飲んで、その力を実際に誇示してもいい。どちらにせよ、ジェイラスのジュースを手に入れた事実にふたはできない。我々の耳にも入ってしまうんだ。そうなれば、シャーリーの言うとおり継承、コミッションともに私はすっぱりあきらめて、別の方策を探していただろう。

 だが現実には、ジュースが誰かの手に渡ったとは聞こえてこなかった。だから、私たちはジュースがホワイトモノリスにあるものとして徹底的に捜索し、構成員たちを一か所に軟禁、疑うのは辛かったが身体検査までした。そして同時に、なくなったジュースさえ見つかればコミッションを成立させられると、わずかな希望を捨てられずにいた。それこそ犯人がジュースを持ち去らず、あえて隠した狙いだ」


 カラスは、ニコラスの話よりも部屋に漂うかすかな臭いを気にして鼻をすんすん鳴らした。どこかの戸棚で保存食が痛んでいるのかもしれない。

 ポイットが首をかしげた。


「ちょっと待ってよ。そんなことしたら、あなたたちの拠点の守りはどうなってるのよ。ほとんどスッカラカンじゃない」


 その疑問にシャーリーが答えた。


「承知の上だ。あたしたちはね、ひとり、ふたりでもプライムがコミッションに参加すると思っていたんだ」


 ポイットは、ふーんとだけ言った。わかったような、わからないような返事である。


「ギャングを束ねる力を持ったプライムが一箇所に集まるんだ。そんな時期を選んで襲うバカはいない。コミッションの開催自体が防衛力になるってことさ」

「コミッションが拠点襲撃を失念させるだろうとまで、その誰かは確信していたんだ。正直、舌を巻くよ。襲撃を考えなかったからこそ、私はビビッドを応接間に集めたのだし、だれもがホワイトモノリスの守備よりもジュース捜索を優先した。だがプライムがひとりも現れなかったことで、その前提が崩壊した。おかしいと思うべきだったんだ。ジェイラスのジュースを継承できないだなんて、これ以上ないほど煽情的な風聞に違いない。それにしても、半日もしないうちに全てのプライムが知っていて、足並みそろえてコミッション不参加を決定するなんて不自然だよ。なぜ気づけなかったのか……。

 そのだれかは、ギャングらに私がジュース継承できなかったと前々からうわさを流し、私たちにはジュース発見とコミッション成功に望みを持たせ巧みにホワイトモノリス内の人員を偏らせた。そしてドルフに情報を渡し、襲撃をそそのかした。あの日に起きた出来事は、突発的なアクシデントではなかった。ホワイトモノリス陥落とジェイラスのジュース奪取を目的とした周到な計画だったんだ」


 計画の全貌がニコラスの言葉で解き明かされた。部屋の空気は冷たく熱のない振動をしていた。

 一つひとつは杜撰ずさんや偶然としか思えない大胆さで、しかし、それらすべてが組み合わさってみると一部の隙もない襲撃の好条件が成立していた。内容、目的、そのどちらをとっても大胆不敵がすぎた。実行は不可能にさえ思える。だが、可能なのだ。《モノリス》のビビッドであればこの計画は遂行できる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ